3:不遼であり不明であり

 変化はまず、視覚に訪れた。

 生徒のまばらな教室で、LED灯が一斉に職務を放棄したのだ。

 夏特有の濃くて長い鮮やかな西日だけが頼りとなり、塾生も講師も、誰もが困惑に手を止めてしまう。

「……え?」

 文も、机を並べる学友ら同じだ。

 唯一の明かりは強く、であるが窓からの一点のみ。燃えるような朱と塗りつぶされた黒とのコンストラクトは目に刺さって痛いくらい。

 皆、ぽかんと残光ばかりの照明を見上げている。

 眩しい、と、暗い、が隣り合う五感の刺激という安易な意識に足を取られてしまっているのだ。誰もが状況の解決という、踏み込むのに数歩が必要な思考に辿り着けていない。

 現実感が、薄まっている。

 ただ、少女は幾度も死地を潜っている。

 魔法少女として。

 頼りになる『彼』に並び立って。

 判断が一つ遅ければ、相棒の『最適解の正面衝突』に晒され『当事者』にされてしまう、そんな張りつめては恐ろしい現場を。

「停電、ですか?」

 文の冷静な一声に、教室内の理解度が事態に追いつく。

 講師は『なるほど』という顔で自習を言い渡せば、指示を仰ぐために教室外へ。

 残された生徒は、突然に訪れた非日常を面白がるように、がやがやとざわめきたつ。

 ……事故でもあったんでしょうか。

 愛用している細身のシャープペンシルを机に置くと、腰を浮かして目を窓の外に。

 魔法少女として、さまざまな救助活動に従事してきた経験による、被害範囲確認の方法だ。

 当該建物だけならば、建物設備の問題。

 隣接する建物や信号も含まれていれば、その一角を担当している電線設備の問題。

 さらに区画外も停電していたなら、周辺一帯が被害を出している。

 果たして、どれほどの範囲であろうか、自分の『仕事』になるだろうか。

 緊張に目元を強くして、窓を覗き込めば、

「……なんです、あれ」

 困惑に驚き、それに恐れがまぜこぜになった、震える声が漏れてしまう。

 三階にある教室からは、目下に伸びる駅前通りが見下ろせる。夕暮れという帰宅時間であるため車通りは多い時間帯であるけれども、赤信号で幾ばくか混雑する程度で流れ自体は滞ることはない。

 だというのに、今日に限っては、酷い渋滞が巻き起こっていた。

 詰まる車列に、車線変更を半ばで諦めたような斜めの車体、右折を求めるが対向車レーンも身動きが取れずに助長される混乱。

 誰もが思う道行きに乗れず足止めされているのだが、常とは違う混雑には当然として理由がある。

 文が見つけ、困惑し、驚き、恐れた者だ。

「……誰ですか」

 総数としては、二十越え。

 一人の例外もなく、夕日に藍色の滑りある装甲を照り返し、分厚い装備に顔も体格も隠されてしまっている。唯一、恰好を同じということから、なんらかの組織の構成員であろうという憶測ができる程度だ。

 そんな彼らが五人ほどのかたまりとなり、分散しては渋滞の拡大に勤しんでいる。

 つまり、

「……どうして、電柱をなぎ倒しているんです」

 道路脇に乱立される十メートル超の鉄筋コンクリートを次々に、折り砕き、道を塞いでいるのだ。

 綾冶・文が味わう困惑と、驚きと、恐れは、なお拡大していく。

 なぜなら、その混迷極まる路上へ駆けつける一つの影を発見し、

「……ササキさん……!」

 疾駆する相棒が『エレキトリカル☆マジカルステッキ☆サイネリア・ファニーVER!』とか叫びながら、小脇に折れた電柱を抱えてチャージアタックを仕掛けているためであるのだけども、なんでしょうか、何を形容して人の名前を叫んでいるんです? それは本当に必要な技名なのですか?

 困惑と驚きと恐れに慄きながら、綾冶・文は『大きな』胸を震わせるのだった。

 なんだか昼にあった『陽キャ宣告』騒動に頭がモヤモヤしていたことが、すごくくだらない不安なのだなあ、と目を細めながら。


      ※


「ジェントル・ササキが目標群と接触。『サイネリア・ファニー型マジカルステッキ』によるチャージアタックにより、数名は無力化。ですが、他は健在です」

「すごいよね。一アクションで、疑問符が三つぐらい出てくるんだから」

 静ヶ原・澪利の『正確』な報告は、大瀑叉・龍号の『不鮮明』な応答に報われる。

「そのままでしょう。マジカルステッキの『大きい』個体……待ってください。その法則に則るならば逆は……」

 残酷な『真実』に両手が十六ビートを刻みだしたので、こんな時は『お薬』に限る。

「もうね、うるさいことは言わないからね、せめて溢さないで飲んで? ね?」

 緊急を要する『治療』に、そんな精密なことができるわけがない。なんて理不尽な物言いだろうか、パワハラではなかろうか。

 投薬のおかげで意識がはっきりしたので、監視カメラを映すモニターへ視線を。

 液晶の向こうでは、長すぎる長物を打ち棄てて、白兵戦に移行していた。

 取り囲むほどの『敵』を相手に一歩も引かずに立ち回る魔法使いの雄姿を見つめ、龍号が苦くため息。

 気持ちはわかる。なぜなら、

「何者だろうね」

「装備、規模ともに県内の秘密結社に該当はありません。県外は現在照合中です」

 正体が不明で、当然ながら動機も不明。

 相手の勝利条件も、こちらの妥協地点もわからない。

 辿り着くべき行き先の見えない暗夜の航路を走っているとなれば、いつ見えぬ岩礁に突っ込んでもおかしくない。

「それでも『平和を乱す』者には違いありません。だから、ササキさんが緊急装備で駆けつけたんです」

 彼は、通信機すら持たずに単身で現場に現れた。

 おそらくは偶然に現場へ居合わせたのだろうが、信条の逆鱗に触れたがために『エレキトリカル・サイネリア・ファニー』の餌食にすると決意したのだろう。

 頼もしい。

 けれども、形勢は不利であり、

「事務所に待機している魔法少女は?」

「先ほど出発しましたが、渋滞により移動が徒歩に限られるため現着まで今しばらくかかります」

 経験豊かな責任者も眉をしかめるほど。

 徒歩移動に時間がかかる、ということは身体強化を施す『コモン』が劣る組合員ということになり、彼女らではたとえ到着したとしても、戦力として不安が残るためだ。

 ことによっては、ササキの動きを縛りかねない。

「とはいえ、相手は多勢で、広範です。戦闘が終わった後の処理を考えれば、出動させないわけにはいきません」

「ああ、その通りだ。職務から爪弾きにするわけにもいかんしな。士気に関わる」

 彼が息をつき、澪利も応じるよう息を。

 いま、この場で出来ることは尽くしてしまったのだ。

 だから意識は『今後』へ重心を傾ける。

「彼らは『何者』で、何が『目的』なのでしょう」

 事態の当初より漂う、最大の懸念へ。

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