4 最悪な出会い
褐色の肌に紫の髪。外をじっと見つめる瞳は赤みがかったオレンジ色。腕を組み、微動だにせずに外を眺める姿はずいぶんと大人びて見える。
室内だというのに頭にかぶった帽子。左肩で止めているマントがあるものの、二の腕も脇腹も肌が見えている。そのくせ下は足首すら見えない完全防備。上下の露出の差に眉を寄せていると、腕の下、チラリと見えた紋章で納得がいった。
褐色の肌に一体化するように描かれているのは生まれたときから肌に刻まれた、運命の証。ラルスの首にも同じように紋章があるが、少年に比べると小さく頼りなく思えた。ぐるりと首を一周するそれが首輪のようで、ラルスはあまり好きではない。
それに比べて少年の紋章は違和感なく少年の肌に馴染んでいる。この紋章は誇りである。そう言葉にすることなく態度で示すかのような姿にラルスは「いいなあ」と呟いた。
小さな声だった。誰かに聞かせるでもない独り言。少年とラルスの距離は離れているし、教室の中は相変わらずざわめきで満ちていた。だから聞こえるはずがないのに、外を見ていた少年はラルスの方へ顔を動かした。
鋭いわけではない。睨まれたわけでもない。それなのにラルスは射抜かれた。そう感じた。同時にこいつは間違いなく上位種だと確信した。
相変わらず一切神力は感じられない。それでも生物としての本能なのか、逆らってはいけないモノだと粟立つ肌が理解した。
声を上げることもできずに固まるラルスを見て、少年は少し眉を寄せた。あまり表情が動かないタイプらしく、反応は微々たるもの。それでも困ったような、少し寂しいような匂いがして、ラルスはまずいと思った。
しかし、それは一瞬で、次の瞬間には少年は瞳をキラキラと輝かせてラルスから視線を外していた。その変わりようにラルスは先ほどとは違う意味で固まる。
先ほどまで大人びた様子で外を見ていたというのに、今はここにいる誰よりも子供のようだ。表情が動かないと少し前に思ったのは何だったのだろう。そうラルスは思いながら、そわそわと落ち着きなく少年を見つめる。しかし少年はラルスの視線など気にせず、ラルスの後方をじっと見つめていた。
何だろうとぎこちない思考を動かして、ラルスはドアの方を見る。
ラルスを案内してくれた教師はいつの間にかいなくなり、背後のドアはピタリとしめられていた。何の変哲もない。ラルスの村と比べると丈夫で真新しいドア。これに何かあるのだろうかとラルスが考えていると、ドアの向こうから何かの気配が近づいてくるのが分かった。
スンスンと匂いを嗅いで、人間の匂いだと分かる。それも複数。この教室にいる子供たちと同じくらいの人数。
それでラルスは気付いた。この教室に異種族しかいないということは自分たちの片割、人間側も別の所に集まっていたのだと。
「全員いるか? いなくなってる奴とかいないよな」
ドアを開けると同時に中年くらいの男性が声をはる。教室の中にいた子供たちはキョロキョロを当たりを見回したけれど、そもそも何人いれば正解なのかもわからない。
戸惑っている子供たちをよそに男性はぐるりと中を見渡して「いるな」と一人納得した様子でつぶやいた。
「さてさて、待ちに待った片割との御対面だ。何組かはすでに会った事あるみたいだけどな」
男性はそういうとドアの向こうに手招きした。そのあたりに人間の気配が固まっている。それに気づいてラルスは柄にもなく緊張するのが分かった。
すぐ近くにいるのである。自分の運命の相手が。故郷を離れ、親元を離れ、慣れない「人の国」にまでわざわざ会いに来た相手が。
それに気づいたのはラルスだけではなかったらしく、教室の中は先ほどまでのざわめきが嘘のように静まり返った。皆ドアの所を凝視しているのが気配で分かる。息が止まるような緊張の中、最初に足を踏み入れたのは桃色の髪をした少女だった。
暖かくなってきた季節に対して厚着に思える服。北方出身なのかなとラルスは思った。花をあしらった髪留めがよく似合っており、ラルスが村で見てきた同い年の女の子たちに比べるとずいぶん大人びて見えた。
「クレア!」
弾んだ声と同時に、教室の隅にいた褐色の少年がかけていった。机と人の間を抜けていったとは思えない素早さでクレアと呼ばれた少女の所にたどり着くと、思いっきり抱き着いた。
先ほどまでは物静かで、近寄りがたかった雰囲気だったのに、今の姿は母親にすり寄る子供。飼い主の帰還に喜ぶ犬のようだった。頬をくっつけ、ギューギューと甘える少年に対して、クレアはあらまあと穏やかな顔で笑っている。全く動じぬ姿を見ると、こちらの方が少年の素なのだろうと分かった。
「やけに仲がいいのがいるって聞いていたが、お前らか……」
男性が呆れた顔でそういうと、空いてる席に座れと少年とクレアに声をかける。少年は当たり前のようにクレアの手をつないで窓際の席へと移動した。「ここは日差しが入って暖かいぞ」と笑顔で話す姿は先ほどまでの無表情が嘘のようだった。
「ギャップ……」と誰かがつぶやく声がした。ラルスは内心同意した。
「青嵐! 呆けてないで迎えにきてよ!」
次に教室に響いたのはちょっと拗ねたような声だった。
クレアと少年に意識を持っていかれていたラルスは教室の入り口へと視線を戻す。そこには見るからに貴族だと分かる仕立ての良い服を来た少年と少女。紫がかった黒い髪に真っ赤な瞳。お人形のように整った似通った顔をした二人が手をつないでいる。ほうっと猫又の方から感嘆の声がもれた。
そんな貴族の少年の声に慌てて立ち上がったのは、青い髪の少年。青嵐という名前なのかと頭の隅で考えつつラルスはどういうことだと眉を寄せた。
服装から考えておそらく兄妹であろう貴族の二人と青嵐が知り合いなのは分かる。けれどこの学校に集まる子供たちは二人で一組。三人というのはありえないのだ。
というのに、青嵐が走り寄ってきたことで機嫌をよくした貴族の少年、それを微笑ましそうに見ている貴族の少女は当たり前のように三人並んで、青嵐が座っていた席に腰を下ろした。それに対して教員は何も言わない。
触れてはいけない話だと、ラルスを含めた他の子供たちは察した。
教室の隅で相変わらずぎゅーぎゅーとくっついているクレアと少年に関しては、三人組を見ていたかどうかすら疑問であった。
次に現れたのは物腰柔らかそうな少年。この少年も質の良い服を着ているが、先に現れた兄妹に比べると普段使いだと分かる落ち着いたデザイン。格式のある家というよりはそこそこ金持ちって感じだなとラルスは考えてみたものの、この学校ではそういう地位や名誉は関係がない。すぐに忘れるだろうなと思った。
物腰柔らかな少年が向かったのは中位種である少女の所。「お久しぶりです」という挨拶が聞こえたから、こちらも事前に面識がある組だったらしい。
その後も一人一人はいってくるたびに教室は賑やかになった。初めてあった組も教室に片割が足を踏み入れた瞬間、はじかれたように駆け寄った。
ラルスも色んな人から聞いてはいた。出会った瞬間、一目でわかる。生まれたときから決まった唯一の存在だと。
しかしこうして客観的に見ると、なかなかに不思議な光景だった。初めて会ったとは思えないほど高揚した顔でかけより、手を握り合い、果てには衝動のままに抱き合う。そうして感動の再会と言えるような行動をとった後に、はじめまして。名前は? と自己紹介が始まるのだ。
自分たちが不思議な存在だと言われる一端が見えた気がして、ラルスは微妙な気持ちになった。
教室の中は先ほど以上に賑やかになっていた。ざわめきが興奮に変わり、ずいぶんうるさかったが教員の男性は苦笑するだけ。その姿を見て毎年のことなのだろうと察した。
ついには教室で黙っているのはラルスだけになった。次こそは自分の片割の登場だ。そう気づいたラルスはとたんに緊張してきて、ソワソワと落ち着かない気持ちになった。もう自分しか残っていないし、相手が自分の片割であると分かっているのだから迎えに行った方がいいのだろうか。そう考え始めた頃、ゆっくりと相手は教室の中に足を踏み入れた。
一般庶民ではないというのが空気で分かった。着ている服は貴族の兄妹に比べると質素だが、高級品で作られたであろう清潔感。それを着慣れているのが分かる上品さ。自分よりも小さいであろう身長に小柄な体形。一瞬女かと思ったが、吊り上がった水色の瞳に強い意思が見えた所で違うと気付いた。誰にも屈しないし、媚びない。そう瞳や態度で語る姿にラルスは固まって、目があった瞬間首に描かれた紋章が焼け付くように痛むのを感じた。
ああ、待っていた。この瞬間を待っていた。ずっとずっと待っていた。そのためにこの紋章を刻まれて生まれてきて、ここまでやってきた。
会ったら言おうと思っていたのだ。
「その首切り落として、殺してやる」
口から滑り落ちた声は自分の声とは思えないほど低かった。
弾んだ教室の空気がはじけて、静まり返る。あれだけ騒がしかったのに誰もがラルスを見ていた。信じられないという驚愕の視線を幾つも感じたが、そんなことはどうでもいい。
胸の奥から初めて感じる怒りと憎悪がせりあがり、今すぐに吐き出せと体の中で暴れまわる。牙を見せ、唸り声をあげながら睨みつければ少年は口角を上げた。友好的とは全く言えないバカにした笑み。ラルスと同じ嫌悪と憎悪が浮かんだ顔だった。
「やってみろ、バカ犬」
その後のことをラルスはしっかりと覚えていない。
気付いたら少年――カリムに飛び掛かっており、カリムも負けじとラルスに応戦し、出会って早々二人は本気の殴り合いを始めたのである。硬直していた周囲も一拍おくれて慌てて止めに入り、カリムは男性教師に、ラルスは上位種の少年たち二人がかりで押さえつけられた。しかし、その状態でもお互いに罵り合うのは止まらず、最終的には見かねた褐色の少年――ヴィオによって二人とも気絶させられた。
これがカリムとラルスの最悪の出会いであった。
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