第10話 中編 途中

街の灯がきえる。

聴衆も観衆もおなじもので、あたしの思考限界もおなじもの、すべては平凡で凡庸で、それに片づけられてしまう。


そら。


上空を見上げて口々に叫ぶ、その他大勢でくぐられるのは不愉快なあたし、逆の方向に進んでいる。

 なにあれ、今までに見たこともない色、きっとなにかのイベントさ、パレードでもくるのかしら、口々に評される空のことを此処にいるみんなはまだ知らない。世界に終わりが近づいているということを。


「こんなとこから出ていきたいよ」

「ここって、この街、パレット?」

「ちがうよ、もっとおおきな意味での此処のことだよ」


その日は満月だった。

行為のあと、窓辺で手すりにもたれているあたし、援助交際なんて罪悪感もなくやって、精神的に肉体のモラルがないと大学でも耳にはいることもあるけど、どーでもいいな、そんなこと、あたしにだってセンチになれる、その現実が心地いい。あたしたちは今、お酒をやって街をみてる。さびれたホテル、二階から水平にあるすべてを見渡すの、自分が優しくなってくる。そうして、ここからみる夜景は好き、だからクレスをつれてきた。

「あたしのママは陰陽道に長けてたの、そういう家系なんだって、そいであたしにもチカラはあるの」

「たとえばどんな?」

 うん、くちごもってしまうのは自分が異常だと思われたくないからでもあるの、でも嘘はいいたくない。

「この街では毎日かぞえきれない人が死ぬわ、戦争、飢餓、貧困、エトセトラ、とにかく、いろいろ、みんな恨みや憎しみ、この世への執着を捨て切れていないのよ」

「それで」

「みえちゃうんだ、あたし。ほんとうは見えちゃいけないようなお友達が」

彼(?)はわざとらしく口笛を吹いた。自分を演じるのに夢中だから他人が感じるような不自然は気にならない。

「おもしろいね、バカにしている訳じゃない、十八年前、世界にメモリーが解き放たれたことにより世界は混沌と闇のカタチをもっとも現実な場所へひきだしたんだ。そんな奇跡も僕は信じるよ」

十八年前、あたしたち生き残った人間の何人が実際に起こったであろう終局を知っているというのだろう。なにもそんな証拠はないのに、ただ歴史と具体的な日時と場所によりつたえられてきた物語、その日を前後にすべての人間が記憶を失っているというのに何事かが起こったとメモリーは老人たちの記憶に語りかけたのだ。メモリーの解放により世界は混沌を導きだしたのだ。と、ママはあたしに何も話してはくれなかったけど、いちじきはママが何か係わり合いになっていると近所の人たちが噂してるのを聞いたこともある。とっくに死んでしまったママのことを。あたしは何も聴いてないけれど。

「なに笑ってるの」

 無意識だった。

「ん、ママもあたしと同じでそそっかしくてバカだったなってこと思い出しちゃった」

「なに?」

「ママね、あたしの名前ライラにしたかったんだって、でもツヅリを間違っちゃってレイラになった」

「名前が気に入らないの」

「ううん、そうじゃないの、気に入ってる。三津木ライラより三津木レイラの方がいいの、外国語の発音で『れいら』の方がすきだけどね。ただ、あまりママと話せなかったのが癪なだけ、あたしに似てるってみんな言ってたから」

「尊敬してるんだね、お母さんを」

「うん、まぁ、そうだよね」

「僕は君を尊敬しているよ」

「そう、ありがとう」

ママがメモリーを解き放ったんだって、そんな噂はクレスにもいえない、世界を破滅へみちびいた不名誉な噂とわかってるから。

「それよりも」

と、彼はあたしの肩に手をおいた。軽くポジションをづらしながら横にいるクレスを見あげてみる。

「ほんと、ときどき自分が信じられなくなるの。不安になるわ」

「なぜ?」

「あなたのことが好きだもの、信じられない、半年前まではおなじ女どうしだったのに」

「今も法的にはそうなんだよ」

「法律なんかクソくらえだわ、あなたのことが好き、ほんとよ」

「ありがとう、まだ肉体的にも両性具有なんだけどね」

「かまわないわ、あなたに撫でられたり舐められたりするの好きだもん」

「努力して今年中には男に完成しておくよ」

「クレスって、右と左で眼の色がちがうのね、それってDNAいじられた証拠なのよ、あたし本で読んだことあるんだよ」

「いろいろ注射されてるからね」

「あのさ、ひとつ聞いていい。男と女って、どっちの方が気持ちいいの、女の方がいいって聞くけれど」

「トラウマかな、僕は女の時にレイプされたことあるから恐くって、それに君がとても素敵だったから男でする方が気持ちいいよ」

「ふーん、おだててくれてるんだね、ありがとう」



街の灯がきえる。

クレスに抱かれて夢をみた。

世界が閉じる。終局、破滅、お別れの闇、密封された箱の中にいる男と女、男は何か、椅子に座って、壁一面に張られた画面をみつめている。巨大なコンピューターをいじっているようだった。女はうしろで、画面をみてる。ボーイッシュなスタイル、ショートカットに白シャツ短パン、包帯を体中に巻いて、一部では痛々しく血が滲んでいるのもみえる。

男の思念が電波となって流れてくる、そういうアンテナがあたしの中にはあるので不思議には感じない。必死でこの人叫んでいる。

「俺がうまく生きられない、俺が誰にも相手にされない、そんな世界なんて壊れてしまえ」と、積み木細工のように黒い雲が世界を覆い、ふれるビル群を破壊する、人々は生き埋めになる、死んでいく。いまさらチープなアニメですら存在しないヴィジョンが広がっている。あたしはただ見ているだけだ。包帯の女も見ているだけだ。

彼女の思念もつたわってくる。


「この街のどこかにいる、あるいはこの世界のどこかにいる、あたしの母は、きっとどこかに」


そんなもの。

これはただの夢なのだろうか。


ホテルでクレスと朝までじゃれあって、寝不足のまま学校にいる。どの講義も退屈でだれた。ノートパソコンでずっとネットをいじくってる。作業で手慣れているだけの教授とかはもう何もいわなくて、まぁ、ひとりっきりでいる感覚を味わえるのは大好きだ。メールがきてる。リンツ・プラッチフォードから、あたしよりもずっと年輩のおばさんからだ。

『お久しぶりで悪いけど、もう無理みたいなの、これがあたしの最後のメッセージになるはずよ。ごめんなさいね、でも、誰かに伝えないではいられないのよ、あなたはとても真面目な人みたいだから安心して、いえ、もうこの世界には安心のできる場所なんてどこにもないわね、でも信じているわ。あなたにすべてを託したいの。無理強いは決してしないわ、あなたが決めて、そして実行して、自分の思った通りにしてほしいの、この先に、あたしのたどり着けなかったこの先に何があるかを見てほしいの』

なんのことやら、かなり錯乱している。なにか切羽詰まってワラにもしがみつこうとか、あまり当てにされてる様でもないし、その全容がわからない。

「あはははははは」

あたしを信用してなんてバカだよね、あたしくらい一人きりでのんびり平和に暮らしている人間いないんだよ、わけわかんないことに首つっこむ訳ないじゃん。でも、あたしが住んでるアパートの入り口ですれ違いざま落とし物をした人(性別は特定できなかった)は、あたし宛の手紙とコインロッカーのキーをおいて去ってって、係わり合いになるのは嫌なんだけど、好奇心が優先して見てしまった、そのモノを。

「あたし、どうしたらいいんだろう」

みえないお友達に聞いてみた。

 そんなことは決まっている。無視を決めこんだらいいんだよ。

結論はそこにあるのに。

「やっかいだな」

あたしはそれを手にとってみた。

「本物のピストルなんて初めて見たよ」

そして手紙。

『このピストルはずっとあたしを守ってくれたグロックなの、もう使っている人も少ないんだけど、このピストルにはジンクスがあって、このピストルの持ち主はひかれあい、かならず殺し合い、いっぽうを葬ると。

あなたはこのピストルを持っているだけでいい、そして生きて、すべてを無にかえすために。

あたしは戦ったの、でも無理だった。あなたは』

最後の方の文字は殴り書きで線になって途切れている、とにかくあたしはもっているだけでいいらしい。

「昨日テレビでやってたよな、夢が正夢になることもって」

子供向けの戦隊モノで、あんまりこの年で見るようなモノではないんだけど惹かれたな。「あはははははは、持ってさえいれば良いんでしょ」

タリスマンのようなもんだと納得させてる自分がいる。あたしは普段もちものを持たないのでそのまま手にとって街を歩いたんだ。でも、まさかピストルを見せびらかしながら歩いている人間がいるとは思わないのか、あたしがアクセサリーとして扱ってると思ったか、モデルガンにみえるのか、どうでも良いけど誰にも気にとめられないまま持ち歩いた。

なんか此処であたしが一発トリガーひいたら皆の注目をあびて大騒ぎだなとか考えたら、すこし気分がおおきくなってくる。

「まぁ、世の中、いろんなことがあるものさ」

みえないお友達にいってみた。

「そうだね、だから楽しいのさ、人生は」

「うん、そうなの」

なにをトチ狂ったのだろう、それが肉声であるのに気づけなかった。しばらくして慌てたあたしが振りかえる。が、もうそこには何もない歩道で信号を見あげ、雑踏がどちらの方へ向いているかを知りはしたが、声の主を捜すには不可能な人だかりだった。

「いったい誰なの」

胸騒ぎを感じている。

何ですぐにふり返って相手を確認しなかったのだろう、一日中あたしは後悔しつづけたが翌日にはもう忘れてしまった。

それどころではなくなってしまったから。






通りすがりの女はいった。

「まぁ、世の中、いろんなことがあるものさ」

眼鏡をかけた暗めの女でストレートのサラサラな髪、いい匂いが香ってきて、彼女の陽のあたる感触につい、つられて反射した。

「そうだね、だから楽しいのさ、人生は」

こんなことサッキ人を殺したばかりの人間が言う科白ではないなと思う、リンツ・プラッチフォードの人をみる眼は確かだったということか。

「あなたは罪悪感なんてものとはかけはなれた男なのよ、だからパートナーにあなたが欲しいの」

あの戦場の街を女と二人で抜けだして、女は仕事をみつけて退屈な日常に自分を位置づけようとしていた。あのままいれば結婚していたかもしれないな。とおい昔のことのように思う。だが所詮、組織を裏切ったとはいえ、まっとうな人生を生きるには俺は汚れすぎている。それに、アイツと一緒にいれば危機感のない自分に満足して、今も当たり前のように自分のことを『僕』と呼び続けているに違いないのだ。

今の自分は充実している、それは外出するのに靴をはくことと同じくらい確かなことなんだ。

あの時、路地裏の石畳で人を殺した女に出会った。

ききとれる訳のないほど微かな、でも俺はそれに引きよせられた。

「だれ?」

反応はわるい、彼女は泣いていたんだ。目の前に自分が殺した相手が死体となって横たわっているというのに。

「それは俺の名前をきいているのか。だとしたらセレッタだ。セレッタ・ノイセスでいい」

彼女はピストルをもった右手を脱力させて銃口を地面にむけている。左手は唇にあてているのだが、虚ろな瞳で精気のない動作に振動させているものは心臓くらいのものだろう。

「どちらが死んでいるのかもわからないな、君より先に倒れているこいつが動きだしそうだ」

「だとしたら、あたしはとても嬉しいわ」

彼女はオレンジ色の喪服をきていた。近くにくるまで見分けられないのはその色の特徴を無視していたからだろうか。

「ゾンビでもか?」

トーンをおとしてきいてみる。

「関係ないわ」

とにかく、俺はそいつを路地へと連れだした。人混みにまじってしまえばそうそう見つかるものでもない。

「葬式にでもいってきたのか」

言葉を失ってしまう。自分らしくはない、ほっておけば済むことなのだ。しかし職をもたない俺は居場所をもとめている。同じにおいのする相手から。

「いま済んだわ。彼のために着てきたの」

「オトコか?」

「気にしないで。いつもこうなの、なんていうか、仕事をしたあとはいつも鬱になりがちなのよ」

と、その口調に彼女も自分におなじニオイを嗅いだのだと知った。


その俺がうらぎった。


所詮、世の中に自分が利用できない奴などないと断言しよう。俺にとって、人間とは切り離しの利く道具なのだ。だから何も感じない。エンジェルが死んだと聞いたときも、あやねが俺から離れたときも、そしてリンツを殺したときも、俺の心は動かなかった。俺の心に特別なんて文字はない、いっさいは傀儡であり同類などはあり得ないのだ。


港のちかく、潮の薫る倉庫でのはなし。

背もたれのある椅子に下着姿で縛られた女を数人の男がなぶっている。そこに一人の男が彼女の目の前でトリガーをひいた、彼女の網膜に空気の網をやぶって突き刺さる銃弾は、眼球を吹き飛ばし爆発、火薬と潮が混ざりあう、頭蓋を貫通した壁にささやかな傷をのこし、地面には脳漿をぶちまけている。

「ほんとに殺してくれるとはな、うたぐって悪かった。まぁ、やりづらい相手ではあったろう?」

「いや、あいつなら許してくれるような気がしたんだ」

「そうか、そのわりにはギャァギャァと喚きちらしていたようだが」

「あいつ、なんていって死んだっけ。よく、ききとれなかったんだ」

「ありふれた捨て科白だ、気にすんな」

「俺の質問に答えろよ」

「ふっ、おまえもどうせすぐにあたしとおなじ目にあうわよーってさ」

 あまり上品な仲間はいない、むさくるしい男ばかりの人殺し集団、掃除屋のひとり、そして組織のボスなど、俺は面識もないのに雇われている、気にくわない。

「それでボクを助けてくれたの?」

なんだ、寝ていた?

「セレッタはいつも一人で考え込んでばかりいる。こんなボクでも少しは役にたつんだよ」

上体をおこして笑ってみせた。

「すこし夢をみていただけだ」

「セレッタが夢を?」

リンツを殺したときのことを思い出していた。あいつの言ってたことは当たっている。いまの俺はあいつの後を追うように組織をうらぎって手配を受けてる。

「われながら懲りない男だとおもってね、実をいうとこれが二度目だったりするんだ。前にいたとこでも同じことをやってたよ」

ルキフェルは一つしかない足を三角に折ってすわってみせた。

「ボクはセレッタを尊重するよ。いまのボクがいるのはセレッタのおかげだもん」

そうか、まともに撃ちあっていたら死んでいたのはお前じゃないがな。と、脳裏をよぎる言葉がわく、釈然としないものが残っているから救わないではいられなかった、それだけだ。

「セレッタ、格好よかったもん」

いや、おまえのおかげで邪魔なラクサス兄弟を始末できたんだ。礼をいうのは俺の方だ。でも、それは本当に必要な行為だったのだろうか、という謎もある。もしかしたら、なにか見えない意志のようなものが動いているとして、俺がルキフェルを持ち駒としていることを天命と受けとめるとしたら、俺はなんと幸運な男だろう。

「ボク、セレッタにあえたから、生きるってこと知ったんだよ」

スコット・ラクサスとウルブス・ラクサスのふたり、その筋じゃ敵対する相手の利き手を奪うことで有名だ。やつらの隠れ家には幾本もの腐った腕や骨で埋め尽くされているという悪趣味な噂もありヘドがでるくらい下品な喋りをするやつらで、特に兄貴のウルブスの眼光は鋭く、街ゆく女すべてを視姦しているみたいだった。が、俺は奴らと組んでいた。その経緯はしらないが、ボスの命令だ、仕方がない。その性質がどうとか、直接クチだしするきもなかったし、奴らが俺以上に野生にちかいカンをもっていたうえ実力者であるという事実が俺に不満をいわせはしなかった。そんな状況だったんだ。

「セレッタ、いくらだ?」

ウルブスがきいた。俺はなんのことだかわからないが言葉を交わすのも潔癖な俺には不愉快で首を傾げてみると、チッとウルブスは煙草を吐きすて、真っ黒な肺から煙をあげた。

「お前の命だよ」

さあな、もう一度首を傾げてみる。工場跡がおおい工業地帯のあるビルにある駐車場、青い空を見あげて、何処までも透けて、道もきえて、そんな空間をすてた世界の果てに分かり合えない男といる奇妙、ウルブスも感じているのだろう、にぎりしめていた女の写真を地面に放り、左手で右肩の傷跡をなでていた、彼のよくやる癖だ。

「お前は俺ら兄弟のことをよく思っていないようだが教えてやる、俺はこういう生き方しか選べなかった。感情の交わらない、どうでもいいやつの利き手を奪い命も奪う、恐怖を思い知らせてやろうなんてサディスティックなもんじゃねぇ、純粋に他人の恐怖で自分の中の恐怖を紛らわせてきたにすぎねぇんだ」

ウルブスはもう、四十をこえていた。反応も鈍い、この世界に現役で生き抜くにはもう年だ。いつ死んでもおかしくない、だからそんなことを身近にいる奴らにいって聞かせるんだろう。俺は、若い頃さきばしって利き手をうばわれたなんて間抜けなはなしを。俺はそんなへまはしないがね。

「今回は俺らに任せてくれ、これは俺のかたづける仕事だからな」

自分に言い聞かせているウルブスの中に不安をみてとって、心無くも大丈夫かと聞いた。

「ああ、大丈夫だ」

さっきからスコットの姿がみえないのは根回しをしているからだろう。そいつらの覚悟にうたれたわけじゃないが自分が働かなくても金ははいる。その現実だけでも俺には十分だったんだ。適当な場所の鉄骨に腰をおろした。しばらくして軽い銃声だか地雷だかの音がきこえるが、まるで聞こえないもののように寝ころんでいる俺がいた。

「おじさんは関係ないのかい」

頭の上で覗きこんでいる子供がいる。

「おにいさんはべつに子供とじゃれている暇はないんだが」

なげやりな言葉でその子を毛嫌いしてみると、

「ボク、子供じゃないよ」

と、その子はいった。

そして二時間後、もう何の音も聞こえない、鳥のざわめき木立のささらぎ、そんなものを聞いても仕方がないが俺も少し気になった。いや胸騒ぎ、不審な子供のことを思いだしたのだ。

「あいつ、もしかしてあのビルにはいったのか?」

俺は決していい奴ではない、どちらかといえば悪人だ。格好をつけてまで誰かのために何かを犠牲にすることも、薄っぺらなスタイルにこることもない、どうせ格好よくしようとすればするほど不器用に作用して格好わるくなるにきまっていたのに俺は、

「兄弟がいるんだよ。父も、母も、ボクが働くなくっちゃ誰も明日をみることができないんだ」

趣味としか思えないミリタリースーツに身を包んだ少女と対峙したとき、俺はリンツに見つめられている錯覚をおぼえていた。それに、彼女の銃口が俺に向けられているのに比べて俺は、銃を持ってはこなかった。ラクサスが反応するものを知っていたからだ。

「まてよ、俺はジャケットに銃をおいてきて丸腰だ、そんな俺を狙うのか」

少女の眼には明らかに戸惑いがみえていた。俺はそれに賭けている。

「これは、ボクに対しての攻撃だった。しっていたんだ、でも、ボクは逃げだした。恐かったんじゃないんだ。でも、どうしても決心がつかなかったんだ」

 なぜ。

「兄弟がいるんだよ。父も、母も、ボクが働かなくっちゃ誰も明日をみることができないんだ。だからボクが」

Bang、Bang、銃声、疾走した。

「くっ、卑怯」

背面から二発の銃弾、彼女の右手と左足をぶちぬいた。それはスコットのタマだった。充電されたコードレスのチェーンソーで彼女の左足につきつける、絶叫、狂呼、泣き喚きながらも強靱な意志、気を失うこともなく悶絶するのみ、冷徹、冷血、冷酷な惨劇、眼をそむけたくなったものだが、斬りつけるスコットの方も泣いていた。俺には訳がわからなかった。

「この手は女に寝込みをやられたんだ、俺は気をうしなっちまって自分で自分が情けなかった。それから一年もしない間に俺はその女を殺したんだがどうもそれが癖になっちまった。女の手は、きりおとさなくちゃ気がすまねぇんだ」

彼女の足は銃弾の位置で切り落とされたのではなかった。足の付け根からはずされたのだ。血が噴き出す、女の叫びはいつしか嗚咽となっていたが、それでも手をやすめぬスコットは彼女の右手を落としにかかっていた。俺はこの出血では女がもたない、実際いまは死んでいたかもしれなかったが見ていられず、女の手に触れているだけのピストルでスコットの頭を撃ち抜いた。

「この方がずっと簡単だ」

スコットのシャツを破って止血を試みるがどうにもならず、以前、世話になった医者に診てもらうことにした。事情を話すと医者は、静かに感情のないつくり笑いをしていった、

任せてほしいと。

 そして数時間後、携帯で呼び出された俺は一命をとりとめたことを知る。

「ラクサスの弟が泣いていたのはこの娘がウルブスを殺していたせいね」

レイン・チャームはそういった。

「おまえ、なにか知ってるのか」

彼女は頷き、自分は関わりあいにはならないことを前提に話しはじめた。そして、俺もなんとなくの概要を理解した気になっていた。

「まぁ、私らの作業は分業だから、しょせん雲の上にいる人たちに問いかけてみなくちゃ答えはでないわ」

「いったいだれが答えてくれるんだ?」

「いないわね」

せせらわらう彼女の自嘲、俺はきく。

「あの子はいま、何をしている?」

「寝てるわ、消耗しきっているもの、当然でしょ」

まず、俺たちがあのビルにやってきたのは組織にとっていらなくなった奴らの後始末を任されたからだ。俺は誘き出されてくる奴らがビルの中にはいったのをみて爆発させれば簡単だとそういったが、ウルブスは女が関わっているからそいつの利き手を奪ってからだと主張した。俺はすべてを奴らに委ねてこれには関わらないつもりでいた。

「おまえは俺を変人扱いするがこの女も同じことをやっているぜ、殺した奴から血を抜き取ってコレクションしているらしい、難しくってもそれなりの意味があるんだろうよ」

ルキフェルとか、いったよな。

「貧民街にいた女をボスが雇って女にして、ついでに凶器として作りあげたと有名な女だ。ロリコンのボスにはさぞお気に召さないことだろうな」

「なにが」

「この女が成長していくサマがさ」

レインは診療所の椅子に足を組んですわりカルテに模した暗号文を俺にみせた。

「あなたはあのビルの中で他の死骸にまじって死んだことにしておいたわ。どうせもう戻る気はないんでしょ」

「ああ、少しだけ自分の中の真実に近づいた気もするからな」

「そういうの、得意だよね」

この診療所は二部屋しかなく、隣室にいる女がこうも簡単に目ざめると思わなかった俺は彼女の声を煩わしく受けとっていた。

「わけわかんないことにムリヤリ結論もってくの、幽霊のせいとか見えない悪意とか、いちおう現実なんだよ」

彼女は床を這いずりながら自身の身体をみせつけた。

「無様ね」

そういうレインは勿論、俺も彼女に手を差し出すことも肩をかそうともしないで彼女をみてた。その不自由をみつめてる。

「なくなったものは仕方ないよ」

「あっ、そう」

気にもとめない女はいう、ルキフェルと一瞬眼があったのは俺のほう、彼女はすこし笑んで、それが微妙に可愛かったのか、つられて笑う俺がいる。

「そういえば死んだみたいよ」

しらっとした言葉には感情がなく俺には意味がわからなかった。

だれが? 

と聞こうとした瞬間には先をみこした彼女がこたえる。

「あなたの家族」

くもっていくルキフェルの表情はおさない、駄々をこねるのを耐えている子供のようだ。

「兄弟がいるんだよ。父も、母も、ボクが働かなくっちゃ誰も明日をみることができないんだ。だからボクが」

彼女の言葉を思い出す。

「そっか、しかたないよね」

頬を雫がつたって零れていく、それを悟られぬようにと四苦八苦している彼女がみえる、かぼそい声でこたえると俯いたまま言葉を失っていた。だれもが幸福に生きていられるほど平和な世界じゃないけれど、彼女の心理にとやかくいう資格は俺たちにはない筈なのだ。

「おこちゃまなわりには健気ね、泣いたっていいのよ、どうせ私もそこのセレッタもあなたを子供にしかみてないわ。性のはけぐちに使おうとか凶器に使ってやろうとか下心もってないんだから、それに」

「もう人としては生きていけない、そう言いたいんだね」

「言ってない、卑屈になるな、組織にこれまで貢献してきたって誇りがあるんだろ」

「そういうの、あるの」

「ないわね」

「それぞれさ」

「ボクは、生きていくためだったんだ。自分のことなんて考える暇もなかった。十人以上の家族を養うためにもボク長女だったから、まず自分がやらなくちゃって気持ちで一杯だった。だれも味方にはならないってしってたから」

「くだらないわ。大人はそんな話はしたくないの、この先のこと考えましょう」

暗がりに閉じこもってゴキブリみたくコソコソと煙草を吸う。

好きだよね、煙草。

ルキフェルの前では吸わないよう心がけているのだが彼女はすぐに俺の居場所や行動をよむ、

「大人はそんな話はしたくない、か」

首を傾げる彼女は可愛く、なんのこと、と尋ねてくる。

「こっちのことさ」

不自由に車椅子から落ちると彼女はごろごろと転がって俺に抱きついた。そしてキスした。

「なに?」

「こっちのこと」

そして憂鬱な光の底、窓際で汚れた闇の夜空を境目にしていだきあう。

「わかったんだ。ボクはようやく自分が解き放たれたんだって、いままでは家族や失われた街のことで頭が一杯で、背負っているものが窮屈で、狭いスクリーンの中でだけ活躍していたけど、そんなことにはなんの意味もなかったって、だからボクは変わっていくよ。本当の自分になるように、だれからも、できそこないだなんて思われたくないからね」

夢は夢で、現実は現実、と言うことさ。

「セレッタ知ってる、本当の夜って、もっと綺麗で輝いてんだ。ボク、みたことあるんだから、本当だよ」

夜はまだ浅く、彼女もまだ若いからそんなことを、

「本当だよ」

そんな夜が何処にある、俺がまだ知らないだけなのか、


謎だ。



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portrait of the air なかoよしo @nakaoyoshio

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