6:あなたが涙を落とす理由

「く……クローバーさん!」

 切れ目ない雑踏のなか、しかも少女のような背丈とはいえドレス姿というのはよく目立つ。小路に飛び込んだところを見逃さず、文も後を追いかけていく。

 サイネリア・ファニーは、まさに落ちこぼれの魔法少女であった。

 遅いデビューに加え、身体強化などの基礎値となる『コモン』が平均より劣ること。虎の子である『ギフト』も、Aの穴に対して径や溝切りの関係なく、Bを螺旋回転させながら挿入出できる、という使い出に困る代物である。

 事実、相棒となった魔法使いたちはすぐに匙を投げてしまい、活動すらまともにできない日々もあった。

 何故、と悔しくも思った。

 どうして、と自分を恨めしくも思った。

 どうすれば、と苦悩する夜だって多々。

 だから、組合に怒りを向けるストライク・クローバーに近しいものを感じていた。

 もし、ササキさんに出会わなければ。自分はどうなっていただろうか、と。

 考えてしまえば身につまされる話であり、思わず店を飛び出してしまったのは、そんな同情に胸が震えてしまったためだ。

 だから、人気の少ない小路で、自販機から水を買っている彼女にかけるのだが、

「クローバーさん! お話をさせてください!」

「あんた……魔法使いと一緒にいた……」

 魔法使いと一緒にいたということで、敵意のスイッチは十分なようであった。

 取り出し口にしゃがみ込んでペットボトルを取り出せば、藪にらみのような鋭い視線をぶつけ飛ばし、

「……今、いくつだ?」

 唐突な確認を飛ばしてきた。


      ※


 戸惑いつつ春に十八歳になったことを伝えれば、今度はまなじりをわずかに下げるが、

「そうか……もう、手遅れだな……」

 その色は、淡い憐憫。

 好んで業界に残っているのだから自業自得だろう、という突き放しと、それでも憐れまずにはいられない、という迷いのある同情が混ざり合っているようだ。

 それほどに組合の在り方について怒りを持っており、所属する少女らは被害者なのだと認識しているということ。

 果たして、どこからその怒りが生まれているのか。

「私は本所の所属ですから、顎田支部の内情は知らないんです……いったい、何があったんでしょうか?」

「本所の? ああ、だから見覚えがなかったのか……くそったれな話だよ」

 ペットボトルの封を切り、発露の準備のように喉を湿らせる。

 腕で口元を拭うと、忌々しげに舌を鳴らす。

「組合にとっちゃあ、私ら魔法少女なんか寿命の短い商品だ。最大効率で回すために、あーだこーだと注文を付けられ、体も貴重な時間もズタズタにしてきやがる!」

 確かに、魔法少女の活動は過酷だ。特に夜番を任せられる年齢になると、負担は飛躍的に上がる。

 けれども、顎田支部の新しい支部長はその辺りを改革したと聞いているのだが、

「アイツ……咲内が支部長になってからは最悪だったよ……!」

「それは、どういう……」

「こんな体にされちまって……ちくしょう……!」

 胸を抑えて、慟哭を堪えるように声を震わせる。

 どうにも、こちらの認識とは違った真実が隠れているようだ。

 全容は見えてないが、しかし本心から怒りと悲しみをぶつけられて、文の胸は共感に満ちてしまっていた。

 だから、うつむく推定被害者の肩を抱き、

「結果は約束できませんけど、力にはなれます! 私は頼りないかもしれませんけど、佐々木さんはああ見えて凄い人なんです!」

 相棒の、事態解決能力の高さを根拠に、大丈夫だと安心を伝えようとしていく。

「落ちこぼれなんて言われていた私を、一月足らずで『魔法少女なんだ』と胸を張らせてくれたんです! だから、きっと!」

 きっと。

「あなたのことも救ってくれるはずですよ」

 腕の中で丸まる彼女は、そのまなじりから険を完全に洗い落として、

「私も……胸を張ることができるかな……?」

「ええ、きっと! だから」

 何があったのか教えて欲しい。

 事情がわかれば、補償や謝罪を引き出すこともできるだろうし、今時点で支部に所属している魔法少女たちを助け守ることに繋がるだろう。

 その実績は彼女、ストライク・クローバーのものだ。

 だから、何があったのか教えて欲しいのだけども、

「綾冶さん」

 大通りから、信頼を寄せる彼の声が届けられ、

「同情はしちゃあいけない。彼女は、紛れもなく俺たちの敵なんだから」

 思いもよらない、鋭い言葉が突き刺されてしまった。


      ※


 ストライク・クローバーこと、四峰・小海しほう・おおみは、煮えるような諦観で喉までを満たしていた。

 ああ、やはり、やはりそうなのだ、と。

 魔法使いなど、組合など、敵でしかない。

 彼だって、この体を弄んだあいつらと、同じだ。

 私はこの先、背を丸め、憎しみを胸に、歩いていくしかないのだ。

「さ、佐々木さん! そんな言い方は……!」

 この子は良い子だ。組合という組織に青春を蝕まれ、それでも胸を張っているのだから。そんな彼女が推した魔法使いに、少しでも期待を抱いてしまった自分が悪い。

 猫背がさらに丸まってしまい、

「ストライク・クローバーが胸を張るために、不正を暴くわけじゃあない。俺は、俺が胸を張って組合員であることを誇るために、暴くんだ」

「え?」

「その結果で、君が胸を張れるというなら、それは喜ばしいことだけどね」

 煮えていた瞳の沸騰が、水を入れられたように引いていく。

「だから、痛ましい証言なんか不要だよ。突き止めることも、所属する人間の義務なんだから。必要のない傷を、抉るようなことはしなくていい。

 何も心配をせず、明日は正面からぶつかってくるんだ」

「佐々木さん、それって……」

「ママからお願いされたんだ。明日、君と対峙するのは俺たちにしてくれって」

 代わりに、柔らかな熱を帯びて、視界をふやかされてしまって。

「だから同情はしない。何の心配もなく、全力でくるんだ。君にはそれが必要だ」

 これがあの『パンストを顔面に巻き付けてマネキンの手足を振り回していたアレ』であるのか。

 落差が涙腺をゆるめてしまうから、隠すようにさらに背を丸め、

「……お願い……!」

 精一杯の声を揺らし、明日に期待を寄せて、嗚咽を呑み込むのだった。

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