7 知らない顔

 市はいつも通り活気に満ちていた。客を呼ぶ店主の声。商品をじっくり眺める客。立ち話をする主婦たちや、大人たちの足元を走り抜けていく元気な子供たち。

 賑やかな風景は故郷を思い出してラルスの気分を高揚させる。浮き上がった気分のままカリムを見れば、カリムが眉間にしわを寄せていた。


「……こういうところ嫌いか?」


 カリムの様子に気づいたラルスは内心焦る。考えてみれば一人静かに本を読んでいるのがカリムだ。騒がしい所は嫌いそうである。今から別の場所とラルスは候補を思浮かべるが、ラルスが口を開くよりも先にカリムが首を左右に振った。


「お前に任せるといったんだ。ここでイヤだとは言わない」

「……お前、面倒くさい性格してるな」

「ケンカ売ってるのか」


 ギロリとカリムに睨まれるが怖くない。不快さもない。ラルスは牙を見せて笑う。カリムはラルスの様子に戸惑った顔をしたが、ラルスは気にせず市へと足を踏み入れた。

 カリムが付いてくる気配がする。きょろきょろと周囲を伺う気配も。貴族のカリムはこうした場所には縁がなかったと思えば愉快な気持ちだ。


「おーラルス! ご機嫌だな!」

「おっちゃーん! 久しぶりぃー!」


 市に通ううちに仲良くなった叔父さんに声をかけられた。近づけば肉とタレの焼けるいい匂い。じゅう、じゅうと音を立てて焼かれる串焼きはいつも通りおいしそうで、ラルスは目を輝かせた。


「おっちゃん、今日もうまそうだな!」

「今日もうまいぞ。一本買ってくか?」

「買う買う! 今日は二本!」


 ラルスが指を二の形にして指さすと叔父さんは目を丸くした。それから背後にいるカリムに気づいたのか、瞳を大きくする。


「いつもとは毛色の違う子連れてるな。ヴィオとクレアちゃんは?」

「今日はヴィオとクレアちゃんはデート」

「おーそれは邪魔できねえなあ」

「できねえだろー」


 ラルスの言葉に叔父さんが笑う。それにラルスも笑う。途切れない会話にしびれを切らしたのが、カリムが隣まで近づいて来た。この人は? と視線で問われて、そういえば説明してなかったとラルスは思い出す。


「この人が、この市で一番うまい串焼きを焼くおっちゃん」

「おぉ! 嬉しい事いってくれるなラルス! 一本オマケでつけるから、宣伝これからもよろしくな」

「おー任せとけ!」

「……仲いいな……」


 カリムがラルスと叔父さんの顔を見比べて、戸惑った顔をしている。身の置き場に困っているような気弱な姿は教室で堂々としているカリムからは想像できず、ラルスはおかしくなった。


「ラルスとはもう七年の付き合いだからな。大きくなったよなー。初めてここに来た時はあんなに小さかったのに。串焼き初めてみた! って目キラキラさせて、しっぽブンブンふってなあ。いやー懐かしいな」

「その話はもうやめてくれって。あの頃はしっぽの制御苦手だったんだって」

「今もビックリすると出てるだろ」


 そういうと叔父さんは大きな音を立てる。それに驚いたラルスの耳としっぽが飛び出したのを見て、豪快に笑った。


「なかなか上手くならねえなー」

「……前よりは上手くなったって……」

「ほんとか? 危なっかしくて俺としてはまだまだ不安だけどなあ。なあ、兄ちゃんも思わねえ?」

「……私か?」


 突然話を振られたカリムが困惑した声を上げた。


「兄ちゃん友達だろ? 他のワーウルフはもうちょっと擬態が上手いって話だけど、ラルスはこの通りだからな。昔よりは減ったとはいえ異種族嫌いは未だにいるからよ。おっちゃんは心配なわけだ。兄ちゃんからももっと危機感を持てっていってやってくれ」

「持ってるって!」


 耳としっぽを戻しながらいっても叔父さんにはほんとか? と眉を寄せられただけだった。カリムもじっとラルスを見て、それから叔父さんに向き直り、やけに真剣な表情でいう。


「はい。よく言っておきます」

「素直に聞くなよ!!」


 ラルスが叫ぶと叔父さんは楽し気に笑った。「よかったなー。いい友達で」と笑う姿を見たら、これ以上文句をいう気持ちにもなれずにラルスはムッとした。その姿を見た叔父さんは「悪かった」と言いながら串焼きをもう一本オマケしてくれた。「友達と仲良く食べろよ」と。


 叔父さんからもらった串焼きをかじりながら市を歩く。カリムはしげしげと串焼きを眺めて、恐る恐る口をつけていた。先の方をちょこっとだけかじったかと思えば目を丸くしたのを見るに、予想よりも美味しかったらしい。


「おっちゃん、串焼き作るのはうめえけど、一言余計なんだよな」


 焼き加減は固くなりすぎず、だからと言って生にもならない絶妙さ。絡んだタレは食欲を誘う匂いがしているし、食べれば肉と絡まって旨味を引き立てる。そんな美味しい串焼きを作る職人技がありながら、しゃべるとアレなのだ。


「……七年前というと、王都に来てすぐか?」

「学院以外で一番最初に出来た知り合いだな。地理覚えようと思って散歩してたらさ、いい匂いがして、匂いたどってったらおっちゃんの店にたどり着いたんだよ。人間の文化なんか全然知らなかったから、うまそう。すげえ。って大はしゃぎして、爆笑されて、それから仲良くなった」

「……お前すごいな……」

「なにが?」


 二本目を平らげたラルスがカリムを見ると、真面目な顔でラルスを見ている。本気ですごいと思っているのは伝わるが、何がすごいのかが分からない。首をかしげると「狙ってないのがさらにすごいな」とカリムは一人で納得したようにつぶやいた。


 よく分からないがカリムの機嫌は悪くなさそうなので、これからどうしようかなとラルスは考える。市をもうちょっと見て歩いてもいい。叔父さんの所以外にもなじみになった店はあるので、見て回るのもいい。カリムはラルスに比べると小食だった気がするが、大丈夫だろうか。


「なあ、カリム。まだ……」

「ああー!! ラルス兄ちゃんみっけー!」


 ラルスが最後まで言う前に大声にかき消された。カリムが男にしては大きな瞳をこぼれんばかりに見開いているのが見える。今日はカリムの驚く顔をよく見るなと思いつつ、自分の名前を呼んだ相手へとラルスは顔を向けた。


「おー今日も元気だなー」


 そこにいたのは近所にすむ子供たち。ラルスが声をかけると目を輝かせて、わらわらと走り寄ってくる。当たり前のように足に飛びついたり、背中に飛びついたり。あっと言う間に子供に張り付かれたラルスをカリムが唖然と見つめていた。


「ねーこの人だれ? ヴィオ兄ちゃんでもクレア姉ちゃんでもない」

「始めて見る人だー」


 ラルスにひっついて満足したのか、子どもたちの興味はラルスから隣に並ぶカリムへと移る。興味津々の様子ではあるが急に飛びついたりしないのは、カリムの持つ空気が一般庶民とは違うと子供ながらに分かるからだろう。遠慮なく飛びつくには身ぎれいすぎるなとラルスは苦笑いした。


「俺の友達。カリムっていうんだよ。よろしくな」


 ラルスがそういうと子供たちが口々に目を輝かせて自己紹介をする。カリムは戸惑った顔をしながらそれにうなずいたり、返事をしたり。困った様子ながらも律儀に全員に反応をするのがラルスからしてみたら面白い。

 子供たちもラルスと同じく、このお兄ちゃん面白いと思ったのだろう、腕を引っ張り「ねえねえ遊ぼう」とお願いし始めた。カリムがラルスを見る。助けてくれと懇願する大きな瞳にラルスは笑いそうになった。


「うし、じゃあ、カリム兄ちゃんとも一緒に遊ぶか」


 子供たちの「やったー」という声が響く。カリムが「ウソだろ」という顔をしたが、それもラルスからすると愉快だった。

 ラルスが一人で遊んでいた世界にカリムがいる。何だか不思議な感覚で、落ち着かない。落ち着かないのに嬉しくて、楽しくて仕方ない。胸が喜びで高鳴る。


「カリム! 楽しいな!」


 思わずカリムに笑いかけると、カリムが息をのむ気配がした。それから慌てて目をそらされる。何故か戸惑いと、照れた匂いがして、ラルスは首をかしげた。


「照れる要素あったか?」

「思っても口にだすな!」


 急に叫んだカリムに子供たちが楽し気に声をかける。子供に慣れていないらしいカリムは途端に大人しくなって、眉を寄せる。その姿にラルスは声を上げて笑った。

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