3:誰が、どれほど、

 ユキヒコは、新人魔法使いの実績について慎重な取り扱いが必要であると判断し、結果として下したのは『悪いヤツ』という、薄氷を踏むような賛辞であった。

 利益が発生していないアクションを『実績』とみなすこと自体が、間違いである。

 けれども、否定を露わにすることでジェントル・ササキが『壇上』から降りてしまっては元も子もない。

「今回の『仕事』は、見ての通り大所帯で大規模だからねぇ。新人だからって、足を引っ張られちゃあ困るんだよ」

 本来の目的は、彼の実力を公に示すこと。

 フェスへの襲撃事業は毎年のことであり、多数の一般人が足を運ぶイベントとなる。負傷者が出るなどイベントへの支障が出てしまえば、成否によっては来年以降の要請がふいになってしまう、デリケートな案件なのだ。

 なので、参加者は神経を尖らせており、素性の知れない若造の参戦に警戒感を隠すこともしていない。

 そんな緊張をほぐすのが、ユキヒコの企みであった。

 ジェントル・ササキが必要な力を持つこと、作戦従事に十分な人物であることを、様子見をしている他組織に示す。

 なによりユキヒコ自身が、

 ……単騎で敵対マレビトを押し返すなんて、魅力的じゃないか。

 大いに興味をそそられているのだ。

 マスク着用の『視覚効果』も、未着用のビジュアルも、芸能事務所の代表としてはまたとない逸材である。

 挑発に、視線を返す負けん気の強さも加点だ。

 だから、

「おいおい……そんなに見つめられちゃ困っちまうよ。それとも何か? 今までの敵は、その『流し目』でノックアウトしてきたのかい?」

 煽っていく。

 果たして目的は達せられ、魔法使いはネクタイを少し緩めて臨戦を構えた。


      ※


「ユキヒコさんも大人げないなあ」

「まあ、あのボウヤがどこまでできるか見ておきたいでしょ」

「せいぜい、死なない程度にして欲しいところだ」

 様子を伺っていた各組織の幹部たちが、冷ややかな笑みを浮かべて腰を落ち着け直していた。

 全裸官憲アタックの衝撃が和らぎつつあり、青髪の偉丈夫が件の魔法使いを揶揄する姿に、面白おかしく眺めはじめていた。

「ダメ! ダメよ、ダーリン!」

 暴力の気配を一段強くしたジェントル・ササキに、MEGUは困惑の極みのなかで縋りついた。

 鋭いながら整った目元が、細められながらこちらを見下ろしてくる。

「彼が求めているんだ。応じるべきじゃないか」

「ダメ! 社長はすっごく強いの!」

 芸能事務所として顔の広いローゼンアイランドは、美容整形方面のコネクションも強い。ひいては、メディカル系最新技術の伝手に繋がり、認可のされていないインプラント技術による身体強化を組織の特徴としているのである。

「社長は、体中隅々まで処置されていて、体の基礎スペックだけならダーリンのコモンよりも上なの!」

「なるほど。あの体躯には理由があるわけだ」

「ダーリンじゃ怪我どころか、最悪……」

 命に関わるかもしれない。ギフトが『処女の心拍数を上げる』という補助系のササキには荷が重い相手だ。

 両者の力量差を知るアイドルだからこそ、直接の対立は避けて欲しいのだが、

「ありがとう、心配してくれて」

 優しく頭を撫でるその眼差しに、見覚えがある。

 覚悟を決めた、凪いだ水面のような静かな光。

 この人は、もう止まらないだろうと、少女は涙をためる。

 そんな確信に、横合いから下卑た声がぶつけやられた。

「MEGUちゃんの言う通りだよ? 怪我しないうちに、本所に帰った方がいいんじゃないの?」


      ※


 ササキの眼差しが、戦うための色になる。

「お、やるかい? なら外に行こうじゃないか。ママに迷惑はかけられないし、何よりギャラリーがいる」

「その必要はないですよ、ユキヒコさん。この場で決着をつけますから」

「んん? 言うねぇ。どうやるんだい?」

 そんな変色もまた、MEGUには見覚えがあり、

「やるからには『本気』でいきますよ」

 背筋に走る怖気も、また思い出す。

「面白い。口だけなら何とでも言えるからねぇ」

 あれは、そう、この人と初めてあったあの夕暮れに見た色。

「言質はとったぞ『ローゼンアイランド』頭領ユキヒコ・インディゴ!」

 対峙した私とあなたは『魔法少女』と『魔法使い』であり、

「組織の長たる貴様の実力が、こちらを大きく上回ることは把握した! なら、採り得るありとあらゆるを用いて、抗って見せる!」

 自身の『童貞』と『処女』を『相打つ』ことで無力化を目論んだ、あの時の曇りない瞳と何ら変わることなく、

「覚悟しろ! 貴様が『AOI芸能事務所』の代表『葵・幸彦』なのは把握済みだ!」

「はあ? それと勝負に、何か関係あるのかい?」

「そして、県内では最大手! 多くの従業員を抱えて、自社株をボーナスとして分配していることも!」

「? 何が言いたいか……役員の切り崩しでもする気? それとも敵対買収かな?」

「ふざけるな、金で頬を叩くような恥ずかしい真似などするものか!」

 そう、手を尽くす、と言った以上、

「貴様の興したイベントのこと如くに『自主参加』してやろう!」

 あの人は言葉を違えず勝利を目指し、

「忘れるなよ? 俺は全県に『御子息の映像』と悪の女幹部の『公開解体ショー』をお届けした『実績』があることを! そして『テイルケイプ』に所属している以上『不逮捕権』があることも! その時の株価が楽しみだなぁ⁉」

「やだ……ダーリン、カッコいい……!」

 全力を迸らせる姿に惚れ直さざるをえないのだ。

 魔法使いの『本気』が伝わったのか、本来の頭領は明らかにたじろいでいる。さすが、ダーリンね!

 カウンター向こうのストライク・クローバーは『怒髪が天を衝く勢い』で睨んでいるが、このカッコよさがわからないなんて可哀そうな女ね!

 取り囲んだ幹部たちも『テイルケイプはあんなのと対峙しているのか……』と慄き、顔を青くしている。ダーリンの凄さが分かったようで何よりね!

 あと姐さんが座った目で立ち上がったけど、どうしたのかしら!

 わかった、ダーリンの雄姿に乾杯するのね⁉


      ※


 三分後、ジェントル・ササキは磨かれたフロアに正座させられ、テラコッタ・レディに説教を喰らっていた。

 アイドルによる必死の庇い立ても虚しく、また原因となった『ローゼンアイランド』頭領の取り成しも功を為さず、一時間にわたるものであった。

 後日、その場にいた者は証言する。恐ろしい『新人』の登場もそうであったが、なによりそんな『やべぇ』奴を完全に飼いならす『テイルケイプの筆頭幹部』が最も恐れるべき存在であった、と。

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