2 初めての王都

 十歳になるとラルスは異種双子の学校――アメルディ学院に入学するため故郷を旅立った。

 ラルスだけだと心配だとついてきた父と姉のルルは視界にはいった石杭を見て胸をなでおろす。

 テリトリーを示すのはシンプルな石杭だ。テリトリーをぐるりと囲むそれは、ワーウルフのテリトリーと同じもののはずだが、何故だか違って見えた。


 幼い頃なんとなく遠いというイメージを持っていたが、実際歩くとなるとやはり遠い。「人の国」に行く前にと父に連れられて何度か旅行したことのあるラルスだったが、緊張も相まってから今回の旅路はやけに長く感じられた。


 「人の国」への滞在許可書をもらうためにラルスたちは列に並ぶ。旅行らしい大きな鞄を背負った男。大きな馬車に荷物を詰め込んだ商人。旅芸人らしく華やかな雰囲気をまとった男女が混ざった一団に、何か訳ありなのか母としっかり手をつないだ幼い少女。


 異種族は他種の前で本質を出さない。

 ワーウルフであるラルスたちは耳としっぽをしまって、人と変わりのない姿をとっている。それでもこうしてテリトリー外にいるということはほとんどが異種族。人は弱く「人の国」から護衛なしに出ることは自殺行為と言ってもいい。

 だからこそ、様々な種族が人間に成りすまして「人の国」にはいろうとする姿はラルスから見て面白く、新鮮に思えた。


「嗅いだことない匂いが多いけど、何の種なんだろ」

「それはマナー違反だからな。ラルス」


 ラルスのつぶやきを拾った父がシィっと唇に手を当てた。ルルも「ダメだよ」と眉を寄せる。それにラルスは素直に謝った。

 

 各テリトリーが出来て他種との小競り合いが減った現在、各種族が交流の場として使うのが「人の国」である。そこでは種族に関しては聞かない。知っても知らないふりをするというルールが存在する。

 いくら小競り合いが減ったとしても、仲の悪い種というのは存在する。ワーウルフの場合は猫又とは馬が合わない。だからといって会うたびにケンカをしているわけにもいかない。ならば知らないふりをしようという子供のような理屈だが、これが意外と上手くいっている。


「ラルス、学校でもその調子でうっかりしないでね。同級生の半分は異種族なんだから」

 ルルの言葉にラルスは体を小さくする。耳としっぽが出ていたら下がっていたに違いない。


「耳としっぽも出さないようにするんだぞ。お前はコントロールが下手だから」


 父からの追撃にラルスは視線をそらした。

 ラルスは他のワーウルフと比べても耳としっぽを隠すのが下手だった。隠せないわけではないのだが、びっくりしたり感情が高ぶったりするとすぐに表に出てしまうのだ。

 異種族にとって本質の姿は急所でもある。嫌いな相手に触られると鳥肌が立つどころか、食い殺したくなるという肉食種特有の獰猛さを発揮するため、他種との共同生活においてはトラブルを避けるために表に出さないが鉄則だ。しかし、ラルスは幾ら練習しても綺麗に隠し通せるようにならなかった。


「ルルは完璧なのになあ……」


 父は長女のルルの姿を見てため息をつく。ふふっと笑うルルは自慢げで、身内の贔屓目を見ても美人だった。周囲の視線が集まっているのも気のせいではないだろう。


「いざとなったら、すぐ連絡してね。お姉ちゃん、すぐ駆け付けるから」


 可憐な容姿とは裏腹に、握りこぶしを作るルルを見て、ラルスは気を付けようと胸に誓った。ルルは見た目は母親似でおしとやかに見えるのだが、中身は勇猛果敢。年上の男衆に交じって狩りに行けば、一番の大物を抱えて戻ってくる。そんなルルが本気で怒鳴りこんできた図を想像したラルスは、そうならないように気を付けようと心に決めた。


「次の方ー」


 前の人が終わったらしく、関所の人間がラルスたちに声をかける。

 その声に慌てて父は鞄の中から証明書を取り出した。学院から届いたラルスが異種双子であるという証明書である。これを見せればスムーズに関所を通過できる。そうラルスは聞いており、それだけのものだと思っていたのだが、証明書を見せられた役人は顔色を変えた。


「異種双子の方でしたか! なかなか来られないから何かあったのかと心配してましたよ」


 異種双子という言葉に周囲がざわめいたのが分かった。ぼんやりと列に並んでいた者たちが、身を乗り出してラルス達を見つめている。ラルスは居心地が悪くなって身を小さくしたが、ルルは堂々としていた。


「もしかして他の異種双子はもう王都に?」

「こちら側を通るだろうって方は中に入りましたね。時間としては十分間に合いますが、万が一もありますので、馬車をお使いください」


 役人は父の言葉になれた様子でそういうと「異種双子様だ。馬車用意して」と声を張り上げた。

 当たり前に馬車が用意されることにラルスと父はギョッとしたが、ルルは「良かったわね」と笑っている。姉の肝が据わりすぎていてラルスは別の意味でも驚いた。


 役人が声を張り上げたことで、「異種双子だって」「珍しい。初めて見た」という声が聞こえてくる。珍しい存在だとは言われてきたが、こうして周囲の反応を目の当たりにすると複雑な気持ちになった。見世物小屋の動物のようで、少しイラつく。


「それだけ大切にされているってことよ。弟が愛されててお姉ちゃんは嬉しいわ」


 ムッとしたラルスに対してルルは笑顔でそういうと、ラルスの頭を撫でた。ラルスよりも身長は低いが、やはり姉だ。かなわないなとラルスは思いながら、役人に言われるままに馬車に乗り込む。


 馬車のお陰で王都までの道のりは快適だった。毎年この時期になると異種双子をのせているのか、馬車の引く男はラルスたちに不躾な視線も向けないし、余計な詮索もしてこない。ルルが「王都ってどういうところですか?」と聞けば愛想よく答えてくれる、ちょうどいい距離感の人間で安心した。


 王都にも関所はあったのだが、そこも異種双子の証明書であっさり通過することができた。それによって「人の国」がどれだけ異種双子を大切に扱っているのかが見え、ラルスは一人緊張した。同時に、それほど好待遇を受けるような価値が自分にあるのだろうかと首をかしげる。

 村にはラルス以外の異種双子はいなかったし、時折他の村に異種双子がいるという噂はきいたものの、今まで会うこともなかった。異種双子だからといって村の人はラルスへの態度を変えることもなく、生まれつき紋章があるかないか。そのくらいの違いだとラルスは認識していたが、「人の国」においてはその違いはかなり大きな違いらしい。


 それは「人の国」の成り立ちに由来するとラルスは本で読んだが、自分のことだという実感がわかず、ぼんやりとしか覚えていない。

 本によれば「人の国」が出来る前の人間は恰好の餌だったのだという。ワーウルフのような肉食種からすれば食料であり、知恵がまわる種からすれば労働力であり、趣味が悪い存在からすれば鑑賞物、ペットだったのだ。

 そんな待遇を人間が良しとするはずもなく、他種に隠れて暮らしたり、定期的に住処を変えたり、強い種と契約することで自身を守ったり。とにかく生き残るために様々な努力をしてきた種族が人間であった。


 そんな人間のテリトリーは相当揉めたのだという。どこに作るか、どれほどの規模で作るか。中には人間のテリトリーなどなくていいだろうと奴隷のような扱いを推した種族もいたという。

 そんな人間にとっての救いが、片方必ず人間として生まれてくる異種双子だった。


 異種双子は貴重という点以外にも、同じ種と比べても寿命が長く、丈夫で魔力量が多いという特徴があった。

 世界大戦後、全種族が疲弊し、速やかに強い子孫を残し種族を繁栄させなければいけないという中、必ず強い子供が生まれる異種双子は貴重だった。異種双子の子供もまた、他種のハーフであったとしても平均以上の強い子が生まれることが分かれば、全種族は異種双子を歓迎し保護する方向で総意した。


 そうなれば、必ず片方が人間である以上、人間という種を保護しなければいけない。そういった意識が出来上がったのは人間という種族にとっては幸運だったのだろう。

 最弱種として食べられ蹂躙される側だった人間は、この時から守られる存在へと変わった。そのきっかけとなった異種双子を人間が保護し、祀り上げるようになるのは必然だったのだろう。異種双子がいなかったら、少なくとも人は今のように自由に生きることはできなかったに違いない。


 歴史的にみればそのような理由があるのだが、ラルスとしてはそういった込み入った話は正直どうでもよかった。あまり気分の良い話でもなく、本を読みながら渋面を作り、姉たちに大層からかわれたのは記憶に残っている。


 全て過去の話だとラルスは割り切って、馬車から降りると王都を見渡した。

 小さな村で育ったラルスから見て、「人の国」の王都は大層栄えていた。一度だけ言ったことがあるワーウルフの首都よりもよほど活気がある。

 馬車が道を行きかい、人の姿が途切れない。賑やかな声が途切れることなく聞こえ、店先にはおいしそうな食べ物、見たこともない装飾品や道具が売ってある。

 ルルが目を輝かせ、父はほぅっと感嘆の声を漏らした。


「ちょっと探索……!」

「帰りにしないさい」


 フラフラと脇道にそれそうになるルルを捕まえて、父は馬車を引いてくれた男にお礼とアメルディ学院への道を聞いた。男は慣れた様子で案内するといったので、お言葉に甘えることにした。

 見たこともない場所、気を引く人や物ばかり。案内なしに脱線せずたどり着けるとは思えなかったのだ。


 男が案内してくれた建物は王都の立派な建物の中でも、さらに立派なものだった。ラルスのような田舎育ちの一般人よりも、貴族のお坊ちゃまはお嬢様の方が似合いそうな雰囲気にラルスは怖気づく。

 父ですら気後れして見せたのに、一人目を輝かせて「素敵ね」とはしゃいでいたルルはやはり肝が据わっている。


 案内してくれた男が慣れた様子で門の奥に声をかけると、「お待ちしてました」と笑顔の女性が現れた。教師だと名乗る女性は男に丁寧にお礼をいう。それを見てラルス達もお礼をいえば、男は「良い学園生活を」と笑って去っていった。


 アメルディ学院は全寮制で、一度入学したら身内であっても早々面会はできないのだという。異種双子は数が少なく貴重。それを狙う悪意もあるため、ごく一部の者しか関わることは出来ないのだ。

 父やルルはラルスの入学式を見届けたら、そのまま帰ることになっている。ラルスは寮に入るため次に会えるのは長期休み。最悪卒業後だ。そう思うと寂しくて、入学式の会場に一足先に向かうという、他の職員の案内に従う父とルルの姿をじっと見つめた。

 ラルスの視線に気づいたルルは振り返るとニコリと笑う。大丈夫。そう表情が言っている気がして、ラルスは少しだけ不安が消えた気がした。


 案内人だという教師に連れられていったのは、校舎と呼ばれる建物。これから八年間、ラルスが勉強する場所。

 地元にはない立派な建物にラルスは気後れして、長旅で汚れた格好で入っていいのかと戸惑った。教師はそんなラルスを見て、「皆、それぞれのテリトリーから来ているから似たようなだよ」と笑う。

 言われてみればその通りだ。異種族たちは各テリトリーからこの日のために集まっている。ワーウルフはまだ「人の国」に近い方で、山をいくつも越えなければたどり着けないような場所にテリトリーを持つ種もいるのだ。


「もう皆集まってるのか?」

「今年は君たちが最後だね」


 ラルスの質問に教師はのんびりと答える。最後と聞いて少しだけ気まずくなる。そんなラルスを見て、「遅刻じゃないから問題ないよ」と教師は穏やかな顔で笑った。


 案内された教室はたしかに同世代の子供の気配が多かった。嗅ぎ慣れた同族の匂いと全くしらない種族の匂いがする。本当は耳としっぽを出した方が分かるのだが、不用意に出すなと何度も両親に怒られている。代わりにラルスは鼻をひくひくと動かした。

 異種双子は下位種のワーウルフ、猫又が多いという話を聞いていたが、確かにその匂いが多い。初めて訪れた王都。慣れない環境に同族の気配があるのは少しだけ安心する。


 教師が示した教室のドアを開けると自分と同い年の子供たちの姿があった。

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