4:全身全霊を、腹にこめる

 ……おかしい。

 正義の魔法使いであるジェントル・ササキは、群れを為す外敵を殴り、蹴り、押しとどめながら訝しんでいた。

 本来、悪の秘密結社とは魔法少女組合と対になる、敵対組織だ。

 日本全国へ無数に存在し、行動理念も各々で独立したものを掲げている。

 片や世界征服を謳う者もあれば、一方で社会通念への挑戦を叫ぶ者も。かと思えば、美学や承認欲求を隠しもせず前面に押し出したり、ビジネスに繋げていたり。

 連携や協力はあれど基本は独立して運営され、それぞれの『手口』でお茶の間に『変わらぬ不安と恐怖』をお届けしている。

 性格の違う彼らであるが、けれども根底は明確にある。

 どれも誰も『経済』の一部として、活動をしているということだ。

 一般に不法であるが、皆が『既存社会』の上に自らの目論見を乗せんがために、暴挙暴虐を繰り返している。

 であるから、立つべき『ステージ』が砕けて燃えたなら『悪の秘密結社』そのものすら瓦解してしまう。

 そんな『根柢』の底を踏み抜くような真似は、ありえないのだ。

 だというのに、

「インフラを攻撃するなんて……!」

 この身を取り囲む彼らは、社会の基盤を破壊の対象とした。

『ええ。本来ならありえません』

 付け忘れてポケットにしまい込んでいた小型通信機から、聞き馴染んだオペレータの声が。


      ※


「すいません、静ヶ原さん。装備を忘れていました」

『お構いなく。そもそも、現在のササキさんは正規の出動ではありませんので。連絡が取れただけで僥倖です』

 戻ったら顛末書が必要ですけども、といつもと変わらない抑揚なく、であるが明朗に聞き判じられる声音。

 明朗に『なんらかの蓋が開く鋭い金属音』が聞こえてくるから、正常だ。通信機か静ヶ原・澪利の『どちらのことか』は言及しないけれども。

『都市設備の破壊は復旧が強制されます。そうなれば他に回るはずの資金、資材、人材を吸い上げ、結果として全体を足踏みさせる。経済の停滞を招きますね』

 クールに事実を指摘され、であれば、と魔法使いは疑問を形に。

「彼らは何者なんです? 自分たちの足元に火を付けて、得をする組織なんて」

『県内に、当該装備を保有し、尚且つ三十名超を一度に動員できる組織は存在しません。目下、県外の組合支部に照会中です。組合長から、テイルケイプのテラコッタ・レディにも連絡を入れてもらっていますが、今のところ進展はゼロです』

「……インフラ設備関係の企業が母体の可能性は?」

『マッチポンプですか。理には適っていますが、実行が判明した時点で入札資格が取り消され、公共事業から外されます。復旧作業への参加は絶望的でしょう』

「リスクのほうが大きいか」

 正体と目的が不明の敵。

 今までも対峙したことはあるし、その時は交通機関の破壊を狙った者もいた。それでも動機は明確であり、少人数の暴走であったから理解はできた。

 けれども、今は違う。

 目の前に居並び囲みを狭める彼らは、何かを掲げるでもなく、ただ黙々と本所市駅前を停電に追い込んでいる。

 背を、冷たい汗が舐めて落ちる。

『ですが、優位もあります』

「え?」

『敵の『正体は不明』なのです』

 言わずもなが。

 であるが、ササキには閃きに似た光明がひらく。

「つまり『損得の対象にない相手』ということですね」

『ええ、ジェントル・ササキ。社会も、組合も、法律も、誰も彼も、あなたの『全身全霊』を掣肘しえません』

 つまり。

 静ヶ原・澪利は、この『朗報』を届けるがために、通信を繋げたのだ。

 胸が震える。

 力がこみ上げる。

 ただただ、正義を振るうことを許された、許してくれた何もかもに。


      ※


 綾冶・文は、夜の迫る駅前通りを息急って駆けていた。

 停電の復旧目途がつかない塾が自習から休講を決定したため、急いで抜け出してきたのだ。

 足を踏み出すたびにズレる眼鏡を直しつつ、街灯のつかない昏い通りを急ぐ。

 道路は信号が麻痺し、警察の到着も遅れているため、渋滞の生成が加速している。徒歩の帰宅民たちも、何事かと足を止めて不安を囁きあっていた。

「おいおい、結構な規模の停電だぞ……?」

「表通り見てきたけど、見たことない秘密結社だったぞ……」

「しかも対応が『本所の双璧の相棒』だぞ……おしまいだ……」

 つまり『双璧』の名は私一人の思うが儘、ということですか? 一人でも『双璧』とか矛盾じゃありませんか? 

 腑に落ちないざわめきに、けれど抗弁する暇など無い。

 彼の元へ急がなければ。

 高いコモンを有するササキが、戦闘員と思しき相手に後れを取るなどと万一にもありえない。けれども、だ。

「あの人数ですよ……!」

 加えて、教室の窓から俯瞰で観察したところ、相手方の統率は相当に高い。

 一糸乱れぬ連携攻撃に、負傷した者の後送、正面戦力の人員補填など、普段『サイネリア・ファニー』が相手をしている秘密結社では見たことない練度だ。

 負けることなど、万が一にも考えられない。

 けれども、万が一にはありえる、ということ。

 さらには『敗北』よりも高い確率で『損害』を生み出しかねない。

 だから、息が、心が、急いてしまうのだ。

 目指すのは、一つ向こうの通り。

 落ちかけた西日に、眩しく塗りつぶされた大通り。

 クラクションに怒号、鈍く砕ける破壊の音が喚き叫ぶ、彼が一人戦う戦場に。

 繰られる足は、彼女を望むべく『そこ』へ辿り着かせ、

「これが俺の『全身全霊』! 貴様らを打ちのめす、新たな力だ!」

 頼れる『相棒』は、右と左の脇にそれぞれ『折れた電柱』を抱えて、突進しては掬い上げ振り回し、そうして『新たな力の名』を叫ぶ。

 己を奮い立たせるために。

 襲い来る敵への示威がために。

「喰らえ『ツヴァイ・ザ・サイネリア・ファニー』!」

 文は確信する。

 恐れていた『損害』が、現実となってしまったことに。というか、どうして『エレキトリカル☆マジカルステッキ』の部分が消えているんです? 百歩譲ったとして、なんで『形容詞』だけを残すんです?

「どうだ! これが『本所の双璧』を欲しいがままにする魔法少女の……うん?」

 絶望に膝をついたこちらへ、魔法使いが気付いた。ポリ袋の目貫穴越しに目と目があって、急制動で『前屈み』になると、

「力が、漲る……! いくぞ、これが新しい俺と彼女の力! 名付けて『ドライ・ザ・サイネリア・ファニー』!」

 沈む夕日の中、順調に『損害』が増していくのだった。

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