5 神力と魔力
そんなことを考えながらクワを動かしていたラルスは、ある考えが頭に浮かんだ。そういえばカリムの事を何も知らないと。
身なりや言動からして一般庶民ではないと思う。しかしセツナやナルセほど煌びやかにも見えない。
「カリムって……畑耕したことあんのかな……」
気付けば考え事が口から洩れていて、ラルスは驚いた。完全に無意識だったため、聞こえた己の声にびっくりし、口をふさぐ。
といってももう遅く、少し離れた場所で畑を耕していたヴィオ、肥料を作っていたクレアが目を丸くしてラルスを見ていた。
「い、いや、なんか、アイツお坊ちゃまっぽいから、こういうことしたことなさそうだなあって……」
何に対しての言い訳か分からないが、何だか気恥ずかしくて、ラルスは必死に言葉を続ける。自分でも何を言いたいのか、何を言っているのかよく分からないが、黙ったら負けだとばかりに喋り続けた。
そんなラルスを見てヴィオとクレアは顔を見合わせ、クレアはくすくすと笑い、ヴィオは呆れた顔をする。
「気になるなら、リノにでも聞いたらどうだ」
「えっ」
予想外の言葉にラルスは動きを止め、ヴィオを凝視した。ヴィオはなぜか顔をしかめてラルスを見つめ、やがて息を吐き出した。
「カリム本人には聞きにくいんだろ。それならリノに聞けばいい。セツナも知ってるようだが、アイツは事を荒立てそうだしな」
「面白がりそうな気はしますね……」
神妙な顔で頷くヴィオとクレアを見て、教室で見るセツナの言動を思い出す。とにかく言動も顔面も派手。教室で少々浮き気味のカリムを飽きもせずにからかっては、カリムに睨まれている姿を思い出し、たしかにとラルスは納得した。
「カリムもリノにだったら本音を口にしているかもしれないし、リノだったらお前を邪見に扱うこともないだろ」
「セリーヌさんも良い方ですよ。きっとラルスさんの相談に乗ってくれます」
ヴィオとクレア、両方に後押しされてラルスは考える。聞いてみてもいいのだろうか。カリムがどんな奴なのか。勝手に聞いたりして、カリムは不快に思ったり、一層関係が崩れたりしないだろうか。そんなことを悶々と考えて、考えながらラルスは自分の思考に首を傾げた。
大嫌いな奴なのだ。会った瞬間に殺したくなった奴なんだ。なのに何で俺はカリムの事を考えて、気を使って、知りたいなんて思っているんだろう。
しかしその疑問を解消しようと考えれば考えるほど、思考はグルグル回って沈んでいく。答えが出ないまま沼にはまりそうになったところで、元々考えるのが苦手なラルスは開き直った。
「俺、リノに聞いてみる!」
考えるより行動した方が早いだろうと。
「きっと大丈夫ですよ」
クレアが穏やかな顔で笑っている。ヴィオに視線をうつせば、クレアと同じように柔らかな表情で頷いた。その姿を見ていたら、大丈夫だとラルスは自然と思ったのだ。
「その前に畑作りだな!」
「そうだな。次の授業までサボったら先生に怒られるしな」
ヴィオの言葉にラルスは固まった。
ラルスは定期的に授業をサボるのでいつもの事だったが、考えてみればクレアはラルスを気遣って教室を出た。それにヴィオもついてきた。準備をして畑に来るまでの間に次の授業開始の鐘の音はなっている。つまり、二人はラルスに付き合って授業をサボったということだ。
「ご、ごめん! そこまで頭回ってなかった!」
今だったらカリムがいう「バカ犬」というのもよく分かる。たしかに自分は周りが見えておらず、考えが足りていないバカだとラルスは肩を落とした。優等生であるクレアが、これで先生に目をつけられたらどうしよう。怒られたらどうしようと嫌な考えが頭の中を巡る。
「大丈夫ですよ。私、先生からラルスさんとカリムさんに何かあったら宜しくって頼まれていますから」
「俺も、二人がケンカしそうになったらそれとなく距離を放してくれって頼まれている」
自己嫌悪に落ち込むラルスに聞こえた言葉はまたもや予想外の事で、ラルスは顔を上げるとクレアとヴィオを凝視した。二人はそんなラルスを見て、悪戯が成功した子供のように笑っている。
「今回のことも、先生だったら事情を察して多めに見てくれますよ」
「お前は自分が思ってる以上に、周りに心配されてるんだって自覚した方がいい」
ぽかんと二人を見ていたラルスは言葉の意味が分かると同時に、ウズウズと耳やしっぽの辺りが震えるのが分かった。あんまりしっぽや耳を出してはいけない。それはワーウルフにとって大事なものだから。そう両親や姉たちに口を酸っぱく言われたけれど、ラルスは我慢できそうになった。
「お前ら好きだ!!」
そういってヴィオに飛びついたラルスの耳には狼の耳。ブンブンと振られるしっぽを見て、クレアは驚き、それからほほ笑む。力いっぱい抱き着いてくるラルスを見て、ヴィオは呆れた顔をしていたけれど表情は柔らかいものだった。
「ラルスはもう少し、魔力の制御覚えた方がいいぞ……」
「……魔力? 神力じゃなくて?」
聞きなじみのない言葉にヴィオに抱き着いたまま首を傾げた。ニュアンス的に神力。この世界を創造したとされる創造神、ルディヴィア様が世界に残したとされる力の事を言っているのは分かる。しかし神の力と魔の力では全く違うものに聞こえた。
「神力とか恵力っていうのは異種族。人間は魔力。学者なんかは大地の力で地力っていう奴もいるらしいけど、少数派だな。
人間社会で生きるなら魔力って言った方が通じるし、角が立たない」
「何で?」
少々ふてくされた物言いになったのを自覚しながらラルスはヴィオを見た。
ワーウルフは創造神に対する信仰が厚い種族ではない。信仰が厚いとされる種はエルフだが、あそこまで行くと怖いと思う。すでにこの世界にいないとされる神を何故あそこまで信仰できるのかとラルスとしては疑問だ。それでも世界を造り、残される種を思い己の力を大地に残したとされる神の力を「魔力」というのには違和感があった。
しかしヴィオはいたって真面目な顔でラルスを見下ろしている。チラリと見たクレアの表情も神妙なものだった。
「お前も知ってる通り、人間は創造神の力を感じ取る力がない。この世界で唯一神の恩恵を受けられなかった種族ともいえる」
「……でもそれって、人間が力を断ったからだろ」
この世界を造る時、創造神は最初につくった人の形をした者たちに天地創造の手伝いを頼んだ。その時の働きに応じて各種族たちは創造神から恩恵を受け、今の姿になったとされる。それを断ったのが人間だ。創造神が最初につくったこの姿を気に入っているから、このままでいい。そういった人間は、創造神が最初につくった姿のまま生きていると伝わっている。
「俺は神話なんて興味ないから本当のところは知らないけどな、種族によっては違う伝わり方をしているんだよ。
人間は天地創造の際、創造神の役に立てなかったので何も与えられなかった。ってな」
初めて聞く話にラルスは目を瞬かせる。
「その説の方が有力だった時代は、人間の立場は本当に弱かった。神に見放された種族には何をしてもいいという風潮があったから、扱いは本当に悲惨だったらしい。対する人間は、他種に対しての対抗手段をほとんど持たなかった。だから人間にとって俺たち異種族は魔の者。俺たちが使う力は魔の力。魔力なわけだ」
淡々と話すヴィオにラルスは何も返事が出来なかった。ラルスが今まで聞いてきた話とはまるで違う。
たしかに「人の国」が出来る前、人間の扱いは悪かったと聞く。しかし、それはあくまで昔の話で今は違う。そう本には書いてあった。今は皆仲良く暮らしている。そんな風に話は終わっていたのだ。
しかし、未だに神力を「魔力」と呼ぶ人間は本当に異種族を許しているのか。まだ根本には消えない恐怖があるからこそ魔力と呼び、「人の国」から出ようとしないのではないか。そう思ったら、何だか言い知れない不安と寂しさが胸を駆け抜けた。
「異種双子は微妙な立場だ。人間の近くにいる。けれど人間ではない。異種族の立場も人間の立場も近い位置で見ているからこそ、どちらかを選べない。人と異種族の橋渡しなんて言われているけどな、そんな大層なものになれる自信はない」
ヴィオはそういうとクレアを見た。クレアは困った顔で笑う。
「だから知ろうとすることは止めてはいけないし、寄り添おうと考えることも止めてはいけないんだ。いつか人間が神力というようになるのか、異種族が魔力というようになるのか。全く違う第三の言い方が現れるのか。それは分からない。けれど、今俺たちに出来ることはそういうモノだと受け止めることなんだよ。きっと」
ヴィオはそういうとポンポンとラルスの頭を撫でた。同い年なのに、年上にされているような気持ちだった。ラルスには姉しかいないけれど、兄がいたらこんな感じだったのだろうかとぼんやりした思考で考える。
「……あんまり落ち込むな……」
「……落ち込んでねえ……」
「しっぽと耳、下がってるぞ」
慌ててラルスは耳としっぽを抑えたが、すでに遅い。確かに耳としっぽは残念はほどに垂れ下がり、悲しみを目に見える形であらわしていた。
「魔力って呼ぶ人間と、神力っていう異種族。その認識の違いを改める方法なんて俺には全く思いつかないけど、カリムの事はそれに比べたら簡単なんじゃないか」
耳としっぽをしまおうと意識を集中していると、ヴィオからからかうような声が聞こえる。見ればいつものヴィオに比べると意地悪い顔で、ニヤニヤと笑っていた。そんな顔も出来るのかと思いながら、ラルスはムッとした。
ヴィオの言う通り、大きな認識の違いに比べたらカリムと仲良くなるなんて簡単なこと。そう思えてしまったのが悔しかったのだ。
「上手くいかなかったら慰めろよ!」
「もちろんだ」
「怪我したらすぐに治せるように塗り薬作っておきますね」
「怪我するの前提なのか……」
肩を落とすラルスをみてクレアとヴィオは笑う。そんな二人を見ていたら、なんとかなる。そう、その時は思えたのだ。
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