第9話 前編
Air
僕には過去も未来もない、
ただ、今があるだけだ。
「ちっす」
そして、気がつけば、
ちがう僕が空をみてた。
薄い夕闇の底でうごめく触手に嬉々とざわめく自分がいる。
タイトミニのスカートをぬぎだした女は黒いスーツに身をこがした髪の長い女だった。
高校ではポニーテールが禁止だったから、と女はバカげたルールを口にしながら就職して六年、ずっと僕の空間に住みつづけた人だった。
「なにしけた顔してんのさ、おまえ」
ディスクに座ってキーボードをたたいていた僕、パソコンは僕の最初の恋人だったんだ。
その次は君か、
「あたし、これからちょっち出かけてくっね。デートの予定がびっしびっしでさぁ」
知恵遅れの稚児のように笑う,心が救われる想い、旅人の神経過敏な心象風景、色のない世界、モノクロな光景、緑と赤、黄と青、アンバランスなとっくみあい、唇が乾くと彼女がのんだミネラルウォーター、フロントの床にころがって、ペットボトルは空々だった。
「とくに、これからのは本命の奴なんだよ」
模造品。
自分が辿りつけなかった高みの場所、到着してしまった惰情の女。
二人はいつしか、別の存在意義に生きていた。
問いかける。
唇がかわくとミネラルウォーター。
「俺たち、おなじ空をみてたよね」
問いかける。
「・・・」
ミネラルウォーター、
問いかける。
「・・・」
ミネラルウォーター、
問いかける。
「・・・」
ミネラルウォーター、
問いかけ・・・
ついっと彼女が反方をむく。
「なに訳わかんない事いってんのさ」
着がえた彼女は一瞥もくれずにその扉から出ていった。
そう、
ちょうど僕がいま見ているその扉から。
音のない音の世界で、夢にも見ない言葉をきいた。
まだ悔やんでいるんだね。
たいくつな女、彼女はコンタクトにかえた。
眼鏡はあたしに似合わないから、
ソフトとハード、どちらでもいけるやつ。ちょっと惚けてみえる君がステキだった。と僕は昔の彼女をほめたつもりが、気にくわないからと装飾をかえた彼女には感情がない。
冷気をあてられたみたい、ピリッと背すじが凍てつく心地。
かざりっけのない彼女は嫌い?
たとえそれがニュアンスなものだとしても。
一晩中、部屋にこもっていた。
女は、いつまでたっても帰ってこない。
僕はパソコンでネットゲームでもしてみようかなんて、見知らぬ他人の心にも触れたい気分、退屈すぎた。
風を透そうと窓をあけた。
ふきこむ空気の波がおしよせる。
これが風だ。
水泳中の息つぎのよう、吸ったタバコが灰皿の上で山となって溢れている。
こりずに一吹く。
窓際のぼく、視界のいっかくに捕らえた陰。
「なにしてんの、こんなところで」
外窓の壁にもたれて座っている女をみつけた。
「みてわかんない?」
「・・・息、してる」
「そうだよ、生き、してるんだ」
薄暗く、それでも街に近いから、闇ではない空を、人工的な輝きを、僕はみてた。
どんどんどん。
会話を少し交わしてすぐ、彼女は僕の世界からその姿を消したんだ。
どんどんどん。
玄関口にまわりこんだ彼女は鍵をもちあるいてはいなかった。
僕はしばらく聞こえないふり。
どんどんどん。
はやく夜が明けないかなァ。
うっすらと空が白みはじめている。
世界が光に包まれる。
よこなぐりの強風が、いまや穏やかな息吹とやわらいだ。
『夢でね、神様にあったのよ、恋の神様? ミューズとか、アフロディーテみたいなものなんだろうけど、あたしに向かってこう言うのよ。夢を追ってばかりで現実を直視しない、明日を描くことに夢中で居場所をもたない君を不憫におもうから恋の魔法をかけることにしたんだよって、意味不明な妙な夢。
不思議だよね、半年くらい前までは毎日みてたのにさ。もう見えなくなっちった。
夢がさめたっていうことかなぁ』
女はいつもどうでもいいことばかり言う、
どうでもいいがミューズは芸術の女神だと記憶している。
だから彼女にそういった。
「んだね、でもあたしぃバカだからぁ、よくわかんない」
彼女が育った街は遠い街、
ほんの数ブロック先だけど遠い街、
僕はそこで、息をころして、耳をそばだてていて、ずっと待った。
いったい何を?
追っ手が通りすぎるのを。
僕はとらわれの罪人だったのだ。
頬はこけ、やせ衰えた僕は飢餓でくるしむ異国の住人と変わらない容姿で岩かげにいた。
はぁ、はぁ、はぁ、
ぜー、ぜー、ぜー、
鼓動はバクバクと荒だっていた。
視野もなく、視界はぼやけ、脳髄は薄黒い闇のヴィジョン、血と肉と、泥水の匂いが鼻先にツーンと、とれなかった。
もはや眼にみえるものがすべてとは限らない、
それすらも存在しているとは限らない、
おぼろげな思考回路がショートする。
・・・ショートする。
僕は、すべてを、世界を、闇を、
・・・失っていく。
そして、五感も・・・
ふっしょくした理性、
僕は今までこれで自分を制御してきたはずだのに、
・・・あいしてる。
それは夢寐の女神にささげた言葉だ。彼女は今、遠い街、そう遠い街で、僕と同じ空をみている、のだろうか。
『 どこにいても月や星の数なんて変わんないよね。
きっとこの空もどこまでもつづいているんだから』
女神はいった。
でも僕は、すっと風が通りすぎるのをみた。
「あの風は、たぶん今うまれたものだ。
今うまれて、そしてここで消えてしまう。
別の場所ではこれはみえない」
彼女は淋しそうにうつむいた。
それはさみしそうだった。
・・・いじわる。
なんでそんなこというのかなぁ。
僕の顔をのぞきこむ、
彼女の瞳に僕の顔、
僕はそれを愛しく想う、
彼女の中にある僕の存在、
真実はいつも夢の中だ。
他の真実がどうであるかはわからない、
でも君と僕との真実は夢の中、
他の何処にも見あたらない。
少女はペルシャ猫を抱いていた。
たいくつそうに猫はあくび、
少女は僕にみとれているようだった。
「ねぇ、大丈夫」
僕は力なく笑ってみせた。
「わぁー、傷だらけ」
おどろいてはいない、そう言ってみせてるだけ、
少女は傷だらけの僕をずっとみていたのだから。
少女の家からは海がみえた。
その背中には砂漠が広がっている。
ここが世界のさかいめなの。
見ず知らずの他人を家庭にひきいれてくれるほどフランクな一族、というわけではなかったが、それほど僕が衰えて、哀れで、滑稽にみえて、それで無害に思われたのかもしれない。
少女の母は若かった。
十五の時に彼女を産んだ。
身勝手な人生を生きがいとするタイプだと自分で言った。とてもそうは見えなかったが、
母のいない場所で少女はいつも泣いていた。
泣いて、泣いて、泣き笑い、
「それでもママには感謝してるの」
「・・・」
「あたしを見捨ててくれているから」
少女の父は売れないゴルフプレーヤー、
あそびで抱かれた母は避妊をしなかった。
・・・みごもった。
女にうまれてみたんだもん、一度くらい子供を産んでみたかったの。
そんな理由でうまれた少女。
少女の名はエンジェル、
母が人生で最初につけた人の名だ。
「ねぇ、なんであなたの肌は黄色いの」
「この国でうまれていないんだ」
「外国の人なの?」
「ああ、そうだよ」
「どこの国からやってきたの」
「とおく、ずっと遠いところからさ」
「あのね、あたしのパパも遠い国の人なんだって、あったことはないんだけど」
「・・・」
「あなたのと同じ国に住んでるかもしれないね、えへへへっ」
と笑う少女の肌は白かった。
服も帽子もしろかった。
子供向けの上着、ズボン、サンダルもしろかった。
白皙の肌に朱血の唇。
それは母親から受けついだ要素と僕にはみえた。
そして数日、忘れていたことを思い出す。
僕は旅をしていたんだ。
ある忘れかけていた夢を求める旅を、
心の氷山が軋んでいる。
別れがつらいのだろうか、
確実に訪れるべきそれが、
「いっちゃうの?」
「もっと都心に近いところに暮らしたいだけだ」
「そっか、じゃぁ、あたしも連れてってよ」
そういったのは下手なパンスネをかけた母親の方だった。
老眼鏡など似合わない女、
僕はずっと思っていた。
でも、其処には彼女の叔母にあたる老夫婦が住んでいて、身よりのなかった彼女はその夫婦に育てられていたのだから、叔母がプレゼントしたそのパンスネを使わないのは気まずかったと僕はきいている。
「眼がわるいのも事実だしね」
気やすいエンジェルの母親が僕についてくると言ったんだ。
「ふざけんな、エンジェルはどうするつもりなんだ」
「ここはおじいちゃんもおばあちゃんも、思い出もいるんだよ。
そういうもんでしょ故郷って、あたしが連れていくわけないじゃん」
「・・・母親はいなくなる」
「いいじゃん、母親なんて不用。あたしにだって夢、あるしさ」
僕は、
彼女が育った街からは遠い街、
ほんの数ブロック先だけど遠い街、
そこに二人で暮らしている。
もう戻りたくても戻れない、
その街をふり返ることもなく。
その街は、ある大国に隣接してあった小さな街だ。治安もわるく、物価もたかい、誰も好きこのんでそんな場所にはいたがらないさ、そう思ったのは僕のエゴ。文字どおり吹けば飛ぶよなその街は、隣国の内戦にまきこまれて滅んでしまう。
拡大した戦火により焼け野原、
もうエンジェルはこの世にいない。
おじいちゃんもおばあちゃんも、もういない。
思い出はただ、彼女の中にいきている。
僕はそう、信じたかった。
僕には過去も未来もない
ただ、今があるだけだ。
大人の女のすることだから。
その言葉は何よりも深く絶対だった。
彼はあたしには甘かった。
それが残酷すぎるほどあたしには許しがたいものだった。
時間は二時間ごとに区切られている。
一時間で出来ることなんて、ホンのわずかなものなんだ。
三時間では長すぎる。
だから二時間。
唇があれるのでミネラルウォーターのんでいる。
あの扉を開けると、まるで知らない人物が立っていそうで怖い。
だけど彼は気にしない。
彼はまるで気づいていない。
あたしが怖れていることに・・・」
孤児だった。
本当の両親をもたない存在、
存在だったのだろうか?
生き物の定義がわからない。
サミュエル・ベッケルの『人ではない』に学んだもの、
生きていく術。
でも、ひとなのだろうか?
・・・望んでもいないのに産まれてきちった。
ナタリー・インブルーリアを聴いている。
大好きだ。何よりも、
彼よりも、君よりも・・・
あたしはそれをくちずさむ。
「オンチ」
むげに男はそういった。
この人は何に追われていたのだろうか、
わからない。
あたしは会社勤めをしているのに、いつまでたっても彼は働こうとしない。
ヒモ・・・
あたしが養ってやっている。
あたしの男への信頼はいつしか軽蔑へと変わっていた。
「一人っきりでも結構生きてけるもんなんだよ」
世話をやく。
うっとうしがられる、嫌われる。
淋しくなる。
生きることそのものがつらい行為に思えてくる。
オフィスで、他の男に口説かれた。
幸福に一歩近づけたような錯覚を覚えてくる。
その日、
男に旅をしていた理由、なぜ追われていたのかを訊いた。
「貧しい土地の、不幸な少年を抱いたんだ」
同性愛者には死を、それがあの街の法律にはあった。
彼はホモセクシャルな男なのかもしれない、もしくは去勢されているものと、あたしは心のどこかで思っていた、しっていた、そんな気がする。
だからか、あたしは安心するんだ。
あたしは彼に連いてきている。
この見果てぬ夢の在処まで・・・
二人は別の空間に生きてきて、
別の空間の住人でありつづけた。
触れあうことも儘ならぬ・・・
でも、あたし、知っていた。
彼の内にある悲しみや憎しみ、苦痛、何よりも混沌としてつかみどころもない、そんな深みにあるのだと、
だから、少年の一人くらいは犯したかもしれないんだ。
・・・
朝になると歯をみがこうと鏡をみた。
自然に笑えている自分が妙に薄っぺらい。
「あたしの仕事ってさァ、接客業じゃん、お偉方と会って、食事して、機嫌とって、契約して、んなのずっと続けているから鏡みてても笑ってんだ。べつに何も可笑しくないんだよ、それ只の 条件反射、視線感じちゃうと笑えてきちゃうんだよね。その、自分の視線でもさァ。これってつくり笑いにはいるのかなァ、それとも素の笑いだったりすんのかなァ、あたしもう分かんないよ」
なんて愚痴めいた戯言も、面とむかって彼に伝えたことはない、ぐしゃぐしゃブラシをこすっている。
彼はまだ部屋の中で眠っているんだ。
あたしのたわいない独り言。
「進化の宿命ってやつ、知っている?」
オフィスでのくだらないウワサ。
あたしがある男の人とつきあっていると、そのウワサ、渦中の相手にきいてみた。
あたしよりも五つは若い、年下の男。人なつっこい笑顔で、こざっぱりした風体、クリアな感じ。その子は女子社員の中でも人気が高い、あたしは皆に嫌われる、
嫌な女なんだって。
「さぁ、テレビかなんかですか? 僕あんまり見てないんで言ってる意味がわかりません」
唇がかわくのでリップクリーム、ミネラルウォーター飲んだ後につけていた。
その仕草にもまわりでヒソヒソとケチつけられる。
あたしにはそれが聞こえていた。
薄っぺらい
それはあたしが自身にも付けくわえた言葉だった。
すれちがう人の波。
ビルの街、光の線、送電線、毒電波、
あたしの心を汚染する、あたしの命を消してゆく、あたしの魂を壊していく。
ダーウィンの進化論をよんだんだ。
生物の種が累積的な変化の過程をへて、下等なものから高等なものへと発展したっていう学説。中学の時には知ってたけどね。それがなんだか気になったんだ。
なんて嘘だよ。
みんなに変な女だと印象づけたかっただけなんだ。
エニグマな女に、そしてあたしは嫌われる。
もう誰も愛したくはない。
今ある本命もきっと夢の中に消える。
本当はただ、何者にも愛されないで孤立している自分に自惚れていたいんだ。
あたしはバスルームからシャワーをあびて、タオルで髪の毛をふきながら黄色いセーター一枚きただけの姿でベッドに寝そべった。
リモコンをとってミュージックボックスにスイッチして、コードレスのヘッドホンを耳あてた。
ジェニファー・ペイジの『クラッシュ』
これもあたしの好きな曲、ミュージックはあたしの心の潤滑剤、心を滑らかにしてくれる。
それはいつもの男の部屋での行為でもあった。
そいつは普段どこかに行っている。そこが何処だかは知らないけれども帰ってくる時間はわかっている。午後四時十五分、彼はその時間を裏切ったことがない。ほらっ、間違いない彼が玄関の扉を開けたんだ。いっていのリズムがそこにはある。あたしは興味ないフリをして、しずかに曲と馴染んでいればいいだけなんだ。今あるシナリオはただこれだけ。
男が部屋に帰ってきた。彼の性分など知りつくしている。彼はヘッドホンを引き抜くだろう。彼はその通りに実行した。あたしには見あきた仕草でもあった。
曲はながれる。音楽は部屋中に解放されて新鮮だ。閉鎖的なのは好きじゃない。彼はそう言うだろう。あたしも同感、でもダメなのだ。彼に反抗したい自分は彼の意見を聞き入れようとはしないものなのだ。
「一人っきりでいるのにヘッドホンかい、ねくらなんだ」
「あたしの勝手じゃん、ほっときなよ」
唇があれるのでミネラルウォーター。
「それとも又まえみたく男つれこんできてやっててほしいの、あなたの目の前で他の奴に抱かれているあたしがみたいの」
「大人の女がすることだから、気にはしないよ。もう二度とね」
「一度目もなかった癖に」
気にしてほしかった?
彼のフロンティア精神はどこへいったんだろう、
むかしはここにあったのに、たしかにここにあったのに、
もうあなたは違う人?
人格は変わる。
たとえ、その人が望まなくてもね。
「ある対象の概念を明晰にとらえようとするならそれが、どんな効果を、しかも行動に関係があるかもしれないと考えられるような効果をおよぼすと考えられるか、よく考察してみるんだ。したら、それらの効果の概念は、その対象の概念と一致するはずだから」
「いつからプラグマティズムの信者になったんだ」
「むかしからだよ。あたしのこと、ちっとも興味ない癖に、そんで見もしないあたしについて『いつから』なんてよく言えるよね」
「・・・」
「あたしさぁ、さっきトイレのなかでさ、誰かいるなって入ったらパースがいたの。パースと実存主義の論議をしたわ、したら身体を求められて股ぐら触られると濡れてるなって自分でも意識してこう、自分でも腰をグラインドして彼の指がちょうどあたしの恥部にせっするようにやってたの、そしたら彼、こんなんで満足いくのかって聞くからさ、いかないって言ったのよ、したらいつのまにか裸になってるパースがいんの、もっと気持ちよくなりたいなってせがんじゃった。あたしもさ、アルコールきいてんのかマリファナがぬけないのかラリラリなニュアンスでkissをせまる彼に夢中なかんじ。彼、いろんなところを撫でまわすの、舐めまわすの。あたしさ、アソコなめられすぎでさ、ふやけちゃうんじゃないかってバカなこと考えながらもう、ダメだって、もうダメだから入れてちょうだいって言うんだけど彼、なかなか入れてくんないの、イジワルでわざと焦らしてんの、そいでなんでもするからってくらいホントやべーな状況になって、もうダメだーって時にようやっと入れてくれて、入ったとたん体中がビリビリって衝撃で内蔵の奥まで突きあげられて、グチャグチャに鳴りまくっちゃって、騒ぎたてまくっちゃって、爪先から髪の毛までビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリっで、気持ちよかったわ。ホントすっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっごっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっく、最高だったのよ」
アンニョイにだらだらとよくもまあ、いった。
男は呆れてんだろうなやっぱ、無関心、マジ、なんか嘘っぽいし信憑性に欠けてんだろうななんて、反省じゃぁないけどね。
「またデタラメを?」
それはオタクの希望であって、まるっきりの真実とは違っている。今それを少し教えているところ。
「と思う?」
バタッと耳障りな音がした。
彼がいた。
男の背後に、彼は振りかえる。自分とは別の男が存在している。オフィスであたしを口説いていた退屈な年下の男はただ今、セックスをおえてシャワーをずっとあびていた。あたしがシャワーをあびている間も、ヘッドホンでミュージックを聴いている間も、男が帰宅し扉をあけて部屋にはいってくるその間も、彼はシャワーをあびていた。あたしの喚きに何事かと見にきたのだろう、あたしの目配せに反応して音をたてた。自分が存在していることを知らせるために。あたしはただ、好きな男をびっくりさせてやりたいとケチな気持ちでこの男を利用した。ある意味では用済みでもあるその男に、愛する人の反応は、
「面白いな、君がパースか」
オフィスの男には何のことだかわからないだろう、こいつの頭は飾りで中身がないんだから。
あの人も、それを追求する気などないのだろう。
オフィスの男には居心地が悪い状況でも、あたしたちにはありふれた日常。
「すこし彼女と話がしたいんだが君の用事はもうおわった?」
何をどうしていいかわかりゃしないさ。
「はなしってなんだよ。そいつは飾りみたいのもんだからいちいち断ってたらキリねえよ、んな奴いねぇつもりで喋んなよ」
聞くわけねぇのさ、あたしの忠告なんざ、アイツちっとも。
相手を丁寧に外へと追いやる男はまるで、大人で、巻き込んで済まなかったとでもいいたそうで、オフィスのは上着も着こんでないのに促されるままに従っていて不細工だった。
あたしは只々、笑ってみてた。
空白の時間、
退屈な空白、
それは無駄なエネルギーを消耗させた。
オフィスの男・・・無言で立ち去る。
まばたきして欠伸、あたし眠っていた。どのくらいの時間、無駄に二時間くらいかな、ああ、そうなんだ。チキタクチキタク時計の音はせわしかった。ハンガーにかけたTシャツ、雫をあびた床のよどみ、あたしはククククククククククククと喉を鳴らして煙草を吸って、唇の端だけをほころばせた、瞳はまるで死人のそれで、色を灯さず潤いもせずに彼の方をみつめていた。
「眼、さめた?」
「あんっ、ああ、うん」
ハッキリしない返事をする。
「眼、さめた?」
ききかえされた。
あたしがまだ寝ぼけているとでも思ったようだ。
「あんっ、おきてるよ」
ベッドに座ってそのまま寝ていて、考えたのは最悪のシナリオ。
自分ってなんだろう? ってこと、突き詰めるとここに来る。もっともあんまり自分にのめりこむタイプじゃないし、あこがれもって生きてるなんて純粋でもないからどーでもいいことなんだけど。
「いつも君はそうなんだ」
「そうってなにさ」
「僕ではもてあますことしかできないんだ」
「つまりはあたしをどう扱っていいかわからないと」
「君が僕をどう思ってくれているかもわからないんだ」
「勝手だね、今まであたしが養ってきたようなものなのに」
「それについては否定もしないし実際にそのとおりなんだけど、僕だって遊んでばかりいたわけじゃないんだからね」
「あんたがいったい何してたのさ」
「まぁいいよ、んなの訊いても仕方ないもん。ほらっ、あれでしょ。もうあたしとは暮らせないって、そういうことでしょ。わかったよ、あたし此処をでてくから」
いうとあたしは黒のロングTシャツとストレッチパンツに着がえてジージャンはおった、ポシェットひとつ取り出してキャッシュカードをつっこんだ。
「じゃあね、しばらく戻ってこないから」
いうと一息にドアまで駆けだしてポシェットを振りまわしている無表情なあたしをした。彼はいつもの彼であって、あたしをとても冷めた眼でみる。玄関口のドアまであけた、だのに声をかけない男に不満を感じる、あたしは尋いた。
「念のためきくけど、とめない気?」
男は煙草なんか吹かしてなんもない壁なんか見てるんだ。
ふりかえった自分がすこし惨めになる瞬間だ。
「ああ、それもいいかもしれないね。でも、おもった以上は実行する、プラグマティズムなんだろう?」
「それってもしかしてあたしを尊重してくれてると」
「僕が考えていることの障害に君がならないための防護策さ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むかついた。
こっちの気持ちも知んないで自分のこと? あたしも同じなんだけど、もう知んない、もう、いやだ。
バダッ、
扉を叩きつけて思いっきり、バカヤローって叫んでやった。
気分を癒したい、はらしたい想いで一杯だった。
でも、かけだすことは出来ないんだ。
涙があとから溢れてきて、両手で顔を覆ってしまう、自分がとじた扉にもたれて外気に触れて、送電線の電波がジジジジジジジジジジジジって、あたしは涙に濡れていて、声も出ないで嗚咽をからして、通りの人たちはあたしをバカにしていて見下してて、嫌な女だと思っていて、どうしようもないくらいつらくって、どうにもできないくらい悲しくて、
とてもいたたまれない気持ちで、あたしは涙に濡れているから、
もうこの街にはいたくなかった。
辞表を出す、仕事をやめる、
これが波及なんだと受け入れている。
唯一はなしていた同僚が結婚でもするのかとトイレで化粧をなおしていたら訊いてきた。
「んな、相手がいないよ」
「そっか、幸せになれたらいいのになって思ったのに」
「ラクができると思ってんだ」
「ちがうの?」
「たのしかないと思うよ、あたしが知ってる奴が相手だとしたらね」
あたし、結局あなたのことよくわからなかった。
本当は仲良かったのに。
「対等にゃ話をしない男だからさ」
「仕方ないよ、自分でもよくわからないのに、あんたがわかったら恐いじゃん」
「そうだね、そりゃ、そうだよ」
納得したふうに、なにに納得してんのか知んないけど、
世の中、無意味でできてんだなぁってわかってっから。
此処をでていくということは、あたらしい自分の居場所を見つけなければいけないということ、それは自然な感覚であたしは旅にでも出ようと考えた。
最初は適当な海外旅行、ピッツァ食ったくらいの記憶しか残っていない、そいでも二ヶ月はまわっていた。今はパレットという街にいる。そこで別の男と暮らしている。
あたらしい生活、怠惰な日常、平和な日々、
まるで太陽の光に心が溶けこんでいくようで、自分が透けていく感じ、うすっぺらなあたし、本当にここにいるのかなぁ。
不安になる。
赤い月、
「ここから見える月はみんな赤いんだ。
僕はこの月をみて育ったんだ」
彼は言った。
「君にはもっと幸せになってほしい」
科白になると白々しくて好きじゃない、
でも、
「僕は君とkissしたい」
同感、
あつく唇をかさねて舌をからめあう。
ああ、今はもう、どうにでもなれって気分、
ブリトニー・スピアーズのBABY ONE MORE TIMEながれている。
ねぇ、幸せってどこにあんの?
ねぇ、 あたしの幸せってどこ?
その人と出会うまえ、あたしはEメールで知り合ったカルロス・ラグナ・テラーと呼ばれる男といた。
彼は中流企業のサラリーマン、だけど両親が金持ちの家系だったりした。
その人に興味があったんじゃない、あたしは金に惹かれただけなんだな。
「彼女あわて者なんで、そそっかしくて階段から転んだだけなんですよ」
「ほんとうに」
あたしは静かに頷いた。
すわりなれていない椅子がミシミシ軋んでわずらわしい。
「ほんとうに、ころんで身体中アザだらけになっちゃうの」
「くくくくくっ、新種のころげかたなんじゃない。ねっ、カルロス」
あたしの皮肉にそうとは気づいていないのか、その通りなんだと答えた男、バカなんじゃないの。
ため息しているのは女の方だ。女といってもあたしじゃない、ドクター、レイン・チャーム。無気力、無関心といった言葉をあびて存在しているような女で、あたしはあんま好きくない、カルロスとは幼なじみだとも言った。他人がきいてもピンとこないような昔話をあたしの前で展開させることもある。ふたりはこの街の住人で、どうやらあたしは、この街のことも嫌いなようだ。
「カルロスの心をいやしてあげてね、彼、とても寂しいのよ」
どっちが?
それってあんたのことに聞こえちゃう。あたしといえば、いつも確率を求めている。どうすれば自分のメリットで、どうなると自分のデメリットになっちゃうのか。だから、自分の心の作用に振りまわされると言うことが煩わしいんだ。
「君と出会えたことに関してはとても感謝してるんだ」
「だれに?」
「神様」
そういうところが煩わしいんだ。
「以前つきあっていた女が行き先もつげず何処かに消えてしまってブルーだったことも忘れてしまう、君はとても素敵な女性だ」
「あたしのどこが気に入ってんの」
「面影がそっくりだったんだ」
別れた女と?
忘れてないじゃん。
「許してあげてね、カルロスはとても傷つきやすいのよ。ほらっ、あの子とても純粋でしょ」
母親はいつも彼を甘やかせた。
父親はいつも彼をもてあました。
そうして育てられた男は不器用であると言い訳して、あたしに苦汁をしいるのだ。
彼はあたしの人生で神にでもなろうと考えたんじゃないだろうか。
自分の趣味を押し付ける。
この服も、この髪も、この化粧も、この爪も、このピアスも、あたしの趣味を捨てさせた。自分の色に染めさせた。
あたしのことを、別れた女の名前で呼びかける。
タリアナの街のリアナ、
そのニュアンスが、かっこわりー。
「ねぇリアナ、ねぇリアナ」
あたしはよく無視をした。
無視をするたび殴られた。
いつも生傷がたえないのだ。
アザだらけのあたしの顔、主治医、レイン・チャームの良心的な介護、カルロスがいままで他人を暴力で言いなりにしてきていることを知っている女、あたしの敵だ。
「人は、何かを得るために何かを失っていく、そんな生き物なの、あなたは大金を手にして自由をうしなった。それだけよ」
彼女は免許などもっていない。
カルロスの友人、そしてすこし学があるというだけの女。
なぐさめてんの、やめてくれる?
そんなちっぽけな言葉くらいでカルロスが振りまく不幸の芽をつむぐことなどできないんだから。
「でも、それがリアナなの」
「そいつは不幸な女だね」
不幸?
だれが?
あたしは不幸なんだろうか?
スピア。
それを恐怖とうけとめた。
その駅でおりたのは三度目だ。
あたしはまた、一人でどこかへ旅立ちたいと想っている、おなじくらい思うこと、飛び出しても、逃げだしたって、もう世界は変わらない、もう何処にも辿りつくことはできないんじゃないのかと。
「えーと、すみません、ここからマナリスにはどういったらいいんですか」
眼鏡をかけたとっぽい兄ちゃんが地図を片手にリュックを背負って訊いてきた。
「掲示板にでもきいてみたら?」
「どうも英語がつうじないらしくて」
「英語じゃなかったらアレ、どこの言葉なの」
「どうやら同じ言葉のようにおもえても、べつの言葉ってこともあるらしいですよね」
わけわからん、おまえバカなのか、アタマおかしいのか、人間やってんのか、気持ちわるい。
気持ちわるい。
「いま、いそがしいんだ、ほかあたってよ」
「他って、あなたしかいないでしょ、この周りには」
「その眼はふしあな、飾りなの。いるじゃんあたり」
あたしは駅の外を指さした。
いつのまにか降ってる雨、うざい。
「いや、綺麗なひとはあなたしかいなかった」
うざ。
てめぇ殺すぞ。
じっさい殺してもよかったんだけど、やっぱ法律に触れたくなかったし、道案内くらいはたいした作業でもないもんだ、しつこいから教えてやった。
「ちょっとわかりづらいですね、もしよかったら一緒にきてくれませんか」
「調子にのんじゃね、ボケ」
そして結局あたしは列車のなか、
「なにやってんだろう?」
吐息のように呟いた。
「旅でしょ」
窓際で頬杖つくあたしに窓ガラスにうつった男が顔をむける、そっぽにあるあたしの視線にはその男の顔の影、おっていた。
「ねぇ、なんか音楽聴きません? ぼく、ジョニー・ギルの『let,s get the moodnight』もってんだけど、自分にのめりこめる良い曲だよ」
「のめりこんでどーすんのさ」
「さぁ、ぼけーとできるんじゃない」
「そんで?」
「さぁ」
はなしになんない。
この男、ルミニ・コナーは退屈な男。
善人ではある、それは認めるんだけど、スーパーマンでは決してない。
あたしのイデアの化身は落ちこぼれだ。
そのときおもった、そうおもった。
「ついたよ、ここ」
「ああ、マナリスですね」
「しった口調だね」
「ぼくの故郷ですから」
それってどういう、
「おちょくってんの」
「いいえ、久しぶりで、それに列車の乗り方がよくわからなかったんですよ」
「そっ、そっか」
「それよりどうもありがとうございました。お礼に何かしたい気分ですよ」
「んなのいいって」
「いいえ、お礼にあなたのお宅までお送りさせてくださいよ」
って、どういう、
「てめぇ、本気でおちょくってんな」
あははははははは。
ルミニ・コナーは笑っていった。
「あなたがとても素敵な人だからです」
と、
そして結局あたしは列車のなか、
「なにやってんだろう?」
吐息のように呟いた。
「だから、旅、ですよ」
窓際で頬杖つくあたしに窓ガラスにうつった男が顔をむける、そっぽにあるあたしの視線にはその男の顔の影をおっていた。
「ねぇ、なんか音楽聴きません? ぼく、レニー・クラヴィッツもってんだけど良い曲だよ」
「あっ、そう」
ふぅー、ため息ついたコナーは疲労を笑顔でごまかしているふうだった。
「そんなに、いつもイライラしてると気がもちませんよ。、もっとラフにかまえて生きてみてもいいんじゃないですか」
「たとえば?」
「銀行強盗でもして」
「おまえバカか」
「そうですか。そうでもないですよ」
「どういうこと」
「ほら、よくなんとかって国の学生運動で爆弾がしかけられたとか聞くじゃないですか、あれ、家庭にあるありあわせなものでも手軽につくれるもんなんですよ。それに」
彼は懐からピストルらしきものを取りだした。
「モデルガン?」
「そうみえます?」
「いろあいがね、なんとなく」
「ステンレス製なんですよ。グロックっていいます。興味あります?」
「ちょっちね」
あたしはそれに手をかけた。
「おもちゃみたいだね」
「それが狙いなんじゃないですか。軽い感じがすれば罪悪感ってものがうすれるから」
「そんなものかなー」
あたしは慎重だった。たんにコナーの性格がよめたから、あたしをからかって喜んでいるふしがある。
「ああ、あんまりそんな風には持たないんですよ。両手でしっかり握って、これはそれ程ではない筈ですがトリガーは重いですから、女性の力じゃキツイでしょ。はい、これで銃身が固定しました。どうぞ」
「どうぞって撃っていいの」
「めだちたいんですか」
「あん、まぁ、ね」
「どうぞ」
「あん、ねぇ。これ、タマはいってる?」
「いいえ」
「じゃ、やめとく」
「そうですか。あんまり人が憎くないとか、殺したい人はいない?」
「あん、いるよ」
「そうですか?」
「いるんだよ。レイン・チャームっていう嫌な女が」
「殺してきます?」
「これ、貸してくれるの」
「使い方も教えてあげますよ。
人を殺すっていう意味も、命が絶える瞬間、ぼくはその人の人生そのものを貰ったていう錯覚をおぼえます、そういうことも」
「ケホッコホッ、んか、喉かわいてきちった水ある?」
「サイダーなら」
「ダメ、ミネラルウォーターしかうけつけないんだ」
「ざんねん」
「んだね、あんたのせいだよ。あたし乗り物嫌いなの、車とか列車とか、まぁ自分の足が地球の地面に接してないとダメ、、みたいな」
「それで気分が悪くなったんだ」
「まぁね、そいと、あたしに人が殺せるのかなってプレッシャーももらった気がするけどね」
「あはははははははははは、ふかく考えない方がいいですよ、どうせみんな死ぬんだし、土に還る、みたいなもんです」
「そんなもの?」
「そんなもの」
「ほんとうに?」
「ほんとうです」
どーでもいいこと、なげやりに会話してたら着きましたよとかいってエスコートしてくれるコナーに連れられて外にでた。おもいっきりのびをして羽をひろげたあたしが笑う。「この駅前にあるイタリア料理店のピッツァがおいしいんですよ、お好きですかピッツァ?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃ、行きましょう」
こぎれいな喫茶店、だよね。あたしは窓際の席をゆびさし彼を促した。コナーも座る。「あたしガーリック・ピッツァね」
コナーはカプチーノだけだった。あたしはミネラルウォーターのんでいる。
「好きなんですか、ミネラルウォーター?」
「あん、あいしてるよ、うちの田舎って戦争とかしてて井戸水も水道水もおなじくらい臭かったのな、んのせい。シンプルイズベストってかんじるよ」
「君のそういう感性はすきですね」
「さんきゅ、あたし名前おしえてなかったっけ」
「いまのところ、きいていないですね」
あやね、三津木あやねさ。
「じゃ、きかないままで別れておこうか」
「そうですか、残念ですね」
「そうでもないよ、つまりは契約なんだから」
「どういうことなんですか」
「また会うかもねって、いうことさ」
いまさら、約束なんて意味をなしえなかった。
あたしには彼が必要だったから、利用できるもの、利用してやる、翌日には彼のいるアパートへ、呼び鈴をおす。すぐにその人は扉をあけて歓迎してた。
「引っ越してきたばかりで散らかっていますけど」
「だろうね、しってるよ」
昨日の経過ってものがこいつの頭にはないらしかった。
「どうしました、顔」
「ああ、階段から新種の転げかたをしたらしい」
「なぐられた痕ですね、みりゃ解ります」
「あんた医者?」
「いいえ、誰にでもわかることですよ」
彼は笑ってそう言った。不意打ちの笑顔、そのフレーズ、ああ、こいつ結構良い奴かもなとそう思った。横をむいたその顔までが笑顔とはかぎらない張りつめた危機感なんてものがあるのも感じるけど。
「ああ、それでか」
「どうかしました?」
あたしはびしっと彼の表面にたつ、雰囲気。
「ひとりよがりに生きてるよね、あたしたち」
うすみどりいろの壁、消毒液のにおい、白い服をきた男、眼鏡をかけたその男。
「此処にくっと自分が病人になった気分だよ」
「あなたは病人ですよ」
「アタマの?」
「心の、金のために自由をうったらしいですから」
やさしく、あきれるふうもなく諭すこの人が気には、いってる。
「自由だろ、心を売り渡したんじゃないなら救われるよ」
「そうですね、あなたがそれに気づいているならまだ大丈夫ですよ」
彼がいうこと、いってる意味。
「もう大丈夫、じゃなかったんだ」
「まだ、ですよ」
「そっか」
あたしの記憶にいまあるもの、退屈な現実さ。
「リアナ、今日は君の好きなローズをかってきたんだよ」
カルロスは舐めた口調であたしに接した。
あたしゃリアナでもなきゃローズも好きくない女、ベッドで足くんで寝てたアンダースーツのへんてこなあたし、わらったね、あたしローズなんて大嫌いって言ったらさ、バサバサの花束であたしを殴り倒すのさ、ったく、くだんねぇ、くだんねぇのさ、あたしなんざ。
「あんたはひとのこといえるくらい立派なの?」
「さぁ、どうでしょう。少なくともなんて言葉はこの場合、適切ではないですね。はっきりいってNOでしょう、ぼくもそう変わりませんよ」
「っそ、安心した」
「この程度で安心してもらえるのでしたらいくらでも、ぼくはあなたを肯定することになんの不安もありませんから」
「さんきゅ」
そんなこといってみせてもコナーは女を飼っている。
元コールガール、そいで今もそんな風体の女、だらしなく下着で外を出まわっても平気な女、そんで男をひろってやってんだ。名前なんかあたし覚えちゃいないけど、いつも彼女はコナーを起こしにきてるから、そいでなんか顔をしってもいる。お互いに相手を認識しているが知り合いの知り合いというラインでくぎってその人の生活空間には干渉していないのだが、あたしはよく引き合いに彼女のウワサをしてみたりもした。コナーはいつも笑っているだけ、なんだけど。
「あんたの彼女ってどんな人?
この前あんたの彼女みつけたよ、ポルノの看板になっていた。胸の下からヘアーまでみせて腿のあたりまで写ってたSEXの文字のとなりにあんの、あいつんだよね」
「あはははは、彼女がですか、そうですね、性格はあなたに似たひとですよ」
「それ侮辱?」
「そうでしょうか。いつも起こしてくれますし」
「便利だね。
他には。
どんな感じ」
「秘密です」
「ちっ、ざんねんだ」
「それよりも銃の操作にはなれましたか?」
「あん、この窓からあそこの自販機にあてられるくらいには上達してるかな」
「それはすごい」
「そろそろ人殺しもできそうな感じだよ」
「そうですね、あなたなら、できますよ」
夕立ちにやられて、帰ってみたらびしょぬれだった。
玄関を開けると居間にも食堂にも挨拶しないで階段をあがる。
ここにはプライバシーというものがなく、部屋にはいっても鍵をしめることはない、気休めが大嫌いなあたしだから。そのかわり、だれもあたしの心に触れてくる敏感な人間がいないというのも救いである。あたしはポシェットにグロックとキャッシュをつめこんだ。カードだと止められたときに困るからとか、まぁいいけど、前にもやった行動だ。意外と自分には忍耐がない、辛抱もない、この街をでてやるんだと又おもってる。
グッバイ・マイホーム。
階下にある談笑はありふれてて煩わしかった。だれもあたしに優しくなかったな、表層だけをとりつくっている。こういうの、なんだろう?
「心気妄想って言葉しってる?」
ああ、それだ。ノイローゼの一種、ほんとはなんでもないのに自分は病気だとおもってしまうやつ。
complaintいってる、ダッセー、偶像化?
もっと先のこと考えてみたいな、
先のこと・・・
そっか、殺しておかなくちゃいけないんだっけ、あの女。まぁいいけど、どーでもいいことなんだろうけど、まぁいきがけの駄賃みたいなもんだ殺しておこう。
レイン・チャーム。
あの、どーでもいいようなくだらない女。
2時間後、彼女があたしを検査していた資料のすべてに眼をとおし、口ずさむ。
「なんだ、あたしメランコリーだったんだ、んなの全然きづかなかったなぁ」
つまりは誰もあたしの心には触れなかったという証明、仕事で作業的になれあっただけの人間なんざ別にとるにたらなかったのかもしんないけど、
「レイン、あんた間違ってるよ、だってあたし正常だもん、ちょっと二酸化炭素で酔ってるだけ、こういう心ないことを書いてるから死んだのよ、あなた」
コナーのいうことは正しかった。あたしは二回引き金をひいたのに汗ですべって一度目はうまくタマがでなかったんだ。落ちついてるつもりでも、みんな初めてはそうなのだと、sexするときと同じで一度目が一番やっかいだからと、もっとも確実に殺すためには必要な儀式だからと引いた二度の引き金は、あたしの指先を振動し、いまもふるえがとまらない、でも恐くはなかった。不安もなかった。
コナーが近くに居てくれている、見てくれている錯覚を憶えていたから平気だった。
タイミング、それだけでうまくいった。銃声もパンッと火薬がはじけただけの気のないもの、人並みや車のクラクション、駅のアナウンスとか送電線、いろんな街の声がかき消した。実際にはないものもいったかもしんないけど、ニュアンスなんだ。
「あっ、そうだ」
ポシェットから、コナーの写真をとりだして、あたしは部屋に放ってやった。
自分に自惚れているのって悪いことじゃないもんさ、あたしは馴染める場所をさがすだけ、アイツとはそれができるかもしれないから、アイツの心の中にはあたしの住処がみつかるかもしんないから、
アディオス・セニョール。
なぜ、彼女がここにいるのかわからなかった。
彼女は煙草を吸う仕草もサマになる、あたしも吸わないわけではないが、その仕様がきにいらないのだ。
「今日はもう、診療時間をすぎているのよ、リアナ」
私はいつものように平静をよそおい彼女に告げた。客には差別なく同じ態度で応対するのが私のポリシーでもあり、それで信用を確立してきたという自負があるからだ。
「あん、しってるよ」
退廃的な虚無妄想に蝕まれているリアナは、私の患者のなかでは質のわるい方だった。それだけ言葉を慎重に選びだす必要もある。
「かたいこといわないでよ、あたしアレやりたいんだ、ほらっ、無意味な左右の相性がちがう画像をみてキリンにみえるとか、ゾウにみえるとかいうやつ」
「ロールシャッハテストのこと、それはカウンセリングの経過をみて必要であればこちらで応じることなの、好き嫌いで人の心を操作はできないわ」
「プロフェッショナルな貴重な意見だぁね、煙草、吸う?」
彼女の煙草は度がすぎて私にはあわないものばかりだとしっている。自分のがあるからと断った。
「吸いなよ、禁煙室ったってふたりっきゃいないしさぁ」
脅迫めいた言いぐさに、私はすこし畏怖をおぼえた。まるで自分には切り札がある、おまえなんか眼じゃないという言葉の運び、冷静に物事を判断させ、彼女に自分はバカげたことをしていると納得させ、ここは大人しく帰ってもらおうという発想がよぎる。が、何事かの決意をかためた人間ほど冷静に振る舞う生き物は少ない、私は彼女に従った。
彼女はディスクに腰をもたれかけている。そして満足したのだ。その顔で話しかける彼女に私は直感していた、恐怖がひろがっていくことを。
「あたしさ、この街でてくことにしたんだよね」
「カルロスがよく許したわね」
許すわけがない、でも、彼女は自分の意志で行動していることを自慢して、自分が他人と違うと認めてほしい子供な発想で私にあっているのだと知っているから促してみる、彼女はあたしが口を挟んだことに不満そうだが、すぐに消える、自分に酔う女とはそんなものなのだから。
「だれの許可もいらないんだよ、あたしさ、わかっちゃったんだよね、金だけがすべてじゃない、あたしの知らない処にはもっとスリルにあふれた世界が存在するって、くくくくくくくくくっ、あたしさ、やっぱり好きなんだな、あいつのことが、いまさらになって気づいちゃった?」
だれ?
カルロスではない、当然だ、彼のまえでは憮然とした彼女がわらっている。彼女が私の正面にたつ、はじめてみた彼女の眼は左右で色がちがっていた。
「プレゼントだよ」
そういった。
それが私の、意識が途絶える前にきいた最後の言葉、
「あの人がみてくれているから」
マリオネットな彼女の衝動、操り人形な思考回路で彼女はマインド・コントロールされている。
そうか、私は彼女を招き入れるべきではなかった。彼女はもう、自分の意識というものを認知していないんだ。彼女が私に会いに来たのは突然ではあるのだが、彼女にとっては必然だった。私は彼女のリアルワールドには存在してはいけない人種だったのだろう。
おろかなのは、私がその他おおぜいとして彼女を認識していたことだ。
私は、死ぬ。
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