6 最初の友達
様々な種族が暮らすこの世界には、不可思議なことも多い。その一つがラルス達「異種双子」だ。
貴重な存在。運命の絆。などと言われているが、なぜ同じ日に同じ紋章をもって生まれてくるのか、なぜ片方は必ず人間なのか。なぜ異種双子は一般的な種に比べて強く生まれてくるのか。そういった疑問は今だ解消されず学者を悩ませている。
異種双子に関する噂は伝承は多くあるが、一つにこういうものがある。
「人の国」が出来上がる少し前。ある家に生まれた人間のお腹に大きな痣があった。生まれたばかりの子供にくっきりとついた痣に両親は驚いた。何かしらの問題があるのかと医者などに見せたものの理由は分からず、両親の心配をよそに子どもは元気に育った。
痣がある事以外は普通の人間と変わらない。そう見えたが、よくよく見ると子供は他の子供に比べて体が丈夫で、利発であった。それが痣のせいなのかは両親は分からなかったが、我が子が賢く健康であることは良い事だと自然と子供の痣を特別視するようになっていた。
子供が大人の仲間入りをするほど大きくなった頃、子供はしきりに西の方を気にするようになった。向こうに行きたい。そう何度も両親に告げたのだが、西の方はワーウルフという狼の姿を持つ異種族の縄張りで、人間が軽装備で近づくには危ない場所だった。
ワーウルフに見つかってしまったら食べられてしまうよ。そう両親は何度も子供を説得したが、子供は諦めきれないようだった。それでも聡い子供は両親を心配させてはいけないと、自分の気持ちを見ないことにした。
それからしばらくたって、西の方から子供と同じくらいの少女が訪ねてきた。探しているものがあると少女はいうのだが、大人たちが何を探しているのか? と聞くと、よくわからないと答えたのだという。探しているのに分からないとはどういうことかと大人は不信に思ったが、その話を聞いた子供は無性に少女に会いたくなった。
子供も何かを探している感覚がずっとあり、その探している何かが自分のすぐ近くまで近づいて来た。そんな気がしてソワソワしていたのだ。
子供は両親とともに少女に会いにいった。会った少女は子供も両親も見たことがない。全く知らない相手であったのに、子供は少女を見た瞬間に会いたかったとかけよった。少女もまた、生き別れの家族、恋人に再会したかのように泣きながらずっと探してたと子供に抱き着いた。
両親と周囲の大人が混乱している中、子どもと少女は抱き合って、もう一生離れないと誓い合った。初めて会ったとは思えないほど親密な二人に大人たちはただ面食らい、両親は子供と少女によくよく話を聞くことにした。
それによって分かったことだが、少女には子供と同じ位置に子供と同じ痣があった。そして誕生日も生まれた時間も子供と一緒であった。そのうえ恐ろしいとされるワーウフルだと分かったとき、両親は大層驚いた。
この不思議な話は人づてに広がって、子供と少女と同じような痣を持つ子供が何人も見つかった。
その痣はいつしか紋章と呼ばれるようになり、紋章を持って生まれる子供を「異種双子」と呼ぶようになった。
「異種双子は仲がいい。家族と同じくらい、場合によってはもっと深い絆で結ばれている。そう俺は聞いてた」
ラルスは顔をしかめながらつぶやいた。膝を抱えて睨みつけるように芝生を見ている姿はふてくされた子供そのものだ。カッコ悪いとラルスは思うけれど、取り繕う余裕なんてなかった。
異種双子が生まれた場合、「人の国」に生まれたことを報告する義務がある。そして十歳になったら「人の国」に訪れてアメルディ学院に入学するのだ。そこで同じ紋章を持つ片割と出会い、様々な教育を受け、仲を深めながら将来の事を考える。
両親や姉からそう言われてラルスは育った。「生まれた瞬間から運命の相手が決まっているの。とてもロマンチックよね」と母や姉たちは楽しそうにラルスに語った。妹たちはラルスの紋章を見てしきりに羨ましがった。
家にいたときはラルスだって持って生まれた紋章が誇りだった。誰かと繋がっている証。運命の証。
異種双子はそれほど数が多いわけではない。ワーウルフや猫又は比較的数が多いと言われているが、それでも毎年十組前後の子供しか生まれない。年によっては一桁くらいの組しかいないこともあったという。
選ばれた存在なのだ。そう思ったら子供心にドキドキした。母に言われたこともあり、まだ会ったことのない片割を守ってあげなければと苦手な勉強も頑張ったし、狩りも体術も頑張った。「片割が女の子だったら大切にしなければいけないのよ」と、姉や母に言われ、いろんな注意事項を聞いた。
それなのに、いざ会った運命の相手は殺したいほど憎たらしい男だったのである。
「ヴィオはさ、クレアちゃんに初めて会ったときどんな気持ちだった?」
ラルスの独り言を聞いても無言で空を見上げているヴィオに問いかける。聞いているのか分からない態度だったが、腫物を触るような視線もない。気を遣う姿もない。自分に対して興味がなさそうで、だからといってラルスを一人にするわけでもない。そんなちょうどいい距離感を作るヴィオにラルスは甘えたくなった。
ヴィオはラルスの問いかけに虚をつかれた顔をした。空を見上げていた顔をラルスに向けて、うーんと言いながら首をかしげる。
「色々いっぱいでちゃんと覚えてない」
「覚えてないのか?」
「でも、確か、良かった。生きてたって思った」
会った瞬間、相手が愛おしくてたまらくなって、感極まって泣いちゃうんだって。
昔、ルルから聞いた言葉。異種双子だという他のワーウルフに聞いたのだとルルは頬を赤くして教えてくれた。「とても素敵よね。そんな人と出会えるなんて羨ましい」とルルは女の人の顔で笑っていた。
そんな話を聞いていたからラルスは片割との出会いに夢を見ていた自覚はある。きっと姉たちがよんでくれた童話のように、ドキドキするようなものなのだと。
「生きてた……って」
だから、ヴィオの言葉は予想外でラルスは目を丸くした。
ヴィオとクレアは数日しか見ていないラルスから見ても理想の異種双子だった。お互いがお互いを大事に思っていて、片時もそばを離れず、一緒にいる所をみているだけで幸せな気持ちになる。
これこそが運命だ。そう体現するような二人にひっそりとラルスは憧れていた。
だからこそ、姉が教えてくれた童話のような出会いだったのではないか。そう期待したのに、実際は生死を考えるような、別の意味でドキドキする展開だったと聞いてラルスは驚く。
「……クレアちゃん、危ない所だったのか?」
「元々体が強くないんだよ」
ヴィオはそういうと悲しそうに目をふせた。ラルスは聞いてはいけないことを聞いてしまったと気付いたが謝るのも違う気がして、気まずげに目をそらした。
言われてみればクレアはいつも厚着だった。寒がりなのかと思っていたが、もしかしたら体温を逃がさないようにしているのかもしれない。女の子に冷えはご法度だと姉たちも目を吊り上げて言っていたのを覚えている。
「だからかな、なんかいてもたってもいられなくなって、感覚を頼りに会いにいったのが五歳の時」
「五歳!」
衝撃の事実にラルスはまたもや驚いた。
五歳の時の自分は何をしていかと考えてみたが、ほとんど思い出せない。おそらくは姉や弟妹たちと遊んでいただろう。紋章についても異種双子についても、そのころはまだよく分かっていなかったような気がする。
「お前、すごいんだな……」
「たまたま感覚がするどいタイプだったから分かっただけだ。異種双子っていっても色々いて、俺みたいに片割の位置が分かるくらい感覚が鋭い奴もいれば、お前らみたいに仲悪いのもいる」
「俺たち以外にもか?」
異種双子はみんな仲がいいものだ。そう言われてきたラルスは驚いた。
「同性同士だとそういう傾向が強いらしいぞ。同性同士の異種双子がそもそも数が少ないから、知らない奴が多いらしい」
ヴィオの言葉にラルスは教室にいる同学年の組を思い出す。たしかにみんな異性同士の組だ。青嵐とセツナ、妹のナルセの組は同性なのか異性なのか分からないが、確定している同性の組はラルスとカリムだけである。
「仲がいいっていうのも一緒にいる組が仲がいいからそう言われているだけで、卒業したら別れてそのまま会わないって組もいると聞いた。お前らが特別おかしいってわけじゃないから安心しろ」
そういってヴィオはラルスを見て笑う。
クレアに向けるものに比べると分かりにくいものだったが、それでも目は優しかった。オレンジの瞳が柔らかくなるのを見て、何だかラルスは泣きたくなった。
片割と上手くいかない。片割が好きになれない。そんな異種双子はおかしい。そう皆が自分を否定している気がしていた。
気のせいじゃなく、同級生でもそういった視線を感じることもあるし、教員だって戸惑っている。それは肌で感じるけれど、ヴィオのように気にするなと言ってくれる奴もいる。それに気づけただけでラルスは許されたような気持ちになった。
「……俺、カリムと一生仲良くなれる気がしねえ……」
「無理して仲良くなる必要はないだろ。カリムだってお前と仲良くなる気はなさそうだしな」
「……じゃあさ、代わりにヴィオと仲良くしてもいいか?」
じぃっと見つめるとヴィオが驚いた顔でラルスを見た。
断られたらどうしようかとラルスはドキドキしながらヴィオを見上げた。一世一代の告白をしたような心持ちになっていたが、実際はそれほど重要なことじゃない。ただ友達になってくれ。そういっただけ。それでも妙に緊張した。
「……もちろんだ」
少し間を開けてからヴィオは微笑んだ。優しい笑顔を見てラルスはホッとする。
最悪な学校生活かと思ったけれど、ヴィオと会えたことは幸運だったかもしれない。そうラルスは思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます