11:切った手札の柄は、バラバラで華やかで

 それは、まさに地獄のごとくであったと、後に人々は口にする。

 叫び、雄叫びを巻きあげるように響き渡った雷鳴は、沈むほどの静寂に霧散し。

 輝き、瞳を焼き切らんと狂い踊らせた雷光は、呑まれるほどの夜に溶け落ちて。

 投光器だけが照らす海岸に、二つの身体が崩れ落ちていた。

 一つは、装甲のあちこちが砕け飛んだ、ミス・アイテール。

 もう一方は、

「グローリー・トパーズ、重態! 息をしているのが不思議なほどです!」

 衣装がボロボロで、それ以上に肉体的損傷の激しいグローリー・トパーズ。

 右腕は肘までを黒く焦がし、頬には放電で焼かれた痕。

 片眼球は失われ、けれど沸いた血は流れ落ちず。

 勝者は、間違いなく魔法少女である。

 が、それ以上に、負傷が激しい。

「医務室長を現場に急がせるんだ! 手の空いた人間で救護隊を組め!」

 凄惨を、モニターで見守っていた大瀑叉・龍号は、肩にかかっている責任を行使する。

 組合員を、預かった未成年者を、救わなければならないのだ。

 であるが、

『……ダメよ……』

 拒否が、か細く届く。

 傷つき倒れる、声を出すにも必死を要する少女の言葉だ。

『救護隊ではダメ……アイツを、確保するの……』

 その場にいた誰もが、息を呑む。

 痛みと失血で、意識だって朦朧としているはずだろうに、あろうことか大局に必要な手を指せと叱責を返してきた。

 エースとは、上を目指すには、これほどの覚悟が必要なのか、と。


      ※


 残された視覚だって、ぼやけて明確ではないけれど。

 敵が、ぐらりと立ち上がる様を、見届けるには十分な光だ。

「……酷いありさまね」

 称賛か。

 声を出すのは億劫で、口端に笑みを浮かべて応える。

 無茶をした。

 無茶をしなければならない盤面だった。

 本所市を焼かんと現れた『敵』を、真正面から捻じ伏せる『絵面』が必要だった。

 故郷は、明日から復興の流れになるはず。

 その現場に、安心を届けなければいけない。

『何が来ても、グローリー・トパーズがいるから安心だ』

 そう、人々が抱いた後顧の憂いを断たなければいけない。

 目的は果たし、雷撃に打ちのめされた敵女幹部はもはや撤退を余儀なくされていることこそが、自分の『成果』である。

 けれども、勝利は未だ遠く。

 本所市の勝利には、以後の復興のためには。

 道下宮坂商事と直接つながる、ミス・アイテールこと新真下・天琴の確保が必須なのだ。

 であるが、その勝利は遠いていく。

 満身創痍ながら自立できる『敵』が、撤退の為に、乗り付けた揚陸艇へ下がりつつあるのだ。

 自身が身動きできない以上、他の手が必要なのだが、

「……こちらの戦闘員は、未だ市内に一〇〇を残してあるわ」

 そう。

 組合に、彼らの武装に抗することのできる人間は、ただの二人。

 自分と。

 一時的な無力化と、デバイスの無効化を果たす、ウェル・ラースのみ。

 増援を見込むには、厳しい状況であった。


      ※


 残存の部隊が、組合や警官隊の動きを阻害するのは明白なのだ。

 だから、

「わ、私がいきます!」

「待って! 私も一緒に行くわ!」

 事務室に居合わせた二人が逸るのを、手で制する必要がある。

 最初から、二人がかりで足止めがやっとだったサイネリア・ファニーとMEGUでは、突破は能わないであろう。

 なにより、

「お二人は、医務室長の同行をお願いします。車が使えない以上、魔法の力が頼みの綱ですから」

 最も重要である、治療の準備が整っていないのだ。

 現場が優先度を下げろと訴えても、組合として、大人として、譲れはしない。

「だから、少しの堪忍を。あなたたちは、組合に残る最後の『機動力』なのです」

 インカムを外し指令室を出た澪利は、子供たちに理を説く。

 誰も、ではどうする、という面持ちで視線を集めてくる。

 そう、手をこまねいてはいられない。

 グローリー・トパーズが、決死で切り開いた勝機を、むざむざと見過ごしなどできはしないのだから。

「静ヶ原さん! だけど、このままじゃあ……!」

「どっちにしろ、残ってる敵を突破しなきゃならないでしょ?」

「ええ」

 現在、本所組合が持ちえる持ち駒では、難しい状況にある。

「ですが、状況が変わりました」

「どういう事だい、静ヶ原くん」

「組合長の切り札が『間に合った』ということです」

 片眉を上げて問うのは、事務室の簡易指令室で士気を採る大瀑叉・龍号。

 問いに、イヤホンジャックを乱暴に引き抜く。

 同時、インカムががなり立てていた呼びかけがスピーカーに切り替わり、響き渡り、

『こちら、ジェントル・ササキ! 目標は本所海岸ですね!』

 風切り音を背に、躊躇いない『大駒』の帰還を報せたのだった。


      ※


 撤退の足は、赤子よりなおひどく、這う這うの体である。

 今ならば難なく縄に付けることができるだろうが、

「……情けない限りね」

 彼女以上に、こちらもボロボロ。

 立つどころか、意識を繋ぐのだけで精いっぱい。

 果たして、要請した援軍は間に合わないであろう。

 ミス・アイテールの言葉は、負け惜しみではない。市内の戦力を釘付けにするに、十二分であるという冷静な判断だ。

 だから、悔しくとも、失敗を受け入れなければならない。

 命を『絶つ』つもりで、挑まなければならなかった。そうであれば、少なくともいま少しのダメージを与えることができたはずだ。

 この身と、引き換えであったとしても。

 揚陸艇の開いた口に呑まれていく、ミス・アイテールの後ろ姿を見送るしかできない。

 おそらくは、搭載された脱出艇で離脱を図るつもりだろう。

 猶予は僅かで、けれどこちらの手から逃れるには十分な暇で。

 握る拳は力なく、睨む眼差しも半ば潰れて、歯を噛もうにも顎が緩む。

 怒りを発露すらできずに、ただ砂浜に横たわるだけ。

 もはや、ここまで。

 街の守り人は健在である、という『勝利』で以て、事後を乗り切らなければならない。

 蝕む諦めに、残る力が逃げていく。

 意識の糸が、ほつれを大きくしていく。

 もはや、夜の暗がりか、意識の落ち込みか、どちらの昏さか曖昧に成り果てて、

「……え」

 けれども不意に、強い光が闇を振り払えば、

「そう……さすがね。私が認めた『魔法使い』は……」

 砂を蹴って駆け寄る、愛おしい『あなた』の姿に知らず頬がほころぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る