2:あの人の軌跡の輝きが

 ユキヒコ・インディゴ。

 名が示す通り、青をイメージカラーとした、四十半ばの偉丈夫である。

 若い頃はローカル放送局御用達のタレント『葵・幸彦あおい・ゆきひこ』として活躍しており、彰示自身も人懐っこい笑顔は懐かしさと共に思い出させるものである。

 三十歳の折に独立、芸能事務所『AOI芸能事務所』を旗揚げ。タレント時代に築いた人脈と本人の才覚に拠って、現在では県内の芸能タレントを担い、シェアの六割を維持し続ける老舗となっていた。

 華やかな表の顔の裏に隠すのが『ユキヒコ・インディゴ』の名前であり『ローゼンアイランド』という秘密結社としての看板である。

 所属タレントから適性のある者を幹部として取り立て、下積みやマネージャらを戦闘員として用意し、組織化している。作戦活動も特色があり、表の看板が企画したイベントを襲撃するなどの自家発電的な作戦活動が主だ。

 幹部もタレントとしてキャラクター商品化に勤しんでおり、昨今の一番人気『プリティ・チェイサー』を例にとっても、グッズ販売やイベント開催など余念がない。

 名声実績ともに県内有数の悪の秘密結社であり、その頭領であり、

「で、ジェントル・ササキ。どうして本所市の魔法使い如きが、この場にいるんだい?」

 にこやかな笑顔と突き付ける指先にこもる明白な敵意が、十二分に圧力として一介の工場事務員兼新人魔法使いである彰示にぶつけられているのである。


      ※


 彼が求めるものが何であるのか、相対する魔法使いは察することができないでいた。

 組合への敵愾心だというのなら、会合の最初に指摘していただろう。

 秘密結社員としての実績不足を糺すのなら、言葉を突き付けるのは現在の管轄であるテラコッタ・レディへ向けられるべきだ。名指しで、自分へ指先を示すのはおかしい。

 こちらを『ごとき』などと扱き下ろしながら名前も経歴も知っているとなれば、データを手に入れ目を通してあるということ。

 では、と首を捻っていると、

「社長! いくら社長でも、ダーリンをバカにするのは許さないわ!」

 答えを持ちえない不甲斐ない大人を庇うように、学生服のアイドルが両手を広げて訴える。


      ※


 頭領として、ユキヒコは頭を抱えてしまう。

 ……ここまでハマっちゃうとはねえ。

 惚れっぽい子ではあったが、アーティスト特有の感情の沸点の低さからくるもので、当然飽きるのも早かったのだ。

 そんな『女の子』をこんなにも魅了する魔法使いに興味が湧いていたし『求める』ものもある。

 だから言葉を煽らせて、

「バカにしているわけじゃあない、MEGUちゃん。実績がね、足りないんじゃないかって話でね」

「ふざけないで! 社長、知らないの⁉ ダーリンは、この場にいる全員を足しても負けないくらいの実績を残しているわ!」

「へえ、田舎の官製秘密結社の、さらに組合からの出向魔法使いに、かい?」

「ええ! 証人もいるわ! ね、姐さん⁉」

 はて、資料にそれほどの大きな実績が記してあっただろうか。

 組合の魔法使いとしては、ほぼ単騎で『海の世界』からの敵性マレビトを撃退、という華々しい戦果を持ち合わせてはいる。

 けれど、時折に参加していた『テイルケイプ』の幹部としては、人数合わせ程度のものばかり。

 はて、と代表代行であり、資料を提供してくれたテラコッタ・レディに目を送る。グラスに注がれた美酒を楽しんでいた眉目が、一瞬で『地獄の釜の臭いを嗅いだよう』な曇りに塗れたため、

 ……私は関係ない、って顔だな。

 俄然、興味が掻き立てられる。

 べた惚れな『脳ピンク』のひいき目でなく『何かが』あった証左なのだから。

「ははあ! 田舎じゃ、どんな些細な悪事が大手柄になるっていうんだ⁉ 後学のためにも教えては貰えませんかね、サ・サ・キ・さぁん?」

 だから『煽って』いく。こちらの『求め』に、向こうが乗りやすくなるように。

 であるが、鋭く整った相貌をいささかも崩すことなく、呼吸を整えるだけ。

「MEGUちゃん『あれ』は実績とは言えない……ただの苦肉の策だったんだから」

「謙遜しないで! あの雄姿、録画できなかった自分が恨めしいくらいなんだから!」

 焦らすねぇ、と感想を漏らしたところで、自分の姿に苦笑してしまう。どれほど前のめりに期待をしているものか、これではMEGUのことも笑えない。

 悶着は、次第にその場の全員が興味を引くに至り、誰も乾杯をせず、ジェントル・ササキの戦果に興味を集めていく。

「ダーリンは……!」

 必死の形相で、皆の視線を集め、少女が謳う。愛する人の『悪逆無道』を。

「ダーリンは『ゴールデンタイムのお茶の間』へ『女刑事』に『そのままの姿』で勝利した映像をお届けしたのよ! 当然『保護措置』は無しでね!」


      ※


 誰もが、幹部も頭領も畏怖を掻き立てられ、

「誰か勝てる人はいるの⁉ 警察を! 中継の下! 全裸で! 倒せる人は居るかって聞いているの!」

「MEGUちゃん、ここにいる人は皆『立派』な頭領さんや幹部さんなんだろう。その程度の、苦し紛れの一手を誇っては恥になるよ」

 誰もが『ハードルを斜めに上げんなよ』と業界の先達として、テラコッタ・レディと同じ『地の底の苦虫を噛み潰した』ような顔に。

 皆が怖れから口を開かないことで、テイルケイプ幹部『劇場』は熱を帯びていく。

「けど、ダーリンがコケにされて私……! 証拠もないし……! あ、社長なら局にコネがあるじゃない! どうにか手に入らないかしら⁉」

 悪事には違いない。だって『犯罪』なんだもん。

 ただ、それを『実績』にカウントしてしまうと、以後の皆様方の『活動』にひどく悪い影響を及ぼすこと間違いなしだ。

 ちょっとMEGUに関して再教育が必要かなあ、とお子さんを預かる身であるユキヒコは頭を抱える事案であった。


      ※


 MEGUの必死の訴えは、新参者に向ける参列者の目色を変えるに十分であった。

 侮る色が『一目置く』風に塗り替えられた。

 ありがたいところである。

 無手の自分が侮られるのは仕方がないことだし、当然であろうと考えてはいるが、そうではないのだと肩を支えられるのは素直に嬉しい。

 頑張ってきてよかった。

 頑張ったから『敵だった』彼女が支えてくれる。

 ありがたくて、だから思い至る。

「なるほど、十分に『悪いヤツ』なのはわかったよ。だけど」

 笑い、グラスを掲げるユキヒコが『求める』ものが何であるか。

「実力の方はどうだろうねぇ?」

 己を納得させられるものか、同じプロジェクトに肩を並べるに足るものか、自身の『力』を示せ、ということなのだ。

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