10:色々あったけれども今は横に並ぶのだから
新人魔法少女に瞬殺された本所市からの刺客は、
「残念だが、ここから先は通行止めだ! どうしても通りたければ、二つ先の信号を左に折れて一つ目の郵便局の角を右に……そうです、パーキングのある、はい、そう……ではお気をつけて!」
交通誘導の手伝いに勤しんでいた。
今作戦の相棒であるストライク・クローバーも一緒であるが、誘導棒の振れ具合からは一向にやる気が見られない。
対照的であるが、複雑な交通規制のかかった駅前通りを、悪の秘密結社らしく的確に捌いていたのだった。
車影が途絶え、空白が生まれると、
「なあ、なんであんな負け方をしたんだ?」
納得しがたいと、少女が憮然とした顔を見せていた。
※
「あんな?」
「そりゃ負けるのが前提の作戦だ。だけど、腰を抜かした相手に無理に負けることはないだろ」
「そうかい? 上手くできたと思ったんだけど」
「ギャラリー、ざわついていたじゃんかよ。もっとこう……上手くできなかったか? あっちの増援を待つとか、なんなら、勝ったって良かったし」
ああ、なるほど。
彼女は、不満があるのだ。それは、結果でも過程にでもなく、
「私、何もしてねーじゃんか」
役割をまっとうしていないための、己への憤りだ。
確かに、接敵後即戦意喪失は、数多用意したシチェーションには含まれていなかった。苦々しくも強硬策で『敗北』としたのは、アドリブであり、完成度には目を瞑りたいところである。
そこで彼女の役割が喪失したことには、完全に失念していた。
「すまなかった。さすがに、俺も動転してしまっていたよ」
「いや、まあ、ありゃ組合側の失敗だしな、責めてるわけじゃねぇけど……サイネリア・ファニーも来ているんだろ? 良いとこ見せたいじゃんか? んだよ、笑うなよ」
なんて言われても、そう微笑ましいことを言われてしまっては、声を堪えられない。
新しい友人に雄姿を届けたい、という気持ちを外しても、確かに言うとおりだ。大舞台での立ち回りは、今後の彼女の評価に繋がってくるのだから。
「ここからの作戦、俺は後衛に回ろう」
「え? いや、そりゃあ、今度はアンタの評価が落ちるだろ。ただでさえ、問題児扱いの私と組まされているんだしさ」
彼女の自己評価は概ね正しい。
あの一件から角は丸くなったものの、組合に憎悪を向ける凶悪な元魔法少女という採点は覆ってはいない。自分は、苛烈な動向を示す彼女の舵取りという役割も、公に任せられているのだ。
けれども、一点。
彼女が加味していない加点がある。
※
「今回の作戦、君と組めた俺は幸せだよ」
「……そうなのか? いや、そんなわけ……」
「損害無しで交通機関にダメージを与えるとなれば、君のギフトに勝る者はいないさ」
自ら何もかもを拒否してきた少女は、己にすら否定の刃を向けることに慣れ過ぎてしまっていた。だから、その胸に燃える、強さも美しさも正しさも、歪んで見えてしまっている。
「シロツメクサの妖精なんて言われる、カメラ映えも重要だ。俺だと『視覚威力』が強すぎるとか『ホラー要素あるなら事前通告しろ』とか不明瞭な苦情が来てしまうからね」
「苦情をお届けする事務員の、最大限に分厚くしたオブラートがその言葉なんだな……」
どうして、そんなここに居もしない本所市の事務員へ同情の眼差しを見せるのだろうか、こちらへの配慮はないのだろうか。
解せぬ、と首を傾げると、
「まあ、わかった」
「じゃあ、本作戦は君が……」
「いや、ちゃんと二人で並んでだ」
こちらの胸板に、軽く拳を当てつけながら、犬歯を見せて、
「即席とはいえ『相棒』だろ。手柄も出番も平等に、だろ」
「……わかった。ああ『相棒』」
呼称を、味わうように微笑みを見せた。
ここからの作戦に漂っていたささやかな『憂い』が払われたようで、心軽くしたササキが微笑み返すと、
「っ!」
重い、地鳴りのような衝撃が走り、広がった。
「なんだ⁉」
驚くストライク・クローバーの視線を追えば、駅方面から立ち昇る黒煙が。
即座、コモンを使って電柱の突端めがけて跳躍すれば、
「電車が倒れているぞ……!」
追随していた相棒が、遠くに見える光景に息を呑むのだった。
※
顎田駅は、県内を網羅する在来線だけでなく新幹線の乗り入れもあるために、幾本もの線路が構内を走っている。
その中で、真四角なフォルムである在来線車両が、軌道から脱落し、横転していた。
電線やパンタグラムなど、列車を構成する諸々が無残に破損し、躍り飛び散っている。
解放された高圧電線が、あちこちに火花を散らしてショートを巻き起こし、ケーブル被覆を焼いては黒煙を吐き出す。
即日の復旧は絶望的な光景へ、
「あーはっはっはっは! 愉快愉快! この『騒乱のベルゼブブ』が、本物の阿鼻叫喚をお見せしよう! 行くも戻るもできない、悦楽地獄をねぇ!」
悪の秘密結社『マウントキング』の幹部が、哄笑を降らせていた。
中空に止まる彼は、黒革のロングコートに、コンストラクトを狙ったような白塗りの化粧を施し『赤目の大蝿』をイメージしているのか、目元に赤いラインを塗り引いている。
そして、その背には単身で空へ停止していられるタネとして、
「新たな力を以て、恐怖のどん底へ押し込んでやろう!」
『金属製の薄いランドセルのような』バックパックを背負っているのだった。
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