6 一人分の距離
日曜日はあっと言う間にやってきた。同室だというのに寮前で待ち合わせというのも変な話だが、仲良く一緒に準備をして出かけるというのも変な気分なので、ラルスはいつも通り早めに起きて、時間までフラフラしてから合流した。
天気は良い。天気も後押ししてくれていると考えればラルスの気分もよくなる。
「またせたな」
カリムは時間ピッタリに現れた。いつもよりラフな格好なのだが、生地が良いせいか、本人の姿勢や雰囲気が良いせいか一般庶民には見えない。これから外に遊びに行くというのにお坊ちゃまオーラを出したままで大丈夫かと心配になる。
「何だ……何か変か」
「似合ってるけどさ、俺、貴族が遊びに行くような場所知らねえし、あんまりいきたくねえぞ」
セツナとナルセに荷物持ちにつき合わされたことがあるが、貴族御用達の店は何度行っても落ち着かない。選ばれた人間しか入れないことへの自信、見栄、傲慢が入り乱れて、嫌な匂いがするのである。
「お前を連れてそんな場所に行くはずないだろ。行くならもっとちゃんとした服を着てくるし、兄上か父上に声をかけなければいけない」
「えっ、わざわざ家族に連絡すんの?」
「貴族の子がそこら辺を一人でうろうろしてるなんて、誘拐してくれと言っているようなものだ」
「セツナとかナルセは、しょっちゅう出歩いてねえ?」
「あの二人には青嵐がいるだろ」
セツナとナルセと並ぶ青嵐を思い浮かべる。出会った頃はどこか頼りなかった青嵐は見た目だけは大きく成長した。顔の入れ墨も合わせて、初対面の人間が気軽に声をかけられる雰囲気ではない。いかにも貴族なセツナとナルセ。その後ろに控える青嵐はどこからどう見ても護衛であり、本気を出せば強い。セツナとナルセを守るためであれば、苦手な荒事だろうと全力を出す忠誠心もある。
「リノもセリーヌがいるし、商人の息子だからな。下町の流儀もよく分かっている。だが、私とリノが並ぶと良家のお坊ちゃん感が増すらしい。変な奴に絡まれるリスクがあがるから止めろとセリーヌも言われている」
「ってことはカリム、親と兄ちゃんの同伴なしに町でたことねえの?」
「ないな」
迷いなく断言するカリムにラルスは目を丸くした。学院に入学してもう七年。休日はあるし、放課後だって時間がある。学院内で生活に必要なものは買えるし、遊ぶ場所だって息抜きする場所だってある。それでも、あの学院内でほとんどの時間を過ごしていたと聞かされると驚いた。
「それって俺のせいか?」
同時に息が詰まった。それはラルスがカリムと仲が悪かったから、一緒に外に出かけられるような関係じゃなかったから。カリムは学院の中で過ごす他なかったのではないかと。
異種双子が外に出かけるときは片割と一緒に行動することが推奨される。片割でなくても人間は異種族と共にいるようにと一年生の時に口を酸っぱく注意された。
異種双子は珍しい。学院の中には幼い頃に両親に闇市に売られ、そこから学院の関係者に保護された者もいる。それは学院に入学してからも変わらない。カリムはそこに貴族という付加価値が付く。恰好の餌だ。それが分かっているカリムの家族、学院の教師が一人で外出するのを許すはずがない。
一人で教室で本を読んでいるカリムを思い出す。一人が好きなのかと、外で遊ぶよりも中にいる方が好きなのかと思っていた。それはラルスの勘違いで、好き嫌いの問題ではなくできなかったのだとしたら? 自分が一人で街を歩いている間、ヴィオたちと遊んでいる間、一人寂しさに耐えていたのだとしたら?
その可能性を今まで考えなかった自分の身勝手さにラルスは拳を握り締めた。
「勘違いするな。学院内で十分だっただけだ。本当に学院の外に出たかったのなら、お前以外にも頼る相手はいる。セリーヌだっているし、……セツナの世話になるのは腹が立つが、一緒に行けば良かっただけの話だ」
「でもさ……」
本当に、それが本音なのか? とラルスはカリムを見つめた。カリムはラルスを見て眉を寄せている。困っているのが匂いで分かったが、それがどういう意味なのかはラルスには分からない。
「過去の話はどうでもいいだろ。ここでのんびりしてたら、セツナが出てきて文句をいいそうだ。さっさと出かけよう」
「……あーそうだな……でもさ、どこ行く気?」
デートだとセツナには言われたが、ラルスはデートなんてしたことがない。彼女が欲しいなんて思ったこともないので、そういう話は話半分で聞いていた。仮に真面目に聞いていたとしても、カリムに適応されるとも思えない。
「お前は貴族が行くような場所にはいきたくないんだろ」
「息が詰まるからな」
「それならお前が好きな所に行け。ついてく」
「お前、それでいいの?」
「他に選択肢はないだろ。私は庶民が使う店なんて知らない。この辺りもほとんど出歩いたことがない」
全く自慢できることじゃないのに、カリムは妙に偉そうだった。その姿にラルスは笑ってしまう。
「んじゃ、俺が好きな所ふらふらするか。いいだろ」
「夕方まで時間を潰せれば何でもいい」
カリムの返答は素っ気ない。前だったら、何だその言い方と文句を言っただろうに、今はそれほど気にならないのは何故なのか。ラルスは少し考えたが、少しも理由が分からなかったので、すぐさま考えるのをやめた。
「んじゃ、とりあえず市いくか! 掘り出しものあったりして面白いんだよ」
ラルスが歩き出すとカリムが無言でついてきた。特に反応はないし、話しかけても来ない。ただ隣を並んで歩くだけ。それなのに不思議と気まずくはない。何だか昔からこうだったような気がして、不思議なものだと思う。
少し前までこうしてカリムと一緒に歩くなんて考えもしなかった。部屋に引かれた境界線は、満月の日以降取り払われた。それでも今まで線を越えずに生活するのが当たり前だったため、自然と二人の生活は別れたまま。それに対して二人とも何も言わなかった。満月の日だけ、既にない線を越えて入ってくる相手に対しても。何も。
隣を歩くカリムを見る。前を向いて姿勢正しく歩く姿はいつも通り。ラルスとカリムの距離は人一人分ほど空いている。一緒に出掛けているにしては不自然だ。不自然なのにラルスとカリムだと思うと自然な気がする。
セツナはもっと仲良くなれというが、ラルスはこの距離感でいいのはないかと思っている。ケンカすることは減ったし、少ないながらも会話もするようになった。他の異種双子と比べたらよそよそしいかもしれないが、最初と比べたら上出来だ。
ヴィオとクレアの姿が頭に浮かぶ。二人でいるのが当たり前。寄り添うのが当たり前。バラバラに生きる姿が想像できない、理想の異種双子。
その姿を思い浮かべると落ち着かない気持ちになったが、ラルスはその感情を振り払う。これ以上を求めるのは罰当たりな気がした。やっと普通に話せるくらいになったのだから、それで十分じゃないかと自分を納得させる。
「カリムさあ、腹減らねえ?」
普通、普通と唱えながら、不自然にならないように声をかける。カリムの綺麗な水色の瞳がラルスを見上げる。それだけで胸がざわつくのは気付かないふりをする。ワーウルフの本能が何かを叫んでいる気がするが蓋をする。
見ないふり。気付かないふり。学院に来てからラルスが一番上達したことだ。
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