入山

深川夏眠

入山(にゅうざん)


 紅葉の季節、手軽なハイキングコースに集い、深呼吸したり写真を撮ったりする観光客。ふと、人気ひとけのない方へ視線を向けると、見上げれば目も眩むような長い階段が、鬱蒼とした樹木の濃い影に染まっていた。より険しい登山道らしい。登り口に献金箱。山の神に安全を祈願するために幾許いくばくか投じるのだろう……などと考えていると、一人の中年男性が、およそ登山者とは思えない軽装でひょっこり現れた。小太りで坊主頭、作務衣のような服。この時季には下界でも薄着すぎる。しかも、手ぶらで裸足。

 まさかと息を呑んで見つめていたら、彼はふところから小銭を出して賽銭箱に入れ、無心としか言いようのない平板な表情で、肌に沁みる冷たさに違いない石段を、もっちりした、ふくよかな剥き出しのあしうらで踏み締め、高みを目指して一歩一歩、進んでいった。



                  【了】




◆ 初出:パブー(2017年11月)退会済。


*縦書き版は

 Romancer『掌編 -Short Short Stories-』にて無料でお読みいただけます。

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=116877&post_type=rmcposts

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入山 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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