11:違和が広がり、暗雲が垂れる
「静ヶ原さん、あれって……!」
驚きに腰を浮かした文の視線の先、大型モニターに映る悪の秘密結社が背負う金属のバックパックに、名を呼ばれた澪利は間違いなく見覚えがあった。
本所支部副代表になる堂賀林・銀が、県組合から押し付けられた『試作品』である。
残念ながら実験に出席はできなかったのだが、今もなお組合の倉庫に保管されているので、外観だけは目にしていた。
「間違いなく、うちで預かっている機械と同一ですね」
よもや『三十路童貞』とは思えない『騒乱のベルゼブブ』が中空にその身を置いているのが、何よりの証拠。
文が、動転したためか紙コップを倒してしまう。中身は空だったの被害は無いが、気のせいでしょうか胸で倒しませんでしたか?
まさか、そんな、バカな、とオクスリを『嗜め』ば、
「どうして……秘密結社がモニターを拒否したから、組合に来たって聞いてたのに……」
「正確なことは分かりませんが、マウントキングが後から手を挙げたのかもしれませんね」
データが欲しい企業からすれば、モニター対象は多い方が喜ばしいのは間違いない。
けれども、それなら事前に通達があるべきだ。初期実験品の施行というリスクを背負っているのだから、隠し事なんて不誠実に寛容とはなれない。
だが、自らの言葉の通り、正確なことは不明だ。
ただ、確かな懸念は一つ。
「あのように実際の被害を出すのは、当初の作戦目標からズレています」
本来、集客の足をある程度止めたなら、つつがなく交通を回復させる予定のはずである。そうでなければ、多くの帰宅難民が発生してしまうのだから。
「そうですよね……いったい何が……あ!」
思案の最中に驚きの声が刺さり、顔を上げる。
見上げた先に広がる大型モニターには、
「ササキさんですよ!」
スーツ姿とドレス姿の『悪役コンビ』が、カメラ前を横切って駆けていく姿が。
※
マウントキングの幹部の凶行に現れた二人は、
「おかしいですね」
「ええ……組合の方が来ないのは向かっている途中だからかもですけど、ササキさんたちが来るなんて……」
間違いなく『予定の外』が芽吹きつつある証左だ。
そして彼女が大切に思う『彼』は『何があろう』と立ち向かっていく人である。
想像が『最低の底』に至り、脱力に襲われ、思わず文に視線を。
彼女もまた、同じ『万が一』に想像を至らせたようで、戦慄くまぶたで目をこちらへ。
だから、先達である自分は、後輩を導く。
「行きましょう、文さん。少なくとも目視できるところまで」
「は、はい! あっ」
慌てて立ち上がったせいで、テーブル上に置かれた各店舗のメニュー立てが蹴散らされていく。けど、明らかに『前面の偉大な出っ張り』に引っ掛かってドミノ倒し誘発だったので、正確には『胸散らかしていく』でしょうか。
慌てて拾い集める女子高生の姿を眺めながら、今しがた誕生した『創作単語』の味わい深さを噛みしめるのだった。
ちょっと、隣の空きテーブルで『真似』をして『辛い現実を直視』してみたりしながら。
※
騒乱のベルゼブブの元へ、ストライク・クローバーとジェントル・ササキが駆けつけたところで、中継は唐突に切断されてしまった。
代わりに映しだされた『バス停が無ければ停車できない作戦』の模様を眺めながら、
「秘密結社同士の対決なんか完全に不慮だからなぁ、局が慌てて映像を止めたか」
龍号は苦々しい声で、顎をしごきながら冗談をこぼす。
各所に確認を取っていたリンが肩を落とし、ビールサーバー越しに向き直ると、
「トラブルです。ベルくん……『騒乱のベルゼブブ』が、独断というか暴走しているようで」
「暴走でなければ困る。軌道と配電線の破壊が組織からの指示だなんて考えたくもない」
鉄道会社やイベント会社への賠償に信用失墜。目眩が津波のように押し寄せる事態だ。個人の暴走だからと言って躱せるものではないが、少なくとも『被害者である』という精神防壁は築くことができるから。
とはいえ、捨て置いては被害が広がり、初期対応の失敗というシミは大きくなるばかり。とにもかくにも、事態を解決し、解決する姿勢を見せる必要がある。
「あのベルくんとやらは、何が目的なのかね」
「どうにも……おそらく単独みたいですけど」
眉をひそめる顔に、嘘は無さそうだ。もとより、会合に出ていたテラコッタ・レディから聞いていた話のため、疑いも薄い。が、そうであるなら謎への手掛かりは皆無となる。
皆無だからと諦める訳にもいかない。
人員を割いているテイルケイプの頭領として、地区こそ違えど組合の長として。
「マウントキングの代表は? 何か言っていないのかな?」
「想定外、遺憾だとしか……口数少ない人ですけど、こんな時くらいとは思うんですが」
「追及は後で、今は信じるしかあるまい」
「そんな呑気な……ですけど、これじゃあ手も打てませんしねぇ」
「現場にはササキくんとクローバーくんが向かったようだし、組合側が到着する前に解決することを祈ろうじゃないか」
どちらの手柄になるかで、その後の処理についてイニシアティブが揺れる案件だ。
頼むぞ、と心穏やかにならぬまま、ぬるくなったビールを飲み干し、空のグラスを店主へ返してやるのだった。
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