3 伝わらない気持ち
「ワンちゃんたち、会議室に集まって何の話してたの?」
次の日になるとニヤニヤと嫌な笑いを浮かべたセツナが絡んできた。後ろで青嵐があわあわしているのに気づいているだろうに、全く気にする素振りがない。もしかしたら気づいたうえで、それも含めて楽しんでいるのだろうか。なんて性悪。
心情を隠しもせずに嫌な顔を向けてもセツナは相変わらずニヤニヤ笑っている。それどころか、先ほどよりも表情が活き活きし始めた気がする。間違いなく性悪だ。
「何の話って、大した話じゃねえよ。ワーウルフは異種族の中でも多いから、生活態度気を付けろよとかそういう感じの話」
「もーワンちゃんったらサラッと嘘ついて。番の話だって情報はすでに掴んでるんだからね」
「嘘ついても無駄」と爽やかに笑うセツナを見て、「知ってんなら回りくどい言い方すんな!」と吠えるが、セツナはさらに笑うだけ。後ろで青嵐が申し訳なさそうに頭を下げてくるが、青嵐は謝るものの止める事はない。というのもここ二年で学んだ。一見まともに見えるが、青嵐は何があってもセツナを優先する変な奴なのである。
「ワーウルフの事情なんて人間様にはどうでもいいだろ」
「そんなことないよ。自分でいったでしょ。学院にいる異種族はワーウルフがトップなんだから、ワーウルフの動向はそのまま異種族の動向ともいえるわけ。か弱い人間としてはそのあたりチェックしとかないとね」
そういうとセツナはわざとらしく青嵐にくっついた。何がか弱い人間だとラルスは思う。異種族の中でも数少ない上位種を侍らせたうえ、本人も見た目に反して強いというのは護身術の授業で周知されている。この学院内でセツナをか弱い人間だと思っている者はいないだろう。しかも貴族出身という力も持っている。
なぜこんな厄介な人間に厄介な力を持たせてしまったのかと、今は遠くにいらっしゃる創造神様に文句の一つも言いたくなる。
「人間が気にすることって言ったら、満月の日に気を付けるくらいだぞ」
何か言わないと永遠に絡まれそうだったので、適当にラルスは返事をした。嘘は言っていない。ワーウルフでもなく番でもない人間が気を付けることと言ったら、本当にそれくらいだ。
「満月の日はワーウルフが狂暴化するって話は聞いたことあるけど、今までそんなことなかったよね」
おふざけモードから真面目モードに移行したのか、セツナがラルスをじっと見た。これはこれで厄介だとラルスは思う。ふざけているセツナはどこまでも他人をおちょくって面倒くさいが、真面目になったらなってでこちらが見せたくない部分まで覗き込もうとして来る。その時、こちらの事情は一切気にしないというのも性質が悪い。セツナが気にするのは自分が得たい情報が得られるかどうかだけだ。
「ワーウルフが狂暴化するのは、満月の日に増幅する魔力によって酔っぱらうからだ」
どう説明しようかと悩んでいると、救いの手ならぬ救いの声が響いた。落ち着いた淡々とした声音はラルスが学院内で一番落ち着く声と言っていい。顔を上げれば思った通りヴィオがそこにいて、隣にはいつも通りにクレアがいる。
「ヴィオ、クレアちゃん!」
ラルスが二人にかけよるとセツナが顔をしかめた。自分の時は心底嫌そうだったのにという不満を感じるが、それは日頃のセツナの態度が悪いのである。
「青嵐も魔力の扱いはあんまり得意じゃないだろ」
ヴィオの言葉に青嵐は視線をそらした。じっと青嵐を見るヴィオの視線はぶれない。もしかしたら青嵐の種族に目途がついているのかもしれない。おそらく上位種。魔力の扱いが得意じゃない……と条件を絞っていけば、答えはあっさりとたどり着けるがラルスはそれをしなかった。
王都にすっかりなじんでいるワーウルフや猫又と違って、中位種以上は今だ珍種扱いされる。人間だと偽って過ごした方が生きやすいというのに、見える位置に紋章がある異種双子はそうもいかない。ならば事情を知っている自分くらいは素知らぬふりをしてやるのが情だろう。
「……なんとなくは分かったよ。つまりはワーウルフは満月の日になると魔力暴走を起こしやすいから、注意しろって言われたわけね。でも何で入学時じゃなく、今のタイミング?」
さすがセツナは理解度が早い。早すぎてこちらが触れてほしくない事にも気づいてしまう。ヴィオやクレアのようにポーカーフェイスが出来ればよかったのだが、ラルスは表情を取り繕うのが苦手だ。セツナの言葉に対して分かりやすく顔をしかめてしまったがために、セツナの視線はラルスへと固定された。
何か事情があるんでしょ? と無言の視線で問いただされる。
「クラスメイトなわけだしさー、満月は毎月くるわけでしょ。暴走するなんて怖い話聞いたからには、自衛のためにも詳しい話聞きたいって思うのは悪い事かなー?」
じわじわと距離を詰めてくるセツナにラルスは後ずさった。間違った事は言っていないのが余計に腹立つ。たしかに番がいないラルスはクラスメイトに迷惑をかける可能性がある。それなら最初から事情を説明しておいた方がいいのかもしれない。
チラリとヴィオとクレアを見る。ヴィオは顔をしかめて、クレアは困った顔でセツナとラルスのやり取りを見ていた。青嵐は相変わらずセツナの後ろであわあわしているが、やはり止めない。そんなに慌てるくらいなら一度くらいは止めてほしい。
「俺たちは番を見つける時期だから、今まで以上に満月の影響受けやすくなんだよ!」
黙っていたところで、セツナの事だからどこかしらから情報は手に入れる。後から変にからかわれるよりも、しゃべってしまった方が早いとラルスはやけくそ気味に叫んだ。
すぐに追撃してくるかと思ったセツナは意外にも目を瞬かせてラルスを見ている。きょとんとした表情は年相応で、おっとりした表情を浮かべるナルセに似ている。そういえばこいつら双子だったなと、ラルスは今更なことを思った。
「番って、ワーウルフが人生で一人だけ決めるって言う伴侶?」
「そう。それを見つけるために過敏になるから、十二歳を過ぎると今まで以上に魔力ため込みやすくなんの」
ワーウルフが魔力をため込むのは生き残るため、子孫を残すためだ。下位種であるワーウルフが生き残るためにとった道は、集団戦。数を増やし、皆で戦うことで世界大戦を潜り抜けたとラルスは聞いている。
「たった一人を見つけるための日……ワーウルフにとっては重要だよね」
セツナは納得いった様子で頷く。ヴィオとラルスから聞いた情報を整理しているのか、しばらく黙っていたが、やがてニヤリと口の端を上げた。
「ってことはさあ、ワンちゃんはついにチビちゃんが番だって認めたわけだね」
「は? あいつが番なわけないだろ」
その言葉に空気が凍り付いた。
ピタリと固まったセツナ、青嵐。なぜかヴィオとクレアまでもが驚いた顔でラルスを見ている。その反応に驚いたのはラルスだった。
「まてまて、何でお前ら俺の番がカリムだと思ってんの!? ありえねえだろ!」
「いやいや、こっちこそありえないんだけど! えっじゃあ、チビちゃんじゃないなら、誰!? ワンちゃん誰が番なの! 伴侶なの!!」
セツナが珍しく混乱した様子でラルスの肩を掴んだ。指が肩に食いこみ結構痛い。こいつ本当に人間か? と思うような力、いつになく必死な表情にラルスは何もいえずにセツナを見返した。
そんなに動揺することか?
「まだ、見つけてないけど……?」
「見つけてないって、つまりはチビちゃん以外にいるってこと!?」
「そうだろうけど、何でそんな驚いてんの? お前ら、俺とカリムが仲悪いの知ってんだろ?」
同意が欲しくてヴィオとクレアを見る。二人とも何とも言えない顔でラルスを見ていた。言いたいことは色々あるけど、何から言っていいのか分からない。そんな顔。
「あれだけお互い意識しといて、別の奴登場する展開あり!? なしでしょ!! ちょっとやめてよ! 俺は振り回すのは好きだけど振り回されるのは大嫌いなんだから!!」
「知らねえよ!」
ラルスの肩を掴んだまま、下を向いてわめくセツナにラルスは精一杯怒鳴った。いつのまにかクラス中の視線を集めているし、何故か皆「ウソだろ」とか「ほんとに?」とかセツナと似たような反応を見せている。ラルスだけが完全に置いてけぼりの空気。
「お前らがどう思ってたのかは知らねえけど、カリムだけは絶対にありえねえから」
そういいながらセツナの手を払いのける。肩に食い込んでいた指はいつの間にか力がぬけて、あっさりと離れた。セツナは状況が今だ理解できていない様子で、視線をさまよわせた。
「とりあえず、チビちゃんしめようかな……」
「それは止めない」
よく分からないが、カリムがしめられるのならいい気味だ。そう思ったが、ラルスの言葉にうなずいたセツナの表情が思いのほか本気だったので、少し不安になる。
「……ほどほどにしといてやれよ?」
「君たちのそういうとこ、ほんとさあ!!」
落ち着いたと思ったら再び騒ぎ始めたセツナを見て、ラルスは引きつった笑みを浮かべた。よく分からないが情緒不安定らしい。こういう時は関わらないに限るとラルスはそそくさと教室を後にした。
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