第3話 永遠の翼
ちいさな音が鳴り響く。
それは耳朶にかかるか、かからぬかの僅かな程度、あるかないかの聞き取りにくい音なのだが、それが次第に強弱をもって、なおかつ乱雑に、なんの関係性もない調子で震動して、それが数を二つにふやし、三つにふやし、不規則なまま、いずれは聴覚のみにおさまらず、私の全身をも揺らし続ける。
だから、私は目眩がした。
やがて立つことすら於保つかず、自分の天地が歪曲し、
その道筋さえも不明になる。
つまりは、歩くなんてことは、まず不可能に思えるのだ。
だから、私は生きがたい。
自分の未来が定まらず、不確定な日々を、夢と現実の境界もわからぬままに消耗し、生への渇望も興味も持ち得ぬ私には、何の価値も存在しない。
それこそが、あらゆる万物の評価のようにも想えてくる。
私は現実を直視しないために、そっと目蓋を閉じていた。
視界をふさげば、考えなくてもすむのではないかと、そんな錯覚に囚われたからだった。
無惨な現実の打破よりも、耐え難い苦痛が、今ここに現実にあるのだと、多くの犠牲を見過ごしてなお、私はこの道を行く。
その先の恐怖など予想もせずに。
だから、私は進めるのだ。
まだ見ぬ未来に希望をすてられる程の絶望はないと信じるから。
「あなたが抱くその信仰は素敵だわ。
たとえ、その望みに何の根拠もないと解っていても、わたしは応援していられるわ」
そんな声をかけてくれたのは誰だったろう。
名前までは思い出せない。
でも、慰めには程遠いけど、気やすめと言える程度の言葉だった。
まるで道化師と魔術師の中間にある風体で、性別だって男性と女性の中間と言って差し支えのない得体の知れない何者かを、周囲の人々は『MQ』と呼んでいた。
『Mr』、もしくは『Miss』Questionの略だろうか。
それとも 『Magic』という言葉から波状した俗名だろうか。
わたしは、その得体の知れない何者か、からも『MQ』と呼ぶようにすすめられたから、その疑問を本人に聞いて見たら、
「おそらくだけど、あなたの海馬にあるどんな言葉や感情よりも都合がよくて、わたしの存在を表現している記号のようなものよ」
と、答えにもならないような返答。
それをすこし問いつめてみたら。
「ないのよ、答えは。
ただ、そういうものがあるってこと。
それを理解すればいい」
訳のわからないものをコレだとあてがわれても不可解な部分の埋め合わせにはなりえないと反発すると、それは私の物わかりがわるいせいだと笑われた。
「宇宙人の存在やイースター島とかムー大陸とか、正体のわからない得体のしれないものは結構あるし、方程式のXやYなんてものも、はじめから何物かわかった存在ではないのに。いとも容易に否定できるあなたの感情が乱暴なだけじゃないかしら」
そうなのだろうか。
「だからこそ、選ばれたのね。
観世音菩薩とかいう得体のしれない存在に」
まるで自分が観世音菩薩だとでも言い出しそうだと私は思ったが、別にそうではないらしい。
MQは私には特別な力があると、そう言いたかったようだった。
彼の語るその説明は天地創造にまでさかのぼる。
かつて、この世は天地のへだてなどはなく、たんに熔岩の塊で形成されていた。
それが、神々さえも、あらゆる摂理を忘れるほどの悠久の時の果てに、自らの空白を搔き消すように、神々は、戯れに観劇の舞台を無数に、それもあらゆる時空連続体に生みだした。
そのうちの一つが今、私の存在している大地であると。
しかし、無数の舞台の中には、やがて飽きられ、何者からも必要とされなくなったものもある。
そんな舞台は、ことごとく廃棄されていき、残されるのは、かつて此処にあったという記録。
圧縮データーにすぎない。
その圧縮データーが、この舞台に迷い込んでいる。
それを此処に存在している登場人物たちは、オーパーツと呼んでいるのだと。
「そして、そのものを如意自在に扱える者のことをKEY of goldと、私は呼んでいるけれど、厳密には星の名前があるみたい。
それぞれに与えられた宿命。
背負うべき星の名前が」
その舞台に於いて、主な役どころを担う存在。
「しかし、その者は単独とも複数とも限らないし、善人とも悪人ともわからないし、特別な能力なんて有るのか無いのかも断定できない」
だったら私には無縁な話だ。
「無知蒙昧で無能な私は未だに母国語さえマトモに喋れないのに、そんな重責を課せられる訳がない」
「知識は問題じゃぁないわ。
星は悲鳴に共感するの。
心の中に、声にならない叫びが蠢いている。
その呻き声に、あなた自身が悩まされているということは重要よ。
なぜなら、あなたが世界に共感しているということなのだから」
無言で立ち去ったのは、信じていない自分が、私自身を笑うからだった。
それは私の中にいて、私自身からかくれんぼしてる。
こぼれでた悪意。
だから私自身を笑っている。
それが、どうやら許せない。
私には許せなかった。
他人になんて興味ないし、そんなものの評価など求めていない私だが、私の中に、私にさえ理解不能な私の存在。
自分のことさえ解らないなんて。
私は、夢の最中で目隠しされ、目標を失った憐れな傀儡だ。
「ねぇ、おぼえてる?」
それは別の次元から放り出された塵芥。
産まれおちた時のことなんて覚えている訳がない。
両親が名づけた『永遠』って名前も。
日々の積み重ねで、ようやく自分自身が何者かを認識。
すりこまれた痕なんだ。
でも、それを手摺りにして立ち上がらなければ私は、私になることさえできないのだ。
平面にあるものを立体にすることを目的に組み立てられたのは、外見だけではなく、内面も。
どうにか、人として形成することがやっとなのに、どうして私なんかが。
名前負けは勿論のオチコボレで、定職にもつけず、親の小遣いでバー通いがやめられない。
だけど、そんな事はどうでもよかった。
子供の頃から、変わらないんだ。
私って人間、その考えは。
これも認識。
私は、私自身を認識して、自分の名前を『永遠』とかいて『towa』と名乗ることができる。
それ以上でも以下でもなく、なんの役にも立たないもの。
国語も数字も歴史も、自分は本当のことを何も知らずに、ただそんなものだと記憶に刷り込まれ、そのくりかえしで認識しているにすぎない。
そして、その根拠は、ただ、そういうものだからという漠然とした納得にすぎない。
だから程度を低く見繕ってしまい、私にとって、世の中の森羅万象なんてものは殆ど興味のわかない、どうでもいい事の羅列にすぎなかった。
文法も常識も関係ない。
私には眼に見えるもの。
この掌に触れられるもの。
他には何の思い入れもない。
そう、この世界にあるもの総べては、顔も知らない御伽噺の登場人物だか、赤の他人が創りあげた偽物の現実だと想えて仕方がないようなものだった。
それが現在も現実に続いている。
「だから眼をそらさないことをオススメするわ。
これから起こりうる破滅。
その全貌からね」
去り際に背中で、そんな声をきいていた。
かつて殺人事件があった事もあるという物騒なショットバーの名前は『ライト&シャドウ』
私の行きつけの店だったが、最近は治安がヤケに乱れていて、カウンターでカクテルをオーダーしているだけなのに、ちょくちょくコールガールに間違えられた。
まっ、ニートなんだから、もっと低俗に生きているのかもしれない。
とにかく働きたくても知能がお粗末なんだから仕方がない。
それで定職につけないだけ。
「知ってる?
また爆発したって」
ワイドショーの話題で盛りあがる人々。
テレビもネットも見やしないけど、最近のニュースくらいは耳にもはいる。
おそらくはまたオーパーツの事だろう。
証明もされていないような時代に、いまよりも大きな文明が栄えていたのだという夢物語。
あたかも、それが実しやかに囁かれだしたのは、オーパーツの発見から。
「わからないものを調査して、それを理解するなんて簡単じゃないものね。
爆発が起こる可能性なんて、それとして有り得たわけだしね」
「だよね。
うかつに触れるなんて愚かしいわよ」
とか、客席の会話。
その会話の中で、名前も知らない他人の誰かが、
「どんな道具でも人を選ぶのよ。
人間だけが道具を選んでいるなんてヒドイ誤解だわ。
道具の方も、ちゃんと人間を選んでいるの」
と、
「それ、いったいどういう意味?」
「もちろん、選ばれた自覚のない人間もいるし、すでに手にしていることにさえ気づけない人間もいる。
その正体にさえ気づくことさえできないままに、ね」
憂鬱な時と、退屈な日常の繰り返しに嫌気がさし、私が何度、吐き気をもよおしたかは定かではない。
私の存在を脅やかして追い込んだものは、ただただ平凡な日常だった。
「取り憑かれていることにさえ気づけていないあなたは不幸よ。
なぜなら、知らないうちに失ってしまうものの大きさすら解らぬままに時を費やしてしまうから。
たとえば生命を失うことになるとしても」
オーパーツは種々雑多で、その正体を掴んでいる者は殆どいない。
にしても、それを探りあてることが出来る人物がいない訳ではない。
「ホントかウソかは知らないけれど、神とも交信できるとかいう賢者の話では百八のオーパーツが存在するという。」
もしかしたら、これもその一つなのだろうか。
か
何がキッカケになったか解らない。
でも、最近の私には生き物が透けて見えるのだ。
それは単に色あいだけの時もあるし、人型のペットボトルにある液体の量で見える時もあるし、
蝋燭の灯りや太陽光として見える時もある。
とにかく、それが人の余命をあらわしているのだと気づくのに、たいした時間はいらなかった。
しかし、それを妄想とうけ流すか、現実と受けとめるかで、心の持ちようが変わってくる。
そんなある日の事だった。
私の祖母が亡くなったのは。
「ようく見ておくといい。
どんな善人でも必ず寿命は尽きるのだから」
父は静かに頷きながら、自分に言い聞かせるように、そう言った。
私も、何方かと言えばお婆ちゃん子だったけど、まぁ、いい歳だったから頃合いだななんて考えて、そんなものだと納得していたけれど、その呆気なさは切なかった。
「おおきくなったら永遠は何になるんだろうね」
なぜか子供の頃に、そんな風に訊かれたことを思い出した。
なんて私が答えたか思い出せない。
でも、お婆ちゃんは哀しそうに俯いて、そんなことは言うもんじゃないと宥められたものだった。
「悲しいわね。
時間は誰にも平等に流れるモノなのに」
「でもないわ」
なぜなら、私は逸脱できるから。
この世には痛みと哀しみしか存在しない。
そんな風に考えたら泣けてきた。
呼吸をするのも、もどかしかった。
自分が自分である事の意味と価値。
そんなものは存在しないのだと己を恥じて、そして卑下した。
所詮は卑屈に生きるしかないのだろう。
私には何の資格も特技もないのだから。
いずれ私の中にあるペットボトルだか灯火だかが掻き消された時に私の存在もなくなる。
それを寿命だと言うのなら、私はそれに従えばいい。
余計な事は考えず、ただ天命に身を委ねるのだ。
「また会ったわね」
と声かけられた。
見るとMQ。
それは会うだろう。
私もだけど、MQも真面な定職につけるようなイメージがない。
互いに行きつけた店が一緒なら、いつかは会うこともある。
「誰だっけ?」
わざとシラを切るように知らないフリをしてみせた。
でも、そいつは嫌な顔ひとつしないで自己紹介。
私がそれを聞くのは二度目だった。
同じ事の繰り返し。
だけど気持ちが違っていた。
なぜか今度の私はMQに好印象を抱いていた。
だから酔いがまわるのがはやかった。
それほど強い酒を多量摂取したという事だろう。
気づいたら見憶えのない男と朝を迎えていた。
まるで知らない他人の男。
自己紹介して成り行きを聞いて、したら悪い男ではないみたいで、とにかくMQの友人だと言っていた。
彼には最初から好意的に接していた。
もしかしたら記憶のない夜も、そうやって接していたのかも。
とにかく容姿が素敵だったから。
私が下心を抱くのには、ほんの数秒で事たりた。
それから懇ろになるのに半年もかからない。
これが単なる欲望なのか愛情なのか私には解らない。
だけど私が、この感情に執着したのには理由がある。
彼が大病を患ったからだった。
儚い葱と書いてモウキ。
彼は、その名前にひきずりこまれるように儚い一生を終える事になる。
それが私には解っていた。
私には生物の寿命が見えるのだから。
「残酷だとは思うがね。
特別な力を持つ者が、単に傍観するだけなんて有り得ないもんだ。
必ず支配する能力も与えられている筈だよ」
むかし、お婆ちゃんが何かの拍子に言っていた。
それを思い出した私は、今こそ信じるべき運命を切り開く時だと芝居じみたことを考えていた。
寿命が見えるというのなら、それを自由に操ることができるかもしれない。
と。
そして、それには実験が必要だと私は考えた。
それで目をつけたのが野良犬や野良猫の存在だった。
居なくなっても誰にも気をとめてもらえないような希薄な存在でも、確かな時間を生きていられる生き物たち。
私は、それらの寿命をすくいあげて奪ってみた。
そして他の生物に与えてみる。
たしかに寿命は、生物ならなんでも受け渡しが可能なようだった。
それが、ほんの微かな虫であっても寿命は引きのばすことができる。
逆に寿命を奪われる側も限度を超えればゼンマイの切れた玩具のように静止してしまい、そのあとに寿命を預けようとしても、それはもう不可能な様だった。
つまり、この能力では亡くなったモノを蘇らせることはできないって事だ。
人間にはなぜ知能があるのだろう。
たとえ人道的に誤まっていても目的達成の為に脳髄の神経を回転させることをやめられない。
そして、わたしには知性が欠けている。
利己的な目的完遂の為ならば、世界中の誰も彼もを否定する事ができるのだ。
「世界には傷みと苦しみしか存在しない。
あなたにはそれが解らないのよ」
生命の凡ゆる苦痛。
困難から解き放つため。
私は彼に寿命を与えつづけた。
二日後、三日後・・・
半月後、二ヶ月後・・・
半年後、二年後・・・
しかし、彼はそれを喜んではいなかった。
身じろぐ事も出来ず、 横たわるだけ。
寿命をのばせば健康になれるわけじゃない。
それはそうか、霊魂を肉体に繋ぎとめているだけで、その実、肉体の衰弱の進行を遮ることはできないもんだから、結局は保てるはずがなかったんだ。
「もう俺を殺してくれ」
彼が、そういう様になってから程なく、私は彼に寿命をそそぐことをやめた。
「私も疲れたんだ」
それに私も歳をとってしまうよりは、他の男を見つけて若さを謳歌する方が有意義だと考えだした。
月日は人間を変える。
年月は私を変えた。
愛情さえも呆気なく。
私は儚葱そのものよりも、自分の能力の開花と、それを活用する手段に没頭するようになっていたことも要因の一部。
「いらなくなった玩具。
使いものにならなくなった玩具。
廃品回収ってひつようじゃない?」
ときどきライト&シャドウにいる道化で中性別人種の彼は、私の眼にしかうつらない魔物なんじゃないだろうかとか、ときどきバカなことを考える。
「なによ。
そんなに見つめて。
化け物なんかじゃないわよ。
ただの人間」
カウンターで、私の隣にすわるMQに。
「見ても分からないってのは変人のレベルだと思うけど
と。
「そう?
言ってくれるわね」
まぁ、話し相手には丁度よかった。
「男が死んだわ」
「知ってる。
だからお通夜みたいに呑んでるのね」
「そうよ。
でも、収穫はあったの。
男よりもずっと貴重な」
「異性を取り替えの効くものだと認識できるようなら合格ね。
人生の次のステップに進みましょう。
心を強固にするためにね」
そう言って三つの宝石を手元に置いた。
三種類。
二つは見た目、綺麗な赤と緑。
もう一つはくすんでいて澱んだ輝きを放つ宝石で、磨けば手触りは硝子だまの様だった。
「どういうことよ」
「考えて?
あなたにこれをあげたいの」
「どういうつもりよ」
「つかい道を考えなさい。
二つは売っても構わない。
でも、もう一つは、あなた自身。
決して手放してはいけないの。
なぜなら・・・」
その先の言葉はよく覚えていないけど、私はMQの言葉通りに二つの宝石を処分した。
宝石商に売ったのだ。
異国の老人で、あまり他人目に晒されたくないような骨董品などを売りさばく事があるため、不当な商品でも金に変える術を知っているといった。
支那の布キレを纏っている異臭たっぷりの人物で、胡散臭かったが、下手に盗んできたのではと疑われるのも面倒なので、ハナから疑われない事を最優先に考えていた。
実際、宝石は法外な金額で取り引きされて、わたしは人生を百回はやり直しがきくほどの大金を手にしたのだが、半分は家族に譲ることにした。
どうせタカられるのなら面倒だからと、そう処理したのだ。
宝石は異国の女王の手に渡ったという。
女王は、私に目利きの腕があるとでも勘違いしたのか、私を配下につけたいと申し出てくる。
なんの目標も興味もない私は、あらかた遊びつかれていたので、暇つぶしに彼女に仕えることにした。
シュー・レラ・クレーム王国の女王は、私の事をひどく気にいり、逆に側近の者たちは、私の事をひどく毛嫌いしたものだったが、私は人知れず、そういった連中の寿命を奪うことで憂さばらしはできていたのだが。
「羨ましい。
貴女の若さは本当に永遠のものなのね」
女王の言葉に、
「そんなバカなことはありませんよ」
と応えつづけて十年が経過。
言い訳をするのが苦しいと思っていた矢先、女王が流行病におかされることに。
気をおとした彼女は死にたくないと私に命乞いをしてきた。
もしも永遠の若さと美しさを手にすることが出来るのならば何でもするという事なので、私に王位を継承させてくれるのならば、それを与えてもいいと私は約束したのだけれど、もちろん私に、そんな能力なんてない。
彼女には、「生まれ変わった時に、その願いは叶うのですよ」と気やすめをいって残りの寿命を奪って殺害した。
どうやら奪った寿命を自分の肉体にとどめておけば、私は老化さえしないようだ。
そうして、私は王国を我がモノにした。
もちろん邪魔者はすべて消してきたし、べつに悪政を布いていたわけでもないので、クーデターも起きてはいなかったのだが、人間の欲望に限界なんてない。
とくに私には当て嵌る。
自分には関係ないなんて夢想もない。
私は権力を利用して、自分と同じような能力を持っている人間を探すことにした。
もちろん自分で探索する訳ではなく、噂をあつめる程度だったのだけど。
ロストテクノロジーによるオーパーツ。
その影響を受けた能力者が必要だったのは、私の肉体が維持できなくなってきていたからだ。
五十年、すべてを思うがままにできるようになってからは何も変わらない日々がつづいていた。
「すべては永遠に続くなんて甘いことを思っているわけじゃないけれど、このままじゃいけないってのは理解していた。
だから必要なのよ。
あなたが」
三つの宝石をくれたMQとは、あの時から、ずっと会ってもいない。
見てもいない。
もちろん触れることもないのだけど、もとからアレに触れるような真似は一度もしていなかった。
あいつが不気味な異様さを持っていたことも理由の一端ではあるのだけど、最近、思いだしたMQの聞き捨てならない科白があった。
あいつには触れるだけでも消滅してしまうものだと。
もちろん、なんかの比喩だったのかもしれないけれど、もしかしたらMQも、私と同じ人間だったのかもしれない。
「聖人の生き血を吸えば千年は生き永らえるという話があります。
まぁ、噂ですが」
大唐国からの使い。
戦争をとめるために三人の弟子を連れて旅をしていた。
いまさら寿命をひきのばすなんて意味が無いのだけれども、そう思って私は彼らを殺害するように指示をしたんだ。
生命は消費する資産である。
どんなに美しい男も女も私にはヌイグルミと同じだった。
感覚が麻痺しているのに、自分でもそれに気づいてはいなかった。
「気づかないもんだよね。
自分の生命の内容量が見えないのなら当然なのかもしれないけれど、あなたは決して無敵ではないって事を教えてあげる」
「なに偉そうに」
「繰り言よ。
禅問答。
とはいえ、あなたの運命は終わったの。
それをあなたに伝えに来たんだ」
断末魔の悲鳴をあげた誰かの事を、私は気に止めた事も無い。
それが誰かなんて私には関係ない。
私はいま此処に生きているのだから。
「宇宙には無限の惑星があるとしても、その中に魔物の住む惑星は108っつしかない。
そして、あらゆる万物は、存在と共に変化を運命と義務づけられているために、崩壊する。
崩壊した惑星は姿形を変えていく。
転生した魔物の惑星があなたたちなのよ」
念仏。
女の言葉は正にそれだった。
何言ってんの。
とか、
どういう意味なの。
とか、
聞かなかった。
聞けなかった。
私の体が煤けた灰になって崩れていくから。
それも突然。
急激に。
どういう意味なんだろう。
「愚問よ。
声も出せないんでしょ。
あなたが、あなたを殺したから」
どういう意味なんだろう。
「あなたが殺すよう指示したのでしょ?
あたしが連れてきた従者を」
私は身動きできずに滅び堕ちている。
煤けた灰は私の背中に翼のように広がっていた。
「あたしには時間も空間も何もない。
だから、連れていたの。
別の、あなたを。
それは未来かも知れないし、過去かも知れない。
現実かも知れないし、虚構かも知れない。
でも、あなた自身が気づかないと、その柵から自由になることは決してないよ。
何故って、それがMQの力なのよ」
私は肉体の原型を、その一部さえも留めることが出来なかった。
「でも。
それこそ釈迦に説法だったかな。
MQであるあなたになんて」
そして私は消滅した。
「石が、あなたを連れ出してくれるから。
次界へと進むあたしの行く末。
あなたは、あたしのための・・・」
手駒になる。
それは幾千、幾億光年の彼方としても、私には解った。
私は彼女のために存在するのだ。
それを義務づけられて生かされてきた。
魂は疎か、存在さえも洩らすことなく。
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