12:切り札はあなたと私の『合意』の上で

 ミス・アイテールの足は、引きずるように重い。

 対峙したエースの電撃が、筋肉を傷め緩めようとするがために。

 こちらの目論見を、何もかも崩し壊した魔法少女は、

「ああ……! たまらなく素敵な顔をしていたわ……!」

 秘密結社幹部の琴線を、かき回すに足りていた。

 自傷を顧みず、目的のために直線で、『そう』することが矜持であるかのごとく、毒皿すら噛み砕かんばかりの笑みを浮かべて。

 ただ一点を焼き切る青白い炎のごとき激情に、心地良い酩酊すら覚えるほどだ。

 技術職として持ち合わせる『事象に対する限界値』への目算を、彼女らはいとも容易く蹴散らしてご破算にしてくるのだ。

 人が、安全装置を踏み越える様が、本当に愛おしい。

 だから、

「また、次の機会よ……ジェントル・ササキ、ともどもね……」

 この身さえ。

 直接に、道下宮坂商事に繋がる己さえ囚われなければ、我が組織は第二第三の矢をつがえられるのだから

 開口部より、傷に伏せる彼女を隻腕の彼が抱きとめるのが見える。

 ミス・アイテールは脱出艇を準備しつつ、再開を祈るように、投光器に照らされる二人へ笑みを送るのだった。


      ※


 湊・桐華は、県内屈指の大企業『ミナト工業』社長の一人娘として生まれた。

 何一つ不自由のない幼少期を越して、けれど知ってしまったのだ。

 不自由はないけれども、同時に、この手にも何一つ握られていないではないか、と。

 あらゆる全てが己の背景に描かれた彩色に過ぎず、この手には何一つとして色を持っていないではないか、と。

 故、身一つで明白な実績を積み重ねられる『魔法少女』に憧れた。

 幸運なことに才に恵まれ、全国の中でも指折りへ至っている。

 役割を担うことを、嬉しく思う。

 この手で守れるものがあることを、尊く思うのだ。

「だから、ジェントル・ササキ……私は……あなたが素晴らしいと思うの……」

 目貫穴から覗く真摯な眼差しに、微笑みを見せる。

 この人はデビューからずっと、街を守るためと謳い、死すら厭わず戦い続けた。

 まさに、自分が『至りたい』と望んだ、煌びやかさはないけれども理想の壇上で躍り続けているのだ。

 興味が、憧れに変わるに、さほどの時間はかからなかった。

 であるからこそ。

「ミス・アイテールを見逃す……これは許されないわ……」

 彼の『臨むところ』と、自分が『期するところ』を違えるわけにはいかないのだ。


      ※


 こちらの勝ち手は、背後組織と直接繋がりを持つ、ミス・アイテールの確保以外にありえない。

 逃せば、破壊された『故郷』の復旧責任を、市が担うことになる。

 加えて、被害を食い止められなかった『組合』が疵を被るに十分だ。

 だから、逃走を図りつつある彼女を食い止め、引きずり出す必要がある。

「……なにか、手はあるのかしら……?」

 問いに込めるのは『期待』で。

「一つだけ。少し乱暴だけれども」

 返るのは『期待の通り』だ。

 安心に口元を緩めて、

「奇遇……ね。私も一つ……乱暴な手があるの……」

 やはり、私とあなたは『相性』がいい、と笑ってしまって。


      ※


「映像途絶! くそ、さっきの雷撃でドローンが限界だったようです!」

 焦れるような時間を待つ間に、最前線を映す目が閉ざされてしまった。

 すぐに直近から別機を飛ばすというが、その間、指令室は盲目を強いられる。

 厳しい顔で顎をしごく龍号の耳に、

「ササキさん! 大丈夫ですか、ササキさん!」

「ダーリン! サイネリア・ファニーが意地悪するの! 私は『小指』でいいって言ってるのに!」

『ああ、二人とも無事みたいだね……ありがとう』

 無線通信の健在が伝えられた。

「ササキくん。早く戻って、治療を受けるんだ。君が届けてくれた腕は処置したが、そちらを放っておいては……」

『もう一息なんです。いましばらく、時間をください』

 身を案じる言葉も、いつもの通り一蹴される。

 けれども、意味もなく人の善意を拒否したり、不必要に他者の心配を無下にしたりする人間ではない。

 何かしら、意図があることは明らかであり、

『今すぐミス・アイテールを確保します。医療班を動かしやすくなるでしょう』

「確保? すでに船内に引き上げただろう」

 組合首脳陣として『痛み分け』が決着であると、すでに足のつくところを定めていたのだ。

 ミス・アイテールの確保は能わず。

 されど、撃退能力の保持を示威として。

 苦く、実害があれど、落とし処を定めていたのだ。

 しかし、

『グローリー・トパーズの容態が思わしくない! 申し訳ないですが、説明の時間が惜しい!』

 逆転の手札があると、魔法使いは叫ぶ。

 それ以上は言葉を重ねることのなくなった通信機を、少女ら二人が不安げに手へ乗せるばかり。

 不安は、誰も同じだ。

 休日に急に呼び出された職員たちも。

 龍号自身さえも。

「だが、信じる他に打てる手はありませんよ」

 ワンカップを傾ける静ヶ原もまた、きっと不安がために『おくすり』が必要なのだ。きっとそうに違いないのだ。違ったらすごく嫌だから、違いないはずなのだ。

 彼女の『ありさま』はともかく、言葉は頷くところばかりだ。

「そうだな。サイネリア・ファニー、MEGUくん。すぐに医療班を連れて出発を」

 決死の言を採るならば、間もなく戦場は、ミス・アイテールの確保という『終局』を迎えるのだ。

 ならば、道中が安全圏に塗り替わることを期待して、歩を進められる。

 一重に『彼を信じる』がために。

「あの人はきっと、期待に添って戦果をあげてくれます」

 誰ももはや、信じることしかできないのだ。

 全員が、少しも外れることなく思うところを一つに、ジェントル・ササキを信じていく。

 魔法少女らが慌ただしく事務室を出る、その直前に、

「ドローン到達! 映像来ます!」

 皆の願いを一身に託された、彼の雄姿が映しだされる。

『投降しろ、ミス・アイテール! さもなくば!』

 口は、必至のプランを雄叫び。

 足は、躊躇いなく砂浜を踏み。

 瞳は、曇りなく敵を射抜いて。

 体は、血に塗れようと堂々と。

 腕は、守るように抱きかかえる弱々しい少女の、

『俺『もろとも』に、グローリー・トパーズが死ぬぞ! 『魔法少女的』に、無論『社会的』にもな!』

 可憐な『スカートの裾』を握りしめる姿が、お届けされるのだった。


      ※


 まず、ワンカップの開く音が響き。

 それから大きな体が、膝から崩れ落ちた。

 続いて、

「え、待って? 今すぐ現場に行ったら『どさくさ』で『社会的殺人の被害者』狙えない? まっしぐらじゃない? やだ! なにしてるの、すぐに行くわよ! ああああ、やばいいいい……ドキドキしすぎて『お水』出ちゃう……っ!」

 幼い嬌声が響き渡って、

「採決しまぁす!」

「有罪!」

「有罪!」

「有罪!」

 満場一致で量刑は『ミナト工業の会長にチクる』と相成り、

『……私の完敗よ。さすがね、ジェントル・ササキ……!』

 ミス・アイテールが船から降りて『投降』を示し、

『ええ……私が認めた……『男』なんだから……』

 グローリー・トパーズが、誇らしく愛おしく『重犯罪』を示唆した三十路童貞を見上げるから、

「最近、本当に『世界の速度』が高いですねえ……」

 自分の脳が遅いのか、地球の自転が早まったのか、サイネリア・ファニーは深刻な懊悩に晒されることに。

 それは、まさに『地獄のごとく』であったと、後に彼女は『への字』の口で語るのであった。

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