2 魔力暴走
ルルがテリトリーに帰って少したった放課後、ルルが言った通り同級生のワーウルフ――ラルスを含めて四人は会議室に集められた。ざわめく同級生たちを見ながら、ラルスはルルが言っていたことを思い出す。
運命の相手。その言葉だけ聞くとずいぶんきれいで夢のある話のように思えるが、ラルスはすでに運命に手荒い歓迎を受けている。運命という言葉すら嫌いになりかけている今となっては、気が進まない。けれど、真面目に聞いた方がいいと帰り際ルルに念押しされてしまってはサボることもできない。
「放課後に呼び出してすまない。しかし、これは君たちにとって重要なことだ」
そういいながら会議室に入ってきた教員はワーウルフだった。白髪交じりのお爺ちゃんで、生徒と一緒に遊んでくれるし、茶目っ気もあり人気の先生だ。怖い先生ではなかったことに生徒の間で安堵の空気が伝わるが、重要なことという言葉に他二人が顔を見合わせる。
一人は無言で先生を見つめているから、ラルスと同じように何かしらの話を聞いているのだろう。
先生はぐるりと生徒たちを見回すと、歯を見せて笑う。人間に比べると鋭い、ワーウルフの牙が見えた。
「この中に番を見つけている者はいるかい?」
先生の言葉にラルス以外の三人が手をあげた。その事実にラルスは驚いて目を見開く。そんなラルスを先生はチラリと見つめる。何を考えているかは分からなかったが、妙な焦りを感じた。
まだ十二歳。番がやっと見つけられるようになる年齢でほとんどのものが見つけているとなれば、ルルの焦りや不安が分かるような気がした。
「ワーウルフの本能は鋭い。とくに番を見つけることに関しては。だから君たちが相手を番だと思っているのであれば、番だろう。しかしながら、君たちはまだ学生だ。ワーウルフのテリトリー内ではともかく、『人の国』に異種双子という立場で来ている以上、後先を考えない行動は控えた方がいいだろう」
先生の言葉の意味がラルスはよく分からずに首をかしげる。後先考えない行動とはいったい何なのか。同級生たちを見れば、他三人も分かったような、分からないような微妙な顔をしていた。その反応を見て先生は苦笑する。「そのうち分かるさ」という答えになってない答えを口にすると、説明をつづけた。
「ワーウルフは月の満ち欠けで魔力量が変わる種族だ。満月に近づけば近づくほど、魔力がみなぎる。しかしながら、ワーウルフは他の種と比べても魔力の扱いは下手だ」
そういうと先生は肩をすくめて見せた。
魔力の扱いが上手いとされる種はヴァンパイアが有名だ。少量の魔力でも巧みに扱い、使い魔を召喚したり幻覚で己の姿を消して見せたりする。
「満月によってワーウルフは力を得るが、それを上手く使いこなせない。活力がみなぎりすぎた結果、トラブルを起こすことも少なくない。テリトリーにいたとき、満月の日に浮かれすぎて失敗をする大人を見たことはあるだろう?」
先生の言葉に生徒たちは顔をしかめた。みんな覚えがあるらしい。
ラルスもそうだ。近所のおじさんが満月の日になると酒を持ち出し、歌い、踊り、大騒ぎを繰り広げ、奥さんにうるさいと水をぶっかけられていたのは恒例行事だった。それを見てラルスは今日が満月だと気付いたほどだ。
「そんな失敗をしないためには気持ちを強く持つこと。魔力をため込みすぎないことが重要だ。それを手助けしてくれるのが番であり、仲間なんだよ」
先生はそういうと生徒たちの顔を見渡した。
「ワーウルフは魔力を上手く扱えない。ため込んだ魔力を外に出すのが苦手なんだ。けれど、相性のいい番や仲間と一緒にいるとため込んだ魔力を自然と外に出すことが出来る」
「どうしてですか?」
生徒の質問に先生は困った顔をした。
「それがよく分からない。一説によれば、自分の番、仲間を守ろうとする意識により魔力を外に放出すると言われているが、あくまで説だ。しかし、仲間や番と一緒にいることにより魔力酔いが落ち着くという事例はいくつもあるし、君たちもこれから体感することだろう」
そこで先生は一拍おいて、再び生徒たちの顔をみる。しかし、その表情は今までとは違い真剣なものだった。
「しかし、今だ番が見つかっていない者は注意が必要だ。満月が来るたびに私たちは魔力をため込んでしまう。それを上手く放出できなければ、どんどん内に溜まるだろう。それは魔力酔いを引き起こし、最終的には暴走を引き起こす」
先生のいつになく鋭い声に視線がラルスへと集まった。この場で番を見つけていないのはラルスただ一人。
「己の中で創造神から賜った力が暴れまわるのだ。甘く見てはいけない。我慢してもいけない。番がいるものは番に協力してもらい、番が見つかっていない者は同じく番がいない者……場合によっては番がいる者にも協力してもらい、魔力を外に流す。そうしなければ、最悪……死にいたる」
教室の空気が凍り付く。どこか他人事で聞いていたラルスも同級生たちも不安そうにお互いを見る。
「あくまで最悪。という話だ。その前に魔力を外に逃がせば何とかなる。だからこそ、番が見つかったものは誰が番なのか正直に報告してほしい。相手が異種族だった場合、相手に受け入れてもらえないこともあるだろう。そういう時はワーウルフ同士で助け合うほかない。我慢はいけない。正直に。大丈夫だなんて過信してはいけない」
先生は一人一人の目を見ながら念押しした。目があい、ラルスは頷く。
今だ自分には番はいないし、誰かに協力してもらえなければ満月の日は乗り越えられないだろう。寂しいと話していたルルの姿が浮かび、一人で耐えるのは無理なのだと理解できた。
ワーウルフは誰かと共にいるのが好きな種族なのだ。皆が番といるなか、一人きりで満月の日を過ごすなんて耐えられるはずがない。
「細かい注意点などはテキストにまとめて置いた。皆ちゃんと読むように。番の報告の仕方も乗っているから、番が分かっているものはすぐに提出するように。満月の症状には個人差があるが、十二歳頃から症状が現れ始める。気付いたらすぐに私に教えてほしい。私に言いにくいなら、別の先生でもいい。とにかく誰か一人でいいから先生に相談してくれ」
元気な返事が会議室に響く。それを聞いて先生は満足気に頷いた。「では。解散」という先生の一言で、会議室は賑やかになる。テキストをめくる音、内容について話す声。賑やかになった会議室の中で、ラルスもテキストをめくり、内容を確かめる。
満月の日の魔力暴走。という言葉が目に飛び込んできた。
十二歳をすぎた頃からワーウルフは大人になる準備段階として満月の日に魔力をため込み始める。相性のいい仲間といることにより魔力を放出することが出来るが、一番よい相手は番である。
番が誰かは魔力暴走が始まってから、特に満月の日にはよく分かる。目の前にいなくとも、その日は感覚が過敏になり、遠くにいる番の気配を感じとる者もいる。番といることで魔力は安定するため、満月の日は番と共にいることが推奨される。
番が見つかっていない場合は、同じく番のいないワーウルフ同士。特に相性のよい相手といることで、ある程度の緩和はされる。しかしながら番と共にいるほどの安定は得られないため、早い段階で番を見つけられるよう行動することを推奨する。
テキストの一通り読んでラルスは息を吐き出す。
ルルが探している番。リルが見つけた番。それがラルスには今だ想像が出来ない。どんな相手が良いかなんて、考える気も起きなかった。
一瞬頭に、オレンジの髪をした少年の横顔が見えた。それをラルスは慌てて振り払う。それこそありえない話であり、ありえてはいけないのである。
異種双子が必ず番になるわけではない。番と片割は別にいるワーウルフだっている。だからラルスだって、別の番がどこにいて、その番はラルスを受けいれてくれるはずだ。
そう分かっていても気分がすぐれないのは、運命という言葉が陳腐なものだと知ってしまったからだろうか。
他の三人は番の提出方法について確認し合っていた。不安もあるが、それ以上に喜びが見える。番を先生に報告することは、認めてもらえるのと一緒なのだ。
そんな同級生たちを見ているとラルスはどうしようもなく寂しくなった。自分だけが番を見つけられていない。あの輪の中に入れない。こんな気持ちをルルはずっと抱えて、それでも笑ていたのだろうかと考えると涙が出そうになった。
他の三人に気づかれないようにラルスは会議室を出る。
手に持ったテキストのことも、番の事も、片割のことも、何も考えたくない気分だった。
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