5:夜の長さを思ってしまえば
空気を噛み砕きでもするかのように、破音が幾重に重なる。
迫る狂弾を、躱し、受け、逸らす。
背を守ってくれる魔法使いがそのギフトで数発を受け持ってくれるから、造作もない。
「う、噂は本当だったか……! ここまで手段を選ばないとは……!」
「ジェントル・ササキ……! なんて恐ろしい魔法使いなんだ!」
「くそ! 映像と空気感の『齟齬』が凄くて、直視できない!」
狼狽える警察隊へ、その辺から拾ってきた長椅子『マジカル☆バタリングラム』を構え、
「覚悟しろ! その衣装を着ている以上、いまの貴様たちの危険度は『殴っても死なないだろ』に分類されているぞ! 手加減なしだ!」
「指揮官、狙撃班を呼んでくれ! 絵面と言動と、あれは撃った方がいいやつだって! ライフル弾ならコモンも通るだろ!」
後列の警察が無線相手に騒ぎ立てているが、戦場で統制の混乱など愚かとしか言いようがない。
その一穴へ、長椅子を水平に構えて、突っ込む。
「う、撃て!」
迎え撃つように、鷺舞会館ホールに幾度目かの銃声群が響き、
「させるか!」
背後から、玄関マットが投げ入れられ、立ち上がる。
異様な質量から減衰には極端に弱い弾丸を、マットは数発呑み込んでは地に落とす。
間引きされた敵意の中を、ササキは突き進む。
衣装を纏った足に当たり、ジャケットの肩がかすめて割かれ、身元を覆う仮面が威力に巻き込まれて引きちぎられ。
けれども止まらず。
「う、わああああああ!」
衝角が二人を捕らえ、隊列を破壊しながら、そのままコンクリート壁に叩きつけていく。
全力を叩きつけたのだ。衣装のおかげで負傷はないはずだが、衝撃は逃がしきるものではない。
動けなくなった様を確かめると、背に殺気が刺さり、咄嗟に長椅子を回す。
コンマの差で銃口が哭き、質量に咄嗟の防壁が半ばから叩き折られてしまった。
ひしゃげるアルミフレームと飛散する構造材を、けれどマスクを失ったササキの眼差しは断固として見通す。
視線の先、態勢を削がれた敵がこちらを注視し、その向こうで『最強』が微笑む。
結局、視界確保の問題から首に巻かれることになった『衣装』を翻しながら、秘するように腕を振るい、
「精密に制御する時間さえあれば、どうとでもなるんだよ」
不可視の力が、男二人の意識を刈り取った。
仲間が床に崩れる音へ意識を割いた隙間、好機を逃がすべくもなく、床を蹴り、
「ひっ……!」
怯みを見せた敵の襟首を引っ掴んでは飛び上がって、背負い投げの要領でウェル・ラースの眼前に叩き伏せた。
魔法使い二人は再び並び立ち、油断なく、しかし恐れもない面持ちで、
「残りは三人かな」
「いや、椅子でやられた二人はそろそろ復帰します」
「まあそうか。他も、目を回しているだけだ。そのうちに立ち上がるよ?」
「根比べですね」
恐れはない。
けれども、楽観などできない。
彼らが銃弾を撃ち尽くしてしまえばこちらの勝ちなのだが、それがどれほどの難事か。加えて、相手に増援が無いとも限らない。
口端を笑いに歪めて頷き合う。
勝ち筋は『見えて』いる。
時間切れまでに、こちらのどちらかが立っていればいいのだ。
一人なら、難しかった。
二人なら、光が見える。
どれほどの時間を要求されるかは分からないが、道程に足を付けることができた。
だから、伏していた敵が立ち上がりつつあろうが覚悟は揺るがないし、
「増援か……!」
「長い夜になりそうだね」
押し入ってきた更なる警官隊の姿に、男二人は昏く笑みを交わすしかなかった。
※
相変わらずモニターと相対する指令室の二人は、サイネリア・ファニーの『お願い』を履行したところで、一息をついていた。
彼女の要請は『鷺舞会館に野次馬を集めて欲しい』というもの。
「どのような意図でしょうか。拡散の内容としてはササキさんが公安を撃退した際と同じですが」
「似たような内容であるから効果は見込めるが、目的となるとな」
ササキは、足止めに動いた美岳へ、耳目が集まる事実によって撤退を促した。不特定多数を呼び込む、という部分では全く一緒なのだが、今度は意図がいまいち伝わっていない。
顎をしごく組合長も同じようで、片眉を上げている。
「彼と同じことを考えているとしたら、状況が違うからな。すでに衝突している状況では撤退を促せても、それ以後の外聞にお互い致命的な疵が残る。そこは回避できる、ということだから許可したんだが、さて」
時間もなく、慌ただしい中だったので詳細まで確認することはしていない。
が、代案も提示できなかったため、呑むしかなくて、
「現場にはササキ君も、ウェル・ラースもいますから。大丈夫かと思いますが。映像の様子だと、説明している余裕はなさそうですから、ぶっつけになるでしょうけども」
提案してきた魔法少女と元魔法少女も、準備があるからと通信を切ってしまったので、すでにこちらの手は離れてしまっている。
だから、無益な想像をいったん止めることにして、
「新指さんが一緒というのは驚きましたね」
「確かにな」
かつての記憶を忌避するように魔法使いへ敵意を剥きだしていた彼女が、いかな理由で『彼ら』の現場へ同行しているものなのか。
しかしな、と大きな体を椅子に沈めながら、
「彼らと彼女ら、似たようなコンビだからな」
「そうなのですか? 新指さんたちとは同じ時期に活動していたので、よくわからないのですが」
「互いを良く信頼している。半ば言葉も要らないくらい、にな」
確かに『イーグル・バレット』が巣立つ水辺を濁したのは、一重に『言わなくてもわかるだろう』の極致であった。泣き叫ぶ彼女に組合長に続いて顎を掴まれ投げ飛ばされた記憶は、今なお生々しい。
「だから、新指君も思うところがあったんじゃないか?」
それは、後進を助けようということでなく、
「自分も『あの子のように』きっと上手くできるのだろう、なんて考えていてもおかしくはない」
「まあ、自分本位なほうが、あの人らしいですけども」
身も蓋もない、けれど確信に近い感想を漏らしては、姿勢を正す。
時間としては、サイネリア・ファニーらが現場に到着する頃合いである。現況の確認と、即応の姿勢はとっておこうという職務的義務感を発揮してのこと。
ですが、と澪利は不思議な集束を覚えるところであり、ぽつりと小さな口から零れてしまう。
こうなってくると、
「まさに『総動員』ですね」
過去、人柄、実績、人脈、過ち。ジェントル・ササキの何もかもが搔き集められ、戦場に持ち込まれていくかのようで。
濁る盤面を穿つがために。
そう思えば、自然と眉根のしわも浅くなっていくものであった。
※
地下に響く銃声は、激しさを増していた。
ひっきりなしに破壊の砲声が叫ぶものだから、
「上は、ずいぶん苦戦しているようね」
パイプ椅子に拘束されたままのテラコッタ・レディは、瞳に光を強めるのだ。
挑発的な眼差しに、見張りで残っていた唯一の警察があからさまに苦い顔を見せる。
若い印象を受ける風貌に加え、銃声のたびに落ち着きなく視線を巡らせるから、新人だろうかと思っていたが、
「はい、ええ。増援も到着したようですが、膠着状態みたいですね」
捕囚に伝えるのは不要である情報を丁寧に伝えてくれるあたり、やはり新人であると、毒気を抜かれながら確信する。ついでに、立派な警察官であることも。
最初は二人で監視していたのだが、地上階の様相が激変したようで年配の方が、別室で気絶した魔法少女を介抱していたもう一人と合流し、上階へと駆けていったのだ。
いくら拘束済みとはいえ、目を離す事態となれば、戦局はよほど厳しいのかと勘ぐってしまう。
なら、テイルケイプとしては勝機であり、
「ん? なんだ、ドアが……うわああ!」
身を隠していたMEGUが動き出す、好機であるのだ。
少女のギフトによる『杭のような水圧』を撃ち込まれ、若者はコンクリート壁に叩きつけられ、四肢から力を失ってしまった。
「大丈夫、テラコッタ姐さん⁉」
学生服のスカートを翻しながら息を急って駆け寄る少女に、その無事を安堵しながら、
「MEGUちゃん、無茶しちゃダメよ」
「だって姐さん……みんなやられて、ダーリンが来なきゃ、いずれ私だって……」
「一人でも逃げるべきだったわ。だけど、ありがとうね」
結束バンドによる拘束を解いてもらう。
けれどもたらされる安心のなか、MEGUの言葉に濁りが混じったので、
「……ジェントル・ササキが来ているの?」
「そう、そうなの! 今は戦闘員Cの衣装で、ニヤニヤしながら暴れまわっているわ!」
中学生が連打する『怪訝』な単語に、脳の演算処理が追いついていかないから、確認を図ると、
「えー……美岳さんの衣装を、ササキが着ているの?」
「そう! スーツの上からだから、もうはち切れんばかりで……私も中に入れないかしら!」
『奇怪』な情報が増えたうえに少女が腰をくねくねし始めたことで、これ以上の追及は断念。会話を続けても、斜めにすっ飛んでいくのがこの上なく明白だから。上か下かは論じる必要もない。
だから、現実の話を進めることにして、
「上の状況はなんとなくわかったわ。私も、一応は装備を準備するわね」
「わかったわ! 私はダーリンを助けに向かうから!」
衣装が無ければただの一般人である自分と違って、体一つで現場に赴けるのはうらやましいところだ。
ではなぜ、
「MEGUちゃん、どうして衣装を持ってるの?」
言動から、すぐに駆けつけるつもりでいるようだから身に着ける余裕はないと思うのだが、アイドルはにっこりと微笑んで、
「きっと、必要になる気がするの!」
またも、こちらには理解の及ばない判断を力強く下す。
彼女が発散している空気は『ピンクの危険色』だから、妥当かつ正当な大人の判断に基づいて『深追い』やめておくことにしたのだった。無論、虫を噛んだような苦い面持ちで、だ。
※
一撃を弾き、逸らし、躱す。
一撃を撃ち、投げつけ、叩きこむ。
無勢が多勢の数を減じ、であるが一時的なもので、すぐに戦線に戻ってくる。
多勢は無勢を囲んで砲火に晒すが、それぞれが個人の資質で捌いては落とす。
どちらも決め手を欠いたまま、膠着が続いていた。
警察側は弾切れを、魔法使い側は物理限界を、それぞれ敗北の最終点とした根比べ。
「キリが無いね、ササキくん!」
「戦局は五分です! 相手が、衣装を着てくれているから、手加減がいらなくて助かりますよ!」
息の止め合いのような苦しい状況であるが、男二人は口の端から笑いを絶やさない。
壁を背にして左右を睥睨する彼らに、余裕など欠片もありはしない。
ただただ、結った『覚悟』の賜物だ。
腕が折れようと、膝を付こうとも、戦意だけは失わないよう。
ただ、とササキは一つだけ、悔やむことがあって、
「相棒に、帰るからと約束したんです!」
「良いことじゃないか! 帰る場所があるだけで、張り合いができる!」
「ええ! ですけど、どうも今日中には無理そうで!」
弾丸を体で受けて、衣装が衝撃を吸収してくれるもの、抜ける衝撃は残って息を詰めにくる。
それでも、続く銃撃が背後のウェル・ラースを死角から狙うから、身を呈する。
二発、三発と肘や太ももで受け止めれば、落ちた弾丸を救い上げて、下手に投擲。
魔法使いの一撃を、しかし纏う装備が威力を呑み込むから、上半身から弾かれて転倒する程度。無傷ではなかろうが、意識を刈るほどでもない。
こんな、際限のない攻防の、その終わりを求めて相争っていく。
いつまで続くものか、いつになれば終わってくれるものか、沈む笑みで願うばかりであり、きっと銃を構える彼らも同じ思いであろうことは察することができて、
『ササキさん!』
突然に、通信機から届けられた、少女の溢れるような呼びかけは、
『私、約束を破っちゃいました!』
停滞する現場に、風穴を期待するに足る輝きが満ちるものであった。
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