6:混迷に『真実』が突き付けられる

 状況は、轟く破壊の音と、赤々とした噴き出す炎によって始まった。

 続いて、天井付の放送用スピーカーが警報をがなりたてる。

「ちょっと、何事よ!」

 敷地内におけるお姫様が、驚きと分析を入り混じる光を目に灯し。

 完全なる部外者である静ヶ原は、即座に椅子を蹴ると窓際へ。

 重く響くような爆発の音と、夕暮れに負けぬ勢いで爆ぜた赤色の正体を確かめるために。

「衝撃が、完全に爆発によるものでした。事故でしょうか」

「可能性はゼロじゃあないけど、ゼロじゃあないだけね。二重三重に安全規格を守っているわ。それに、見て?」

 桐華のほっそりとした指が差すのは、遠目。搬入出口となるシャッターが並んでいる。その一枚が内側からめくれ上がり、立ち昇る黒煙を吐き出していた。

「危険薬品を使用している工場内部ならともかく、固形の材料と商品しかない一角よ」

「爆発の要素はない、と」

「あんな大規模なものは、ね」

 何事か判ずるために二人で目を凝らしていれば、周囲に立ち並ぶ何棟もの工場施設から避難する職員たちが現れはじめた。

 常の避難訓練の賜物か、迅速な行動である。けれども、やはり実際に炎と煙が目に入ると、興味と恐怖に足を止めてしまっている。

 警報の出元となったシャッターに誰も視線を集めており、

「……見えた?」

「はい? なにがでしょう」

 澪利は、目を凝らしていたつもりだ。特に気になるものを捉えてはいなかったのだが、現役のエースは違ったようだ。

 視覚を、身体強化となる『コモン』で鋭敏化しているのだろう。

 さすが、と関心をし、けれども言葉の意を追う方が先だ。クールな横目で促すと、

「爆発で少し崩れているでしょう? あそこに、佐々木さんが見えたわ」

 答えを照らしあわせるよう、緊急放送が続く。

『第二工場搬入口で火災発生。繰り返します、第二工場で……』

「確かに、呼びに来た女性は第二工場と言っていましたね」

 まずい、と新旧のエースは、額に粘る汗を拭きだして顔を見合わせた。

 魔法使いは『重大かつプライベートな事実』を隠匿するために、その身元が伏せられている。

 その魔法使いが、昼日中に衆目の中央で『トラブル』に見舞われたのだ。

 しかも、その魔法使いが『色々と厭わない』ジェントル・ササキであるというのが状況の底を、音高く叩きつけてくる。

 過去に『ナチュラル・ボーン』をお茶の間に届けた前科を持つ彼だ。

「……現場に向かいましょ。どうなるにしろ、助けが必要なはずよ」

「大丈夫ですか? あの人だかりに、有名人の桐華さんが現れたら、それこそ耳目を集めかねないかと」

「抜け道があるわ。普段はダメだけど、避難警報が鳴っているなら警備システムが鳴ってもお咎めなしよ」

 道があるなら、信念に従い進まなければならない。

 公序良俗のためにも、止まっている暇などないのだから。


      ※


 騒ぎに駆けつけた仲・大介は、軽火器の前に容易く制圧されてしまっていた。

「おいおいおい。日本だぜ? ガキの時に揉めた『事務所』だって、ちっこいリボルバーがせいぜい、ってな田舎で、そんなもん振り回すかあ?」

 軽口を叩けども、突き付けられる威力の鉄穴に押され、両手の平を見せて頭の高さに。

 幼馴染からの電話連絡に、責任者として現場に駆け付けようとした矢先だったのだ。

 爆発に驚いて、スプリンクラーに濡れながら飛び込んだところを、正体不明の一団と鉢合わせとなり、今にいたる。

 隣接するコンリート壁は焦げ砕かれ、シャッターはめくれあがっている。

 熱風が巻き上がり、粉塵が視界を被い、いまだ空気が震えている。

 自分と同じように制圧され怯えている荷受け担当と運転手らしき二人を見ながら、大介は疑問に視線を巡らせる。

 ……何者だ?

 姿かたちは、トンチキとしか言いようがなく、であればいわゆる『悪の秘密結社』であろう、と予想は立てられる。

 けれども、彼らが一企業に『攻撃』を仕掛ける、などというのは初耳である。

 事例として、設備一新のためにその費用と旧設備の被害額を相乗りさせて、税金対策としたと聞いた事もあったが、この第二工場搬出入口の設備改修など予算にも見ていない。

 つまるところ、純然とした攻撃であるのだ。

 ……目的は工場の制圧か? なら、ラインより事務局のほうが効果的だけどな。

 目的や手口の不明瞭さに、疑問がつきない。

 応えるように、制圧に加わっていない幾人かがハンドサインで、何事かを遣り取り。

 同時、荷台からさらに姿を現す人影が。

 紫をベースとしたフルフェイスマスクで相貌を覆い、同配色の装甲を施したスーツを纏う、女性的なフォルム。

「聞こえているかしら、ジェントル・ササキ!」

 変声器を通した不自然な女の声が、高らかに魔法使いの名を、

「私は『ミス・アイテール』! 秘密結社サニーデイズ・アセンツの幹部が一人!」

 己の名を、

「あなたをいただきに参上したわ!」

 そして、目指すべくを謳うのだった。


      ※


 翠洲・江は、混乱をしていた。

 立ち込める噴煙のなか、砕かれたコンクリート壁の向こうで。

 どうして、彼らは攻撃をしてくるのか。

 どうして、とんでもない爆発物を使用してくるのか。

 どうして、自分の敬愛する先輩が、

「無傷なんですか……⁉」

「買い被り……だよ……」

 確かに、頬は煤に汚れ、声は途切れ途切れで、膝をついたまま立つこともままならない様子。

 謙遜の通り、無傷には程遠い。

 けれども、だとしたっておかしいだろう。

「あんな爆発、普通死んでしまいますよ……⁉」

 実際のロケット兵器による爆発を見たことがあるわけではない。けれど、印象として、一般論として、殺傷を目的とした道具に直撃をして、目立った外傷がないのは異状である。例えるなら、栓抜きを相手にびくともしない王冠蓋ということだ。

 経緯と思慕が、不明と怖れに揺れる。

 そんな胸の不均衡に答えを思し召すよう、噴煙の向こうに声が響く。

「聞こえているかしら、ジェントル・ササキ!」

 その名は知っている。

 この春にデビューした、新人魔法使いの名だ。

 隣に『大きい』魔法少女を連れ、毎夜猟奇的かつ『前屈み』で現れては、警察を相手に全裸を披露するわ、敵対する『魔法少女』たちを恐怖のどん底に突き落とすわ、破天荒かつ『眉目をしかめる』大活躍を披露していた。

 魔法使いは、魔法だけでなく、その肉体をも常人離れした物として行使する。

 つまり、ロケットを直撃し『四捨五入で無傷』の先輩『佐々木・彰示』は『ジェントル・ササキ』であり、すなわち、

「……童貞、だったんですか……⁉」

 衝撃の事実を突きつけられる。

 同時に被疑者も『致命打』だったようで、前のめりに倒れてしまうのだった。

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