3 上位種の彼ら
部屋の中には長机と長椅子が並べられ、前方にはラルスが暮らしていた村では見たことがない大きな黒い板。そこに白い文字で大きく書かれているのは人間の言葉。村を出る前に父親に「読みくらいは出来ないと困る」と険しい顔で教えられたので、「入学おめでとう」という文字は読むことができた。
今日からラルスはこの学校の生徒で、ここにいるのは八年間一緒に過ごす同級生。そういった実感がわいたラルスは落ち着かない様子で周囲を見渡した。
長椅子に座って談笑している子たちもいれば、堂々と机に座っているものもいる。教室の後ろで集まって騒いでいる子たちもいた。何だか馴染んだ空気を感じるので、もしかしたら知り合いなのかもしれない。
スンスンと鼻を動かせば、教室に入る前に感じた同族の匂いが濃くなった。他にはどんな種族がいるのだろうと視線を動かせば、教卓の方に集まっているのが猫又だと察しがついた。ワーウルフに続いて割合が多いと言われている種なのでいない方がおかしいのだが、ワーウルフたちが固まっている方にバカにした視線を向けているのは鼻につく。
相変わらず猫はムカツクとラルスはムッとしながら目をそらして、窓際に妙な空間を開けて座っている子たちに気が付いた。
ざわざわと騒がしい教室の中で、その子たちの空間だけが静かだ。同じ部屋にいるのに自分たちがいる場所とは線が引かれているように見えた。それを感じているのはラルスだけではなく、談笑しながらもチラチラと彼らに視線を向けていた。
黒板側の一番前の席にいるのは褐色の肌をした少女。女の子は小さくて弱いから守ってあげなさい。そうラルスは父や姉たちに言われて育ったが、その子は弱い者には見えなかった。
実際、女は言うほど弱くはない。むしろ強いと母や姉、妹たちを見てきたラルスは知っていたが、それとは別の強さだとラルスは感じた。精神的なものではなく、種族的な強さだ。
スンスンと鼻を動かしながら、中位種かなとラルスは思う。
ラルスの父は十歳になったら王都にいく自分のために、色んな種の事を教えてくれた。他の者よりも広い世界を見せてくれた。そうした経験からラルスは何となく種族階級の違いが分かるようになっていた。
この世界に暮らす種族の多くはワーウルフや猫又といった下位種。耳や尻尾、ツバサといったものがついているくらいで人と大した差はない。そういわれている階級の者だ。
そのうえには、中位種、上位種といった生まれ持った資質がずば抜けている者がいる。
その違いは種によって様々だが分かりやすいのが神力量である。この世界を造り上げた創造主が残したとされる神の力。人間には「魔力」と呼ばれるそれを体内にどれだけ蓄えられ、上手に使いこなせるか。それによって個人の力は変わると言われている。持って生まれた神力をため込む量が多い種族。それが中位種、上位種だ。
やっぱり圧倒的だなとチリチリと焼けるような神力を感じて、ラルスは顔をしかめた。
今まで何度か中位種、上位種に会ったことがあるが、いつもソワソワしてしまう。他の者たちがどれだけ他種に会ったことがあるのかラルスは知らないが、落ち着かない様子からみてラルスよりも慣れていなさそうだった。
そんな周囲の空気を一切気にしないのも上の種族らしかった。
視線が時折集まっているというのに、一切動じずに姿勢よく座る少女の姿は中位種というのをのぞいても目を張る。種族の伝統であろう衣服は背中がガッツリとあき、太ももが大胆に見えている。褐色の肌に赤い髪。肌の露出具合から見て、南方種かな? とラルスは父から聞いた知識を掘り返す。
南の方の種族は温暖な気候から肌を出したがる。そして太陽や炎に愛される種族が多いとされる。
あまりにもジロジロ見るのも問題だろうと、ラルスは今度は少女の後ろ。数列開けてから座っている少年へと視線をうつした。
凛とした空気を持つ少女とは対称的に、ソワソワと落ち着かない気弱な空気をまとっている。青い髪に額を開けた髪型。目つきは悪く、右目を中心に入れられた入れ墨のせいで強面の印象。というのに、落ち着かない様子で窓の外を眺めたり手を開いたり閉じたりしている姿は小動物のよう。中身と外見のギャップが激しいタイプかとラルスは首をかしげた。
さらに観察すれば彼が来ている服がやけに高級そうなことに気が付いた。皺や汚れ一つない上着。袖についたボタンも装飾が施された立派なもので、革靴も磨かれ輝いている。
一体どこのお坊ちゃんだとラルスは少年を凝視した。
それからラルスは自分の衣服を見て、ついでに周りも観察した。
案内してくれた女性が言っていた通り、今日が入学式といっても格式ばった恰好をした者は他にいなかった。猫又たちは多少お洒落しているようだが、猫又が衣服に気を遣うのはいつもの事だ。ワーウルフに関しては、今さっき王都につきましたという旅装束のままの者が多い。
そうなると、お坊ちゃんらしき少年の方がイレギュラーなのだろう。
それにしたって何の種だろうとラルスは内心首を傾げた。
父やルルに言われた通り、種族に関しては触れないのがマナー。といっても、口や態度にさえ出さなければ予想するくらいは許される。というか、予想くらいはしていないと、それもトラブルの元なのだ。ワーウルフという種は数は多いが一個人の能力は低い。上位種と揉めたら間違いなく負けるのである。
青い髪の少年は赤い髪の少女に比べると神力の制御が上手いらしかった。中位以上の種は上手く制御しないと神力が漏れ出てしまうのだが、少年の場合はそれがない。この場でなければ普通の人間だと勘違いしてしまったかもしれないほどだ。
だからこそ、中位以上の種なのだろうなとラルスは思った。
下位種は神力の制御が苦手であったり、出来ない者が多い。というのもする必要もないからだ。
人間は神力が感知できない。
ワーウルフであるラルスからすると理解が出来ないことだが、目の前に全種族最強といわれる竜種がいようと、下位種のワーウルフがいようと同じに見える。それでも種族としての力の差を全く感じないわけでもなく、上位種を前にすると緊張したり動悸を覚えたりするらしい。
神力を感じない人間ですらそうなのだから、下位種からすれば中位、上位種の垂れ流しの神力は毒ともいえる。それを分かってわざと押さえない性格の悪い奴らもいるが、王都で共同生活を送るとなれば間違いなくトラブルになる。
他種と共に生活するつもりなら神力はある程度制御できるようになること。それが種族間の暗黙の了解で、赤い髪の少女も練習してきたのだろう。それでも漏れ出ているのはまだ十歳の子供と考えれば仕方ない事なのだと様々な種を見てきたラルスは分かっていた。
しかし、青い髪の少年の方は一切神力の漏れがない。その技術力にラルスはまず驚いて、同時に神力を漏れを起こしてはまずい種族なのだろうと察してしまった。
下位種であればそんな配慮は必要ない。となれば少なくとも少女と同じ中位。もしかしたら上位種なのかもしれない。そう考えてラルスは顔をしかめる。
赤い髪の少女が中位種。青い髪の少年も中位種以上。
となればラルスの同級生には中位種以上が二人いることになる。
一クラスに中位種が一人いるだけでも当たり年だと聞いたことがある。それがまさかの二人だ。きっと学校側は浮かれているに違いない。
そう思いながらラルスは視線を動かして、教室の隅。席に座ることもなく窓際に寄りかかって外を眺めている少年へと視線をうつした。
そして目を見開く。
彼からも一切神力の漏れを感じなかったからだ。
「……三人かよ……」
卒業までの八年間、俺は無事に過ごせるだろうかと、入学式が始まる前から不安になったラルスであった。
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