2:この手をあなたが掴めるように

 実働であり負傷のあった二人を先に帰すと、休憩ホールの丸テーブルを囲んでの三者会議が執り行われることとなった。

 けれども、組合長に医務室長に並んで、どうして一介の事務員である自分が、と首を捻るのは澪利である。自販機で購入した紙コップのミルクティーに口を付けながら、探るような視線を、こちらを挟む両者に。

 と、目が合った医務室長が、冗談めかして口端を持ち上げる。

「なに、澪利ちゃん。佐々木さんについていけなくて不満なのかな」

「なるほど、ソーミさん。つまり、わかっていて呼び止めたわけですね?」

 深い緑に染めたロングヘアを揺らして笑い、肯定を見せてきた。

 ベウリウル・ソーミが、彼女の名前だ。

 組合内では、良く目立つ存在である。それも、肩書によるものだけでない。

 佐々木とほぼ同身長の長躯に白衣を揺らし、そのシルエットは背丈に対して些か細い。少女ばかりの組合内では常に頭一つ高く、組合長と並んでようやく画角のバランスが取れるほど。

 日本人離れした可憐な容姿と、見た目に反した流暢な日本語の使いでも、視線を集める理由である。

「おいおい、ワンカップを構えないでくれよ。昔は、あんなにも傷を治してあげたじゃないか」

「確かに、非常に助けられましたが」

「はっはは、ほら、久しぶりに治してあげよう」

 快活に笑うと、右手で、左の薬指を『引き抜い』て、

「手首に痣、どこにぶつけたんだい」

「佐々木さんが落ちたと聞いた時に……いや、まあどうでもいいでしょう」

 そうかいそうかい、と笑いながら『抜いた指をこねる』と、粘土のように傷を覆う。

 強いむず痒さの三秒後、やはり粘土のように剥がせば、傷は跡形もなくなっていた。

 人智を越えた所業であり、重い条件下で得られる魔法少女としての素質の他には、

「さすが『マレビト』の技ですね」

 世界の理外からの来訪者にだけ許される、奇跡であるのだ。


      ※


 ベウリウル・ソーミは、呼称『繁茂する密林』からの難民であり『友好マレビト』と称されている。

 群生する樹木が知性を持ち、文明を形成した世界であった。植物の身体を持つ彼らは、元は世界を支える巨大な根から別たれた、という創生神話を事実として有し、身体を相互補完する個性を持ち合わせている。

 他者の細胞を、他者の細胞で埋め合わせることができるのだ。

 その同士で傷を癒し合う力は、難民先の人類が目をつけないわけがなく、実証の結果として人の細胞も復元できることが確認された。

 異常気象で故郷の世界を追われた一団であったが、難民先で役割を得ることができ、人に紛れて貢献をしているということである。

「現役時代……いえ『マレビト』の情報が解除される最近になるまで、変わったギフトだとばかり思っていました」

「まあ、目の前で体をこねこねし始めちゃあねぇ」

 笑い、指を復元。問題なしをアピールするように、ひらひらと振って見せる。

 すると、ここ最近、この力にひどく世話になっている男の顔を思い出し、

「佐々木さんはどうでした? 驚いたと思いますが」

「そうだね、一発目は驚かれたけど『マレビト』の情報を解除されたらあっさり『敵性がいる以上、協力的な存在もあるだろう』って納得していたかな」

「ふむ、さすがの適応力ですね。自分は第一印象で『マレビト=敵』と思い込んでしまっていましたから」

「きっと『敵性マレビト』という単語から読み取ったんだろう……限られた情報から現状を見出す、彼のセンスだね」

 それまで、コーヒーを口に、黙っていた組合長が頷きながら割って入って来た。

 そこで、当初の方向性を思い出し、

「澪利ちゃん、どうしてワンカップを握り直すんだい? 私は、組合長から頼まれただけで」

「組合長が? では『狙うこめかみ』はあちらで構わないと?」

「こめかみはなあ……狙っちゃいかんよ……」

 どうにも『古傷』が疼くのかこめかみをさすっているが、つまり『効果覿面』ということだ。

 握りを強めると、

「サイネリア・ファニーのことでな」

 と、自分自身も懸念していた名を聞かされ、振り上げた拳を下ろす先に困ったので、とりあえず封を切ることとした。

 どうして二人が目頭を押さえているのか、理由はとんとわからないままに。


      ※


「彼女は今日、明らかに失敗をしただろう? ササキくんに、そのケアを頼んでいてね」

 ミスを次に生かさせるためには、その人に合わせた対応が必要になる。

 今まで不遇の中にいたサイネリア・ファニーは、もとよりの内向的な性格も相まって、非難や叱責を受けると委縮する傾向にある。

 また、失敗について放置をしても同じだ。

「ササキくんの目立たない功績だがね、サイネリア・ファニーの手綱を取れているんだ」

「世間的には逆の評価ですけどね、内向的で下ばかり向いていた彼女の目を、前に向かせているのは凄いことよ」

「きっと、大きな実績なんか得られなくとも、彼と彼女は今と同じ関係に至っていただろう、と私は思うところだよ」

 もしかして、という夢想であるが、きっと、という確信がある。

 絶大なコモンを有することも、決して曲がらない心根も、そして少女の心を救う言葉を持ち合わせていることも、全て彼の『力』なのだと、代表である龍号は評していた。

 魔法使いをスカウトし、今も距離が近い元魔法少女はその事実を理解したらしく、

「それでは組合長……」

 臨むように声を高くし、

「私もササキさんに『手綱』を握って貰いたいところですね、おっと涎が……いや待ってください。もしかしてサイネリア・ファニーの『握れる手綱』とはそういう意味……だとすると私の『手綱』は……ど、どうすればいいんです! 対抗するにはもう、リアル轡しか……! おっと涎が……」

 口元をじゅるじゅる言わせながら、ワンカップを震わせて中身をこぼしている『元無口クール美少女』の『痛ましい姿』に、目頭を押さえざるを得なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る