第5話 バイト

「おい瀬戸」

バイト中に店長に手招きされた。

「はい」

エアコンのきいた事務所に入ると店長がシフト表を眺めていた。

「お前、学校は始まったんだろ?」

「はい」

ちらっと店長が僕の顔を見た。

「?」

「キョトンとしてんじゃないよ。30日間オール出勤希望って、お前なぁ」


心配してくれてるんだ。店長。


「大丈夫です。疲れ知らずなんで」


僕は今日一番の笑顔で答えた。


「瀬戸、あのな。お前の体も心配だけどな、こんな働き方されたら俺が怒られるだろ?」

「うちの親、文句とか言いに来ませんよ」

「あ?」

「え?」

「瀬戸、そうだな。まあ、好きなモノ飲め」

店長が事務所のに置いてあるお客さん用の自販機を指さした。


ああ、なんとなく・・・説教される予感だ。


でも普段はお客さんに振舞う為の無料自販機にバイトは触れられないんだ。

飲んでいいと言われたら、気になっていたマンゴーカルピスソーダを選ばずにはいられない。


「いただきます」

「おう」


微炭酸にフルーティーなマンゴーの甘さが最高だ。


「あの、毎日、シフトに入ったらダメですか?」

「夏休み限定のバイトなら、まあ、いいかと思ったんだが、長くバイトを続けたいなら、ちゃんと休まないとダメだ。」

「どのくらい休まないとダメですか?」

「週休二日だな」

「ええ!」

「ええ、じゃない。俺が𠮟られるんだよ」

「誰にですか?」

「労基だよ、労基」

「ロオキ」

「労働基準監督署。知ってるか?」

「初耳っす」

「耳っす。じゃないよ。土日はフルで入っていいから平日は月、木、金、18時から閉店までの4時間」


・・・そんな。ずっと働いていたいのに。


「聞いてるか? 大人は、働き方が決まってんだよ。それにバイトしたいのはお前だけじゃないんだ。ワーキングシェアだ。いいな。」


「はい」


火曜日と水曜日の放課後・・・どうやって過ごせばいいんだろう。

とほほだ。

マンゴーソーダカルピスを片手に仕事へ戻った。


「あ~瀬戸さん、いけませんね~」

昨日はぷいと帰ってしまった芦田ちゃんが笑っている。

「これは店長が好きなの飲めって言ってくれたんだ。」

「え!!お父さんが言ったの?」


そうだった。芦田ちゃんは店長の娘だ。

僕らは店長と呼んでいるけれど、社長でもあるのだ。


「なに?何をやらかしたの?」

「別に何もやらかしてないよ。」

「だって、お父さんがジュース飲んでいいって言う時は説教するときでしょ?」

「へえ~、いつもそうなの?」

「そうよ。なんか言いたい事言うときは、まあ飲めって言うのよ。何をやらかしたの?」

「いや、シフト入りすぎだから、ちゃんと休む様に言われただけだよ」


「ああ、良かった。クビかたと思ったじゃん」


芦田ちゃんは本当に安心した顔をした。

僕は本当にクビだと言われてたらと想像したらブルッとなった。


「クビとか、嫌な言葉だな。」


「ぷっ、いま、ブルッってなった?」


笑いすぎだ。芦田恵梨香。


「ぷぷ、ブルッって、漫画みたいに」


は、恥ずかしだろ。


「うふふ、あはははー」


「お、お前、笑いすぎ!」

何だか耳まで赤くなってる気がする。


「いやだー。怒らないでよ。あははは」


「あ、芦田ちゃん。」

「あははは。」


何がそんなに、おかしいのか分からないがツボに入ったらしい。


「いいよ。 今日から恵梨香って呼んでいいよ。」

「は? 何? なんで、そーなんの?」

「あたし、今日からブル瀬戸って呼ぶから。あはは」


「はあ? お前、いいかげんに!?」


恵梨香は僕の手からマンゴーソーダカルピスを取り上げて飲んだ。


「あ」


僕が飲んだ紙コップを・・・恵里香が空っぽにして言った。


「恵梨香ちゃん、って呼んでね」


ただ紙コップを一緒に使っただけだ。

あんなにアイドルみたいな名前を知られたくないからと言っていた恵里香が、名前で呼んでいいと言う。

ただ紙コップを一緒に使っただけなのに

僕は何をドギトキしているんだろう。


そうだ、恵里香は長いまつ毛が可愛くて・・唇は・・いつもツヤツヤでぷるんとしているんだ。恵里香には大き目のツナギ姿も、ずっと前から可愛かったんだ。


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