第三章:この足元の違和は、ほんの少しだけれども
1:後始末は肩が重くて身が狭くて
特殊自警活動互助組合。
俗称を『魔法少女組合』とも揶揄を込めて呼ばれる、その本所市における支部は静かな混乱の中にあった。
「結局、彼らが何者かは不明のままだよ」
支部代表である大瀑叉・龍号が、疲れに細った顎をしごきながら息を。
応接椅子に巨躯を重く沈めて、疎まし気に机へ並ぶ書類を眺めやる。さらにその先、向かい合う応接椅子から手が伸びて、コーヒーカップが柔らかく摘ままれた。
「組合本部に照合を投げても不明ですか」
苦く眉を寄せるのは、テラコッタ・レディの仮面を隠した大村・桃子。
魔法少女組合本所支部の代表執務室に、悪の秘密結社テイルケイプの『頭領』と『筆頭幹部』の首脳が額を突き合わせているのは、深刻な事情が横たわるため。
「先日の配電設備損壊はうちで『成果』を呑みましたけど」
「うむ。再び、となればどこに波及するかわからんからな」
一夜明けて、昼を回り、されどかの一団について影も掴めずにいるのだ。
※
現況を共有するための、首脳会議である。
事態集束は成されているため、事務所に鳴り響く苦情の電話は『ジェントル・ササキ』に対するものだけで、事務員たちも慣れたものだ。頼もしい限りである。後は定時に『退勤タイムアタック』を始めてくれなければ言うことなしだけれども。
ともかく、あと二時間ほどで退勤という頃合いで、職員たちは例の一団について情報収集と分析に勤しんでいた。
事務所は静かに、けれど怒気をはらんだ熱に、煮えている。
「放置できん問題だ」
「意図的な人的被害を出されでもしたら、さすがに受け持てませんからね」
「計画的なインフラ撤去ならともかく、復旧を要するとなれば予算が要る。秘密結社の『スポンサー』だって、無限の財布を持っているわけじゃあない」
「ええ、これ以上『税金』が上がるなんて御免ですよ」
家計を任される良妻としての切実な言葉に、初老は思わず口元をほころばしてしまう。
冗談が功を奏したのを確かめると、桃子も張っていた肩を落とした。
けれども、とコーヒーで喉を湿らせる。
「目的はなんでしょうね。初めてじゃないですか、電柱を折っていくなんて」
彼らの正体以上に頭を悩ませなければならない、中核の問題だ。
つい一月ほど前に、個人が暴走して交通網に打撃を与える、なんてアクシデントはあったけれども、あくまで野心に満ちて思慮が足りなかった個人の帰結である。
「組織だって、加えて自治体と連携していないというのは、少なくとも私は初めてだな」
大瀑叉・龍号の経験は深い。
組合側に役職を持つ前は、現役の『魔法使い』として長く現場を担ってきたのだ。
その彼を以て、未見の事態であるという。
眉間の渓谷は、苦悩の大きさを示すように深く連なる。
「逃走後の目撃範囲も狭く、極端に少ない。あんなテレビに出てくる変身ヒーローのような、いかつい恰好をした一団が、だ」
「かなり短い時間で、一気に現場を離脱した?」
「そうなると、回収班がいたか」
「監視カメラの死角を知りつくした、ですか? おそらく土地勘はないであろう組織が?」
「恐ろしい組織力だ」
そして、真に恐ろしいのは、
「そんな組織力を持つ相手の正体が見えない、んですよね」
筆頭幹部の泥を吐くような、呟きの通り。
装備も練度も人数も高水準であり、その三点を用意できる資金を有する相手。つまり、投資に十分な備えがあり、投資分を回収する事業に参画しているはずの『敵』。
そんな目立つ羽振りをする組織の正体が、不明瞭であるという。
※
龍号は頭を掻いて、致し方なし、と情報交換の終わりを告げる息をつく。
「なに、本部の回答も暫定だ。追って正体はわかるだろうさ」
「わかったら、ウチから抗議を?」
「今回の賄いくらいはどうにかしてもらわんとな」
冗談めかして広げた書類を取りまとめると、ソファから重い腰を持ち上げた。
「おでかけですか?」
「ふむ。急なデートのお誘いがあってね」
「あら、うらやましい」
「だろう? 代わろうか?」
「お相手はどちら様で?」
「
「……金木って」
桃子は、声へ警戒と不愉快を露わに、小さく仰け反る。
同時、ドアがノックされ、返事を待たない無遠慮さで押し開けられた。
「組合長、車の準備ができました」
「静ヶ原くん、来客中なんだけど」
「知らない仲ではないでしょう。無論、知っていたらノックしてもドアを開きませんが」
吸血鬼かな、とか思いながら鞄を手に。
「手土産の準備も厳選に厳選を重ねています。謝罪にうかがうわけですから」
「頭領。金木って、昨日ジェントル・ササキが……」
あらゆる方面から一つの承諾も得ずに『新女幹部登場!』させた、被害者たる少女の姓名だったはず。
その名のナイスミドルに頭を下げに行くとなれば、つまり、
「ミナト工業の取締役、なんて肩書が無ければ肩の荷も軽いんだがね」
事態にはもう一つ、引かれている尾が伸び伸びている、ということであった。
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