第43話 帰還者

 いつの間にやら終焉の獣たちは消えていたが、ビルが負ったダメージまで消える訳じゃない。

 俺は、かすみに直接触れないように、カーテンでぐるぐる巻きにした彼女を脇に抱え、崩壊を続けるビルから駆け降りる。


 奴はこの水晶の中にいる限り、かすみは無事だと言った。

 時が止まった彼女は変化することなく、この中で止まり続ける。


「だが、その期限は一時間」


 一時間したら、この封印は解け、かすみは俺たちと同じ時間を歩むことになる。

 そして、その後は……。


 疲労のあまりもつれそうになる足を叱咤しながら、飛び降りるようにビルを下る。


 だが……どうする?


 ビルから脱出した後だ、解放戦線に戻って、かすみの延命措置を頼む?

 いや、流石にそこまでの大事は司令官の許可なくしては出来ないだろう。綾辻あやつじさんに頼んでこっそり、と言う訳にはいかない。

 それに、奴の物言いだと、協議会の充実した設備じゃないとそれも不可能だと言っていた。

 解放戦線の野戦病院じみた設備だと、そもそも不可能な事かもしれない。


 どうする? どうする?


 迷いながら下って行くと、腕の中でカシャリと何かが砕ける音がした。


「!?」


 その音に、驚き、壁にぶつかるように急停止する。


「うっ……うぅ……」


 腕の中から聞こえるのはか細いうめき声だった。

 急ぐあまり、かすみに直接触れてしまい、スキル無効化スキルが発動してしまった? それとも、ヴィクターの見立てが甘かった?

 どちらにしても、かすみを守っていた封印が解けてしまったことは間違いなかった。


かすみ? かすみ?」


 俺は恐る恐る少女に話しかける。

 カーテンにくるまれた彼女は、病的なほどに透き通る肌をしていた。それはまるで雪の結晶のような儚さだった。


隆一りゅういち……さん」


 かすみは消え去りそうな声で、そう呟いた。


「あなたの……家に……」

「バカな! そんなところに行って何になる! 速く綾辻あやつじさんに診せないと!」


 こうなれば、恥も外聞も知った事か。

 彼女をもっともよく知る医師に診せるのが先決だ。

 だが、彼女は弱々しく首を振ると、聖母のような微笑みを浮かべた。


「あなたの……家に……」


 彼女はそう繰り返した。

 そう、繰り返した。


「くッ!」


 俺は歯が折れんばかりに食いしばると、彼女をしっかりと胸前に抱き直した。


 ★


 久しぶりの帰宅。

 家は予想通りに荒れ果てていた。

 至る所草だらけ、一年以上もほったらかしにした家なんてこんな所だろう。

 俺は居間のソファーにかすみをゆっくりと横たわらせた。


「ここが……あなたの……」

「ああ、そうだよ」


 彼女はそう言うと、満足げに目を閉じる。


「たくさんの思い出……たくさんの繋がり……」


 彼女はポツリポツリとうわ言のようにそう呟い微笑みを浮かべた。

 そうか、かすみは世界と繋がる力を持ったテレパスだ。

 俺の目には見えない様々なものを、埃だらけの家から読み取っているのだ。


「おいおい、変なものを見ないでくれよ、かすみ


 そう考えると、とたんに恥ずかしくなる。

 人様に進んで見せる様なものじゃ無い、あれやこれやもして来た場所だ。

 だが、彼女はそんな事お構いなしに、幸せな夢を見るように目を閉じ続ける。


「家は……初めて……」


 彼女はそう呟く。

 そう言えばそうだ。彼女の始まりは宗教団体の座敷牢、次が解放戦線の地下基地だ。一般的な民家と言えるものはここが初めての場所だろう。


「そんな良い場所でもないけどな」


 俺はそう言い、彼女の髪を優しく撫でる。

 新雪のようなサラサラとした白髪はくはつが俺の指の隙間を滑って行く。


「大事な……場所……」

「ああ……そうだな……」


 失って初めて分かる温かみだ。

 滅多に笑みを浮かべない父さんに、運動会の成績で褒められたことがあった。

 何時も微笑んでばかりの母さんに怒られた事があった。

 妹は何時も俺にじゃれついて来た。

 大切な、大切な思い出の詰まった場所だ。


「父さん、母さん、かえで……。

 かすみだよ、俺の大事な人だ」


 俺は、今は居ない彼らにかすみの事を紹介する。

 想いは消えない、何時までも繋がっている。かすみは何時かそう言っていた。

 だったら、この言葉も、何処かに繋がっていると信じて。


「ありが……とう…………………」


 俺は、声にならない叫びをあげ、雪の少女を抱きしめた。

 その冷たい温もりを、何時までも何時までも、胸に残しておくように。


 ★


「ねぇアンタ、何時まで腕作らない気なの?」

「あーうん、気が向いたらなー」


 別に隻腕、隻眼でも大した不便は感じてない。

 せいぜい、蝶々結びが出来ない程度だ。


『出動命令、出動命令。出現場所はA-23地区、Sタイプ6体』


「まったく、私の足を引っ張るんじゃないわよ」

「へいへい、分かってますよ先輩」


 先を行く明日香あすかを追って、俺は槍を片手に通路を走る。

 あれから一年、ポツポツと忘れ形見のように獣は出現を繰り返している。

 とは言え、その頻度や頭数は激減した。今では月に1・2回と言った所か。


 まぁ、それでも一般人にとって脅威なのは変わりない。

 俺たち帰還者は、その出現に目を光らせつつも、異世界より持ち帰った技術やスキルで様々な商売を行っているという訳だ。

 あの日超大型の獣が好き放題に暴れ回ったおかげで、世界人口はまた更に激減した、おかげで何処に行っても人手不足、やるべきことは山盛りだ。


 変わったと言えばもう一つ。帰還者たちの悩みの種だったステータスやスキルの減少だが、協議会が効率的な供給方法を開発し、さらにそれをオープンにしたことで、その問題は一気に解消された。

 これもヴィクターが言っていた、人類の革新のひとつかどうかは知らないが。助かる人が少しでも増えるなら良い事だろう。

 それどころか、異世界帰りでない一般人がそれを飲んでも特異的なスキルを発言することがあるとのことだ。


 識者の中には、『異世界と現実世界の隔たりは無くなり、東京の空に竜が舞う日も近い』と言っている人も居るとか居ないとか。

 それが良い事なのか、悪い事なのかは分からないが、世界は繋がっているという事なのだろう。


 この世界にかすみはもう居ない。

 だけど、胸の奥に彼女の温もりは何時までも残っている。

 テレパスでない俺は、直接的に姿を見る事は出来ないけれど。

 彼女と紡いだ絆は何時までもこの胸の中に。


「よっしゃッ! いっちょやったりますか!」

「遅いわよ! 隆一りゅういち!」


 人々が繋がる事を忘れなければ、帰れる場所は何処にだって存在する。

 そして、その場所を守る為、俺たちは今日も戦い続ける。



 リターナーズ/異世界よりの帰還者たち  完結

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リターナーズ/異世界よりの帰還者たち まさひろ @masahiro2017

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