4:満たす要件と控える不穏
「いやあ、さっきは悪かったね、ササキくん」
脛辺りの神経が死んだのでは、と疑わしくなった頃合いで『勝負に勝った』魔法使いは正座から解放された。
膝の稼働が壊滅的な状況で、肩を貸してくれたのは対立していた『ローゼンアイランド』頭領。
「ユキヒコさん……いえ、助かりました。これで当日はやりやすくなります」
「なんだい、わざと挑発したの、バレてたかい」
「俺の実績と能力を、他の幹部さんたちに見せるためだったんでしょう?」
「ま、ね。人手は欲しいし、だからと言って不和があって『作戦運用』に支障が出たんじゃあ仕方がない」
「はは、全体を見て、ですか。懐が違いますね。完敗です」
「いやいや。ササキくんだって、分かっていて『非暴力』で勝利を目指したんでしょ? 怪我は馬鹿らしいし、なにより『情報収集、分析、運用』力を見せた。単純な戦闘力を見せるより効果的だったよ」
「え?」
「え?」
「いや、俺は本気であなたを潰す手を……」
「あ。この話やめよっか。もっと楽しい話をしよう。そうだなあ! 何がいいかなあ!」
白々しく話を逸らす強敵の額に、うっすらと汗がにじむのは何故だろうか。お酒と場の熱気のせいだろうか。
並んでスツールに腰を下ろすと、すでに周りは『決起集会』に移行しており、盛況の様相であった。盛り上げているのは主にカラオケマイクを離さないアイドル魔法少女と、宴会接待を得意とする『リバーサイドエッジ』の幹部たちだ。
胸元を締めるだけ締めた可愛らしいドレスを着こんだストライク・クローバーがカウンター越しに、
「おい、胸筋女衒。おかわりだ」
氷で満ちた琥珀のグラスを押し出してくる。
「もう……前にグラビアに誘ったのは悪かったって。コンプレックスあるとは知らなかったんだよ」
「断ったんですか? クローバーさん、非常に『立体的』だから、魅力的だと思うのに」
「グラビアどころか、生中継で衣装剥いだ奴が……!」
褒めたつもりなのだが、前かがみに歯を剥かれてしまった。
「で、犯罪野郎はなに飲むんだ?」
「あ、ソフトドリンクで……ウーロン茶ありますか?」
「あれ? なんだい、呑まないの? 楽しみにしてたのに。MEGUちゃんのこととか、君の相棒ちゃんの話とか聞きたくて」
「申し訳ない。今日は運転手でして」
「あぁ、だからテラコッタ・レディがはっちゃけているのか。ストレス凄そうだもんねぇ……子育てに、実質頭領だし。ゆっくり呑ませてあげたら? 君も、ホテル取ってさ」
「いえ、彼女だけでなく、MEGUちゃんも送る責任がありますから」
「偉いねぇ。だけど、あの子の実家は顎田だし、いいんじゃ……」
と、響いていた歌声がぴたりと止まって、マイクで増幅されたアイドルの声が、
「え、ダーリン呑んじゃうの⁉ そんな、じゃあ、今日はお泊りね! 川端の逆端にある『御休憩』できる『紫色のお城』がおススメよ!」
くねくねしながら、宿泊施設を指定してくる。顔を『ピンクまみれな悪巧み』にして。
彼女の本来の雇用主が苦い顔をするから、
「俺は『何事もなく』彼女を送り届ける責任がありますから」
覚悟を見せなければならないのだ。万が一など、起こすつもりもない事を。
「うちの子がゴメンねぇ……いやホント、惚れたのが君で良かったよ」
御世辞でないことは余裕のない苦笑から読み取れるから、最高の賛辞である。
やがて届けられたウーロン茶に手をかければ、
「はい、じゃあ乾杯」
ユキヒコが、出されたまま手を付けられていなかった自分のグラスを持ち上げ、祝いの言葉と共にかたむける。
「じゃあ、作戦の成功祈願に。クローバーさんも」
「あ? 仕方ねぇな……」
喧騒のなかで、三人が小さなガラスの音を重ねるのだった。
※
騒がしい会場の片隅に、深海を思わせる静かな一角があった。
秘密結社『マウントキング』頭領、絶海のリバイアサンが腰を下ろすボックス。
独特な外連味の強さを特徴とする組織であり、彼もまた口数の少ないミステリアスな『個性』を前面に出している。
故に周囲は自然と喧騒から切り離されて、静寂に満ちるのだ。
空になったグラスの氷を軽く遊ばせ、
「……ベル……なぜだ……?」
同じボックスに腰かける、己の配下に言葉少なく問いを投げた。
受けたのは、黒革で全身を固めた長身痩躯のにやけた若者で、足を投げ出した横柄な姿勢で笑い返す。
「いや、頭領。それじゃわからんす」
名は『騒乱のベルゼブブ』。長いのでベルと呼ばれるのが常だ。言葉少ない頭領に困っている所属員である。
「……あの魔法使いだ……」
「ああ。まあ、小手調べというかデモンストレーションでしょ」
あまりにあからさまなユキヒコの挑発であったし、今は肩を並べてカウンター席で談笑していることからも、血を見るような戦いではなかったと知れる。
けれども、ベルゼブブにはどうにも笑ってしまう結末であった。
「ユキヒコさん、大切な物が多すぎなんすよ。会社に、社員に、家族に、ペットのワンちゃんもだし、株価もでしょ? 弱点ぶらさげすぎでしょ」
グラスを小さく鳴らしながら横目を向けてくる上司に肩をすくめながら、
「大切なのは自分だけ。他なんていつでも捨てられるくらいでいないと」
ウィスキーを煽り、負ける気がしないと口の端を歪めて見せた。
口数少ない頭領は少しの沈黙を経て、
「……なるほど……しかし、なんの……話だ……?」
「え? ジェントル・ササキについてでしょ?」
「……ああ……彼は……どうして挨拶に……こない……? グラスを空にして……待っているのに……」
「そういうことです? いやあ、どうしてでしょうねえ」
彼どころか、誰も注ぎに来ないところで察して欲しいところである。
……この席、気圧が低すぎるんすよ!
自分も向こうのアイドル生ライブに参加したいところだが、ここで頭領を一人残しておくと組織の風聞が『危ない』。ひいては自分に害が及ぶから、御相伴にあずからざるをえないのであった。
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