第3話 十数年後のはなし



あいつの事を覚えている?

十年ひと昔というからには、もう昔話なんだろうけど、歯車は噛みあわなくなるもんだと思わせるような転落人生だった。

まぁ、だれも問題になんかしていないんだけど。

なんて、退屈な話を退屈な男がしているのを聞いて、私は態とらしく笑ったり相槌をうったり面倒臭い。

でも仕方がない。

仕事だから。

無理に会話したくない。

退屈だから。

それが顔とか仕草に出てるんだろうなきっと、

ミクルやナナコなんて若い子たちが、私の事をオバサンと呼んで、尚且つオバサンと一緒の席には付きたくないって。

でも、私の方が先輩だから、つい先輩風を吹かすから、それは嫌われても当然なんだけれど、お店でナンバー1のナナセが間に入って上手く立ち回ってくれるから、私なんかがクビにならずにどうにか働くことはできるんだ。

それに私には取り柄がないから、他に仕事なんかつけないし、何処にも行くあてがない。

計画性もないから貯金もないし、とにかく生きていくには。

「サクラさん。

また顔が死んでますよ」

「そぉ。

心の方も生きてはないけどね」

「仕事だから頑張ってください」

昔の私を知っている人たちは、昔話にでも私の事を思いだすことなんてあるのかななんて、そんなことを考えながら、私は美味しくもない安いカクテルを喉奥に注ぎ込んだ。

昔は可愛かったんだけど、二十代後半にはババァ呼ばわりで、その後はもう屍扱いで、思った以上に賞味期限が短いのが若さって生モノの正体だった。

若い頃の苦労は買ってでもしろとか言うのは案外正解。

学校を留年したら学費をだせる余裕がなくて、学費を稼ぐために夜のお店で働きだしたら、店が忙しくて勉強どころじゃなくなって、結局、学校を諦めたから真面に就活もしてなくて、それでズルズルとこうなった。

これで良いわけがないのに自分でも糸口を見つけられずに。

それが今の私だった。

不安と恐怖に押しつぶされて、いつしか現実から目を背けるようになっていた。

友達なんていやしない。

仲間と呼べる人間だって一人もいない。

孤独に押しつぶされないために、表面は平静を装って私は心に仮面をかぶった。

ボーイが運転する車で送り迎えはしてもらえるんだけれど、昔はよく襲われそうになって抵抗してた。

嬢が商品だとするなら、それに手をつけるなんてバカな話なんだけど、ほとんどの嬢はボーイと肉体関係を持っていた。

当然、それを自慢するような男もいて、私は好きじゃないけれど、そういう奴ほど嬢に人気があるようだった。

私には、よくわからないけれど。

でも、自分を安売りするのが嫌いな、ちゃんとプライドを持っている嬢もいて、それがナナセって女の子で店でも一番人気の女の子だった。

実際に彼女が、どう凄いのかは解らないが、でも性格が真っ直ぐな女の子だってのはわかる。

「サクラさんちって××ですよね。

あたしもそっち方向だし、よかったら一緒に帰りませんか」

いつも送り迎えしてくれるボーイの子が風邪でやすんだから、気をきかせて誘ってくれたのだろう。

嫌な気はしない。

いつも一緒に送って貰ってることもあり、知らないフリをするのは気が引けたのか。

もちろん、そうすることもできるのだろうけど。

「ありがとう。

気をつかってくれて」

「つかってないですよ。

たいした距離じゃないし、一人で歩くのって退屈だから」

「歩きスマホして帰るとか」

「他人の目が気になってできませんよ。

なんか、わざわざ悪いことをするって恥ずかしくないですか」

「んにゃ別に。

気にしないし考えたこともない。

他人なんかどうでもいいし」

「でも他人ですよ。

自分の価値を決めるのは」

「そぉ?」

「はい。

自分じゃない。

他人です」

だから四六時中、気を張るのだと。

窮屈な生き方だと私は笑った。

でも、その反面、羨ましかったり。

なぜなら、私には出来ないことで、考えたこともなかったからだ。

「それでも、他人の評価に左右されるような生き方を私が選ぶと思う?」

「無理ですよね。

我が強いから」

自覚はないが、なんかよく聞く言葉だった。

聞き慣れしすぎて耳ダコができそう。

「でっ?」

「一緒に帰るんです」


ありきたりの日々の繰り返しが現実を形成して、それを現状と受けとめることは、なんとも歪で面倒くさい。

人生が一度きりで、だから、それが大切なのだと主張するのならば、そんなものかと考えることも出来るのだけど、それが私の人生における正解とも思えないほど。

「花の命がみじかいなんて本当ですかね」

ナナセは若いから、まだそれを考える必要はない。

時間を浪費できるのが若者の特権ならば、それを後悔する事が先を生きる者の思考で、それは人類創造から常に引き継がれてきているのだと有史が証明してきているものだけど、たとえ忠告をしても若者たちは聞きいれない。

私が、そうだったから。

それに、今の自分なんて信用がおけない。

信憑性のない我が身を振り返って、なおかつ他人に忠告なんて、自分で自分を嫌いになる。

今でも嫌いなのに。

どんどん歯止めがきかなくなるから。

「さぁね。

私には考えるアタマがないからさ」

と無表情に切り返す。

「でも、わたしは、そうは思っていませんよ」

彼女が、私と一緒にいる意味が解らなかった。

必要なメリットがある訳がなく、あっても、それを上まわるデメリットがある筈だから。

「人間は、老人になってからの方が人生がながいから。

女であるという性別を武器にする以上、自分の賞味期限には敏感ですよ。

実際に表示される訳じゃないけど、いつまでも不変でなんて有り得ますか」

「さぁね。

ただ私にきいても答えはないよ。

やまびこにも劣るから。

オウム返しさえもできないから」

「でも、サクラさんもナンバー1だったこと、ありますよね。

わたしと同じじゃないですか」

「ないね。

ただ生活におわれて生きてきた人間と、先を見据えて未来を予想する人間が同じとは思えないし、おなじ時間軸にいるとも思えないよ」


食事をしませんかと誘ってきたのはナナセだった。

私は世間に疎いから、なんの情報も持ちあわせていないので、正直断ったんだけど、押しの強い人間を払いのけるほど強くもない。

というより、ことごとく面倒くさかったのだと思う。

「最近、開店したお店で、チョー人気あるんで来てみたかったんですよね」

食事は、まぁまぁの店。

店名は、よく見てなかった。

横文字だから見る気もなかった。

ナナセとテレビやマンガの話をした。

彼女は話し方が上手で、さして興味のない話でも聞いていられた。

それも楽しく。

私には珍しいことで。

だから、彼女の人気は理解できるし、裏づけもできる。

「そうね。

そういうものかもね」

一方、私は無表情。

リアクションが苦手ってのはあるけれど、それだけじゃないのは自分が知ってる。

つまらない性分なのは自覚してる。

ただ、それをやめられないだけ。

心の空腹が埋まらないのは、それが原因なのかもしれないけれど。

「わぁ。

これってチョー美味しくないですか」

「いや、ただの麺類だよ」

「パスタって言いましょうよ」

「食いもんの名称なんか、どうでもいいよ」

「そんなことないですよ」

「んなことあるよ。

価値観は人それぞれで、私とナナセで違うというだけ」

「でも、そんなこと言ってたら人生が楽しくないですよ」

「楽しい人生なんて必要ない。

私の懺悔は、これからだからさ」


時間は、刻一刻と失われていく。

と共に喪失しているモノもある。

その一つが幸福感。

いまさら、そんなものに縋ろうとも引き寄せようとも思っていない。

現実が不愉快で、過酷なことを知っているから。


「さくら?

さくらじゃない?」

「だれ?」

見覚えのある人間じゃなかった。

小綺麗な女の子二人を引きつれている女性。

だれかは解っていたけど、かかわりたくなかった。

何となくだけど、私を目的に話しかけて来たんじゃないと思ったからだ。

彼女は美人に擦り寄って、自分の取り巻きを増やすことで、自分の評価をあげようと画策しようとする打算的な女で、自分が美人ではないことを知っている女だ。

「またまたまたまたぁ。

わかってるくせに」

気にいらない話し方。

もとは、そうでもなかったけれど、今は特に、彼女の事が嫌いだった。

でも、他人の心は読めないから、そうなったりする。

意味不明なこと考えてるけど、身勝手なだけの人間に感情をもって接したから失敗したんだと、そう学習したんだ。

その過去の汚点があたしに話しかけてきた。

その行為こそが屈辱だった。

もちろん相手にしない。

会話を交わしたくもない。

でも、ナナセは事情を知らないんで、あたり障りのない会話ができる。

なにを話しているかは興味なくて、耳に入らないよう努めていたけど、社会的で部を弁えている彼女の事だから問題はないと気にもしていなかったんだけど。

そうでもなかった。


「三秒だけ待つよ。

目の前から消えて」

そういうと透かさず、ナナセはコップに入ってた水やら、食べ物やらを彼女たちに浴びせた。

「ごめん。

三秒も待てない」

と、お互いに面識もないし、憎しみあってる訳でもないが、お互いにとって嫌な相手だったのだろうが、少なくとも彼女は根に持つことだろう。

「あれ、デザイナーだかのアーニャさんですよね。

知り合いですか」

ナナセは強かな女。

ただ、あたしの表情や仕草で。

それだけであいつを追い払った。

「むかしね。

私を陥れた張本人」

「そうですか。

どおりで格好わるいわけですよ。

取り巻きや小道具がステータスだと勘違いしてる。

わたしが欲しいのは違う価値観なんですよね。

たとえば母さんが、わたしを信じてくれた時のように」

と彼女は、私に何かを聞いて貰いたかったようだが、私は聞かなかった。

それを後悔したのは、ほんの数日後の事だった。

そしてこれが、ナナセとして彼女と話す最期の夜になろうとは、その時の私には思いもしないことだった。

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卵の子 なかoよしo @nakaoyoshio

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