5:悪の秘密結社に身を寄せるのは

「わあ……おいしそうです! ね、佐々木さん」

 バーカウンターに出されたカルボナーラの甘いながらジューシーな香りに、隣に座る文が目を輝かせて胸を弾ませていた。

 逆隣の澪利はというと、先に提供されたビールグラスを傾けながら、

「クラブというのは初めてですが、料理も出すのですね」

「ラーメンが有名なお店もあるのよ? うちは賄いの延長だけどね。さ、こっちはあなたの分。熱いうちにどうぞぉ。今はお客さんもいないから、ごゆっくり」

 カウンター向こうのドレスを着こなした店主から、湯気の立つパスタ皿を受け取っている。

 路上で、偶然にもストライク・クローバーを見つけたところから、端は発する。

 事前のあれこれで様々な疑惑が輪郭を示していたものだから、咄嗟に声をかけたのだ。同時、女子高生の胃が『嗚咽』をあげたため、そのままご入店と相成ったわけである。

 若さと『巨大さ』による栄養不足に耐えかねたのか、さっそくフォークを突き入れてご賞味のモードに入っていた。

 感想も口にせず黙々と手を動かず姿を微笑ましく思いながら、泡の立つグラスを傾ければ、

「もう一つは少し待ってねぇ。コンロが小さいのよ」

「いえ、助かります」

 店主から、愛嬌の強い笑顔が返された。


      ※


 店の名前は、川端地区の外れに看板をあげるクラブ『リバーサイドエッジ』。

 無論、秘密結社『リバーサイドエッジ』と同じ名前であることも、店前で結社員のストライク・クローバーと口論していたことも、偶然ではない。

 源氏名を『リン』と呼称するこの女傑は、クラブオーナーであると同時に、秘密結社『リバーサイドエッジ』の頭領でもあったのだ。

「川端地区の飲食店組合で立ち上げた組織なのよ。地区で定期的に、人の集まるイベントが起こせるでしょう? 外注があれば組合の収入にもなるしねぇ。何年かで代表は持ち回りなの。もちろん、当番じゃないお店も協力はしてくれるわぁ」

 名前もその都度変わるらしく、店の宣伝が大きなメリットであると笑って聞かせてくれる。

 手の空いた彼女がカウンターの向こうから泡に満ちたグラスを掲げるから、微笑み、こちらも応じて、乾杯にグラスを鳴らせば、

「今日は助かったわ、ジェントル・ササキ」

 不意に礼を言われた。

「今はプライベートなので、作戦名は……」

「あら、秘密結社のアジトに潜り込んでいるのに?」

「ははは、確かに」

 思わず吹き出してしまう返しに、口元を拭いながら笑い返す。

「ですが、助かったというのは?」

「クローバーちゃんのことよ。あのままだと、向こうさんにケガをさせちゃうところだったからねぇ」

「確かに……あの憎しみようは普通じゃない、と話をしていたところでした」

「ウチは、商店街を盛り上げるのは第一義だから、組合さんと血みどろなんてしたくないの。ヨソはスポンサーの関係で、試験品のテスターだったり先方とバチバチしたがったり、だからバランスを取るためにも、ねぇ」

 本来なら、疲弊損耗した魔法少女たちの相手を受け持って、過密な稼働率のインターバルとして機能していたのだ。

 けれどもそんな良サイクルを、新たに加入したストライク・クローバーが崩しつつあるのだという。

「理由は話してくれないんだけど、組合のことをすっごく恨んでいてねぇ」

 戦闘が『行き過ぎる』ことがあるのだ。

「どうにかしたくてしつこく聞いてもだんまりで……組合にも問い合わせたんだけど、ウチは所属員に最大限の配慮をしているの一点張りで、話にならないし」

「佐々木さん、これは……」

 横から口を挟んだのは、口端をクリームで白く汚した相棒だった。

 内向的ながらしっかりとした彼女の粗相に、微笑ましく思いながらおしぼりで口元を拭ってあげると、気恥ずかしさに頬を赤らめながら言葉を続けてくる。

「ストライク・クローバーさんが、魔法少女の時に何かあったのは間違いないんです。そうじゃなきゃ、あんなにも憎しみを大きくなんかできません。あんないいところなのに……」

「逆恨み、という可能背もあるけどね」

「そこも踏まえて、ちゃんとお話してみたいです……」

「そうですね。ところで佐々木さん」

 呼ばれ、逆サイドの小さな人に向きなおれば、

「静ヶ原さん。どうして口どころか鼻までクリーム塗れなんですか?」

 手拭いを構えて『行為』を要求していた。量が多すぎて垂れそうになっているせいか、顎を上向きにして、だ。

 目論見を伺うためそのままにしていると、

「被害者も加害者も口を閉ざしているのなら、どちらにしろ、内情がわかるまでは口出しできません」

 顎からぽたぽたと滴らせながら、結論を綴ってきた。

 これ以上は不憫すぎて、仕方なしに差し出された手拭きを受け取ると、

「三皿目だ!」

 奥の厨房から、エプロン姿のストライク・クローバーが、湯気立つ皿を手に姿を現した。

 オーナーに手渡しながら、猫背のままこちらに歯を剥いて見せて、

「食ったら帰れよ、イカサマ野郎!」

「こら! お客様なんだから!」

 怒られ、だけど半目を逸らさないまま。

 そんな激情は、けれど戦場の勝ち負けに拘るためではなさそうだ。組合に所属する人間へ対する敵意に外ならず、ではどこが起源であるかと話題になっていた発露である。

「ありがとう。すごく美味しそうだよ」

 笑顔を向けても、うるせぇと手を振られる始末だ。

 はて取り付く島は、と言葉を探すと、

「ちょっと。結局そのサイズの合っていないドレスを着たの?」

「いいだろ! 私は、この可愛いのが好きなんだから! これがいいんだ!」

 店先で燃えていた火種が、再燃したのだった。


      ※


 店先で一目惚れしたドレスが、少々キツいというところが発端だったらしい。

「生地だけじゃなく、体も痛めるのよ?」

 言い争いに、母親のように諭すオーナーの言葉へ、

「うるさいうるさい! 今日はもう帰る!」

「あ、待ってください! クローバーさん!」

 癇癪を起こしたように、ドレスを翻して店を飛び出しまった。彼女を追って、話がしたいと言っていた文が慌てて後を追いかけていく。

 焦るのは、彼女の相棒であり監督者である佐々木・彰示。

 外は県内最大の繁華街で、少女は制服姿のまま『アメリカンクラッカー』を振り回しているのだ。

 大小様々なトラブルに見舞われることは、赤子の手を捻る結果を想像するより容易い。

 だから、慌てて腰を上げれば、

「落ち着いて、ササキさん」

「ですが、盛り場に学生を一人は……」

「近所のお店に連絡を入れたわ。この辺はみんな仲間だから、行き先もすぐにわかるから」

 携帯電話を掲げ、メッセージを飛ばしたことを教えてくれる。

 それならひとまず安心で、であるなら呼び止めた理由を訊ねざるをえず、

「あなたに、勝手な話だけどお願いがあるのよ」

 こちらの問いの視線へ『リバーサイドエッジの頭領』は切実な言葉を編むのだった。

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