13:今日ばかりは、今ばかりは

 深夜十二時を目前に、本所市は常ならない喧騒に包まれていた。

 土曜日の夕暮れを、息を潜めてやり過ごした反動でもあるように。

 悪の秘密結社『サニーデイズ・アセンツ』による突然の攻撃が、地元組合によって無事撃退されたためだ。

 絶望に震え抱き合い寄り添っていた市民たちは、市庁舎からの音声放送を聞くに安堵。不安を分かち合うよう、夏の夜に涼を求めるよう、昏い外へと足を向けていた。

 街灯など一つも灯らない原始の暗がりの中、人々は自然と明かりを目指すことになる。

 投光器に照らされる『それら』は、戦場に残った『戦士』たちを救護するために灯された明かりであり、つまるところ、例外なくどれも激戦区であった。

 最終決戦の舞台となった本所海岸も、また然り。

 敵勢力が設置していた投光器の中、魔法使いが救護隊に囲まれて、その痛々しい姿を見つけた人々は、かわるがわるに感謝と労いの言葉を投げかけていく。

「いたぞ! ジェントル・ササキだ! 吊るせ!」

「グローリー・トパーズにお前、なあ? 十四歳だぞ? なあ?」

「そうだそうだ! カメラもないところでなんて許されんぞ!」

「……おまわりさぁん! こいつの携帯、中身を検めてくださあい!」

 思いを伝えれば、後は作業の邪魔にならぬよう誰もが距離をとって、互いに持ち寄った『不安の花』の花弁を散らして夜へ溶かしていた。

 常ならぬ喧騒が、本所市を包んでいた。

 だが決して、暗がりに怯える『ざわめき』などでなく。

 安堵と行く先の困難を笑いあう『賑やかさ』であるのだ。


      ※


「ササキさん、本当に傷は大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとうサイネリア・ファニー」

 決着の直後、間髪入れずに辿り着いたのは、医務室長を抱えたサイネリア・ファニーとMEGUであった。

 体を医療具とできる医務室長によって、最激戦区を支えた二人は、優先の応急処置を施されている。傷の深さと広範性のため、グローリー・トパーズの処置は投光器の下で続けられていた。

 魔法使いは、少し離れた砂浜に腰を下ろす。

 不安と信頼を、ないまぜに瞳へ込めて。

 夏の夜風が、やけに冷たい。

 海が冷やしているのか、血を失った頬が過敏になっているのか。

 思わず身震いして、察したのか、傍らの相棒が寄り添ってくれる。

 優しい彼女の気持ちが嬉しくて、どうにも甘えてしまう。

 体重を預け返しながら、悔しさがこぼれてしまう。

「もっと、うまく出来なかったんだろうかね。俺はさ」

 たった一人の、傑物であるが幼い彼女に、負担をかけすぎたのではないか。

 傷を負うにも、もっと程度を軽くはできなかっただろうか。

 結果として、解決というゴールテープを切ることはできたけれども、過程に不足は無かっただろうか。

 少女の容態を見るに、こみ上げる苦みを否定はできなくて。

 隣の相棒が柔らかい体を揺らす。

 目を落とすように見やれば、真剣な瞳でじっと見つめて、

「言いたいことは、いっぱいあるんです。ササキさん」

 咎めるような唇が、不平をこぼすのだった。


      ※


 どうして、自らを顧みないのか。

 他の人の負担まで、その背に負いこむのか。

 相棒の目が届かないところで無茶をするのか。

 その無茶に、どうしてエースは巻き込んだのか。

 隣に居るのが自分なら、同じように巻き込んでくれただろうか。

 私は、あなたに、信用されているだろうか。

 山のように『言いたいこと』はある。

 けれども。

「だけど、いま言えるのは『ありがとう』だけです、ササキさん」

 この街を守ってくれて。

 無事に帰ってきてくれて。

 こうして隣に座っていてくれて。

 そして、

「こちらこそだよ、相棒。君とMEGUちゃんが頑張ったから、間に合ったんだ」

 その『頑張り』も、あなたと出会えたからこそ、なのだから。

 夏の温度に汗ばむ肌も構わず、もう少しだけ、身を寄せる。

 感謝と、嬉しさを、漏れなく伝えたくて。

 あなたは少し身を乗り出し。

「サイネリア・ファニー。聞いてくれ」

 優しく囁いて。

「今日はちょっと『無茶』をした」

 はい、そうですね。

「それに、俺は、三十歳の童貞だ」

 え? あ、はい、知っていますけども……

「だからね『衣装ボロボロの、ただでさえはち切れそうなバディ(ダブルミーニング)がびったり密着』していたら『運転資産の一極集中』が発生してね」

 つまり、脳の血が足りなくなった、と。

「さ、ササキさん! ダメです、この気絶は良くないです! 主に私に!」

「そうだね……だけど……もう……」

 前のめりに倒れゆく魔法使いの身体を、慌てて抱きとめる。

 が、当然に密着度は上がるので、

「ササキさん! 顔が豆腐みたいな色になってますよ! ササキさん!」

 ついに、返事が途絶える。

 まずい。

 具体的には言えないが、何かしら『致死がつく罪状』を背負う可能性がちらついて、少女の背は暑さではない汗に凍える。

 ……ど、どうにかしないと……!

 焦りながら、蘇生のために横たえ、上着を脱がせると、

「……サイネリア・ファニー? それ、ダーリン……?」

 目撃者が慄いていた。

「め……MEGUさん……!」

「え……なにそれ……ちょっと……!」

 ぞわり、と背筋の冷汗が数を増やして、悪寒が酷く。

 少女は怯えた目で一歩を下がると、群衆に向けて助けを求める。

「誰かああああ! サイネリア・ファニーがダーリンを『いただきます』しようとしているのおおおおおお! ずるいいいいいい! 私も混ぜてよおおおおおおおおお!」

「なにを発信しているですか⁉ 違います、皆さん、これは……!」

「わかってるわよ! もう『地球は私のベッド』で『視線は私の掛布団』とか、さすがサイネリア・ファニーね! だけど私だって負けない! 負けられないの!」

 どうして野次馬の皆さん、目頭を押さえて『もう……』とか『手遅れ……』とか囁いているんです……! 手遅れとか『どっちの意味』なんですかね……!


      ※


 グローリー・トパーズは、力の入らない体をストレッチャーに横たえていた。

 応急処置を終えて、救急車による搬送となったのだ。

「随分、賑やかだったわね」

「す……すいませんでした……」

 一時意識不明に陥ったジェントル・ササキは、おっさんたちの『おしくらまんじゅう』によって過剰集中していた『資金分散』に成功。

 一命を取り留めることに。

 遠目に聞こえていた喧騒は、物騒であったけれども、不快なものではなかった。

 自由にならない頬で笑みを作り、

「悪いけど、彼は借りていくわ」

 同行を頼まれている魔法使いの袖を掴む。

 彼のギフトによってこの身の魔法を増強し、少なからず生命力を維持しようという目論見だ。すでに助手席に乗り込んだ医務室長の判断である。

 こちらの身を案じて眉尻を下げる彼の相棒が、

「お大事に……ササキさんも、お願いしますね」

「ああ、任せてくれ」

 前屈みを誘発させながら、見送ってくれていた。致し方なし、衣装ボロボロで隠そうともしていないのだから。ちょっと、意味がわからない。私も『バディ』になれれば理解できるのかしら?

 救急隊員によってドアが閉められ、ほどなく発車。

 運転席から響く、ひっきりなしの無線をBGMに。

 開くことのできる片目であなたを見上げれば、

「大丈夫かい?」

 すでに『仮面』を外し、憔悴した頬は笑みを浮かべていた。

 気遣いをありがたく思いながら、

「そちらこそ。私と街の傷に、責任を感じているんでしょう?」

 こちらも気遣わないといけない。

 同じ組織に属するエースとして。

 そして、あなたを愛おしく思う者として。

「けれど、その責任はあなたが一人で背負うものじゃあないわ」

 彼の連続したいくつもの決断の末、現在の損害に至っている。

 だが、彼がそんな決断に迫られたのは、一重にこの身の不肖なのだ。

 査問会などに、囚われることになった、自身の短慮ゆえなのだ。

 だから、彼を苛む苦しみは私のものでもあって、

「これでも、本所支部の看板を背負っているの。半分くらい、持ちこたえられるわ」

 驚き顔のあなたと、分かち合いたいのだ。

 いつもは『お似合いのあの子』と、並んで抱えているそれを。

 今日ばかりは、我が儘だとわかっていても。

「甘えてちょうだい?」

 かける言葉とは裏腹に、甘えるように。

 おそるおそる差し出した手は、優しく握り返され、

「……ありがとう。お願いするよ」

 なにより欲しかった言葉に、思わず頬が綻ぶ。

 やけに熱いまなじりを、拭うのがもったいなくて。

 今ばかりは、落ちるままにしておきたいのだ。


  第五章 了

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