第2話 さくらのはなし


フランスのMichel de Nostredamって占星術師が大昔に書いた諸世紀って落書きに、世界が終わることを予言したって言うんだけれど、たかだか人間にそんな大袈裟な事を感知とか察知とかできるものなんだろうか。

 迷信を妄信できるほど世間の知識がお粗末だったのか、それとも彼が本物の神様か何かに見えたのか・・・


「単に、その人の認識している世界って意味なのか。

 グローバルなそれなのか。

 わかんないや。

でも、

 偶然、その年のその月に私は産まれた。


 つまりは一九九九年の七月なんだけど、「だから何?」って訊かれたら返答のしようもない。

 

なんせ二十年も前の世紀末のウワサ。


二十世紀問題だって問題じゃなかったんだから、そいつの予言たって何の信憑性もない変人の妄想にすぎなかったわけじゃない。

でも、多くの人間が加担した。

それを利用する悪党なんかもいたんだって、詐欺師の手口とかなんだけど。


 ちかいところでウチの母親。

 世紀末までに一緒になれって父親にせまっていたとか。


 それで結婚して産まれたのが私。


 結婚式には、お腹が出ていたっていうからには性交渉はお盛んだったのかもしんない。


 まっ、どうでもいいけど。


 信心深い家計にいるのは確かなことで、わかっているだけでも江戸時代からつづいている呪いの伝承を子供の頃に聞かされたことがある。

ウチの家計で四十歳を超えて生きてきた男子はいない。

子宝でも男子に恵まれた過去もない。

ウチの婆ちゃんも、母親も言っていたって、母の姉が言っていた。

まぁ、父親がなくなったのは三十五歳の時で、伯母さんの旦那も三十五歳って言うから、そんなことを真に受けたくなるのも解らない訳じゃない。


「男子が産まれる事もなく、婿入りした男も四十歳をこえて生きてきた記録がないってのは気味がわりぃよ。

 でも、そんな記録がないってだけじゃないの」

 たしかに、こういう負の連鎖は存在するものだけど、私は伯母や婆ちゃんを見るたびに、安定を好む風潮にあるからいけないんじゃないかとか、そんな瞑想。


 むかしからウチで飼っている猫に母は『卵』と意味の解らない名前をつけ続けて、婆ちゃんも伯母も、二世とか三世とかで区別することもなく猫は全部『卵』と呼んできている謎がある。

 だから、卵の子供も結局、卵で、その孫も卵。

 全部、ずうっと卵と名前をつけてて、全部『卵』ってのは理解できない。

 あの人たちはアクセントで呼び方をかえているとか寝言のような繰言をいうけれど、私にはそれも理解不能。

 だから私は、何代目か定かではない卵の子供に、別の名前をつけてやることにした。


「おいで、イヌ。

 メシだよ」


 イヌは何代目かの卵の子供で、猫なんだけど名前はイヌ。

 猫なんだけど、私は猫として扱うよりも別の何かに見立ててみたかった。

 

 流れを断ち切るという意味で、シンボルとして別の名前にしたかった。


 だから、ひねくれた名前をつけたのだ。


「イヌは卵なんて食べないよね」


 って、実際は食う。

 婆ちゃんが食わせるからだ。

 理解できない。

『猫なのにイヌ』

 婆ちゃんは、それの方が理解できないって。

 どっちもどっちの言い分はあるんだろうけど、それは私に興味がない。

 反抗期ではないけど母に対する諸々の不満が、その名前に集約されている結果って事だろう。

「って言ってる間に食べてる」

 イヌの好物は卵。

 今では伯母も食べさせている。

 ペットの餌入れには、いつも異臭をはなっている腐ったようなトロトロ卵。

 目玉焼きやら、卵焼きやら。

 得体のしれないものが大抵はいっている。


 ・・・においが気になる。


 でも、イヌはうまそうに食っている。


 いまさらキャットフードなんか食えないんだろうな。


 たぶん魚も食べられない。


 本来の生態系から外れて生きる。


 それは不幸なのか、それとも幸せなのか。


 私から見れば、イヌは気の毒。


 そんな悲しい猫だった。




(通常の一日。

 陽が沈んで昇るだけ。

 それが永遠と思えるほどの繰り返しをつづけるだけ。

 おそらく、それもいつかは終わりを告げるのだろうけど)




 朝、私はイヌと一緒に食事する。

 コーンフレークとプロテインミルク。

 床に雑魚寝して食べる。

 椅子に座ったりなんか苦手だ。

 いつも腰と肩を痛めている。


「くそったれ。

 なんの呪いだぁ」


 筋肉痛。

 脈々と受け継がれている私の血流。

 それは先祖からの贈り物。


 テレビの占い。

 運勢の確認。

 私の運気は、いつも悪い。

 自業自得のような気がする。

 だって信じちゃいないから。


 運命の気まぐれか。

 神様の気まぐれか。

 そんな目にも見えないものを理由にしていると自分は終わりだと嫌気がする。

 そんなものは居やしない。

 理由になんてなりはしない。

 そんなものは居ないんだから。


 最悪の状況に恵まれている私の人生は、けっこう波乱万丈なのかもしれない。


 たぶん結婚もできないだろう。

 自分勝手にくたばって、誰も私の死を看取ることさえできない。

 呪いを信じているわけじゃないけれど、男なんていらないんだ。


 男に溺れて頭がオカシクなった人間を知っている。


 だから、私に男は不要だった。


 母は、私が幼い頃に入院した。

 脊髄の髄液に菌が混入したのではないかとか言われているけど、実際のところ原因は不明。

 今も意識不明で倒れている。

 だから母は、父が死んでいることさえ知らないんだ。


 彼女の中にある世界は二十年前から止まってしまった。


「また病院の前にいる。

 面会に行けばいいのにさぁ」

「誰に?

 会いたい奴なんか居やしないさ」

 連れのアーニャ。

 悪い奴じゃないが鬱陶しがられることが多い。

 でも、そんな奴じゃないと私と友人にはなれないんだろう。

「お母さん。

 まだ入院してんでしょ?」

「あんっ?

 まだ・・・

 ううん、たぶん一生でてこられないよ」

「なんか刑務所に入ってるみたいに言うのね」

「刑務所の方が、まだ自由かもしんないけどね」


 たぶん、それは彼女自身が決めたこと。

 私は、そう決めつけている。


 彼女は現実を拒否しているのだ。


「この世界には痛みと悲しみだけしかない。

 彼女は、それに気がついたんだよ」

「なにそれ。

 病気でしょ?

 自分で選べられるもんじゃないじゃない。

 それにいつも此処で立ちどまるじゃない。

 さくらも心の中では、やっぱお母さんが恋しいんだよ」

 と笑顔。

 それが部外者の証だと私にはわかる。

 だから、私は笑ったのだ。

 彼女が関わっていないだけで、私はすこし嬉しいのだから。

 そう・・・

「わらえる。

 もっと単純に通り道に自動販売機が此処にしかないだけなんだから」

私はコインを入れて、缶コーヒーを取り出していた。

「お母さん。

 恋しくない?」

「ない」

 十歳の頃に母親が意識を失って、その数年後に父親が癌で亡くなった。

 物心ついた時には既に両親への情なんて持ちあわせていなかったんじゃないかと思う。


「なんせ、覚えてもいないんだから」


 私もアーニャも自転車通勤。

 運動音痴の私が自転車に乗るためのコダワリはひとつ。

 太ってなるものかという想いだけだったが、それはやけに強い意志によって裏づけされていることを私自身が認識している。


「夏は暑いね」

「しってる」


 あたり前のことを、あたり前に言う。

 それがアーニャの凄さだった。

 ふたり、おもいっきり自転車をこいで汗をかいた。


(長い坂道をのぼると、養成所がある)




 私が何を目指して、何を勉強して、何者になろうとしているとかは、あえて問題にしないけれど。


 私は群がるのが嫌いな女だ。


 だから敵が多すぎる。


「あんたね。

 わたしの比呂くんに色目つかったって女は?」


 椅子に座って机で本を読んでいるだけなのに、これが最近ブームの因縁ってやつ?


 私は兎に角、ため息ついた。


「ありきたりのセリフかもだけど、ダレ、比呂って?」

 

 きくと、


「しらばっくれないで!!」


 と、ハタカレテ、ナジラレテ。


 五人で連れ立った女たちは、私を悪人のように責めたてる。


 まるで親の敵のように。

 鬼の金棒をとったかのように。

 勝ち誇って。

 なんの根拠も、証拠もない連中が、一人では何もできない癖に。

 んで、結末。

 

 アーニャが巻き込まれないってのは幸運かも。

 まっ、目配せはして留めさせておいたんだけど、これを回避するのに、私の立場で正解なんてあんのかなと考えながら。


「わりかったぁね。

 べつに、んな気はないんだけど。

 でも、誤解させちゃったんならアヤマルよ」

 と。頭をさげた。

 でも、たぶんこれが増長させるキッカケだったのかも。

 ワザとらしいイヤガラセをされるようになっていた。




(それから一週間後、駐輪所で)




「あるんだね。

 いまごろ教科書を破ったり、机に落書きしたりとか」

「自転車のタイヤをパンクさせられたりとか、超ムカツクんだけど」

「まっ、ご丁寧に前輪後輪の両方カッターでやられてんじゃん」

「アーニャも、私なんかと一緒にいない方がいいんじゃない。

 いじめられるよ」

「大丈夫。

 それはないから。

 わたし、さくらみたく目立てないし」

「目立つ?

 私が?」

「自覚あるでしょ?

 無いふりしてんの?

 やめてくんない?

 ムカツクから」

「そっ。

 そだね。

 ・・・ある。

 わかる?」

「そういうとこだよ。

 ムカツクの。

 なおしたら?」

「性格?

 無理だよ。

 そっ、無理でしょ?

 わかってんじゃん」

「何気に性格、よくないよね」

「だから敵が多いんだよ。

 まっ、今に始まったこっちゃないけどさ」

「そだね。

 でも、今日パートじゃん。

 間にあうの?」

「自転車これじゃ無理じゃない」

「じゃ、仕方ないね。

 わたしの乗ってったらいいよ」

「いいの?」

「仕方ないじゃん。

 わたし、ダイエットで歩くし」

「ありがとう。

 明日かえすよ」

「ったりまえじゃん。

 あげるんじゃないんだからね」




(パート先はスーパーのテナント。

 そこの店長も、今の私と同じような現状に苦しんでいる)




この店は店長が任されていることになっているが、その上にアメーバーリーダーがあり、さらに上にはエリアマネージャーってのがいるんだけど、もともとオープン時に店長といた社員ってのが、店の商品に手をつけたり、お客さんに対して馬鹿にした事を平気で言ったり、それを咎める店長を悪く言う癖に、マネージャーには媚びを売っている奴で、不正を知る店長の悪口ばかりいっていた。

そいつは程なく移動になったんだけど。

その店にはオバさんが二人いて、その一人のオバさんの息子が事故にあって金が必要になったのだろう。元に居た社員のように商品に手をかけたり、割引きのシールを平気で悪用するようになる。

それを店長に咎められて、憂さ晴らしに会社の経費三万円を窃盗。

さらには事情を知らないマネージャーに連絡して、嘘八百をならべ、店長に頭を下げさせ、わたしに逆らったらどうなるのかまだ解らないのかと勝ち誇る。

果ては、店長の携帯電話やタブレットPCを水没させたり、作業場でお菓子を食べて働かず、店長がアレをして下さいといったら嫌だと言い、じゃぁアレをして下さいと言ってもイヤだと言い、それを何度か繰り返したあと、「おまえ、最初に言ったことと違うやんか。わたしにやらせたい事がちがう。一貫性がないんよ」とか言いだす始末。

最初から、言われた仕事をすればすむ筈なのにしないオバさんは、マネージャーに言いつけると言って、それからはタイムカードを押して店を出て、退社時間に店に戻ってタイムカードを押していた。

その現状を確認もしないマネージャーは、オバさんの言葉だけを信用して、検証もせずに店長の事を「キチガイの嘘つきやけん相手にせんでいいよ」と言っていたから、もう一人のオバさんもすぐに結託して働かなくなった。

その直後にオバさんたちは店長の事をマネージャーの命令だと言って『キチガイ』と呼ぶようになっていた。

キチガイと呼ばれても、返事を返さない店長に口も聞けないのかと因縁を吹っかける。

応援者がいる時は働らくけど、店長の時は働かない。

それが約三カ月つづく。

自分の事をキチガイの嘘つきなんて言ってる上司は信用できないから、結局、店長は弁護士を頼り、常にICレコーダーを携帯するようになっていた。

でも、オバさんたちはエスカレートして、駐車場にある店長の自家用車をキズつけるようになる。ミラーを割ったり、ワイパーを外して捨てたり、コインでキズをつけたりと。

それを武勇伝のように話している。

でも、それはドライブレコーダーで録画されていたから、店長は警察に通報していた。

警察は知り合いなら話し合えば解決できるんじゃないかと他人事のように言っていたが、証拠を幾つか見ていたので逮捕もできると言っていた。

いちおう前科はつくだろうけど、会社は何もしないのかという事も。

二人のオバさんは増長をやめず、自分の事を棚にあげて悪事を続け、マネージャーは調べもせずに一方的に店長を降格して他店へと飛ばした。

だけど、そこでもマネージャーは「キチガイの嘘つきで相手にするな」と言うことを言ったから、その店のオバさんもつけあがり、十一時に帰って、「タイムカードは十七時に押して」なんて馬鹿な事を実行する。

果ては「今度、もらうボーナス、おまえ仕事しとらんから、わたしらに渡せよ」みたいな事を言って、「よこさんかったら、マネージャーに言って、おまえ辞めさせるからな」と脅迫して来ていた。

店長は、携帯電話とタブレットは水没させられて、壊された車の修理費もかさんで金をだせる余裕は無かった。

そしたらオバさんはデッチ上げを報告した。

結局、マネージャーは何の検証もせず、店長に罪をかぶせたのだ。

それで転勤。

それで今の場所に来ていた。

「この会社は不思議だよ。

モノを盗んで他人を傷つけて、証人も証拠もあるのに罰を与えることができないんだ」

そんな彼の言葉に私は解るよって返答した。

「試験もなく昇格できる場所では、単なる好き嫌いだけで出世が決まる。

馬鹿が上になった場合は、どんなに有能でも壁をふさがれてチャンスがまわることはない。

自分の順番がまわってこなくなる。

それは他にいる有能かもしれない人たちにも言えること。

いずれは廃れ、消えていく。

きっと、そんなもんだと伯母が言ってた」

「伯母さんってキャバクラの?」

「女性ばかりだと派閥がすぐ出来るって。

伯母は、職業経験のない人間は身勝手な家庭の延長で職場に来るから組織の言う事を聞かないもんだって、よく言ってる。

あと、他人の事を嘘つき呼ばわりする奴は嘘を隠そうとしている可能性が高いとも」

「なかなかスルドイ伯母さんだね」

「そもそも大岡越前の頃から社会は喧嘩両成敗って基本なのに、一方的に罪をなすりつけるなんて、悪くないのに罪を被った方は誰も信用できなくなるし、悪い事をして咎められなかった方はアジをしめるに決まってんのに」

「その前の店で暴行された時も、加害者が先に上司に報告して一方的に罪を背負わされた事がある。なんの弁解もできないし、話も聞いてもらえなかった。

そのあとにお尻のポケットにいれた財布をパートに抜きとられた事もあるし、車でぶつけられて三カ月左手を骨折したこともあるし、就業時間終了より三十分以上まえに座ってサボるパートがいた事もあったけど、上司は何もかも俺だけになすりつけた。

みんな知ってんだよ。

この会社では、どんな罪悪も許されると。

だから会社の連中も含めて馬鹿にしてくる。

馬鹿にされてる事にも気づいてない奴もいる。

だから、それも含めて、言葉を失ってしまう。

話になる人間がいないからだ」

「どうせ言葉も通じないしね」

「人間じゃないとまで言われてた。

人権はないの後にね。

給料二十万で、修理費や盗まれた金額は三十万。

はたらくモチベーションもなくなるよ」

「それを正す方法はあるのかな。

まずは打順を待つしかないのかな」

「実は、もっと切迫した問題があるんだ。

ローンや積み立て貯金で、いつも給料の行先は決まってたから。

オバさん二人のイヤガラセの代償で、車の修理や持ち物を揃えるのに借金をする事にして、今はもう金がない」

「なにも解ってないのに偉そうにしてるだけの奴が多いんだよ。

お気楽で馬鹿なアメーバーリーダーが、やってもない手柄を盾に俺くらいになったらとか、おまえ程度の人間がとか言ってるのを聞くのも幼稚で、頭が悪すぎて嫌になった。

でも会社の役職に囚われすぎて、本来の仕事ができなくなるってあるかもしれない」

「役職や立場が人を育てると勘違いしてる奴が多いんだよ。

役職や立場は人に仕事をこなさせるだけ。

適材適所ってのは立場を利用して威張る事じゃない。

部下の手柄を横取りするんじゃなくて、部下に手柄をまわせる。

部下に罪を被せるんじゃなくて、部下を信じてると皆の前で言う事ができるってのが必要なんだ。

そんな人間を理想にしたいね」

「わかるよ。

正しい人間が、正しい事をして、正しく評価される場所をつくっていこう」

「此処では無理かもしんないけどね」

「だったら作ればいいんじゃない。

私たちで」




世界が、こんなにも窮屈で住みにくいというのなら、自分で変えていくしかない。

たとえ私の命だけでは何も変わらないとしても、くじけないで生きることはできる筈だ。


「ちいさな社会では、存在さえも耐えきれない程に軽くあしらわれる事が多い。

自分の事を棚にあげれば、自分の言葉の矛盾にさえ気づかないものだしね。

会社なんてものは事勿れ主義ってのが定石だから、割りを食わされる人間もいるもんだよ」

と、伯母の優子。

「ウチの店でもあるよ。

トラブルってヤツは。

とくに新人とか、職業経験がなくて仕事のできない子は、仕事で頑張っても直ぐに結果が出ない訳じゃない。

足を引っ張って他人のドレス破ったりバッグ隠したり、ミエミエの事をするんだよね。

でも、それを責めるよりは、そういうことが起きない管理の係にしてやるのがいいんだけど、それでもヤメない子もいるんだよね。

悪いと知りつつもヤメない子が。

そういう時はキッチリと勧善懲悪を貫かなきゃいけないのよ。

言いにくくても、それ以上のトラブルになったら厄介だからさ」

なんて。

たしかに、それはあるんだろうけど。

あの店長のように、『キチガイの嘘つきで、こいつの言う事はきくな』って言われてた人に何ができる。

私のように学友たちからのイヤガラセを受けてるものに、何ができる。

講師に、その声が届くとでも。

真実は、多数決に追いやられて掻き消されてしまうのに。

「でも、会社で解決できなくても、警察とか弁護士は、ちゃんとしてるよ。

マンガとかドラマよりも全然しっかりしてるからさ」

「なんの話」

「おたくの店長。

証拠を握ってるって、普通にIC録音してたら三カ月で色んな証拠を握ってると思うよ。

法的には裁けるんでしょう。

結構この国は言葉の暴力を認めていないしね」

「ああ、そっちの話か」

「そっちってどっち?」

「いえ私の方が深刻なのかなって」


社会的制裁を期待できないから。


「どっちにしろ言えることは、自分の身は自分で守らないといけないって言う事か」


それは養成所であろうと職場であろうと変わらない。


現実は常に過酷なものだった。


伯母さんが、私の家にやってくる事になる。


お婆ちゃんが亡くなったからだった。


「あんた、子供の頃からお婆ちゃん子だったからね。

やっぱ悲しい?」

「身内が死んで悲しくないってある、逆に?」

「まぁ、助からないだろうって予感があったから、特に悲しくないけどね。

娘の私は」

「伯母さん白状だから。

でも、私もお婆ちゃんのクダラナイ冗談は苦手だったな」

「綾は上手くあしらってたけど」

「私、コミュニケーションって苦手だから。

人見知りだし」

「じゃない人なんていないよ。

克服しなくちゃ。

人生は理不尽で儘ならないものだからさ」

「そうだね。

ママいないし」

「そういう意味ではないんだけど。

つうか、あんた。

綾のこと、ママなんて呼んだことないでしょ」

「なに、綾って、食べもの?

だったらマズそう」

「まぁ、食えない女ではあるけどね」


イヌは、伯母さんによく懐いてる。

お婆ちゃんがいなくなったことにも気づいてないんじゃないかな。

まぁ、それでイヌの生活に何らかの支障があるとも考えにくいのは確かなんだけど。


「でも仕事でも学業でも自分に順番がまわってこないのは地獄だよね。

先行く人が道をふさげば、その道が閉ざされるのなら、そこにいる必要がなくなるからね」

「わかってる。

だから店長は独立開業はじめるんだよ」

「あなたを連れて?

懸命だとは思うけど」

「私が動くわけがない。

私には大きな野望があるんだから」




(いたずらに時を浪費する日々に疲れ果てて)




耐えきれなくなるから、愚かと思いつつも人は行動に移すものだ。


会社であるのならばトラブルは、喧嘩両成敗をつらぬいて穏便に計らえば大事にならずにすむ可能性は高いのだけど。


そんなに聞き分けがいいものじゃないんだな。

世の中と私を取り巻く環境ってやつは。


「君のことしか考えられなくて。

君以外のことなんて何もみえないんだ」

「へ~。

至急いかなければいけない場所があると思うよ。

眼科と、精神科とかだと思うけど」

憎まれ口が多いのは私の短所。

自覚があれば治るというもんじゃないんだけど。

「君の事が好きなんだ。

本気だよ」

「そっ。

でも、私には興味ない」

その言い方が特にカンに触るんだよ。

やすっぽいし薄っぺらい。

くわえて何だか胡散臭い。

「気づいてる?

いちお告白のつもりなんだけど」

「気づいてないね。

いちお断っているつもりなんだけど」

そう言ってプイッと私は彼に背中を向けて歩きだしていた。

くだらない色恋なんかに、かかずらわっている余裕が私にはなかったから。

だけど、それは迂闊な行為。

言動も含めてそうだった。

まさかそいつが、包丁を鞄に忍ばせていたなんて思いもしていなかったから。

だって、私にとって名前も知らないような相手だったから、彼が何を思っているかなんて想像もしていなかったから。


「あなた、死ぬところだったんだよ。

わかってんの」


背後に大きな衝撃をうけて、私は地面に前のめりに転んで膝をつき、両手で上体を支えながら背後を見て、それで事態を把握したんだった。

頭は混乱していたけれど、私を殺そうとした人と、私を庇ってくれた人がいたってことに気がついたんだ。


「あんた、誰さ?」


どちらも知らない男だった。

無関係を装って立ち去ろうと思ったけど、気が引ける。

だって、みんなに見られていたから、後で弁解する方が厄介だ。


「よく解らないけど・・・私が悪いの」


回避不能な悪意に私は晒されることが多い。

それがダメって訳じゃないんだけど、窮地に陥りやすいのは確かなことだった。


どうすることが正解だろうか。

実は、いつもよく解らない。

ない知恵をフル回転させたからだろうか。

それとも焦燥と消沈の繰り返し、緊張感で頭がショートしていたせいだろうか。

私は貧血で立ちくらみを起こしていた。


それからは、あまりよく憶えていなくて、気がつけば養成所の医務室のベットで眠っていた。

でっ、第一にホッとしていた。

うまく逃げれたんじゃないかと安心して。

つまりは何が起きたかを何となくは憶えていたからなんだろう。

でっ、その後に気がついた。

私のそばにいる誰かのことに。


「あんた、誰さ?」


よく知らない女だった。


「よくも平気でんなこと言えるよね」

「わるいね。

性分なのよ」

「可愛くないよ。

だから嫌い」

「他人に気をつかって生きてないから。

世界中の誰に嫌われたって平気だよ」

「うそつき。

そんなに強くない癖に」

「あんたに私の事が解るとは思えないけど」

「あなたの事なんかじゃなくて、人間ってそうじゃない。

そんなに強いもんじゃないんだよ」

「でっ、あんた誰さ?」

「今更?

もうどうでもいいんじゃない。

つか失礼すぎてムカつくんだけど」

「だって、あんたに好かれようとしてないから」

「失礼だよ」

「だって、あんたも私が嫌いでしょ。

それをヒシヒシと感じるから」

「うそ?

なんで?」

「わかるよ。

嫌われている空気には敏感な方なんだよね。

私を刺そうとした男と同じ空気を持ってる。

あいつも、私に向かってぶつけていたのは愛情じゃなくて敵意だった」

「でも、あなたを助けた人もいる。

あなた、死ぬとこだったんだよ。

わかってんの」


なんだろう。

責めてんの?

やめてほしい。

いっそ死んでしまえたら楽だったのに。

私のことなんか知らない癖に。

ちがうか。

興味もない癖に。


「知らないよ。

名前も知らないような人に言われたい言葉じゃないんだけど」

「名前?

もうどうでもいいんだけど、ナツミだよ。

いちおクラスメイトで、ずうっと一緒なんだけど」

「影がうすいんじゃない?」

「失礼なのよ、いちいちあんたは」

「自覚はないけど、お互い様だし。

あんたのこと好きじゃない。

なんで居るの。

あんた、此処に」

「なぁ~んだ。

わかってんじゃない。

でしょ。

わたしが指示して嫌がらせしてたの。

気づいていたんでしょ」

「黒幕ってこと。

私が友好的に話せるとでも思っていたとしたらだけど。

バカでしょ?」

「バカ確定して言ってる?

いちお気をつかって口裏あわせに来てんのにさ」

「口裏?

悪党が言いそうな科白を吐くのね」

「身を守るための非常手段と言ったところかしら。

お互い、叩けばホコリは出るんじゃない?」

「なに脅してんの?

私は被害者だし、やましいところはないんだけど」

「それが通じるわけないじゃない。

いったい私の仲間が何人いると思ってるの。

口裏合わせるって事は捏ち上げることもできるの。

数は武器よ。

実際の事実を嘘で捻じ曲げることもできるの。

実際のあなたへの数々の差別はそうじゃない。

みんな、あなたの事を嘘つきのキチガイだと思ってる。

人間じゃないから刃物を投げても刺しても大丈夫。

だって、みんなで嫌っているから、あなたの言う事なんか無視するの。

さきに防衛線を張ってたから、あなたが嘘つきだって。

まぁ、私からすれば、他人を嘘つきだって言う奴は、真実を喋らせないために口を塞がせるための手段で、んなこと言っている奴の方が疑わしいって解ってんだよ。

でも有効でしょ。

だから狭い世間の中で、このままあなたをジワジワと潰していくつもりだった。

あなたを自殺に追い込んでも、養成所は私に味方する。

あなたのせいにして世間は落ち着く。

事実なんて関係ないのよ。

組織は回転してくから。

あなたが死んでも関係ないの」

「わたし、此処で死ぬつもりだったよ。

もう、どうしようもなくなったら。

まわりを巻き込んでも名誉の為に自分の生命は捨てられる。

このさき嘘つきのキチガイで、あいつの言うことなんか聞くなって言われるのはツライし、今だって口惜しい。

なんで、こんな目にあわないといけないのか。

なんで、わたしが。

わたしばかりが」

「べつに誰でもいいのよ。

人間は下を見て安心したいのよ。

善悪なんか関係ない。

逆に正論を聞けば、論破は容易じゃない。

どちらが悪いか明らかだから、話をさせてもダメなのよ。

あなたへの不満が原因じゃないの。

世間が見下せる人間をあてがっているだけ。

居るだけでムカつくとか、最底辺の人間が同じ場所に居るだけで空気が腐るとか、言い掛かりじゃない。それで金要求して、無理ならモノ壊して、で、それって許される事じゃないじゃない。

ICレコーダーが便利なのは、感情で言いがかりを吹っかける人間の言葉はスジが通っていないってことを明らかに出来るということ」


パートのおばさんは、最初、会社の経費の三万円を盗んだ。

それを店長は知りつつ立て替えた。

おばさんの息子が事故して入院なんて話を聞いて同情したからだった。


やる時は徹底的にやるべき。

下手な同情するから増長させた。


「実はわたし、此処の講師とつきあってんの。

それに両親とも弁護士なんだよね」

「それが何さ?」

「それなりに権力あるの。

七光りもあるけど、わたしに逆らうってのは勇気がいると思うんだよ。

結構な勇気がね」

「だから何が言いたいんだよ」

「あなたがバイトしてるとこの店長。

わたしの親に泣きついてきたんだよね。

その話をしてあげる」

「聞きたかねぇよ」

「まぁ、そう言わないでよ」


聞かないでいいってのは、本人から殆ど聞いて事情を私は知っているからだった。

社会人になってもイジメはある。

虐待と言ってもいい。

それが集団で行われるのだから堪らない。

明らかな差別に言葉は効力を持たないんだ。



「なんかさ、聞くだけでもつらい。

あんたが私にしてる事と何が違うの」

「つまり、わたしが言いたいのはさ。

こいつらはダメだって事よ」

「・・・?」

「理由なんか簡単なんだよ。

エタとかヒニンって上から差別する相手を決めて、下はそれに従っただけ。

人間は自分より下の人間を見つけて貶めて、あいつよりは自分がマシだと安心したい生き物なんだよ。

それが人間の生態で、逆らいそうにない奴に何でもなすりつけてやろうって。

スケープゴートってヤツ。

でもね。

普通の神経の人間が理不尽に虐待されて、金をとられて、モノを壊されて我慢できるわけがない。




それで、あの人は店で死んでやろうと思って弁護士に遺書をかきたいって連絡したんだよ。


自分の生命を引き換えにして無実を証明したかった。


自分の言葉が通じないって事が解ったから、もっと大きな世間に知らしめたかった。


「伊丹十三さんが亡くなった時も同じ気持ちなんだろうね。

三国志の陸遜伯元もそう、濡れ衣を着せられた人間は最後に自分の生命をかけて、証明しようとするんだよ。

でも、ICとドライブレコーダーにも犯行の瞬間の証拠があったから、会社の中で幾らナスリつけられても、ひとつ外の社会にでれば犯罪者は犯罪者になるんだよ。

実際、逮捕されてなくても証拠は弁護士から警察にわたり、あの人たちが自分でもしらないうちに前科者になっている事は疑いようのない事実なわけだし」

「そう。

ようやくあなたが言いたい事が解ってきたわ」

「小さな場所で差別をしてても、キッチリと証拠があれば立場が逆転することもあるのよね。

絶対って訳じゃないんだけど」




「あなたも、そう決意していたから?」

「まぁ、そういえるわね」

「それは悪い事をしたわね。

まぁ、わたしは仕向けていただけで、一回も実行犯にはなってないんだけどね」

「黒幕らしいこと言ってるね」

「美しき女ボスって事かしら」

「べつに美しくも何ともない。

どちらかといえばナスビ顔なんじゃない?」

「ナスビ顔ではない。

断じてない」

「知らないわよ」

「あなたが言ったんでしょう?」

「それも知んない。

記憶にない」

「話を戻しましょう。

終わらないから」

「あれでしょ。

法の無知はコレを許さずって法律。

知らないじゃ済まないってヤツでしょ。

あんたは自分が悪者だという自覚があるから、自分が罪で裁かれる前に示談。

あの男が刺されたから自分に捜査の手が回ってくるんじゃないのかって。

ちがう?」

「それは二時間ドラマの見過ぎじゃない。

もっと単純に飽きただけよ。

それで今後のためにも味方に引き入れておこうかと」

「味方にはならない。

敵になると断定もできないけど」

「じゃっ、とりあえず証拠になるようなものは預けて」

と、手をさしだすナツミ。

「ない。

あっても渡すか」

「なんで?

もしかして知ってんの?」

「なにを?

なんのこと?」

「たとえば、あんたを陥れてた張本人は、いつもあんたの一番近くにいたって事とか」

「もしかして、あーにゃ?」


やっぱり、そうか。

うすうす感づいてはいたんだ。

でも、それがいったい何だってんだ。

私には誰もいないし、誰とも連むこともない。

構いやしないさ。

私には他人なんか関係ない。


「つらいのなら、忘れさせてあげようか」

「できもしない癖に」

「試してみる?」


彼女が財布の中から取り出した薬は錠剤だった。


「何もかも忘れられるわ」

「ドラッグなら遠慮ねがいたいとこだけど」

「ちがうわ。

んな非合法じゃない。

みんなはカルマって呼んでる。

わたしが産まれるずっと前からある海外のクスリだって」

「胡散臭いな」

「じゃ、やめる」

「んにゃ。

やめるのをやめる」


わたしはそれをクチに放り込んだ。


宇宙の果てにある遠い彼方から、抜け殻になった自分を見る。


そんなイメージ。


「違うよ。

これは現実。

イメージじゃない」


そこは不可思議な空間だった。

上下左右の感覚もなく、自分の肉体も実感できないような世界。

でも、そこには視界だけが活きている。


「それすらも夢にすぎないと言っても君には理解ができないだろうけどね」

「なんであんたが」


しゃべるの?


イヌが?


「猫のつもりでいたけど?

この姿は君がもっとも親しくしているモノの姿をかりただけなのだが、まさか犬とはね」

「親しくしているなんていないんだよ。

それに、そいつはイヌって名前の猫だよ

わたしにはイヌだけど、世間から見れば猫なんだよ」

「君は変わっているね」

「しゃべる猫に言われたくない。

それってもうバケモノじゃない」

「君の心が選んだのに?」

「いつだよ?

おぼえがないにも程があるよ」

「君の心だって言ったでしょ」

「化け猫と会話なんか変な感じ」

「それも君が望んでんだよ。

深層心理でね」

「これ、夢?」

「いや、もっと深い、別次元だよ。

十二の次元が折り重なってある世界の一端。

わかりやすく言えば次元の狭間って事だよ」

「よくわからない」

「君のお母さんも来ていたんだよ。

何度も。

彼女は神様に最も愛されている女性だった」

「何処に居んの?」

「今は言えない」

「ケチ。

知ってるって事じゃない」

「ああ、知ってる。

でも、僕には権限がない。

唯一、許されている権限がコレさ」


そう言うとイヌは、どこから取り出したのか両手で卵を私に差しだした。


「茹でて食べろってこと。

四次元から取り出したの?」

「普通にポケットからだよ」

「まさに四次元何とかってヤツを連想してしまう」

「それは君の勝手だよ。

でも、これは君のいる星そのもの。

つまりは世界の形だという事を忘れないで欲しい。

君に命運を託す事にしたんだよ」

「卵にしか見えないけど」

受け取ると、それは卵そのものだった。

「世界って、ずいぶん軽いのね」

「宇宙に重力がないように、世間の柵からも解放される。

君が、それを望むのなら」

「なんか重責ハンパないね」

あたしは卵とイヌを見くらべてみた。

「それよりもママのことなんだけどさ?」

って聞こうとしたら、それは許されないという事なのだろう。

私は現実に引き戻されていた。

目が覚めたってだけかも。

「私、なぜウチに?」

自宅にある自分の部屋で、私は目覚めた。

枕元にある卵。

握れば潰れそうな卵だった。

しばらく寝てたら、叔母がやってきて、学友が講師と一緒に連れて帰ってくれたんだという。

「今日はゆっくりと寝てればいいよ」

叔母さんは、そう言って仕事に戻った。

私は、目覚めてから、しばらく嘔吐した。

最近では珍しい事ではない。

心的外傷後ストレス障害の一種で、魘されて目覚めたり、目眩や頭痛が突如として私を苦しめることも。

「卵だよね」

枕元にあったそれが、何故そこにあったのかは解ってはいない。

私は、それを焼いて食べる事にした。

賞味期限とかでヤバかったら吐き出せばいいって思ったからだ。

キッチンでフライパンを取りだすと、その端をぶつけて割ってみた。

「やっぱり、ただの卵か」

目玉焼きを失敗して、不完全な目玉焼き。

私はそれを食卓で一人で食べた。

それからねむったのだけど・・・


それが、世界が滅んだ原因だったというのなら、そうなんだろう。


「また会えたね」

「ずいぶんはやい、お帰りだったよ」

「気がついたけど選択肢はないんだよね。

あれ、ほっといても割れたんでしょ?」

「そんな邪悪ではないよ。

選択肢はあった。

君の母親は以前アレを受けとって、世界を守るために自分の生命を捧げたんだよ」

「どうやって」

「死んだ娘をかわりに生かせてほしいと我々に懇願してね。

アレは、所有者の一番の望みを現実にする。

君の願いは残念ながら破滅だった」

「私、死んでたんだ」

「そうだよ。

実際の君は、もういない。

それを司る弥勒様は、娘の魂が消滅して手遅れだった事を確認したんだ。

だから、そこに別の魂を移植する事にしたんだよ。

それが君の・・・」

「ママだったんだ」

「そうだよ。

だから彼女は目覚めない。

なんせ彼女が君だったんだから」

「知らなかった」

「ほんとは彼女が世界を終わらせる破壊者になった筈なんだが、宇宙は分岐する。

世界だって分岐してた。

君の行動は、予想の範疇にあったが決定的ではない。

君は多くの関わりもない人達を犠牲に死んだんだよ」

「巻き戻したりできないの?

やり直しとか。

説明が悪いのも事実だし」

「ないよ。

あった?

そんな不可思議な現象、これまでに」

「ない。

でも、心の準備もなかったから」

「君には理不尽なことばかりだが。

実は魂にも寿命があってね。

肉体がなくなっても、魂は新たな次元に送らなければならない。

きみは、そこで生まれ変わるんだ。

新たな人類としてね」

「納得いかないな。

それも弥勒菩薩の差し金なの」

「弥勒様は菩薩じゃないが、彼女も実は一旦でしかない。

実は僕も何度か輪廻転生ってのを繰り返しててね。

むかし、彼女が戦士だった頃に、何度も生命を救ってもらった。

僕は恩を感じているんだ」

「じゃ、誰の差し金。

いっちゃん上には誰がいんのさ」

「聞いて一体どうすんだよ。

君に何ができるんだよ」

「さてね。

でも気づいたんだよ。

まだ終わっていないってね」

「君には何も出来ないさ」

「かもね。

でも魂は続くのなら、その終わりまで足掻きたい。

私は魂で忘れない」

「君の人生は、まさに心の刑罰と言っても差し障りのないものだった。

平穏に生きる道もあるだろうが、君は混乱と苦痛を求めるんだ。

その魂が尽きようともね」

「解ったような事を言わないでよ」

「わりぃね。

でも、もしも君が僕たちと同じ立場に、このポジションまでやって来るとしても、事は既に終わっているかもしれないけどね」

「どういう意味さ」

「言葉の通りさ。

クーデターがあってね。

政権が変わるかもしれないのさ」

「だったら、それを・・・」

「わりぃね。

それはゆるされないよ。

これ以上の話も全部ね」



そうして、私はまた・・・



「むかし、君が戦士だった頃に何度も生命を救ってもらった。

僕は恩を感じているんだ」



でも、確信している事だってあるよ。


魂は記憶するって事だけは。

絶対だ。


だって、私には、それが解るから。


それがどういうことか解るから。


運命がLOOPするという事もだ。


「私はすべてを破壊し尽くす。

それでも守りたいpuraidoが私にはあるんだから。」

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