第4話 因果応報 ストーリーのみ前半
一 最愛の妹を失った男がいた。
神様は公平じゃない。
その憎しみを吐き出した少年に名前はなかった。
生まれた時から両親もいなかった。
ただ幼い妹と自分の生命だけが、そこにはあった。
だからこそ
唯一無二の感情を妹に注いでいたのだが。
「食事をするにも、体力がいるの。
栄養が偏れば生命の危険もありえるわ」
そんなことに興味はないし、他人の言葉は重いだけだ。
「しってる?
雑種は共喰いをするんだよ。
僕は雑種だ。
ゴキブリとおなじ虫けら何だよ」
親切にしてくれる人もいたよ。
僕たちの境遇に同情してね。
だけど、それに応えることは出来ないんだ。
「闇に身をゆだねていかなければ助けられた生命もあったかもしれない。
それにもっと早く気づけていれば、運命は変わっていたかもしれないのに」
「そんな事は許されなかった」
「悔やんでも悔やみきれない。
もっと早くに気がついていれば」
「遅くはないわよ。
死んだ人間さえも甦らせることができる。
九天玄女の使命を受けた女の力さえ奪ってしまえば、それはすべて叶うことなのよ」
二 最愛の恋人を失った男
夢のように一瞬でしたが私は本当に幸せだった。
そう言い残して彼女は意識を失っていた。
死んではいない。
ただ意識を失っているだけ。
眠っているだけなのに彼女は苦しそうだった。
だから俺は彼女のために。
まだ此処にある彼女の魂を救うために。
犯罪に手を染めたんだ。。
どうしても手術をするには金が必要だった。
金があっても、助かるかは解らない。
でも、俺には必要だったんだ。
「愛に賞味期限がないと信じている?
目覚めた後も自分の事を愛してくれると信じている?
単なる幻想に過ぎないわ」
「そうやって他人の心につけこんで唆す。
永遠の悪魔がいるって噂をきいたことがある」
「MQよ。
あなたこそ、世界の運命さえも狂わせる事が出来るって噂だわ」
「そいつは人違いだよ」
「ミスリードって言うんでしょ」
「そいつも人違いだよ」
「つまらない嘘ね」
「俺は一度もそんな名乗りはしちゃいないのさ」
三 魔物を封印する聖人。
今さら珍しい事じゃない。
孤独や涙は。
仕事は辞めたの。
嫌がらせに飽き飽きしたから。
「神様?
いないよ。
そんなもん、居た所で発泡スチロールよりも役にたたない」
愛で救われるなんて偽善なの。
慈悲なんて痴れ者の言い逃れじゃない。
でも、あたしは愛に溺れてみたかったんだ。
夢、夢、夢・・・
叶わぬ野望が幾つも頭を横切るんだ。
何ひとつ叶うものなどない。
だから、あたしは空を仰いだ。
べつに望まれなくてもいい。
あたしは、この人に着いていくと。
四 神託を受けし聖者。
私のことは考えないでいい。
たとえ、この身が滅びようとも、これは私のモノじゃない。
滅びさえも運命の一部、私が逆らうなんて許されない。
「育」とかいて「ゆー」と読む。
彼女は宇宙に一人きり。
あるいは、あらゆる時空連続帯においても唯一の創造主が生みだした手駒でもあった。
「数億年も前に遡る。
天上人が様々な宗派に分裂し戦争を始めた。
それによって多くの天上人は能力を使い果たし消滅していった。
天地は疎か、星々も生じる前の話である。
しかし、永き時代の果てに荒ぶる天上人たちの能力は再生しつつあった。
勝利した天上人たちは自らを神となのり、敗残者たちを魔物として封印することにした。
その使命をうけたのが育である。
育は九天玄女の御加護をうけて、時空を封じ込める能力を与えられた。
それが彼女の左手に数珠として巻かれてある。
数珠が百八個集まれば魔物の封印の使命が終わるのだが、彼女は不安を感じていた。
だから、そこに付けこむ隙がある」
名もなき男が魔物の力に目覚めたとき、彼は育の存在を知っていた。
彼には、もう一人の魔物が味方していたからだ。
「善も悪も存在しない。
あるのは生き延びる意思だけなの。
神々と魔物の違いなんて、神々側が一方的につけた名前だけ。
似たような能力を持っているなんて予想だにしていない」
名もなき男は、自分に触れるものならば何にでも同化できる能力を持っていた。
しかし、その力では決して倒すことができない能力をもつものが彼の協力者になっていた。
その相棒には実体がないのだ。
テレキネシスのような力で衣服を浮遊させ人間の形を型どることは出来るが肉体はない。
育によって、自分に何が起こったのかも解らないままに消滅させられたのだった。
「誤算はあるもの。
私は魔物の力で、すでに別の魔物の力を三つ回収していたから、封印から逃れることが出来た。
しかも過去の自分に、その力を継承させて復活することさえも出来た」
「実体がなければ誰も君を滅ぼすことは出来ない」
「あなたにも出来る。
理想の自分になることが出来る。
うしなったモノさえも取り戻すことが」
「神でも魔物でも関係ない。
能力を持つものは能力を奪い取ることができる」
「私は神々への復讐を遂げるまで、肉体を必要としていない。
だからこそ、あなたの協力が必要になる」
「利害の一致ってヤツだ。
俺の野望を現実にするために」
耳をすませるだけで聴こえてくる。
どんな距離であろうとも、魔物の力が何処にあるのかなんてことが。
それが翡翠色の髪と瞳の女性の能力だった。
「先生」
と彼女は育のことを呼んだ。
いま、魔物の能力が小さくなっていくのを感じていると、彼女は告げた。
「シャラン・ドナ。
魔物なんて呼び方は止めて。
わたしたちは同類なんだから」
「そぉ?
敵じゃないの」
単純に善悪の解釈なんて出来ないのよ。
神仏が味方とも限らないし、神々の考えも一枚岩ではなさそうだし。
それを育は考えていた。
確かに出過ぎた能力は無い方がいい。
しかし特殊な能力を使う者は、能力に驕る場合が多いのも確かだが、そうはならないものもいる。
その一例がシャラン・ドナだった。
彼女は育を慕って付いて来ていた。
その能力も、いつかは封じなければいけないんだが。
本当に自分だけが、その任を与えられているのかも不安だった。
「見てきてもいいかしら」
「いいけど、怪我はしないように」
「うん。
わかってる」
「じゃ、行ってらっしゃい」
と、育は笑顔で見送っていた。
五
涙が、すうっと頬をつたう度、彼女がまだ生きていると想うだけで少なからず安心できた。
心の傷が深く心臓をえぐっていた。
それでも俺が涙を流すなんて事は許されない。
彼女はまだ、必死に病魔と闘っているからだ。
俺が根をあげるなんて出来ないんだ。
「やたら能力を持ったがために彼女は死ぬことも出来ないだけよ」
翡翠色の瞳の女が、同じ色の髪を風に靡かせていた。
それも窓際に座って。
「風は体に触るから窓は閉めてくれ」
言うと。
「あなたは勘違いをしているのよ。
彼女の魂はもう此処にない。
ただ彼女の特殊な能力だけが残っているのよ」
「消えろよ。
まだ死にたくないならな」
「ムリだよ。
あなたに、そんな力はないわ」
シグザウアーを手に持っていた。
「ピストルなんて、あたしにとってはオモチャも同然よ」
ただの威嚇だ。
此処で血生臭い真似は出来ない。
「愛の戯けものね。
彼女の前では、あたしを撃てないとでも思っているの?
でも、手遅れよ。
彼女の能力は封印したわ」
そういう女の手には輝く宝石のようなものがある。
俺が恋人の名を呼びながら駆け寄ると、彼女の呼吸は途絶えた後だった。
俺はとにかく彼女の名前を呼んだ。
涙が、とめどなく溢れて、それでも彼女の名前を呼びつづけた。
「無理よ。
彼女はとっくに死んでいたのよ」
俺には翡翠の女がなにを言っているのか、まるで耳に入っていなかった。
「あたし、はじめてみたわ。
男の人が、そんな風に泣きじゃくる姿なんて」
その時だった。
あたしのセンサーが能力者の接近を教えてくれた。
その能力者の力はよく解らないけれど、どうやら相手にも同じ力がある事に気がついた。
それは迷うことも無く、真っ直ぐに歩いてくる。
「どうやら客人のおもてなしをしなくちゃだわね」
そういって、あたしは病室を抜けだした。
ひろい場所の方がいい。
見晴らしがいい方が罠にはかかりずらいから。
「だけど、それも一長一短じゃないのかな」
それは直に、あたしの脳味噌の中に語りかけてくる。
心を読んでくるなんてものじゃない。
これは、同調。
「どおうやら、思った以上に厄介みたいね。
まさか姿形がないなんて」
「あなたの能力さえ譲ってくれれば、争う気はないと言っておくけど」
「奇遇ね。
あたしも、そう言うつもりだったのよ。
心でも読んだ?」
「そんなレベルではないのは気づいてる筈だよね。
わたしは、あなたの魂を侵食している。
どうやって、あたしを封じるつもり。
わたしはあなたの一部なのよ」
「あなたこそ、解っていないようね。
封印は、あたしの意志に関わらないのよ」
MQと彼女は言った。
シャラン・ドナはMQの事を永遠を生きる化け物として既に認識して『永遠』と渾名で呼んでいた。
「存在する肉体を持たないあなたが、一人で現れる訳がない。
いったい誰とつるんできてるの」
「あら利口なのね。
でも、貴方にとっては取るに足らない相手だわ」
「もちろん師匠にとっては有害な訳ね」
「だって、正義はあたしにあるもの。
これは復讐なんだから。
貴方に手出しはして欲しくない」
「無理だよ。
何者もあの人を傷つける事はできない。
神様に寵愛を受けることの意味を、あなた、まるで知らないのよ」
六
朝、目覚めることが恐怖になる。
一日中つきまとう不安を払拭する術をあたしが知らないからだ。
数珠をまわして数を数える。
永遠に尽きぬ数を数える程の信心はあたしにない。
気づけば眠るか、とにかく数える事を苦痛に感じて止めている。
とくに他人よりも優れて生きることはできないし、それを得意にして自慢できるよな特技もない。
ただただ憂鬱な毎日に疲れて生きる事は、それ自体が苦痛である。
しかし運命という名のサダメを知ると自殺する事も恐怖である。
生物は、最初に亡くなっった年齢よりは長生きできない様に定められている。
最初は人間として七十年生きたとしても、次は別の生物として六十年、鳥になったり豚になったり、生命はストックを削って最後には羽虫のように一瞬で殺される。
それが生物の仕組みである。
だから長生きする事が出来なければ来世でのやり直しもできないのだが、死ねば生きてきた時間と同じ時間の苦痛を味あわされる。
死ぬも生きるも苦痛を伴う。
「元は罪を犯した神様の成れの果てが我々だとも、神様がつくった紛い物の人形だとも言われている。
人間が神様に比べて未完成なのは感情を持たされたためだと言われている。
神様には感情がない。
しかし、我々を見て楽しんでいる。
感情によって翻弄されて、愚かな行いを繰り返す我々を見て」
「動物に感情なんてありますか」
「あるわよ」
「それを知る事が容易だと思えたとき、あなたにも悟りは訪れるのです」
男は、あたしの体から鎖骨を抜きとった。
それから数本の肋骨を外しながら、体内の何処かに突き刺した。
苦痛は生きるモノにはつきものである。
死んで解放されるわけでもないのに。
あたしは念仏を唱えていた。
「あなたを殺せば妹が蘇るんだ。
彼女は聖人だったが無惨に塵芥のように殺害された。
俺にはそれが耐えられない。
彼女を救いだせるならば俺は」
「あなたに彼女の幸せは解らないでしょう。
お互いに価値観の違う別の生物なのです。
尊重はするべきです。
しかし押しつけてはいけない。
彼女は現世に未練を遺してはいないのです。
精一杯に生きたから、もうやり残しがないのです」
「俺がまだ生きている」
「あなたなら一人でも生きていけると思ったからです」
「あいつはずっと不幸だった」
「あなたに傍にいてもらえて、ずっと幸せだったのです」
「まともに食べる事もできずに栄養失調で死んだんだ」
「彼女は最後まで豊かな心で亡くなったのです」
「そんなことは」
「同じものを見て、同じように生きて、同じように食事をしても別の人格なんです。
根本的にあなたは、それが何も解っていなかった」
「俺には」
「そっか。
すこし別の生き方を模索した方が良くないですか。
妹さんにも誇れるような。
そんな別の何か」
「そんなものは何処にもない」
そう言って彼は、あたしの身体から全身の骨を抜きとっていくつもりのようだ。
七
愛して欲しいとは言いません。
ただ愛していたかっただけなんです。
陰と陽の狭間を駆け巡る軌道のようなものを血管のように見ることが出来た男は妹にそう言って色仕掛けをした。
酒と煙草の臭いのする男で、何度も俺を殴っていた。
そいつがどんな人間か知っていたから俺はあいつから妹を守ろうと必死だった。
「色んな女を抱いているんだ。
女をどう扱えば自分の物になるのかなんて簡単に解っているんだよ」
と言って男達に自慢にしていた男が、俺の妹に眼をつけた。
妹は空腹で痩せ細っていたから、どう見ても美人とは言いがたかったが、あいつらはゲームのように冗談で妹を口説き出していた。
俺の事を拉致してボコボコに殴り倒してまでだ。
しかし、あいつは靡かないで、あいつに渡されるプレゼントにも手をつけないで、ずっと俺の無事だけを案じていた。
「最後には牢獄に監禁され、骨になって殺された。
何度も犯された末に生命さえも痩せ細ろえて死んだんだ。
幸せであれた訳が無い。
俺だって髪をむしられて、肉を削がれて目玉をえぐられて、骨まで焼き尽くされて殺されたんだ」
「蘇ったのは宝玉によるチカラ。
神様の恵みによるものよ
その扱いを謝ってはいけないわ」
「今の俺はそいつの肉体に取り憑いてる。
感情だって歪になるさ」
「あなたには幸せはどんなものなのか解っていないの」
「幸せなんて感じた事がないんでな」
「可哀想」
「同情してる場合じゃないんじゃないか」
「あなたじゃなくて妹さんのことを言ってんの」
「なにを」
「あなたには幸せがどんなものなのか見えていないからよ」
「知らないよ。
そんな幻には誤魔化されない」
「幻だと言うのならば、あなたの存在がそうなのよ」
八
育が男を封印した。
彼女は自分の分身を生みだして、それを男に殺させている間に男を封印していたのだった。
彼女には数珠に封じられた魔物の力を如意自在に操る事が出来たのだ。
他人の肉体と一体化して、その体を、ほんの一ミリも傷つけることなく、臓器や骨を抜きとることさえ出来る能力。
育には不必要な能力だったが、早めに封じ込めなければ脅威になるものだった。
彼女には男の苦悩を感じとれていたが、彼女が彼に慈悲をかけることはない。
同情さえしないで、彼女は無情に男に滅びを与えたのだった。
九
魂を喰い壊されて、シャラン・ドナの肉体には永遠という女が実態を奪い取っていた。
そして、永遠の望みは育への復讐。
それしか考えられなくなっていた。
永遠は無限地獄を強いられていた。
その地獄から解放されるために、彼女は育を逆に無限地獄に叩き落として、自らの解放を願っていた。
悠久。
久遠。
遠因。
因果。
果断。
断崖。
崖岸。
岸壁。
壁画。
画境。
窮地へと徐々に追い詰められていた。
十
目覚めないんだ。
男は恋人の手をそっと離して、目蓋から溢れたものを左手の甲で拭っていた。
「いつまで、そうやって泣いているつもりなの」
その声は眠っている女性から。
そう聞こえた気がした。
彼女は横たわったまま。
やはり目蓋は閉じたまま。
息づかいさえも変わらない。
「そうだな。
いつまでもこうしている訳にはいかないな」
そう言った男。
黒羽洋介は、亜狗卯琴世が目覚めないが、死にもしない事を信じてしまった。
彼は今、シャラン・ドナの前に立っていた。
シャラン・ドナの姿をしてはいるが、シャラン・ドナではない別のモノがだ。
それが彼の目前に。
そのモノは彼が自分に危害をくわえられない事を知っていた。
彼女は生命を自在に奪うことも、与える事も出来る。
そして、琴世を生かし続けていた。
琴世を生かし続けていたい男が、自分に危害を与える訳がないと思っていたのだが。
「あなたには人の心が分からないのよ」
洋介は何も言わずに、シグザウアーをすっとあげて、対角線にある得体の知れない何かに向けていた。
そして、無言のまま引き金を引いた。
空間の軸が、時空と時間をブラックホールのように飲みこんで、ピストルの弾道がスローモーションのように、互いの距離を結びつけていた。
洋介は何かを発するような気配を持ってはいたが、そこに流れていたのは声にも響きにもならない無音であった、
身動きもとれずに得体の知れないものは、体を射抜かれている現状だけを知る。
それは得体の知れないモノには受け入れがたい現状だった。
体を射抜かれて、しばらくして軽い爆発音がした。
音よりも速く、弾丸がつきぬけたからこその現象だった。
十一
育は黒羽洋介の事など知らなかった。
しかし、永遠の存在をずっと感知し続けていた。
それが完全に気配を消したことさえも。
彼女は思っていた。
あらゆる魔物の能力を無効化させる力を持つ者がイレギュラーに存在しているのだて。
「あんた、尼さんかい」
「そう見える?」
「そう見えるよ」
「なら、そうかもよ」
「念仏を唱えてくれないか」
「恋人でも死んだの」
「いいんだ。
誰の為とか」
「恋人でしょうよ」
「心でいうならば俺と琴世。
ふたりのためだ。
頼めるか?」
その言葉が終わる前に育は念仏を唱えていた。
洋介のために。
琴世のために。
永遠のために。
名前も知らない男のために。
その男の妹のために。
そうして、報われることのなかった様々な魂や生命のために。
愛する人に死を宣告する死神は、然らずんば、暫しの間、涙たたえて微笑せよ。
と。
彼女は心芯から念仏を唱えていたのだった。
育愛手記 なかoよしo @nakaoyoshio
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