9:予定調和を曇らす怪訝

 人足の増えるに伴い、顎田市駅前の各地点で、秘密結社の蠢動は激しくなっていく。

 線路を横断する東西連絡橋の上で。

 個人で営む焼肉屋の駐車場で。

 ちょっと空きが目立ってきたテナントビルの一角で。

 歩行者天国となっている商店街のメインストリートで。

 集まる無辜の市民への攻撃を目論む彼らは、奔り、嗤い、蠢き、平穏を侵していく。

 そんな脅威に、立ち塞がるのが魔法少女たちである。

「私たちの勝ちね、プリティ・チェイサー!」

 最も人目に触れる現場である会場特設ステージ上の戦いも、魔法少女たちの勝鬨がこだましていた。

 敗れた三人組の魔法少女たちは悔し気に、

「いやあ、いくらなんでも一〇対三はダメでしょー……」

「そうだぞ! YUKIちゃんの言う通りだぞ! まともにやったら、グローリー・トパーズとジェントル・ササキ以外に負けるわけないんだぞ!」

「いやあ、KOTOちゃん、後者の名前は出しちゃダメよー」

「なんでだぞ! もう『堤防決壊』したことなんか忘れるんだぞ!」

「……いやあ、帰ったら『会議』ね」

「ひっ……MEGUちゃん助けてなんだぞ! YUKIちゃんガチギレなんだぞ!」

「なに遊んでるのよ! とっとと引き上げるわよ!」

 取り囲む十人超の魔法使いと魔法少女の囲みから、ほうほうの体で逃げ出していく。

 イベント会場に平和を取り戻してもらえた群衆は諸手を挙げて、

「MEGUちゃぁぁぁぁん! こっちに目線ちょうだいぃぃぃぃ!」

「YUKIちゃぁぁぁぁん! ポーズお願いしまぁぁぁぁぁぁす!」

「KOTOちゃぁぁぁぁん! 『堤防決壊』詳しくぅぅぅぅぅぅ!」

 悪の秘密結社幹部を、石を以て追い立てていく。ほとんどがハチマキとハッピを着込んだ『年齢と職業が不詳』なおっさんなのが、この街の闇を露わにしていた。

 敵を討った魔法少女たちの代表が、事態を解決した旨を群衆に宣言するのを、

「メインステージが終わったということは、一息ついたということかな」

 龍号は、屋台の店主からビールを受け取りながら、微笑ましく眺めていた。


      ※


「けど、組合も一〇人投入とか、思い切りましたね。テイルケイプ頭領」

 プラスチックグラスを差し出したのは、川端商店街組合員として参加している、リバーサイドエッジのオーナー、リンである。

 本格的なビールや肉料理の隙間を埋めるように、大手メーカーのビールや焼きそばイカ焼きなどの定番商品を取り扱っている屋台だ。箸休めに慣れた味を求める人々で、それなりの混雑具合である。

 その活気あるテントの片隅で、秘密結社の首脳同士による会談が開かれていた。

「あの三人、対グローリー・トパーズで台本無しのアドリブに慣れてしまっているからね。流れを負けに持っていくのは苦手なんだよ」

「かといってガチっちゃうと、全国エースと渡り合っている実力に敵う相手なんか稀ですしねぇ」

「だけどメインイベントには、人気のある彼女たちが欲しい……苦し紛れの一手さ」

 言葉で言うほど辛辣でなく、むしろ微笑ましい判断である。自分であれば、と思案をしてみても、似たような結論になるのがその証明。あとジェントル・ササキだけはぶつけちゃだめかな、って。二つ以上の意味で『アイドルの尊厳』のために。

「顎田支部の咲内君は良くやっているよ」

「ですねえ。うちのクローバーちゃんも、八つ当たりみたいなものでしたし」

 先日に暴露された『健康増進』問題も、現場の強硬な反発に合いながら、親御さんたちの賛同を取り付けることで存続を強行。憎まれ役を買いながら、所属員の未来を懸案する理想の代表である。

「そんな意味でも、ササキさんを派遣してくれたことには感謝ですねぇ」

「なに、ただの偶然さ。彼女が手を挙げてくれたからだよ」

 グラスを持つ手で指を指す先は、組合事務員と何やら相談をしている少女。どうにも面持ちが落ち込んでいるのは、何故だろうか。わからないことにしておこう。

「サイネリア・ファニーですね。あの子も、クローバーちゃんと仲良くしてもらっているみたいで」

「本当は内向的な子だからねぇ……何か思うところがあったんだろうさ」

 きっと、おそらく『ポリ袋を被った魔法使い』についてだけど、わからないことにしておこう。考えるとこう、心がソワソワしてしまうから。

 だから話題を変えるように、

「ところで、懸念の『マウントキング』の動きはどうなんだい?」

 件の魔法使いを派遣した理由について、進展を確かめる。

「目立った動きは……前哨戦でも、派遣された四人が四人とも、台本通りに敗退していて……心配性が出てしまったかしら」

「用心や保険というものは、得てして空振るものさ。そして、空振ることが最上でもある」

「一笑いしてもらった方が気は楽なのですけど……あら、無線ね?」

 冗談に微笑むリンへ肩をすくめてみせれば、彼女は小型のインカムで手短にやり取りを交わす。漏れる声は、現場を仕切っているユキヒコ・インディゴであり、であれば、

「失礼しました。作戦進行の報告が」

「つまり『逆転の一手で交通機関への総攻撃』が始まるわけだ」

 無論、本気でインフラを砕くつもりではない。

 駅前から脱する足の、一時的な麻痺を狙うのである。

 不安は都度ある。けれども、

「このまま、何事もなければいいんだがなあ」

「ふふ、今日は一般人で遊びに来ているんですから、腰を下ろして楽しんだらいいんですよ。それこそ、心配性ですよ」

 なんて笑われてしまっては、素直にビールの味を楽しむに十分な理由であった。

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