4:『総動員』
状況は、ここまで『公安』の想定に収まる内で推移しているから、
「いやはや、こっちが順調で助かったッスね」
空は曇り、明かりのない車の中で、万城・美岳が携帯電話のディスプレイ光に煌々と照らされながら、口端を持ち上げていた。
最悪なのが、ジェントル・ササキとウェル・ラースの双方を同時に相手取る、というシナリオである。強靭なコモンと絶大なギフトとが並び立ってしまっては、装備が万全とは言え十人では心許ないところだった。
よって、美岳自身が単騎で一方を足止めする必要があったのだし、少し『斜め下』から迅速に対処されてしまったが、目的は達している。
手元の、現場を映すディスプレイには、膝立ちで動けない白尽くめの姿が。
「どうせ、ジェントル・ササキは駆けつけるッスからね。その前に対処できたのは満点ス」
彼一人なら、数で圧して目的を達成できるだろう。
空いた手にぶら下げていた缶コーヒーへ口をつけて、一息をつけるほどの状況だ。
大きな計画の終わりが見えてきたのだから、この程度は許されるだろう。
大目的としては『警官による秘密結社の制圧』という『実績』の確立だ。
動機には、治安を守る組織が長い間に抱えてきていた、国内に蔓延する『不穏分子』へ政治面と戦力面から手出しができない、という問題が横たわっている。
戦後の警察機構としては、行動理念が各自に相違あってまとまりがなく、戦力を用いて抑え込むこともできない『悪の秘密結社』たちを危険視するのは当然の流れだ。組合との住み分けが確立している現場ではまだしも、上層部たちは今も昔も頭を悩ませる事案なのだ。
なので既成事実で実績を獲得するために、色々と手を打ったのだし、
「スポンサーさんたちにも手を回した甲斐があったッスよ」
秘密結社へ秘密裏に装備を供出している企業らに渡りをつけて、鎮圧銃とアシスト服を発注もした。先方にとっては『PRが功を成した』結果であるため、公機関からの注文には非常に協力的であったのが幸いであった。
そんな諸々の努力準備が、ようやく成ろうとしている。
成就を示すよう、映像のなかでは身動きできないウェル・ラースに追撃が加えられていく。『最強』は転がるように這うように抵抗を続けるが、時間の問題だろう。
では、残る障害は『新人魔法使い』であるが、
「……来たッスね」
切り替えた映像は、出入り口付近に設置してある監視カメラ。
そこに映るのは、断固とした歩みで半開きの自動ドアをくぐる、ポリ袋を被ったスーツの不審な姿。
つまり、美岳にとって最後の『障害』の到着であった。
※
もはや、時間の問題であった。
タイルに付く手足は力が入らず、照明の落ちたホールを睨む視界は定まらない。
貧弱なコモンを全力で稼働させて、一撃の気配に応じて身を転がすだけ。
間もなく『魔法を撃ち抜く』銃弾が、この身を叩くだろう。
繰り返すうちに背中が壁に当たり、すがるように身を起こすが、
……ここまで、だな。
逃げ場の終着点に辿り着いたということ。
影が銃を構えて、
「すまないが、魔法使いは意識があるだけで脅威なんだ」
「……だろうね。いたいけな少女らを撃ち抜くぐらいだ」
皮肉に言葉は返らず、代わりに銃口が持ち上った。
殺気が膨らむが、身を倒す程度の余力も使い果たしているから、
「……参ったな」
苦く笑うと、一撃が肩を撃ち、続けて胸が穿たれ、痩身は弾き飛ばされてしまった。
※
確かに、意識は刈り取られた。
着弾部位が根こそぎ引き裂かれでもしたかのような重く強い衝撃に、人体のセーフティーが意識を遮断したのだ。
けれども、床に倒れる衝撃で自覚が揺さぶられ、己を取り戻す。
目は眩んだまま揺れていて、無意識に呻き、手足が足掻くように震えるから、
「まだ意識があるのか……!」
「『最強』は伊達じゃあないってか……!」
買い被りが降り注がれた。
追い打ちのために威力が構え直される気配があり、
……情けない、なあ。
声に出来ない慟哭をこぼしてしまう。
『彼女』の居場所を守るだなんて大口を叩いて『最強』だなんて持ち上げられて、それなのに、何を成すこともできずただ敗れて伏せっている。
もともと、強力と言われた『ギフト』を持て余していた程度の男だったのだ。長いキャリアの中で理解を深めて、時に相棒らに可能性を示してもらい、ここまで至ったのだ。
転機は『イーグル・バレット』という猪突を絵に描いたような相棒との出会い。彼女の、言ってしまえば直接的で暴力的な発想がブレイクスルーになった。
『止まれ! 足の両親指を立ち上げるぞ! 相棒が!』
『黙れ! あばらを一斉に立ち上げるぞ! 相棒が!』
『おぉ? お前の親知らず、横向きに生えてねぇか?』
陰る意識のなか『最高潮』な光景が思い出されて、まなじりに涙が伝い落ちる。
痛みへの反射で零れたもので、断じて『こみあげる想いのせい』ではない。だって、それなら『胸』からのはずで『胃』からこみあげるはずがないのだから。
そのはずなんだ、と掠れる意識で相棒を擁護していると、
「……?」
一向に『最後の一撃』が見舞われないことに、気が付く。
こちらはすでに身動き一つできず、相手は殺気を振りまいているのだから、とっくに、再度の気絶に陥っているはず。
けれども、皮一枚ではあるが思い出に浸れる猶予があまりに長くて、
「き、貴様……!」
警察たちの殺気がこちらでは無い誰かへ向かっていることに気が付き、ようやく状況を悟る。
『間に合った』のだ。
『彼』が、眼前に迫る敗北の前に。
待ち侘びた声が、傷つくこの身に届く。
「立て、ウェル・ラース! 横たわる暇など、俺たちにはないはずだ!」
叱咤に、その通りだと、苦笑い。
「この現場に立った以上、成すべきと願ったものがあるはずだろう!」
それも、まったく言う通りだ。
「ならば、立てるはずだ! 思い出も、覚悟も、信念も、約束も、後悔も、使える物を『総動員』して、立ち上がるんだ!」
吐く息は血の匂いが強いけれども、呼気に力が戻った証左でもある。
凄い新人だ、と感心する。
彼が吐く覇は、不思議と手足に力を取り戻させてくれる。
さらには、相対する敵を呑み込み狼狽えさせるほどだ。
首を回して、暗がりに駆けつけたこの上ない援軍の姿を確かめれば、けれどもシルエットしかわからない。
そこへ、外の道路を走る車のヘッドライトが飛び込んできて、
「ふふ、なるほど……使える物を『総動員』しろ、か」
いつものポリ袋に、いつもの安物のスーツ。
その上から『根本的に背格好にも差のあるテイルケイプ戦闘員衣装(ふくらみがあるので女性用と思われる)』をギチギチに身に纏った『凄い新人』の雄々しい姿が、目が眩むほどに照り出されるのであった。
※
「組合長。えらい剣幕で、あの衣装の持ち主から苦情のお電話が」
「き、君が対応してくれるかな、静ヶ原君」
「では組合長は『えらい剣幕』の中学生からいただいた『不審』なお電話の対応を」
※
「すまない、ウェル・ラース! 装備を探すのに手間取った!」
「考えたね、ジェントル・ササキ。特徴のアシスト機能は確かに機能しないだろうが、耐衝撃だけなら十分だ」
「同じロッカーから持ち出した予備衣装だ。あなたはコモンが劣る……これを急所に巻き付けて欲しい」
「つまり……頭、だね?」
※
再度の苦情のお電話は後ろの職員たちによって『適切』に処理されていった。
いくつかの段階を経て子機がコンバージョンキックに至っていたが、いたって『適切』なので、こちらはこちらの仕事に戻ることに。
戦局は変転し、悪化している。
ジェントル・ササキが辿り着き、ウェル・ラースが立ち上がる。
同時に、気を失っていた警察側も四人ともが目を覚まし、地下から他の制圧に回っていた二人が駆けあがってきた。
二体八。
戦局は、間違いなく悪化しているのだ。
けれども、
「笑って、いますね」
「覚悟を決めたんだろうな」
特権でマスクをしていない『最強』はもとより、ポリ袋で顔を隠す『新人』ですら。
ボディカメラと監視カメラの映像を確かめながら、何が楽しいのか、と呆れる澪利であったが、隣の老人も苦みを薄めた笑みを浮かべているから『理解に苦しむ何か』があるのは確実だ。
であれば、思案も追及も無駄だろうから、
「勝算は、あるのでしょうか」
意味のある模索を進める。
顎髭をしごく代表は、口端の明るさを引っ込めて苦みを濃くすると、
「五分に劣る、といったところかな」
「勝機は乏しい、と?」
「条件が厳しすぎる。ただ打ち破るなら一瞬で片が付くんだ」
敵対者の、目に見える負傷を防ぎながら勝利となれば、難度が高い。
だけれども、と澪利は首を傾げ、
「ここまで明確に対立しているのに、ですか? もはや、互いの立場を鑑みる状況は過ぎているかと」
「テイルケイプ、ならな」
ああ、と納得。
あの二人、特にササキは『今はこちら側』だ。
「組合員が、警察と対峙している状況だ。向こうも『成功』しなければ報告できない、既成事実狙いとはいえ『組合に攻撃された』となれば、目の色を変えるだろうさ」
互いの『機能』を維持するためにも、致命的な決裂は避けたい。
警察は『不文律』を侵し。
組合は『不文律』を守る。
あそこは、互いがルールから『半歩』を踏みだした戦場なのだ。
「では、お二人が負けても仕方がない、と?」
「このままの条件ではなあ」
それこそ、
「ササキ君が言っていた通りだ」
「御岳さんの服を頭に巻く?」
そこじゃなくてね、と白目を剥きかけたままの彼は続けて、
「願ったものを成すために『総動員』できるのなら、あるいは」
「精神論ではありませんでしたか? であれば、こちらから手助けは難しいのでは?」
「それなら、こちらの仕事は物理面を『埋め合わせ』てやることだな」
それが難しいんだが、と腕を組んで唸る上司に並んで、やはり無表情の目元が厳しくなってしまう。
背後のラグビー会場はユニホーム交換が始まっていたが、何一つこちらの思案には役立たたないので無視をしていると、
『聞こえますか、静ヶ原さん! サイネリア・ファニーです!』
通信機が唐突に、風切る音を背に少女の声を届けてきた。
「聞こえていますが……今はどちらに?」
戦場に赴く相棒と別れたあと、組合に帰投した魔法少女の姿を見たのは一度だけだ。ウェル・ラースが打ち倒されたその瞬間に事務所に辿り着き、映像を確認するや否や、再び飛び出していったのだ。
きっと、心配したがりの優しい子だから志鶴を探しに行ったのだろう、と深く考えていなかったのだが、
『巻け巻け! 時間ないぞ!』
当の彼女の、小さく荒い声が入り込む。
「その声、新指君も一緒なのか?」
『お話は後で! お願いがあるんです!』
サイネリア・ファニーは、内気でおどおどとした自信なさげな少女だ。
そんな彼女に、これほど強く遮られてしまっては、言葉に耳を傾けざるを得ないのであった。
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