5:職務に伏す
「来客中にすいませんでした、先輩」
彰示は自らの不甲斐なさに重くなった足をアスファルトに引きずって、第二工場の搬入出口を目指していた。
隣に並んですまなそうに微笑むのは、一つ下の後輩。年齢にそぐわない可愛らしさを嫌味なく振りまく、事務局に詰める役職たちのアイドルだ。
男の噂を聞かないほど真面目で実直な彼女が、来客対応中の人間を呼び寄せるという無作法を働いたのには訳がある。
「予定にない資材搬入か」
「はい。第二工場から確認の電話がありまして。先輩なら何か聞いているかと……」
対処の難しい荷を積んだトラックが、搬入出口を一つ潰してしまっているためだった。
今日の成果を送り出し、明日の備えを受け入れなければならない時間帯であるため、その窓口が一つとはいえ潰れるのは痛い。
「いや、初耳だね。書類に不備はなかったの? 連絡ミスとかは?」
「確認できた範囲ではどっちも問題はありませんでした」
「問題なくゲートを通って敷地に入っているなら、事前申請があったはずだ。どこの部署が担当しているか確認した?」
「え? いま乗り入れている第二工場じゃあ……?」
「そこから身に覚えがない、って問い合わせが来ているんだろう? ゲートに確認して。提出の書類を受け取っているはずだから」
「は、はい!」
ポケットから社用携帯を引っ張り出し、短縮ダイヤルをプッシュ。
まあ、これで状況の概要は掴めるはずだ。
十年ほどの勤務歴である彰示にとっても、初のトラブルだった。
年々厳しくなるコンプライアンスによって、敷地の出入りは厳しく管理監視されている。よって、あっても連絡ミス等のヒューマンエラー程度で、そもそも書類と実情にズレがあるなんて事態は聞いた事がない。
ゲートと電話でやり取りする後輩を背に、シャッターの閉じた搬入口脇に据えられたスチルドアに手を。
頬を汗が伝って落ちる。
夕方前の日のピークの中を早足で駆けつけたせいで、息と胸が少し弾む。
深呼吸し、意識だけでも温度を下げると、ノブを回して引き開けた。
流れだすのは、空調の冷気と焼けるような排ガスの匂い。
「あ、佐々木くん! なにかわかったかい?」
「頼むよ。次の配送もあるんだからさあ」
困り顔の工場担当者とうんざり顔の配送業者が額を突き合わせており、彼らのすぐ脇には箱型の四トントラックが。
その側面に記される社名に、彰示は目を丸くしてしまう。
道下宮坂商事、と爽やかな青文字で踊るように描かれた名前に。
つい先日に交換したばかりの名刺に書かれた、その社名であったから。
驚きはけれど、すぐに答えに行きつく。担当者が判明したためだ。
「先輩! 受け入れは、営業の仲・大介さんだそうです!」
「連絡忘れだな、あいつめ……すいません、運転手さん。もう少しお待ちいただけますか」
肩を落とすと、名刺の仲立ちとなった幼馴染へ苦情を申し立てるため、携帯電話を取り出すのだった。
※
魔法使いが慌てて飛び出していって、残された来賓二人は厳しい顔でコーヒーの残りに口をつけていた。
「その金木さんというのは、相当気難しい方なんですか?」
「祖父、会長の代からの古参だけどね、上にくっついて下は叩く、そんなタイプよ。下請けになる関連工場とのトラブルも絶えなくてね。だから首都の本社じゃなく、こんな片田舎に押し込まれているわけ」
「なるほど。野心は強く、仕事もできる方のようですね」
そうでなきゃとっくに名誉職送りよ、と十四歳が肩をすくめてみせる。
「組合長が現役だった頃の血を騒がせなければいいけど」
「あの人、相当に忍耐強いですよ」
「そうでなきゃ『ジェントル・ササキ』の管理責任なんて務まらないでしょうしね」
冗談の応酬は、互いの口角を柔らかくするに足りた。
とはいえ、不安は渦巻く。
「目的がジェントル・ササキだったとして、あの人をどうしたいのかしら」
正体不明の敵が、一介の新人魔法使いを狙う理由とは。
「可能性としてはいくつか考えられます」
静ヶ原は、常の無表情に思案の沈痛さを混ぜ込んで、指を折る。
「一つは、ササキさんの排除です」
「単純で、納得もできる話ね」
新人とはいえ、新人である故、その実績を積み重ねる歩幅が長いのは事実だ。それを疎み、邪魔と判じた者がいたならば。
「かつてササキさんが、顎田市の悪の魔法少女に取った戦略と同じです。ジェントル・ササキがいるから彼らが現れる、被害が出る、という認識を作ろうとしているのかも」
「厄介ね。正体が見えれば、吹っ飛ばせばいいんだけども」
はい、と頷いて、指を折る。
次の可能性は、と喉を鳴らしたところで、現エースが留める。
「もう一つは、彼の評価を上げる、実績をさらに積ませるため、よね」
先回りされた言葉に、さすがにこれぐらいは察するか、と現役を評価する。
「こちらは排除とは逆。ササキさんを『謎の一団の対処』から離れられないようにするため、となるでしょうか」
「考えつくに、新しいタイプの陽動、ね」
他地域にて奴らが現れた時、彼に対処の依頼がくるほどまでに、敵対関係の深化と対処実績の高さを作り出すため。
「どちらにしても、先方の着地点すら見えない現時点では、気味が悪いに尽きるわね」
「ええ。どちらでもない可能性だって十分にあります。視野は広く持って、足元は軽くしておく必要があります」
「だから、ジェントル・ササキを庇って、代表が出張っているのだからね」
「湊さんも、先んじるくらいですしね」
「そればかりじゃないわよ、当然」
指摘にばつが悪く、言い訳がましく缶コーヒーで口元を隠してしまう。
「だけど、トラブルだって出ていったけど大丈夫かしら」
「大丈夫でしょう。頼られるくらいには優秀、ということでしょう?」
そうね、と普段目の当たりにしている彼の活躍振りを思い出して、波立こともないだろうと納得する。
※
『はあ? トラック?』
大介の第一声は怪訝に染まって、
『新真下さんから、試供用の資材送るって言われていたけど、なんでそんな大荷物なんだ?』
第二声で状況を把握し、
『なんだ? おい、彰示? なんか言えよ、おい?』
第三声は、再び怪訝に染まり、
「せ、先輩、なんですこれ……!」
電話をする手を構わずに引く後輩の指は怯え、
「な、なんだあんたら!」
搬入口担当者が狼狽え、
「まて! 俺は誰に何を運ばされたんだ!」
雇われのトラック運転手が憤慨をし、
「……どういうことだ」
佐々木・彰示の目は、驚きと烈火に塗られた。
開け放たれた荷台のハッチが躍り、
「どうして、貴様たちがここに……!」
あふれ出るように飛び出してくる、幾つもの人影。
その姿は特徴的な装甲に覆われ、間違いようもない。
件の、正体不明の一団である。
そして、その手は、先日と違い無手ではない。
小銃を構え、拳銃を握り。
そして、携行型対物ロケットランチャーが担ぎ出され。
「みんな、伏せて!」
その照準が、この身に合わせられていることは確信できる。
だから。
ならば。
体の芯に、心臓に、はらわたに。
熱が、ともる。
この場を収めることは己の義務なのだから、と。
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