playmate

なかoよしo

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○夕闇。

 褥にまとわりつく感触を毛嫌うのは、あまりに自分が孤独であるかを実感するからなのだと嘖む人は、今も笑顔を忘れたまま、毅然と僕の胸の中に顔をうずめて表情を隠し通そうとする。

それはまだ心に他の男を連れこんでいるからだと、彼女が考えていることは容易に想像がつく僕には、彼女の汗の感触から、それが事実だと実感した。

 ふかい律動・あつい鼓動。

 心臓の距離が縮まれば縮まるほど、お互いの結合部に歪みがはしる心地がした。

「それはあなただけじゃない」

 なんて、宥恕な誘惑。

 彼女も僕の心を知っている。

 涙の痕が見窄らしかった。

 彼女を愛していることが。

 その愛が届かないと言うことが。

 身が軋むほどの苦痛だった。

「あたしだって後悔しているわ」

 運命に懺悔する。

 後味が悪いから、そうなのだ。

「カインがアベルを殺したような。

 あたしの中にある人間らしさ。

 それは歴史が時を刻むよりも深く、ずっと以前に存在していた悪意なの」

 その嫉妬は彼女自身を滅ぼした。

「それは何に対して?

 僕への言葉ではないのでしょ」

 流産されて、この世に日の目を見ることのなかった命に対して。

 あるいは二十代の精神的に未熟な時に、二度とない感情と信じて付き合った相手に対して?

 疑心暗鬼で夢を追うほど若くもない僕は、怯懦に心をふるわせた。

 かがやく星が遠すぎて。

 



 あなたはとても残酷なのね。

 そう呟く彼女の目はとても冷たくて、僕は言葉を失った。


 彼女の唇が覆い被さり僕の唇に重なった。

 やわらかな感触に唾液が絡まり舌で歯茎をまさぐりあう、それだけで。

 彼女への想い。

 蜃気楼に心をつつまれた。


 愛してる?

 愛してる。

 愛してる・・・


 心で唱える呪文の効力。


 たよりなく途絶えて・・・知らず涙が・・・それは彼女から・・・僕は腹を引き裂かれていた・・・内臓を引っ掻き臓物を引きずりだした彼女の手にある刃物は・・・あらかじめ彼女の手にあったもの・・・

 なぜ、こんなことを・・・


 理由は解っている。


 僕が彼を殺したからだ。


 君が真実だと信じていた愛を粉々に砕いたからだ。


「満足かい?

 君のその手で#仇__かたき__#が討てて」

 嗚咽で言葉に詰まる彼女、咄嗟に唇を隠して泣きながら「わからないの」と呟いた。

「あたしだって、このまま、あなたを愛していたいけど」

 僕は精気を失った顔で彼女の顔を正視した。

 僕の上で、彼女は自分を保っていなかった。

 それは僕の知る彼女とは別の人格にみえた。

 それがとても悲しかった。 

 

 どうしようもなく繊細で、もの悲しい君が・・・いつになく寂しくて・・・


 だから僕は、すべての過去を忘れてほしいと言ったんだ。


「わらってよ。

 そんな顔は見たくないし、僕への#手向__たむ__#けに相応しくない」


 僕は眼を閉じていった。


 彼女の嗚咽は続いていた。




○扇野かおりは思っていた。

 死を実感する瞬間の人間ってものは、いったいどんなものなのだろう?・・

 と。

 でも、それは自分だって必ず通らなければならない道で、その経験は自分に何の役にも立たないけれど、いつかは自分だって体験することがあるのだと考えながら、彼女は、その遺体を見つめていた。

「どうしよう?

 あたし、颯太を殺したのよ」

 と、ふるえる声で扇野かおりに伝えた#城戸優歩。

 ふたりは仲の良い親友で、SNSで知りあったFantastic clubというガールズグループのメンバーだった。

「とりあえず自首しようなんて考えないでね」

 殺人現場に到着した扇野かおりは、その決意を固めてやってきたのだった。

二階建ての一軒家に一人暮らしの男の刺殺体。

発見されれば即殺人と証明される。

その想像は難くない。

「こいつを裏の山にでも埋めて、この家を燃やしてしまえば証拠はなくなっちゃうんじゃない?

 どうせ、こいつ。

 身寄りはいないんでしょ?

 死んだって悲しむ奴なんかいないんじゃない?

 だったら、こんな奴のために、あんたが苦しむなんて間違っているんだよ」

 語気は荒い。

 彼女も幾分、興奮をしているんだろう。

 それほどに異常な状況に二人は直面しているからだった。

かおりは死体遺棄するべきだと決めていた。

「もうすぐ、結衣と遙が来るよ。

 あたしが連絡しておいたんだ。

 四人もいれば#容易__たやす__#くできるさ。

 だから大丈夫だよ。

 希望は絶対に捨てないでよね」

 という扇野かおりは必死だったが、聞いている城戸優歩は最早すべてを諦めていて、警察に名乗り出るべきだと自分で結論を出していた。

「ありがとう。

 でも言い忘れたことが、ひとつあるわ。

 彼、先週から友達をひとり泊めているの。

 あたしは、よく知らないんだけれど、二階の部屋のひとつを貸しているわ。

 名前は、たしかカモメとか呼ばれていたの」

「カモメ?

 めずらしい名前ね。

 ・・・でも無いとはいえないわ。

 あたしたちは存在を隠さなければいけないかもね」

「まだ彼は帰っていないみたいだけれど」

「わかっている。

 とりあえず玄関に置いてある靴はナイロン袋にでもいれて持ってこないと。

 いつ帰ってくるかも解らないからね」

「うん、わかったわ」

「待って」

「なに?」

「ちょっと自分の体を見てみなよ。

 返り血で全身が真っ赤っかじゃないさ。

 不用意に何かに触って#痕跡__こんせき__#を残さないとも限らないから」

「って、どういう・・・」

「あんたは、じっとしていなさいって言ってんのさ。

 もうすぐ、結衣と遙がやってくるからさ」

「でも、そのまえにカモメが帰ってくるかもしれないわ」

「普段は何時に帰ってくるものなのよ」

「さぁ、わからないけど。

 いつも遅いみたい・・・

 帰ってこない日も少なくはないみたいだけれど」

「それは好都合ね。

 何をしている人?」

「さぁ、わからないわ。

 ほとんど会ったこともないくらいなんだもの」

「万が一の場合は、そいつを殺す可能性もあるかもしれないわね」

 そのとき、静かにドアが開けられると見知った女がはいってきた。

「なに怖い話をしているの」

 と遅れてきた女に一通りの事情を説明した扇野かおりに対して、彼女自身が呼びだした女は自首をするように勧めていた。

 彼女の名前は美咲結衣という。

 飲食店で働いている彼女は時間が不規則。

 やってきたのが遅れたのは、そのためだったが、彼女がやってきたことで城戸優歩が安心したのは確かだった。

 彼女は、他のメンバーよりも優歩とは古い付き合いがあるからだった。

「罪を憎んで人を憎まずとは言うけれど、罪は罪だよ。

 だから償って綺麗な体になった方が断然いいよ」

 という発言。

 扇野かおりは直ぐに反発したのだが、それに聞く耳をもたない結衣は言う。

「昇平のことが好きだったってのも解る。

 でも颯太のことも、優歩は好きだったんじゃないの」

 彼女は、優歩が殺害した柊颯太にも同情をしていた。

 そして、颯太が殺した山崎昇平にも、親友の優歩に対しても同情をしていた。

「たしかに、わたしは優のことが大好きだけど、罪を憎んで人を憎まずっていうじゃない?

 って、

 あれ、ちがった?

 まぁ、罪は償わなければいけないって思うのよ」

 という結衣は、自分の意見を変える気は更々ない。

「命には贖罪が必要になるんだよ。

 それを償うためには悔いあらためて自首をして、綺麗な体になった方が絶対に将来のためになると思うもん」

「って、なんだよ。

 それ、優歩が捕まっても構わないって言ってんのかい?」

「優だって逮捕されることなんか覚悟の上で颯太を殺しちゃったんでしょ」

「だいそれたことだとは思うんだけれど・・・

 罪を償う気持ちはあるわ。

 あたしは死んでも構わないの。

 颯太も、あたしにとっては悪い相手じゃなかったから」

「ねっ。

 ってもんなんだよ。

 誰だって、覚悟もないのに誰かを殺めるなんて出来やしないんだからさ」

「結衣。

 黙って!」

「なによ、かおり。

 あんたはまだ隠蔽工作とか主張してみたりするつもりなわけ?」

「誰か来てる」

 彼女は息をひそめて、耳をすましていた。

 それに皆がつられている。

「遙じゃないの?

 だって、相手も忍び足な感じじゃない?」

「ああ、そだね。

 やっぱ遙だよ」

 と扇野かおり。

 直後に緩く扉を開けて、佐々木遙がはいってきた。

「ちっす。

 みんな、大変なことになっているみたいだね」

 と彼女。

 佐々木遙は、人形のように整いすぎた顔立ちの綺麗な女で、ハットをサッと脱いでおくと、

「とりあえず、着替え持ってきたよ。

 それから靴。

 私のは、こっちのビニールに入っていて、こっちのが結衣の靴がはいったビニールだよ」

 と彼女は大きなバックの中から、それを取りだしてみせた。

 彼女はレースブラウスにデニムのバギーパンツという軽装。

「ちょっと遙。

 余計なことはしないでよ。

 優は今から自首することに決まったんだよ」

「きまった?

 なんで?

 だれが?」

「なによ、その言い方?

 不服なの?」

「うん。

 じゃないわけないじゃない。

 優歩は友達だよ。

 なんで警察に売るみたいなことできんのよ」

「なに人聞きの悪いこと言ってんのよ。

 あたしはただ、罪は償うべきだと言っているだけなのよ」

「そうかなぁ?

 法律がすべてだと私は思わないからかもしんないけれど、訳の解らない警察とかって機関に捕まって拘束される優歩なんて、私は絶対に見たくない。

 優歩の自由のためになら、私は死んだって構わないんだからね」

 と佐々木遙。

 彼女の瞳は真剣だった。

「命がけって、そういうことなんだよ」

 みんなで共犯者になろうとは冒険だと、心が躍る気持ちもある。

 扇野かおりは佐々木遙の決意に後押しされて、そう言った。

「なんか、みんなで一回、笑おうかな。

 笑顔の作り方が解らなくなっているみたいだからさぁ」

 と、訳の解らない先導をして、遙がムリヤリ、みんなに笑顔をつくらせたあと、結衣は真っ先に泣きそうな顔をして、「でも、これからどうするつもりなの?」と狼狽えながら、そう聞いていた。

「とりあえず、カモメをどうにかしようじゃない」

 と、それに答えたのはかおりだった。

「カモメって、船長さん?」

「なに言ってんの?

 同居人だよ。

 颯太と此処に住んでいるの」

「妙な名前ね。

 人間じゃないみたい」

「得体が知れないって意味はあるかもね。

 わたしは会ったこともないけれど」

「そいつのことは私が、どうにかしてみせるよ。

 だから、みんなは対策をじっくりと練ったらいいよ」

 と遙が指示。

 問答に参加していなかった優歩は静かに、ゆっくりと#頭__こうべ__#を#垂__た__#れて、こういった。

「みんな・・・

 ・・・ごめん。

 でも、ありがとう」

 と。




○斐月 要は疲れていた。

 朝から晩まで夢のような戯言ばかり言ってはいるが人付き合いがヘタな彼は、自分のことを話すのも苦手だが、人の話を聞くのも苦手な男だった。

 だから心を許せるような仲間もいない。

 彼は独自のライフサイクルで仕事をしているので、夜の帰宅時間はいつも遅い。

 そんな彼が知人の部屋を借りた理由は出張のためだったが、その日は家に入るよりも前に異変に気づいていた。

 庭先まで異臭が漂っていたからだ。

「血の生臭さを、むりやりに灯油と香水で消そうとしているような妙な匂いだ」

 その疑問を無視してまで彼が屋敷に踏み込んだのは、少しでも早く休みたいという思いからだった。

 玄関の扉を開ける。

 玄関口の下駄箱に靴をいれる。

 いくつか気になる違和感はあったのだが、それすらも彼は無視。

 リビング、キッチン、シャワールームなどが一階にあり、二階には階段を挟んで柊の部屋と間借りしている斐月の部屋があるのだが・・・

「気配があるな。

 それも数人」

 香水の匂いが漂っていることからも、斐月には女性が来ていることは解っていたのだが、それを気にも止めてはいなかった。

 しかしそれも、彼女に出会うまでの話。

「君は?

 柊の友人ではなさそうだね」

 と柊の部屋の前。

 斐月が訊くと、

「柊?

 友達にしては余所余所しいのね」

 と逆に質問を返されていた。

「友達って訳ではないからな。

 ただの知人だよ。

 お互いのこと、たいして知らないしね」

「それは幸せかも?

 彼、あんまり善人ではなさそうだよ」

「君は彼のことを知っているのか」

「さぁ、どうだろう」

「あいつがマトモじゃないことくらいは知っているってことか」

「なんでそう思うの?」

「君の友達は一緒にいるのかい」

「なんで、友達がいるって?」

「仲間と言った方が正しそうだ。

 靴を隠したって意味がない。

 庭の足跡を隠していなければね」

「そうなんだ。

 それは失敗だったかも」

「・・・だな」

「あんた、なんかヘンな感じだね」

「よく言われるよ」

「友達なんかもいなさそうだし」

「確かに・・・いないな」

「恋人だって・・・

 いないかな?」

「ああ、いない」

「じゃぁ、さびしいんだ」

「そうでもないけど・・・

 もういいだろう、俺のことなんか」

「ひとりでも生きていけるとか思っているのかもしんないけれど、あんたみたいな孤独な人でも、ひとりじゃ生きていけないもんよ」

「肝に銘じておくよ。

 俺だって人恋しいことはあるからな」

「そうなんだ。

 相手してあげようか?」

「なんの?」

「もちろん。

 話し相手だよ」




○ここは人の住む場所じゃないよ。

 と、佐々木遙は思っていた。

「絶句するだろ?

 無理に入って来なくていい」

 それは斐月の部屋のこと。

「掃除とかしない人なんだね。

 なんか意外」

 彼女は匂いを気にして鼻をつまんだ。

 すぐに失礼なことだと意図して、その行為はやめたのだが、斐月には、その感情さえも見てとれるものだった。

「外出してることの方が多いからな。

 此処には弁当かってきてゴミ屑を捨てるだけ」

「んなの、もはや人間の習慣じゃないじゃない」

「食って寝るだけの部屋なんだよ」

「見たら解るわよ。

 でも、お風呂ぐらいは入るんだよね」

「シャワー浴びる程度だよ。

 長くは水に浸かっていない」

「水が怖いの?

 泳ぎとかも出来なかったり?

 でもビデオは見ているみたいだね」

 彼女は棚に眼をやって、そう言っていた。

「するどい洞察だな。

 尊敬するよ」

「それは大げさ。

 もっと自然に褒めてくれたらいいのにな」

「苦手なんだよ」

「人づきあいが?」

「それと、なにを考えているのか解らない初対面の女の相手をするのがな」

「こわいの?」

「さぁ、どうなんだろうな」

「あたしが、こわいの?」

 と、遙の言葉。

 彼女の眼が真剣で、あまりに真っ直ぐに斐月の眼を見つめているから、彼はしばらく躊躇して、まともな言葉を返すことができずに沈黙したが、それでも彼女の眼を見つめかえすことはできなかった。

 あまりに彼女が綺麗だったから、そこにまるで魔を見いだしてしまいそうで、それが怖い。

 それを斐月は言わなかった。

 彼女に対して、斐月は訳の解らぬ負い目を感じているのだった。

「煙草、いいかな?」

 小声で許可を取ってみる。

 そして一服。

 その間に斐月は頭を使うことにした。

「そういえば君は、やけに口がまわるじゃないか。

 なにを考えているか当ててやろうか」

「なにも考えてなんかいないよ。

 だって、暇しているんでしょ?

 話し相手になってあげるっつってんじゃん」

「それはカムフラージュだろ。

 当ててやろうか?

 君がなぜ僕につきまとっているのか」

「僕?

 さっきは俺って自分のことを言ってたよ」

「どうでもいいんだよ。

 俺のことは」

「そっ。

 残念」

「話の続きだ」

「とめてないって」

「いちいち口を挟むのも、やめてくれないか」

「いいよ。

 私も別にね」

「仲間に言われて足止めしてんだろ。

 どうせ」

「どうせ?

 なんかトゲのある言い方だよね。

 私のこと嫌いになったの?」

「あんたのことは別に何とも思っていないが、俺は早く眠りたいんだよ」

「いいよ。

 べつに、とめたりしてないし」

「あんたも早く友達の所に行ってこいよ。

 人を殺して、どうしようか相談でもしてんだろ」

「えっ?

 なに?

 いま、あんた何って言ったの?」

「ずっと君は、俺の傍にいて、俺の名前すら聞いてこない。

 俺も、それを意識して、君の名前も聞いてはいなかったが。

 もしかして、俺のことも殺す予定だったか?

 だから俺の名前なんか聞いても仕方がないって」

「私たちが人を殺しているって?」

「此処を燃やすつもりなんだろ?

 灯油なんか撒いても、そこいらに香水の匂いがついちまっている。

 悪いことは言わないから、余計なことはやめて出頭するべきだと俺は思うぜ」

「べつに、あんたのことはいいんじゃなかった?

 あんたの意見なんか聞いちゃいないんだけどさぁ」

「わりぃな。

 根が良い奴なんで、つい忠告をしちまったんだ」

「おおきなお世話だよ。

 なんにも知らない癖してさ」

「ああ、俺は何も知らない。

 俺に解るのは事象だけだ。

 正義だと信じているものも法の正義だけ。

 あんたたち仲間の正義も状況も知らないんだ」

「・・・ちょっと、相談してくる。

 だけど、あんたの言いなりになってんじゃないからね」

「かまわねぇよ。

 んなことはどうでも」

「それともうひとつ。

 私の名前は佐々木遙だよ。

 あんたの名前は聞いていたから聞かなかったんだよ。

 めずらしい名前なんだよね。

 カモメさん」

 と、そういうと遙は部屋から出ていった。

 



○扇野かおりは自首すべきだと最初の主張に立ちかえっていた。

 レースクィーンの経験もある彼女は四人の中で一番身長の高い女だった。

 彼女が立ち上がるとSサイズの結衣は小さく見える。

 論理的なことは言えないが反射的に語を連ねる彼女は頭の回転だけは早かったが、人を説得するには不向きな女だったのだ。

「もう、いいよ。

 こんなことしても何もならないし、ふたりが啀みあうなんて、あたし、そんなの望んでいないし」

 こんなこととは、靴を隠したり、家に灯油を撒いたりしたこと。

 主に扇野かおりの指示でしたことだった。

 城戸優歩は既に心を決めている。

 諦めるしかないというのは薄々、扇野かおりも気がついてはいたのだが、口に出すことはできなかった。

 仲間がバラバラになってしまうのではないかと怖れたからだった。

 そして、なかなか結論がでないまま無闇に時間だけが経過していった。

 そこに、佐々木遙が戻ってきた。

 斐月要の言ったことを説明して、みんなで別の対策を取るためにだ。

「優歩。

 まだ着替えてなかったんだ。

 シャワーでも浴びてスッキリしてきたらいいのにさ」

「なんだよ、遙。

 急に戻ってきたりして」

「ちょっとカモメと話してきたんだけどさぁ」

「知ってるって。

 だから、どうした?」

「ちょっとしたビッグニュースだとは思うんだけど・・・

 あいつ、もしかしたら、こういうことの専門家かもしんないよ」

「それのどこがビッグニュースなんだよ。

 最悪じゃん。

 警察とかだったら、どうするんだよ?」

「警察だったらラッキーかもよ。

 だって、すぐに自首できるんじゃないかしら」

「あたし、別に、それでもいいよ。

 自首したら情状酌量ってあるんだよね。

 よく知らないけれど」

「さぁ。

 よく知らない。

 聞いたげようか?

 あのカモメに」

「本当に警察なの?」

「じゃないと思う。

 私たちが人殺しだと疑ってるし、自分も殺すつもりなのかぐらいは言っていたけれど通報もしてないし、仲間がいるとも思えないけど」

「なんだよ、それ?

 結局そいつ何者なわけ?」

「さぁ、よく解らない。

 でも、カモメは詳しいだけって気がするなぁ。

 あんまり熱血するようなタイプには見えないしさぁ」

「よっぽど気に入ったみたいだね。

 遙は。

 惚れたの?」

「なに言ってんの? 

 まだ何も知らないのに。

 でも不思議な奴なんだよ。

 顔も頭も性格もセンスも、人間としてある全部が異次元な感じなの。

 だから、やみつきになりそうな気もするんだけれど、なんか、どこか、人を寄せつけない雰囲気があるんだよ。

 博学者って感じ。

 あの人も、もしかしたら人を殺してきてるのかもしんない」

「それで此処を隠れ家に?

 ありえる話だわ」

「したら私たちの味方になるかもしれないわね」

「それが、できるの?」

「自信は、あるわけね」

「話してみるわ。

 なんか変な相手には違いないんだけれど・・・ 

 頼りがいがないわけではなさそうだから」




○佐々木遙が斐月要の部屋に入って来たとき、鍵がかかっていないことで幾分、斐月が自分に心を許してくれているのだと思って安心していった。

「眠っているの?」

 と彼女。

 斐月は床に転がっていた。

 その横に足を三角に折り曲げて座る佐々木遙。

 彼女は、そっと斐月の顔を覗きこんでいた。

 それに気がついた斐月。

 つまらなさそうに呟いた。

「死んでいるように見えるのかい?」

 すると彼女は戯けて。

「なぁんだ。

 起きているんじゃないの」

 と笑っていった。

「そうとも言える」

 斐月は、彼女との馴れあいめいた会話のやりとりが別に嫌いではない。

「そうとしか言えないって」

 しかし、いつまでもくだらない話を続けていても仕方がないという自覚もあった。

「友達とは話してきたのかい?」

 だから簡単に核心を切りだすのだ。

「話すって何を?」

「バカなことはやめろってさ」

「それは余計なお世話だわ。

 バカなことだとは思っていないし」

「それはバカだからじゃないのか?」

「失礼なことを平気で言うのね」

「どうなんだい?」

「バカなことだとは思っている。

 それでも止められないことって、あるとは思わない?」

「それが殺人?」

「恋愛だってそうじゃない。

 あなたが恋をしていないのは、感情を抑制してしまうから。

 そう思ったことってないかなぁ」

「さぁ。

 しかし、ありえる話だな。

 思えば自分から他人に感情を伝えたことなんて一度もない」

「告白をしたことがないって言うことなのね」

「ちがうよ。

 でも、それも当てはまる」

「なぁんだ。

 けっこう読める男なんだね」

「なにを思って俺をバカにしているのかは知らないが、君の急務は友達を説得することだと俺は思うが」

「説得って何?」

「辞書でも引けよ」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど?」

「わかっているんだろう。

 あんただって」

「言葉にしないと解らないこともあるとは思わない?」

「話の流れで察してくれよ」

「そんな無茶は言わないで」

「無茶はどっちだ?」

「でっ。

 いったい何が言いたいんだろう?」

「はやく戻って自首を勧めてこいよ。

 本当に、そいつのことを思っているっていうのなら」

「そいつなんて呼ばないで。

 優歩は、私の親友なんだからね」

「だったら本当に彼女のためにできることを考えてみろよ」

「それは彼女を守ることだよ」

「いつまでも匿いきれるものではないよ。

 だったら少しでも罪の軽くなる方法を選んだ方がいい」

「嫌だよ。

 離ればなれになるなんて考えられない」

「共依存か。

 そんなものは本物の友情じゃない。

 わからないのかい?」

「共依存ってのが解らないって」

「共依存とは自己愛の未熟な人間が、他者の価値に依存することを言う。

 あんたたちは自分で物事を解決する能力の欠けた人間たちだ。

 だから他人に頼ること、頼られることで自分の価値を見いだそうとする。

 仲間との共存なんて言えば聞こえはいいが、結局のところ自分ひとりでは障害に打ち勝つことができないから周囲に頼っているだけなんだ」

「なるほど・・・

 むずかしいのね」

「理解はできているようだな」

「いいえ。

 ただ、あなたに友達ができないってのは理解できるわ。

 理屈じゃないって感情が世の中にあるの。

 恋とか・・・」

「そういった仲間意識とか?」

「くだらないって思っている?」

「俺のクチから、それを聞きたいのか?」

「理屈じゃ命は平等なものなのかもしれないし、命を奪ったものは命によって償うべきなのかもしれない。

 だから、あなたは理屈だけで判断して、自首をするべきだと言っているんだろうけど、その仮定が私に言わせれば間違っているんだよね」

「あんたこそ、自分が理屈っぽいってことに気がついているか?」

「優歩の命と颯太の命が同じ重さだなんて思っていないから、私は優歩を助けたいんだよ」

「助けるにしても手段と方法は選ぶべきだと思わないかい?」

「だから、それも通らないんだよ。

 私は優歩を守るためなら何だってするんだから。

 優歩は私が守ってやらないとダメなんだよ」

「ダメって、なにが?」

「死んじゃうかもしれないって言ってんだよ。

 だから、目の届くところで監視していないと」

「ガキじゃないんだろ。

 大丈夫だよ。

 自分で、どうにか解決できる。

 心の問題ならば尚更な」

「大人なんだね。

 でも、尊敬できる人間ではないと思うよ」

「自覚してるよ。

 俺は嫌われ者なんだから」

「そっか。

 じゃぁ、なんで解らないんだろう?」

「解らないって何が?」

「私が必死だって事がだよ」

 



○ちっとも笑う気になれないのは笑う気がないだけだ。

 愛情には無縁な彼は、ただただ孤独に生きていた。

 つらい、苦しい、痛い、さびしい。

 涙が枯れ果てるには充分なほど無惨な悪夢に嘖まされ、彼は心を閉ざしていた。

 それが安易な解決方法だと、彼は選択していたからだった。

「すこし事情を聞こうじゃないか?」

 心変わりをしているのだと、その言葉を話った瞬間に彼は軽い自暴自棄。

 それでも彼女の話を聞きたいと思っていた。

 佐々木遙の存在は、斐月要の心を動かしたのだった。

「事情って?」

「殺人の経緯だよ。

 動機もなく人を殺す人間もいるだろうが、君が、それほどに庇う女なら、意味もなく他人に危害を加える筈がない。

 だから教えて欲しいんだよ。

 彼女が、なぜ柊を殺したのか?

 その理由って言うものをね」

 と、聞いて遙は思い起こしていた。

 優歩のこと。

 そして彼女の山崎昇平に対する想いを。

 彼女にとって初めての恋。

 初めての男。

 精神的に未熟な幼い時期に、それを真実の恋だと信じていた彼女。

 それを錯覚だと否定できないのは、お互いに愛しあって満足していたカップルだったからだろう。

「実は私。 

 山崎さんとは会ったことがないんだよね。

 私が優歩と出会ったのはfantastic clubでだから、初対面でも私が二十歳の時、たしか優歩は二十三歳だったと思う」

「今のあんたと変わらなさそうだ」

「よくわかるね。

私、いま二十三歳。

それも推理なのかな?

 ピッタリ答えを言い当ててる」

「まさか。

 あてずっぽうに決まっている。

 じゃなけりゃ神通力としか言いようがない」

「でも、そういうの。

 あなたは近そう」

「話を戻そう。 

 つまり山崎が死んだのは三年以上前。

 そのとき優歩は柊と付きあっていたのか」

「んにゃ。

 私と出会ったとき、優歩は彼とは知り合ってもいなかったの。

 結衣が、彼女の知人とセッティングした合コンで私たちは知り合ったの」

「私たち?」

「私と結衣と優歩とかおり」

「かおり?」

「そっ。

 私たちはいつも一緒なの」

「まさしく共依存だな」

「って、ほんとにそれ、正しい意味で使っている?」

「でもないけどな。

 でっ、それが今、柊の部屋にいる連中だな」

「だよ。

 正直に話しているんだから、裏切るような真似はしないでね」

「あんたが俺に期待するのは勝手だが、それに答える義理はないとだけ言っておく。

しかし、興味があるのも事実なんだ。

 なんせ、俺の知っている事実とは食い違いがあるからな。

 どちらが勘違いしているのか。

 あるいは、どちらが嘘の情報を植えつけられているのか。

 興味がわく」

「じゃぁ、私が話しているのは、あなたの知的好奇心を満足させるためだけに喋っているとでも?」

「じゃないのか?」

「見返りを期待しているんだよ。

 私たちの力になって欲しいって」

「と言っても、今の君たちが納得のいかない対処方法しか言えない可能性だってあるんだぜ」

「それでもいいわ。

 あなたが客観的にってのじゃなく、私たちの側にたって、そう判断したっていうのならね」

「なるほど、上等だ。

 じゃぁ、話を続けようか」

「柊さんは結構かっこよかったの。

 知ってるでしょ?」

「まぁな。

 だが興味はない」

「でしょうね。

 でも柊さんは最初から優歩のことが好きだった。

 私が付けいる隙もないくらい優歩にアタックしていたから、優歩も簡単におちたのよ」

「男前は得だよな」

「もしかして、自分がモテないのは顔のせいだとか思ってる?」

「それもある」

「じゃぁ、考えを改めた方がいいかもよ。

 あんた、変な性格のせいでモテないんだからね」

「それは余計な忠告、ありがとよ。

 それよりも優歩が柊を殺した動機ってのを教えてくれないか」

「動機なんて決まっているじゃない。

 柊さんが山崎さんを殺したからだって」

「それを彼女が知ったのは?」

「さぁ、聞いてない。

 私は、さっき皆の話をきいて知ったんだけれど」

「二人が付きあいだしたのは、いつ頃からだ」

「さぁ。

 でも半年くらい前」

「そのときに山崎が殺害された事実を知り、彼女は柊に殺意を抱いたってことか」

「って、そうなの?」

「と考えることもできるってだけだ。

 しかし、それが殺害の動機だとすると、その仮定がすでに間違っている。

 いや、食い違っているというべきだろうな」

「どういうこと?

 よく解らないんだけど・・・」

「山崎は死んじゃいないんだよ。

 先週、会ったばかりだから間違いはない」

「じゃ、どういうこと?

 殺す必要がなかったってこと?」

「ちがうね。

 だれが優歩に山崎が殺されたと告げたのか。

 山崎が何故、殺されたことになっているのかが問題だな」

「本人に聞いてみたら?

 二人とも生きているんでしょ?

 優歩には私から。

 山崎さんにはカモメから」

「どうでもいいが俺の名前は、誰からカモメって聞いたんだ?」

「カモメ何って名前なの?

 それ聞いてなかったけどさ」

「斐月要が俺の名前だよ。

 カモメは名字でも何でもないが、まぁ好きに呼んでくれ」

「そっか。

 じゃぁ、カモメで。

 ねぇ、聞いてくれるんでしょ?」

「聞くまでもねぇよ。

 山崎は、ある探偵事務所の所員で三年前に交通事故にあってんだ。

 それで脊髄をやられて寝たきりになった。

 柊は山崎の友人で、山崎の世話をしていたんだ。

 もちろん事故とは無関係だが、ずっと柊は山崎に付き添っていた。

 おそらく柊が優歩に惚れたのは、山崎から彼女の話を聞いているうちに、あいつは自分でも彼女に惹かれていったからなのかもしれないな」

「それで偶然、合コンで知り合ってアタックしたっての?」

「それは偶然じゃないんじゃないか」

「って、どういう?」

「これも推理なんて言えない空想にすぎないが、柊が山崎を殺したと優歩に吹きこんだのは柊自身なんじゃないのかなぁ」

「私の疑問には答えてくれないんだね」

「二年間も好意をよせていたのに彼女には想いが届かない。

 それを彼の心が認めてしまったから手段を変えたとしか思えない」

「なるほど。

 あなたと話してると視点が変わってるってのに気づかされるわ」

「俺を案内してくれないか?

 おそらく俺が一人でいっても、あんたの仲間に殺されかねないからな」

「どういう意味よ。

 説明してちょうだいよ」

「説明なら、これからしてやるよ。

 ちょっとした暇つぶしにはなりそうだ」




○柊の部屋の前で呟いた。

「なんか切なくて泣きそうになっちゃうよ」

 とドアノブに手をかけたまま一時静止した佐々木遙の言葉をきいて、斐月要は訳が解らないという風に「さっさと部屋にいれてくれないか」と急かしていた。

「つめたい男だね。

 だからモテないんだよ」

 と遙は一人ごちながら扉を開けた。

「くさいな」

 と呟く斐月。

 換気扇はまわっていたが血なまぐさい遺体は、そのまま放置されていた状態だったからだ。

「あんたに言われたくはないよ。

 自分の部屋の臭い、おぼえてる?」

「・・・言い返す言葉も浮かばないよ。

 それよりも聞いておきたいことがある」

「んだよ?」

「いちばん左の女の子。

 彼女の名前をおしえてくれ」

「結衣だよ。

 かわいいでしょ?」

「紹介してもらえるか」

「ヤだよ」 

「俺の夢は顔もスタイルもいい美女の胸に顔をうずめて毎日、寝起きすることだ」

「そんな夢は捨ててしまえ」

「だから彼女を紹介してくれ」

「そんな不純な夢のために友達を犠牲にできるわけないじゃない。

 私たちの関係は血の絆よりも固いんだからさ」

「そう思ってんのは、おまえだけだよ。

 みんなが自分と同じだと思うから人は過ちを繰り返すのさ」

「なに悟ったようなこと言ってんだよ」

 ふたりでコソコソ話していたら、扇野かおりが責めるように、「なんで、そいつを連れてくるんだよ」と遙につめよろうとしたが、気にもとめない斐月は無視して、「それよりも聞いておきたいことがある」と、それを遮っていた。

 佐々木遙は、また斐月がくだらないことを言うのじゃないかと焦ってはいたのだが、それは心の内に閉ざして知らない風体で聞くことにした。

「現場の保存はできているんだろうな」

 と斐月が言う。

 かおりが「不本意ながら、まだ何も動かしていないわよ」

 と言うと、遙は補足して、「優歩もシャワーさえ浴びていない」と、それに促されるまま、斐月は血に塗れた女性に目をやった。

「凶器は、その包丁だね」

 それは無造作に転がっていた。

「ええ」

 と優歩は肯定する。

「君のもの?」

「いいえ」

「君が、この部屋まで持ってきたもの?」

「いいえ。

 たぶん、此処にあったもの。

 気がついていたら、それを握っていた」

「それで柊の体を穴だらけにしたんだね」

「そのときのことは、あんまり頭に残っていなくて。

 ほとんど覚えていないんです」

「文字通り前後不覚になったってことですね」

「はい、すみません」

「いや、謝ることはないよ。

 それよりも、服は君の?」

 サイズが合っていないための違和感を感じた斐月の疑問に遙は、

「私のを貸してあげたんだよ。

 血で汚れた服なんて着せたくないしね」

「なるほど。

 それは残念だ」

「何を言ってんの?」

「服を着ているってことがだよ」

「変態。

 いい加減に状況をわきまえたら」

「おまえこそ何言ってんだよ。

 現場の保存ができてないって俺は言っているだけなんだよ。

 それに着替えるならシャワー浴びとけよ」

 と斐月。

 城戸優歩を観察する。

 手の甲には血がついていない。

 飛沫は顔にまで飛び跳ねている状態でだ。

「その手の甲にクッキリとついている手跡の凝固した#痕__あと__#も落とさなかったのは賢明だったな。

 写真が撮れたら残しておくと言い。

 それから警察を呼ぶことにしよう。

 もちろん、嘘の供述をする必要はない。

 みんなで事実だけを正確に伝えることにしよう」

「なんでよ。

 あんた、優歩のことを売れって私らに言ってんの?」

「たぶん、そうはならないと思うぜ。

 とにかく、おなじ説明を何度もするのは面倒くさい。

 だから、警察を呼んでからにしよう。

 まぁ、俺にも何人か知り合いがいる。

 とりあえず信用のできる人間を呼んでやるから、余計な真似はせずに正直に話すんだぜ。

 そうすればきっとみんな幸せになれる。

 そう思うぜ、俺はね」




○捜査一課の#明日__あけび__#警部補は、斐月要とは数年来の知己だった。

 彼は二人の部下を連れてきていた。

「殺されたものだと思っていたぜ」

 それが明日が斐月要にむけた第一声。

「俺が人を殺したとか噂している連中もいるらしいですよ」

「電話で聞いたよ」

「事件が起きているとかですか」

「殺人事件だと聞いているよ」

「誰が、そんなことを言いました。

 人が死んでいるって連絡しただけですよ」

「オマエが殺したのか」

「いいえ。

 でも、自分が殺したと信じている人がいます。

 その抑圧から救ってあげたいとも思っています」

「犯人は別にいると?」

「厳密に言うと違っているかもしれませんけど、その通りです」

「もう事件は解決した。

 とでも言いたげだな」

「もう事件は解決していますよ。

 勿論、事件なんて大層なものじゃないですよ。

 なんせ、これはただの自殺ですからね」

 と斐月は言う。

「どういうことだ?」

「ちょっと場所を移してもいいですか?

 説明は一回だけします。

 そのために皆の目の前でしたいんです」

「異論はないぞ。

 勝手にしてくれ。

 俺も座って、ゆっくりと話を聞きたいからな」

 という明日に、斐月はムリヤリ愛想笑いを浮かべながら、

「その希望にはそえるものと思いますよ」

 と、彼を二階にある柊の部屋に案内した。

 異臭ただようその部屋には女たちが斐月を無言で待っていたが、斐月は彼女らに明日を紹介することもなく、

「とりあえず、ほぼ現場は保存されています。

 軽く見て写真を撮ってもらえますか?

 したら皆でキッチンに行きましょう。

 少し紅茶でも飲みませんか?」

「あいかわらずマイペースだな。

 わざわざ上がってきたのは、この部屋を見せるためか」

「それと登場人物を一望できるでしょ。

 わかりやすいと思ったもので」

「嘘をつけよ。

 俺を試しているんだろ。

 その他人をコケにした態度だから皆にオマエは嫌われるんだ」

「自覚してますよ。

 べつに気にもしていませんけどね」

「オマエが自殺を主張しているのは、あの女の手の甲を見てか」

「察しが早いので助かります。

 ちなみに包丁は、この部屋にあったものだそうです。

 血塗れの女性、城戸優歩さんは全裸で、行為の最中に包丁をみつけて手にとってから、その後のことは覚えていないそうです。

 しかし死んだ男、柊颯太の手跡が残っていることを見ていただければ明らかですが、柊は彼女が包丁をみつけ、まぁ、行為の最中、ベッドの上にあれば危険ですから取り除こうと手に取ります。その瞬間、彼女の手を取ったまま、自分の腹部に突き刺したものと思います。

 それも数回、それは彼自身の手で行われています。

 それは彼自身が絶命するまで続きました。

 だから手跡がついたままになっているんです。

 手痕の位置で立証できませんか」

「なるほど。

 根拠のないものではないな。

 しかし、なんでわざわざ、こんな自殺を?

 彼女を巻きこむ必要はないだろう」

「いいえ。

 彼の死の動機は彼女にありますよ。

 彼は彼女を愛していながら、彼女からの愛を得られぬことに、もどかしさを感じていた。

 不満を抱いて、それで命を捨ててまで彼女の心の中に残ろうとした。

 死んだと告げた男にも勝てないなら、自分も死んで、彼女の心の中で一番になろうとしたんですよ。

 それも彼女の手を使ってね」

「なるほど。

 その方針で裏をとることにする。

 つまり、ここにいる連中に罪はないと言っているんだな」

「察しがよくて助かります」

「斐月。

 貸しだからな」

「恩に着ますよ。

 俺だって、わざわざ明日さんにお願いしているのは・・・」

「他に疑問の余地がないわけでもないってことだろ」

「それ以上は、クチにしないでくださいね」

「わかっている。

 この件は自殺で落着だ。

 みんなにも事情聴取することもあるだろうが、とりあえず後は任せてくれ」




○ずっと佐々木遙には疑問だった。

 斐月要とは、いったい何者なのだろうかと。

 だから、その正体を掴んでやろうと思ったのだ。

「ねぇ、私のこと家まで送ってくんないかなぁ」

 と、そういった。

「ヤだよ。

 俺は眠いんだ」

 と、断る斐月に「それはない」と、ムリヤリ腕を引っぱった彼女の帰り道。

「ありがとう。

 私たちを助けてくれて」

 と、遙は初めて礼を言った。

「だけど、なんか納得をしていない顔をしているんだね」

「まぁな。

 たしかに真実とは程遠いかもしれないが、あんな解決をしたのは、あんたが居たからなんだろうな」

「って、どこか真実とは違うってこと?

 だから何かモノの引っかかったようなこと話してたんだ、あの刑事さんと。

 それって何よ?」

「きかない方が身のためだぜ。

 君の心を傷つけることになる。

 真実とは、いつも残酷なものなんだ」

「それでも知りたいんだよ。

 いったいどういうこと?」

「単なる仮説だよ。

 君の友達、結衣とかおり。

 あの二人から、あるいは、そのどちらかから優歩が山崎のことを聞いたとしたら、とか考えてみると別の可能性だってあるんだよ。

 それに君が思っているほど彼女たちが君のことを思っているかにも疑問がある。

 君が俺の部屋にきて話している間、彼女たちは、もしかしたら俺と一緒に君も殺す算段をつけていたのかもしれない」

「んなわけ・・・」

「ないとは言えない。

 君のことが心配だったら、彼女らも俺の部屋で何を話していたのか、気になって様子を見にきてもよかったんじゃないのか。

 しかし、俺は目の前にいる人間に集中してた。

 あまりに君が事情を知らなさすぎるから、君たちの仲間意識にも疑問を抱いたんだよ。

 しかし厄介事は苦手だから俺は、ムリヤリ一つの結果だけを押しつけて処理してもらうことに決めたんだ」

「なるほどね。

 理に適っているのかも。

 わからないけど」

「ちなみに、一つだけ聞いておくけど、君は本当に彼女たちを信じているのかい?」

「もちろん。

 信じているよ。

 だけど不満も感じているんだ」

「それは・・・

 たとえばどんな?」

「教えてあげない。

 あんたさ、少し喋りすぎなんだよ。

 だからさ、言わなくていいことまでクチにしてしまう」

「自覚してるよ。

 だから損をしてるんだ」

「そうかな。

 それだけが原因とは思えない。

 あなた、他人の気持ちに敏感なのよ。

 だから対人恐怖症みたいになってる。

 本当は孤独なんじゃない。

 やっぱり、ただ淋しいだけなのよ」

「そいつも自覚しているよ。

 だから損をしてるんだ」

「なるほど。

 でも、あなたの言ったとおりになったと思うよ」

「俺がなんって?」

「みんな幸せになれるって。

 心の裏なんて解らなくてもいいよ。

 私は幸せだと思ってるから」

「そうかい。

 それを聞いて安心したよ。

 でなけりゃ最後まで追求しなかった意味がない」

「だけどさ、一つだけ解らないことがあるんだよ。

 あんたって、結局いったい何者なのよ」

「俺か?

 ただの山崎の同僚だよ。

 柊には、少し部屋を借りていただけかな」

「そっか。

 探偵さんだったのかな。

 でも何かイメージにないけどな」

「探偵じゃない。

ダメ人間の見本みたいな男だけどな。

 だから皆に嫌われている」

「そっ。

 でも皆ってことはないかもしんない。

 私は、けっこう嫌いじゃないよ。

 だから今、一緒にいるんじゃない」

「それもホンの一瞬の気の迷いかもしれないな。

 アンカリング効果に束縛されやすい君のことだ。

 俺には解釈のしようもできないよ」

「あんか・・・

 なに?」

「行動経済学の言葉だ。

 いったん考えや思考が固定してしまうと、それを裏付ける情報だけを集めるようになって、聞きたくない反証や異論を軽視してしまう効果のことだ」

「私って、そうみられているんだね」

「少なくとも俺にはな」

「なるほど。

 でも、まぁいいよ。

 あんたはあんたで生きていて、私は私で生きている。

 幸せなんて人それぞれだけど、私は現状に満足しているもん。

 だから、明日も今日のように生きていられる。

 これが一番の私の幸せだよ。

 だから、ありがとうって言いたいの。

 言葉だけじゃ伝えきれないかもだけど、私は、あなたに感謝しているんだよ」

 と彼女の笑顔。

 斐月は照れ臭くて顔を見あわせることはできなかったが、それでも無理に不器用な笑顔を浮かべて、

「そう言ってもらえるなら光栄だよ。

 俺も、あんたに出会えたから少し幸せな気分なんだ」

 と感謝の言葉を伝えたのだった。




○城戸優歩は三年前に山崎昇平の赤ん坊を身籠もった。

 それは彼女にとって幸せな記憶。

 神様が与えてくれた希望と、天からの恵みを感じとれる満ち足りた日々の想い出の記憶。

「愛しているの。

 それ以上に意味もない。

 理屈じゃないほどに狂おしいほど」

 いくつも、いくつも言葉を重ねたけれど、その想いが届かなかった。

 彼が自然と彼女との距離を取り始めたのは、彼女が子供を産むことができなくなっていたからだった。

「好きで、おろしたわけじゃない。

 そんなの、あなたも解っている筈じゃない」

 そのとき既に、山崎にたいして彼女の言葉は何の効果もなくなっていた。

「もともと君のことが好きだったわけじゃない。

 ただただ遊びで付きあって、たまたま子供ができちまったから仕方が無く相手してやっていただけなんだ」

 と冷たい科白。

 そんな日々が数週間。

 彼女は山崎昇平のことをストーカーのように一方的に追いまわしていただけだった。

「彼が事故にあったのは、そんなある日のことなのよ」

 と、城戸優歩は話をはじめる。

 佐々木遙は黙って話を聞いている。

 ライト&シャドウという数年前に殺人事件が起きたという噂のあるショットバーでのことだった。

 佐々木遙が城戸優歩を呼びだしたのだが、遙も此処に来たのは初めてだった。

 彼女も、べつの人物に呼びだされていたからだった。

 その人物は・・・

「よぉ。

 三日ぶりだな」

 と、無断で遙の隣りに座る。

「ねぇ、許可なく私の傍に近寄らないでくれる?

 なんか馴れ馴れしすぎるじゃない」

 と照れ臭そうに責める遙。

 彼女を見て、城戸優歩は「男のために、あたしを裏切ったんだ」と思ったけれど言わなかった。

「まぁ、いいじゃないか」

「いくない!!」

「かもしれないが、おまえに構っていると相変わらず話が進まなくなるんでな」

 と男は話を進めていった。

「これが今朝、届いたんだよ。

 消印は五日前、とりあえず見てくれれば解る筈だ」

 と懐から取りだした茶封筒。

 宛名は山崎昇平からのものだった。

 彼は、その中から手紙を取りだして、見せる。

 内容は一言。

「俺は彼女に殺されるが、おまえは彼女を救ってくれ」

 というものだった。

 それを遙が読みあげていた。

「彼女ってのは優歩のこと?」

 と続けて聞くが、男は無視。

「山崎が亡くなったのは、これを出した夜のことだった。

 そして、柊颯太が亡くなったのは三日前」

「知ってるよ。

 あの夜、居たから」

「気にならないわけがない。

 山崎の死の真相も、柊の死の真相も」

「あたしは子供の頃から感受性の強い娘だったの。

 喜怒哀楽が自分でも抑えきれないくらいで、いつも損をしてしまうのよ」

 と彼女。

 その後悔は延々と続く。

 彼女が悔やんでいるのは、柊の死に関するものではない。

 山崎の死に関するものでもない。

 彼女は、彼女自身の生い立ちから存在のすべてに納得のいかないものを感じながら今日まで生きてきたのだった。

 それも、ずっと悩んでのことだ。

 彼女の長い後悔の告白。

 それを佐々木遙は、真正面にうけとって聞いてはいなかった。

 他の事由に気を逸らされていたからだ。

 だから内容を覚えていない。

 城戸優歩の言葉は何も。

 だけど、彼女の後悔は終わる。

「あたしにとって、その時にある感情がすべて。

 その前後も現状も関係なくて、あたしは衝動で行動してしまう女なの。

 だってほら言うじゃない?

 愛は理屈じゃないって・・・」

 その最後の言葉だけは佐々木遙の胸をうつものだったのだ。

 だから彼女も。

「わかるよ。

 だから私も此処にいるんだと思う」

「その刑事さんと?」

 と、城戸優歩はうつむいていたが、軽い上目遣いで男を見た。

「たしか明日とかって名前だったかしら?」

 そして聞いた。

 遙は一時黙って、それでも笑顔で「不似合いかしらね」と聞いてみる。

「いいえ、そんなことないの。

 だと思っても、それは勝手な偏見だから」

 と、彼女は小さな声で答えていた。

「べつに、不似合いだって構わないよ。

 この人には呼びだされただけ・・・

 んにゃ、私が呼んだのよ。

 どうしても会いたい人がいたからだよ。

 だけど、そいつとは連絡がとれなかったって」

「それってカモメさんのこと?」

「さぁ、どうだろう。

 でも、取り引きをしちゃったから。

 私が優歩を呼びだすから、この人があれを呼びだしてくれるって」

「それが取り引き?」

「そっ。

 でも、この人とは知らない仲でもないんだよ。

 私、明日さんの娘さんと同級生で親友だったから」

「たしか紗椰香さん?」

「なぁんだ、覚えてんじゃない。

 だって子供の頃から知ってんだもん。

 だから頼っちゃったんだよ」

「惚れたのね。

 あなたが・・・

 他に拠り所がないと生きていられない。

 あなたらしい決断だわ」

「んなことないよ。

 好意はあるかもだけど愛情は断じて否定するよ。

 だけど、なんか気になっちゃってさぁ」

「そう。

 あいかわらず幸せを取り逃がすタイプだわ」

「かもね。

 ・・・いいよ。

 それでも私は自分に正直に生きるからさ」

「カモメさんとは逆を行くのね。

 つまり本当のことを知りたい。

 あなたの言葉からは、そう言う意味にしか聞こえない」

「と思うなら話は早いわ。

 聞かせて欲しいの。

 べつに、あなたをどうこうしようってつもりもないし、私には権限だってない。

 だけど教えて欲しいのよ。

 あなたのクチから真実がどうだったのか」

「そっ。

 かまわないわ。

 べつに、すべてを教えてあげても・・・」

 と城戸優歩。

 彼女は何も怖れてはいない。

 悠然と、遙の願いにつきあっていった。

「あたしが#唆__そそのか__#したのよ」

 颯太に昇平を殺してと。

 あたしのことを思うならと愛を試すようなことを言った優歩。

 そのときは酔った勢いでの無駄口だったが、颯太は昇平に毒薬をもったと、優歩に事実を伝えたとき、心の底から燃えさかる憎悪を抑えることができなくなったのだった。

 彼女は殺意をもって彼に会い、包丁を隠しもって布団の下に隠したのだ。

 包丁を振りおとす際、颯太は抵抗をしたのだが、その発見が数コンマ遅れたがために、彼は腹部を刺されたのだ。

 それでも彼は抵抗をやめなかったから。

 自分は死なないと思い、必死で抵抗をやめなかったから、彼女の手には彼の手跡が残ったのだ。

 その位置が上になったのは気づくのが遅れてズレただけの話だった。

「カモメさんは可能性に気づいていた。

 だから掘り下げさせまいと、余計な詮索はするなと言った」

「だろうね。 

 あいつは似たようなことを言っていたよ。

 だけど、私たちを助けてくれた。

 私はバカだけど、それくらいのことは理解できるよ。

 だから不安になったんだよ。

 本当に、このままでいいのかなってさ」

 と遙は正視して優歩の顔を覗きこむ。

 そして優歩。

 彼女は、しばらく押し黙っていたが、ひとりで席を立ち上がると、「んなわけないよ」と、そう呟いた。

「このままでいいわけなんかない」

 それは彼女も思っていたのだ。

 だからこそ彼女も悩んでいたのだ。

 佐々木遙に言われるまでもなく既に自分で。

 それは明日にも斐月にも容易に想像のできたことだった。

 だからこそ、そっとしておきたかったのに・・・


 城戸優歩が店から出ていったあと、明日も「じゃぁ、またな」と軽い挨拶をして出ていった。

 そのあと漸く佐々木遙が席を立つが、そのとき誰かに後ろ手を引かれるような気がして振り返ると、そこには誰もいなかったが、彼女には声が聞こえたような気がした。

「なんで、そっとしてやらなかったんだ」

 と、それを佐々木遙は斐月要の声だと錯覚したが、彼女が後悔するのは、そんなに先のことではない。

 

 その日の夜、城戸優歩は自ら命を絶ったのだ。

 それが取り返しのつかない事だとは解っていたが彼女は決意を緩めることをしなかった。

 生きることに疲れ果てて・・・ 

 彼女は自らの手で罪を償うことにしたのだった。

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