4 畑作り
クレアに手をひかれて教室をでたラルスは、温室の脇にある倉庫へ向かった。
そこには植物の手入れに必要な道具がそろっている。クレアとヴィオと何度も足を運んでいるためラルスからすると慣れた場所だ。
温室の植物を積極的に手入れしているクレアは倉庫にあるものを自由に使っていいという許可をもらっていた。
温室や庭園の世話は庭師などの専門の者が行う仕事のため、生徒が許可をもらっているのは異例の事らしい。クレアが植物好きなこと、授業への姿勢や生活態度が良い事からの特別対応だ。
大人にすら信頼されているクレアをラルスは素直にすごいと思っている。クレアだって故郷を離れ、家族から離れ、慣れない場所での生活をしている事はラルスと変わらない。それなのに不安を覚えたり、戸惑ったりするよりも学院に早くなれ、住みよい環境を作ろうと行動している。
そんなクレアを見ていると、片割と上手くいかないと嘆いている自分が子供っぽく見えてラルスは少し恥ずかしくなった。
倉庫から必要な道具をとり、次の目的地へと移動する頃にはクレアの機嫌は戻っていた。というよりも、上機嫌になっていた。
教室を出る直後の不満そうな匂いは綺麗に消え去り、楽しそうな匂いが漂ってくる。今から植物の手入れをする。そう考えたら嫌な事は吹っ飛んでしまったのだろう。
クレアは植物が好きだ。暇があれば温室や庭園に出向き、花を愛で世話をする。ラルスからすると雑草にしか見えない植物も、全部同じに見える木々も、クレアは丁寧に名前を教えてくれる。植物の話をするクレアは楽しそうで、そんなクレアを見るヴィオも楽しそうだ。ラルスは幸せの匂いをまとった二人を眺めるのが大好きで、二人と一緒にいる時間がとても大切だった。
「クレアちゃん、畑作る許可もらえたんだな」
ヴィオと一緒に畑を作るための肥料や、クワ、スコップなどの道具を運びながら、前を歩くクレアに話しかける。
いつもの落ち着いた空気が薄れ、年相応の少女のように浮かれた足取りでクレアは歩いている。その手に持っているのは植物の種。歩くたびに揺れる桃色の髪がクレアの機嫌の良さを表しているようで、ラルスはいっそう嬉しくなった。
「はい」
顔だけ振り返ったクレアは満面の笑みを浮かべる。クレアはいつも微笑んでいるがその笑みは控えめだ。鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌なのは植物とヴィオを前にしたときだけ。ヴィオも乏しい表情を大きく動かすのはクレアの前だけなので、似た者同士の異種双子だ。
「クレアだったら任せても問題ないって、言ってもらえたんだ」
肥料を抱えたヴィオは自分の事のように喜んでいる。それを見ながら、確かにクレアなら大丈夫だろうとラルスは思う。
ラルスは植物のことはよく分からない。山や森を駆け巡っていたラルスからすると、植物はほっといても勝手に育つものであり、手入れをしなければいけないというのは想像がつかない。
それでもクレアが丁寧に手入れをした花が綺麗に咲いていることは理解できた。ヴィオと一緒に手入れを手伝うことは多いが、クレアが手入れをしている花は他のものより輝いて見える。匂いだって濃く、良い香りがするのだ。
「でも畑ってことは、いつも世話してるのとは違うのか?」
抱えたクワやバケツに入ったスコップを見つめてラルスは首をかしげた。花壇と畑の違いくらいならラルスにだってわかる。わざわざ畑というのだから、野菜を育てるのだろうか。
「薬草を育てるんですよ」
今の時期に採れる野菜を考えていたラルスはクレアの言葉に驚いた。それから嫌なことを思い出して顔をしかめる。
ラルスがいた村には医者などはおらず、切り傷などは山から薬草をとってきてすりつぶし、傷口に塗り込んで治していた。その薬草の匂いがラルスは苦手で、怪我をしても隠して悪化させ、大人たちによく怒られた。そんなことを繰り返してきたラルスからすると、薬草には良い印象が全くない。それをわざわざ育てるというクレアの事がよく分からなかった。
「育てて、何に使うんだ……」
「色んな事に仕えますよ。切り傷、擦り傷、疲労回復、リラックス効果……」
ほかにもポンポンと止まることなく出てくる効能にラルスは目を丸くした。ラルスの中の薬草はただ傷口に塗り込む嫌な臭いがするものというイメージで、クレアが話すような沢山の効能があるなんて思わなかったのだ。
「薬草ってすごいんだな」
「本当にすごいんですよ、植物は。人間よりもよほどたくましく、大地に根を張り、長い時間を生きられるんです」
そう語るクレアの表情は輝いていた。年相応の子供らしく紫色の瞳をかがやかせ、頬を上気させるクレアはとても可愛らしく見えた。同時に故郷に残してきた妹たちの姿が脳裏に浮かぶ。大人びた同級生の子供らしい姿にラルスは少しだけソワソワした。
「薬草は一種類だけでも効果がありますが、複数の種類を混ぜて作ると、また違った効果が出るんですよ。ラルスさんみたいに鼻がいい種族は匂いが気になると聞きますが、育て方によっては匂いも気にならなくなります」
クレアがそういってラルスに差し出したのは、麻袋に入った植物の種。クレアの言葉に驚きながら種をラルスは覗き込むが、複数ある袋は全て一緒に見えてラルスには違いが分からない。そもそも薬草の種を見たことすら初めてだ。父や母がとってきた苦く臭い薬になる植物が、どの種かすら分からなかった。
「匂いが気になるのは、育てて作る側が下手なだけだ。クレアは上手いから、ラルスが使っても気にならないぞ」
ヴィオはいうとクレアにだきついた。それをクレアは慣れた様子で受け止めながら、畑を耕さなくてはと目を輝かせる。
楽しそうなクレアを見ていると、苦手意識のあったラルスも興味がわいてきた。これらの種は一体どんな薬草になるのか。本当に苦みも匂いも抑えられるのか。もし抑えられるのなら、今度両親や姉たちに会ったときに教えてやろう。そう思ったら、ラルスは楽しくなってきた。
温室の裏手にある一体は畑となっている。食堂を切り盛りする料理人の趣味で作られたものらしいが、面積がある割にはほとんどは使われていない。その一部をクレアが学院側から借り受けて薬草畑にするらしい。
持ってきたクワでヴィオと一緒に畑を耕す。自然と共に生きてきたラルスからすれば、畑を耕すことは小さな頃から行っていたことだ。肉食のワーウルフも野菜を待ったく食べないわけじゃない。狩りが上手くいかなかったときや、動物が冬眠してしまう冬などは野菜でしのぐことだってある。
王都は整備された道が多く緑が少ない。綺麗ではあるけど落ち着かなさを感じていたラルスは、久々に感じる土の感触が嬉しくて仕方なかった。
「ラルス慣れてるな」
「ヴィオもな」
慣れた手つきのラルスを見てヴィオは目を丸くしたが、ラルスから見るとヴィオが慣れていることが意外だった。クレアの趣味もあるだろうが、生きるために田畑を耕していたと分かる動きだ。
ヴィオとクレアはどこの辺り出身なんだろう。そうラルスは思ったが、口には出さなかった。種族を聞くことはタブーなのと同じで、出身を聞くこともタブーだ。異種双子はどこの誰に生まれるか分からない。貴族に生まれることもあれば、一般庶民に生まれることもある。
そうした生まれの差は学院内では関係ない。平等に異種双子として扱われる。しかしながら、育った環境や境遇の差は埋めようがなく、言動や身なりである程度の察しはつく。それを種族と同じく気づかないことにするというのが学院内のルールだった。
しかしながら、奇妙なことだとラルスは思う。
同じ年に生まれた異種双子というだけの共通点で、生まれも育ちも違う。種族すら違う子供たちが集められ八年という長い月日を共に過ごすのだ。
何とも不思議な状況だとラルスはどこか他人事のように思った。
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