5 セツナ乱心

 満月の日はカリムが協力してくれるという話でまとまったものの、だからといって急にカリムと仲良くなれるというわけでもなかった。出会って七年。顔を合わせればケンカを繰り返してきた間柄。急に打ち解けろといわれても、何をどうすればいいのか分からない。


 カリムも内心困惑しているのは匂いで伝わってきたが、表面上はいつもと変わらない涼しい態度を崩さなかった。それがラルスからすると癪に障る。自分だけ取り繕いやがってと噛みつきたくなるが、それをすると前と同じケンカに発展する。

 じゃあ、どうするか。それを考えたとき、カリムとまともなコミュニケーションをとってこなかったラルスには良い案が何も思いつかなかった。


「君たち、めんどい」


 微妙な空気を漂わせているラルスとカリムを見かねたのか、腕を組んだセツナが不機嫌な顔で言い放った。背後でナルセが「お兄様、素敵ですわー」と声援をおくったり、青嵐がおろおろしているせいで半減していたが、怒ったヴィオの三分の一くらいの迫力はある。

 美人は怒らせたら怖いとラルスは胸に刻み、カリムの隣で正座する。カリムはなぜ私がという顔をしていたが、黙って話を聞いた方がいい事は分かっているらしい。


「勝手に死にかけるまで追い詰められるし、追い詰められてるのに気づかないし。解決したかと思ったら、付き合いたてのカップルみたいにもじもじさあ」

「だれが付き合いたてのカップルだ!」


 さすがに黙っていられずに口をはさめば、セツナにギロリと睨まれた。これは珍しく、冗談ではなく本気で怒っていると気付いたラルスは体を小さくする。隣でカリムは背筋を伸ばしていた。


「君たちはさあ、話し合いが足りないんだよ。話し合いが。今まで同じ部屋で寝起きしてたくせして、何で一番重要なところが出来てないわけ。不愛想で無口なチビちゃんはまだ分かるとして、ワンちゃんは友達作るのは得意でしょ。何でそのスキル、チビちゃんには適応されないわけ」

「んなこと言われても、カリムは他の奴らとはちげぇし……」

「惚気んな!」

「惚気てねえよ!」


 今の発言のどこが惚気なのか。セツナは何を言ってるんだと、周囲に同意を得ようとすればクラスメイトは呆れた顔でラルスを見ていた。ナルセが妙に目を輝かせている理由もラルスには全く分からない。


「あのねえ、ワンちゃん。何でカリムと他の人は違うのかな?」

「その口調バカにしてね?」

「バカにされたくないなら、さっさと質問に答えて」


 再び睨みつけられてラルスは背筋を正す。助けを求めてカリムを見るが、カリムは空中を睨みつけていた。全く頼りにならない。

 ヴィオとクレアに助けを求めようと視線を動かすと、二人とも苦笑をうかべてラルスたちを見つめている。ラルスの懇願に気づいても助けてくれる気配はなく、あきらめてラルスはセツナに視線を戻した。


「何でって言われても、カリムはカリムだし」

「何でチビちゃんは、チビちゃんなのさ。他の人とはワンちゃんすぐ打ち解けたのに、チビちゃんだけ時間がかかった。何で?」

「出会いが最悪だったからだろ」

「いっとくけど、ヴィオと青嵐との出会いも酷いからね。初対面でワンちゃんは大暴れ。そのうえでケンカの仲裁だよ。印象最悪でしょ」


 セツナに言われてラルスは目を丸くした。言われてみればヴィオと青嵐には初対面で多大な迷惑をかけている。


「それなのに俺と仲良くしてくれるヴィオと青嵐って心広いな!」

「いや……うん、そうなんだけどね……気付いてほしいのはそこじゃなくてね……」


 セツナが唸り声をあげながら頭を押さえ始めた。「どうしよう、この鈍感」と低い声でいうセツナの背を慰めるように青嵐が撫でている。何でセツナがそんなに唸っているのか、ラルスにはやはり分からない。


「……分かるか?」


 一緒に怒られている立場だしとカリムに話題を振ってみる。カリムはチラリとラルスを見て、それから唸っているセツナを見て、


「全く分からん」

「この鈍感コンビが!!」


 カリムのやけにキッパリした物言いに、セツナがついにキレた。青嵐が押さえてくれなければカリムに殴りかかっただろう剣幕に、ラルスとカリムはそろってセツナから距離をとる。

 美形の御乱心は視覚的にも精神的にもきつい。


「セツナがいいたいのは、ラルスにとってカリムが特別だから他の人と同じように話せなかったんじゃないかという事だ」


 様子を見ていたセリーヌがため息交じりに言う。隣ではリノがいつも通りほほ笑んでいるが、その笑みがいつもよりも呆れて見える。

 周囲を見渡すと、みなセリーヌの言葉に納得した様子で「そうだ、よく言った」と頷いていた。


「何で皆それで理解できんの? カリムも分かってんのか!?」

「全く分からん」

「だから、何でわかんないのさ当事者!!」


 眉を寄せるカリムを見てセツナが叫んだ。あーもーと長髪をかき乱す姿は恐ろしい。しまいには乱れた髪の隙間から、血走った眼でラルスとカリムを睨みつける。思わずラルスたちは同時に後ずさった。


「分かった! 君たちは口でいっても分からない! 自分で気付くの待とうとした俺がバカだった」


 セツナは青嵐に拘束を解くように目で合図すると、ビシリとラルスとカリムを指さした。


「二人でデートしてきて!」

「デート!?」

「何で、コイツと!?」


 ラルスに指さされたカリムはムッとした顔をする。匂いも機嫌の悪いものへと変わったのを察知してラルスは思った。そうだよな。自分よりでかい男とデートとか言われたら不快だよなと。


「いま、ワンちゃんが大きな勘違いをした気がする」

「奇遇ですわお兄様。私も鈍感ヒロイン力を発揮したようにみえました」


 セツナが心底嫌そうな顔で、ナルセが実に楽しそうな顔で好き勝手なことをいう。顔の造りは一緒だし、仲もいいのに、今日は珍しく意見が合わないようだ。


「今週の日曜日、寮の前で待ち合わせね。夕方まで帰ってこないように。早く帰ってきたら門の外に放り出すから」

「ちょっと待てって、俺たちの意思は!?」

「別に問題ないでしょ。ねーチビちゃん」

「……しないとお前らは納得しないんだろ」


 ため息交じりにカリムがいうとセツナは目を細めて笑う。周囲を見渡してもやけに目を輝かせているナルセに、視線を泳がせている青嵐。穏やかに笑っているクレアに、ファイトと拳を握るヴィオ。セリーヌとリノはすでに興味がなくなったのか世間話をしているし、他のクラスメイトも休憩時間を満喫している。

 みんな薄情だと肩を落とすと、先ほどまでの御乱心が嘘のように上機嫌なセツナが肩を叩いた。


「仲良くなって帰ってきなよー」

「そう簡単に仲良くなれたら苦労しないっての!」


 他の奴らとは違う。相手はカリムだ。何を話していいかもよく分からないし、どこに行けばいいかもわからない。不満を訴えるために唸っても、セツナはニヤニヤ笑うだけ。


「仲良くはなりたんだね」

「え?」


 予想外の言葉に目を丸くするとセツナは楽し気に口の端を上げた。

 ラルスとセツナのやり取りを無言でみていたカリムがかすかに目を見開く。


「前のワンちゃんだったら仲良くなんてしたくねえ。っていっただろうにね、やっぱり番は違うのかな?」

「番だから仲良くなりたいってわけじゃ……」

「じゃあ、何で?」


 セツナの赤い瞳が目の前にある。ヴィオの温かくて優しいものとは違う、どこか禍々しくて怖い。それでいて綺麗な瞳。


「番は関係ないなら、何で仲良くなりたいの?」


 その問いにラルスの心臓が跳ねる。分からない。分からないのに、なぜだか胸がぎゅぅっと締め付けられた。


「……これは先が思いやられる……」


 完全に硬直したラルスを見て、セツナは肩を落とす。それからやれやれと首を振ると、青嵐とナルセの方へと歩いて行った。その後ろ姿を見送りながら、ラルスはセツナに言われた言葉を考える。


「……よくわかんねえ……」


 番だから仲良くなりたいのか、異種双子だから仲良くなりたいのか。それともカリムだから仲良くなりたいのか。どれも正しくて、どれも正しくない気がする。

 チラリとカリムを見る。カリムは腕を組み、何かを考えているようだった。匂いはいつも通りで、カリムが何を考えているのかは分からない。それに少し苛立って、ラルスは顔をしかめた。

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