3:傷は痛ましく、されど熱く

 ワンカップが無惨な有様で死屍を幾つも重ねた頃、

「こんな時間に、賑やかですねぇ」

 正面入り口の自動ドアが来客を招き入れてきた。

 無表情で『おくすり』を煽る事務員から逃げるように目をむければ、ビジネスバッグを提げた細身の男が、火のついてない咥え煙草を揺らしながら近づいてくる。

「おや、副組合長」

 魔法少女組合本所支部における、二列目に名を連ねる人物だ。

 名は、堂賀林・銀どうがばやし・ぎん。今年で四十七歳となる壮年。

「お疲れ様、県会議はずいぶん長引いたみたいだね」

「顎田支部からの恨み言で、耳が取れそうでしたよ」

 眉を八の字に歪めながら肩を揉み、いかにハードな仕事であったか冗談混じりにアピールしてくる姿に、思わず笑ってしまう。

 横合いから、

「堂賀林ちゃんは、今日はなんの会議だったんだ?」

 震えながらワンカップの封を切る『被害者』の介護に飽きた医務室長が、笑顔で向けていた。

「定例の会議だよ、ソーミさん。各支部の稼働率やら負傷率やら、改善策やらの報告会」

 ただ、と、椅子に腰を下ろしながら、鞄の中から書類を一枚取り出し、こちらへ広げて見せてくる。

「ふむ……テストモニターの募集か」

「そうです。またぞろ、どこかの企業が新技術を開発したとかで」

「ええ? そういうの、秘密結社に回るんじゃないんだっけ?」

「どこからも相手にされなかった、かな? 我らが仇敵『テイルケイプ頭領』としてはどう思います?」

 煙草を、手で覆うように掴み、口から離すと、やはり冗談のように笑ってみせた。

 公言すべきではない際どいジョークに、苦笑を返しながら、龍号は状況の肯定を伝える。

「まあ、そう珍しい事でもない。繋がりのある秘密結社が、他にも技術モニターに参加していたらキャパ不足や契約上の理由で断ることはよくあることだ」

 加えて、

「単純に、肉体への負荷を避けたりな」

「それが理由でこっちに人柱建てろ、ってのはいただけない話でしょう」

「秘密結社の所属員と、組合の所属員。その違いが理由だよ」

 ん? と疲れた片眉を押し上げる副組合長に対し、ソーミが屈託なく手を挙げて、

「わかった。『魔法』の有無だね? 体の『強度』が段違いだ」

「秘密結社は『対魔法』を謳っているから、原則ただの『人間』だからね」

「なるほど。だけど、わかったからといって、楽しい話ではないですねぇ」

 負担を押し付けられるわけだから、彼のへその曲げ方も理解ができる。

 けれども、さすがに若いながら責任ある立場を任された男である。

「やるなら、ウチの支部から人手を出したいところですね。こういう『小さなババ』を引いておけば、いずれの『大きなババ』は他に譲ることができますから」

「企業側と直接のパイプができるのも旨味だ……誰も手を挙げなかったのなら、どこかの紐付きというわけでもなかろう」

「さすが組合長、私が口にしたくなかった汚い事まで説明してくれる」

「泥を被るのは慣れておるからね。遠慮なく跳ねてくれたまえ」

「頼りになりますねぇ……そういわれちゃあ、募集は私の名前で出さざるをえませんな」

 泥を被るなら順番に、小さくとも大きくとも、一回は一回、というわけだ。

 人選やら詳細の確認やら手順は必要だが、それも明日以降の話。

「ま、もう、みんな帰ったことだし、我々も引き上げようか」

「おや、そうなんです? まだ十二時前ですし、てっきり……今日はサイネリア・ファニー組でしたかな」

「ああ、作戦中に相棒が」

 怪我を、とまで言いかけたところで、

「ああ、そうだ、思い出しました」

 それまで震えながら『おくすり』摂取に勤しんで、空き瓶を量産していた静ヶ原・澪利が明瞭な口ぶりと涼し気な目元で遠くを見ながら、やおら立ち上がって遮ってきた。


      ※


 今の彼女は『折れた大腿骨』みたいなもので、取り扱いは慎重を期する。

 おそるおそる、刺激しないように当たり障りない言葉を選んで、

「静ヶ原くん。何を思い出したんだい?」

「話の、最初です」

「最初? 佐々木くんに相棒のケアを頼んガッ!」

 空の瓶底が、こめかみを痛打した。

 腐っても魔法少女と、体の丈夫な『元』魔法使い。

 戦力比は歴然であり、

「では逆も」

 再びの破砕音に、目の前が真っ暗になって、

「し、静ヶ原さん……? いったい、何が……?」

「おや、副組合長。どうです、一本。よく眠れますよ?」

「いやあ、私は車なんで……」

「大丈夫ですよ。アルコールは『見ての通り0パーセント』ですから」

「澪利ちゃん! 珍しくお酒が回ってるね⁉ ダメだよ! 組合長と違って、堂賀林ちゃんは人間なんだから!」

 組合職員たちの『厚い信頼』を確かめることができた龍号は、素直にまぶたを閉じることにしたのだった。ちょっと、何もかもイヤになっちゃったのは内緒である。

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