12:悪転が波打ち寄せる

「なんてザマだ! 所詮、雇われのなんちゃって悪党なんだよ!」

「くっ……」

 騒乱のベルゼブブの、二つ名にふさわしい哄笑が頭上から、膝をつくササキに叩きつけられた。

 ジェントル・ササキが連絡通路から、線路上に飛び降り着地をしたところで、待ち構えていた一撃を見舞われたのだった。

 それは想定こそしていたが、予想しえなかった一撃。

「空間を折り畳み、戻る力を利用するか……!」

 空間を歪める機能を有するバックパックの出力を、地面に向けて放射したのだ。

 波打つ砂利を敷きつめた路面が折り畳まれ、幾つか先の折り目に線路部分を結合。結果、戻る勢いに乗って鉄の塊が射出され、魔法使いの肉体を強打することになる。

 コモンによる肉体強化を突破して、骨を軋ませ、臓腑を潰され、膝が落ちる。

「おい、大丈夫か! 私なんか庇って……!」

「問題ない……それより、彼だ」

 肩を支えてくれるストライク・クローバーの細い腕に甘えながら、震える太ももに鞭を打つ。

 ベルゼブブを、中空にたたずむ黒ずくめの敵へ、睨むように見上げれば、

「いいねえ。女の子を侍らしてお仕事なんて……魔法使いってのはうらやましい職場だ」

 急降下を開始。

 バックバックの照射先を、飛行に必要な上側でなく、下部に向けたためだ。

 つまり、攻撃の予兆。


      ※


 地面が大きく、波打つように折り畳まれていく。次の瞬間には折り目の山を掛け違えさせて、再び伸び上がってくるだろう。

 打撃と、インフラの破壊を兼ねながら。

 妙手だ、と荒い息の中で感嘆する。

 相手の最終目的は不明であるが、間違いなく列車の機能不全を狙っている。こちらへの打撃を兼ねて、目指す所を進んでいる。

 対して、こちらの勝利条件は撃退に留まらず『インフラへのダメージを抑える』ことも含まれる以上、手番を与えるだけ不利になっていく。

 まさに逆境であるが、

「ストライク・クローバー!」

 光はある。

「線路を『四分割』するんだ!」

「! ああ!」

 少女がしゃがみ込み、軌道を鷲掴みに。

 即座に、鉄のレールは左右に割れ、向かう先である空間の歪みの中で更に前後で割れているだろう。

 空間の縮退が収まり、伸張を始めるが、割れた線路は折り目に対して引っ掛かりを失ったためか、ごろりごろりと、砂利の上に転がるばかり。

「考えたな、ササキ。そのギフトだったら、解除したなら元通りだからな……!」

 いくばくかの石つぶてが顔を打ったが、傷はそれだけ。

 ならば、手番はこちらだ。

 その辺で拾った魔法の消火器『マジカル☆イレイサー』を振り上げ、相手の頭蓋を叩き割るがために、瞬発で一息に迫っていく。


      ※


 であるが、一撃は宙を掻くことになった。

「空間が歪んで、届かない……⁉」

 正しくは、宙を掻き続けている。

 ストライク・クローバーは慄きの通り、彼我の間に『歪み』を発生させたのだ。

 腕が、折り目の山を律義に越していくものだから、目標地点への到着が遠のいてく。

 見事な操縦であると、舌を巻く。

 自分では空を飛ぶので精一杯で、高い親和性を見せたサイネリア・ファニーもギフトとの親和性ゆえであった。

「くっ……使いこなしているな、騒乱のベルゼブブ!」

 天性のものであるか、秘密結社らしく外的強化によるものかは不明であるが、

「そりゃあ、もう! 死ぬほど練習したからねえ!」

 わりと、好感度の上がる理由であった。

 敵味方でなければ好青年かもしれない、と過ぎったが、好青年ならどんな理由があろうと公共施設の破壊を企てはしないだろう。

 殴りつけて良い理由が確定したところで、

「なるほど! 俺は君を脅威と認める!」

「はは! 小物に認められても嬉しくはないねぇ!」

「覚悟しろ! ここからは全力だ!」


      ※


「そんな……ダメよ……!」

 手負いの魔法使いによる虚勢じみた啖呵が、通信機を通して『リバーサイドエッジ』頭領のリンに届けられた。

 血を吐くようなジェントル・ササキの砲声は、痛々しくも本当に雄々しい。けれども、だからこそ、不安が背を滑ってしまう。

 顔を青褪めさせ、神妙な顔つきでこちらの無線に耳をそば立てていたテイルケイプ頭領へ縋るよう向き直り、

「ここからは全力だ、と。つまり……」

 あの傷ついた体で、向かい合う難敵、つまり『騒乱のベルゼブブ』という、

「強度的には一般人に、フルパワーで消火器をめり込ませようとしています?」

「テラコッタ・レディは全治何週間だったかなあ……」

 示された前例に『よもや』が『いかん』にクラスアップしたのであった。


      ※


 ササキにとってこの戦場は、珍しいことではあるが、負けるわけにはいかない舞台であった。

 眼前の破壊者は広義で身内であり、その火消しに回っているのだから。

 不慮の事故ですら翌年のオファーに影響するだろうに、故意に契約を反故にしたならばいわんや。

 万一、自分が敗北し、自浄作用を見せられなかった場合、顎田市の秘密結社全体の信用失墜につながる。看板に傷を付けられたスポンサーならず、交通機関や公的機関からそっぽ向かれる可能性が高い。

 彼らの活動が縮小するとなれば、自然と組合も規模を削がれることに。

 だから、自分の身だけを鑑みても、居場所を守るため、次に進むための舞台を維持するために、負けられないのだ。

 負けられないのだが、

「すごいコモンだが、こちらも伊達に秘密結社の幹部をやっていないんでね!」

「く!」

 腕が振られ、力が逃げ切ったところで一気に歪みが解消される。

 遠かった道程が引かれるよう一瞬で縮み、

「バカ力の相手は幾らでもしてきたよ! それに!」

 前のめりに体勢を崩し、

「お前が得意な、ユキヒコさんにしたような盤外戦も俺には効かない!」

 ポリ袋越しに焦りを見透かすように、口端を釣り上げ、

「可愛いものなんか、我が身以外にないんだからさ!」

 再び、バックパックから歪みを作り出す。魔法使いを呑み込むように。

 折り畳みに取り込まれたササキは、身体的な変調が無いことを確かめる間もなく『ズレ』を感じ取る。

 僅かだが、己のあるべき地点が動いたような、そんなズレ。

 感覚に覚えがあり、確信がある。

 幾つも先の折り目に、体を引っ掻けられたのだ。

「アディオス、魔法使い! 遠くから『騒乱』を見届けてくれ!」

「くそ!」

 嗤い、歪みが解かれる。

 毒づきも虚しく、しかし、身を捩るような強烈な慣性には抗うこともできずに、吹き飛ばされてしまった。


      ※


 鈍く重い、破砕の壊音を響き渡る。

 吹き飛ばされた魔法使いの体は、駅の東西を結ぶ大きな連絡路の壁を砕きながらその姿を消していった。

「ササキ!」

 無線に呼びかけるストライク・クローバーだが、声は返らなくて。

 無事であるか。

 無事であっても戻ってこられるか。

 戻ってこられても勝つことはできるものか。

 戻らなければ自分が立ち向かうことになるのだが、

「さあ、ストライク・クローバー! 君が相手になるのか⁉」

「っ……!」

 果たして敵うものかと、喉が震えてしまうのも仕方がなくて。

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