3:譲れないものも、無くしたくないものも
市役所近くにその姿を構える鷺舞会館は、その実、地下は悪の秘密結社『テイルケイプ』のアジトとして、人目をはばかって運用されていた。
時に、本所市を変わらぬ恐怖をお届けするために。
時に、問題ある魔法使いに恐怖をお届けされたり。
大小さまざまな活動の拠点であり、会議や運営を行う頭脳部でもある。
その隠れ家の主は、頭領『テイルケイプ』こと大瀑叉・龍号なのだが、魔法少女組合長を兼任しているために、最高幹部『テラコッタ・レディ』が責任者として扱われていた。
その主人は、今や土足で上がり込んできた『ならず者』たちによって、パイプ椅子に拘束されてしまっている。
私服姿で会議をしていたところを唐突に踏み込まれ、抵抗の間もなく制圧されてしまったのだ。
広くもない会議室に、二人の見張りが自分についている。
片方は表情を殺した年配で、もう一方は嫌気が十分に伝わる青年だ。
「いくら魔法少女が相手で、こっちはゴム弾だって言っても、子供を撃つのはあんまりだ。あの子の顔、絶対に夢に出ますよ」
「仕事だ。割り切らんとやっていけんぞ……俺だって、しばらくは寝酒が必要だろうさ」
「くそ……あの公安のクソガキ、ただじゃおかねぇぞ……」
彼らも不本意な行動だということは伝わるのだが、けれども許せることではない。
く、と睨みつけて、
「……あの子たちは大丈夫なの?」
三人の少女の安否を確かめる。何かあったなら、という圧をかけて。
「
年長の方が濁す言葉は、銃撃をした、ということだ。では、言及されない残り一人はというと、
「
「そう……彼女、怯えているだろうけど、それでも『制圧』するのかしら?」
「……言わせないでくれ」
彼女たち魔法少女は、一切のデバイス無しに、超常的な力を振るうことができる。たとえ完全に拘束していたとしても、意識がある限り、彼らの恐怖は拭えないようだ。
そうでなければ、こんな騙し討ちのような作戦などとるはずもなく、そもそも、他地域から分断するような長期間の作戦をとるほど慎重にはならなかっただろう。
警察は、バツの悪い面持ちで、テラコッタ・レディに向きなおると、
「我々の目的は、ここの制圧だ。MEGUを捕まえることができれば、それで終わる。投降を呼びかけてはもらえないか?」
「その銃弾で撃ち抜かせるために? 冗談も過ぎると、反吐がでるわね」
己には、彼女たちへの責任があるのだ。
きっちりと親元に返してやる、という。
それが踏みにじられ、なお泥を付けようと言うのなら、いくら腰が低かろうと認めるわけにはいかない。
銃撃は、今なお響き渡る。
状況の開始から囚われてしまった最高幹部には、現状を知りようもない。
けれども、恐れず機を待つ。この砲声が響いている間はとにかく『終わり』ではないのだと、己の胸に希望を繋ぎながら。
※
夜を割らんばかりの銃声が、幾度響いただろうか。
静寂を張り詰めさせていたホールは、今や銃口による大合唱が披露されており、
「これは厳しい……!」
ゴム弾の赴く先であるウェル・ラースは指揮者よろしく手を振り身を振り、時にタイルに転がり長椅子を盾にし、どうにか戦線を維持することができていた。
白装束はすでに埃と硝煙で黒く煤けて、襟元は溢れる汗に汚れている。
相手は三人一組の二チームで、すでに一組は床に横たわらせた。
であるが、疲労から運動能力の精度は落ち始めており、膠着と相成ったのだ。
手早く進行しなければ叩き伏せた一チームも復帰しかねない、こちらに不利な睨み合いへ、
「これが少なくとも、もう一チームいるんだろう? 参るね」
スチール製の長椅子に、すがるよう背を預けて嘆息を漏らす。
悪材料だらけの戦況に、けれども立たぬわけにはいかない。組合所属の魔法使いであるという矜持と『あの子』との約束があるのだから。
二つ、整えるように呼吸をすると、物陰から滑るように砲火の下へ身を晒し、
「立て!」
激戦の中で転がされていた、休憩用の長椅子たちを立ち上げる。
非常灯の下、得物を構える三つの影を鋭く確かめると、即席のバリケードを縫うように接近。
銃火が鳴り、屹立した長椅子たちが弾き飛ばされていくが、魔法使いの動きは障害物が死角を作ることもあって捉えられない。
接近し、階段下で銃を構える敵の驚く顔をはっきりと捉え、首筋に手を当てて『ギフト』を振るえば、
「くそっ!」
警察らしからぬ罵声の後に白目を剥いて膝から崩れ落ちた。
血流に影響を及ぼし、意識を刈ったのだ。
装備のせいで打撃は有効打にならず、命を脅かす攻撃もできない。だから、最接近によってギフトを精密に制御するほかに、勝ち筋はなかったのだ。
……こんな時、彼女がいてくれたなら。
益も合理性もない、ただの弱音。そもそも、自分が同行を拒否したのだ。
けれども、それぐらいにかつての相棒は『凄い』魔法少女だった。実績は伴わなかったが高いコモンを振り回しながら『危機』へ全速で足を踏み入れていく彼女の後ろ姿は、ウェル・ラースにとって目が眩むほど眩しいものであった。
自身のコモンが全般的に平均より劣っていることを、痛いほど自覚している。『最強』だのと持ち上げられても、土壇場での手段は限られていたのだ。
焼け落ちる家屋、激しく波打つ冬の沖合、大雨で緩み切った断崖。
どれも自分が躊躇った現場で、だけど彼女は助けを求める声に応えるために『踏み込んで』いった。
そんな相棒だったから、警察になる、と口にしたときは納得と祝福が大きかった。
まさか、あんな風に『爆発』してしまうとは思ってもいなかったが、それでも仕事を楽し気にこなしている姿を見られたのは嬉しいことで、
「それを、壊させるわけにはいかないんだ」
義務感と罪悪感と。
うまく言葉にできようもない、積み重ねで作り上げられた胸の内を吐露しながら、暗がりに視線を走らせれば、
「考えたな」
残りの二人が、右左に分かれて半包囲の形に。
立ち上げられるものを探して視線を巡らすが、一手遅い。
重なるように、二つ銃口が叫びちらかした。
魔法使いは汗したたる眉根で、腕を上げ、腰を落とす。
一方をギフトで『立ち上げ』て、もう一方を前転でかわすためだ。
だが、疲労の蝕みが、太腿に及んでいて、
「っ!」
膝が折れ、姿勢が崩れる。
大質量の一発は目論見どおり逸れていくが、しかし、
「ダメか!」
残り一発は、照準の通り『最強』の胸を捉えるのだった。
※
猛禽を模した、薄紅色の衣装。
まだ残されていただなんて、思ってもいなかった。
彼女の手に横たわるのは、赤を基調とした可愛らしい装飾の施された、『かつて』身に纏った一着。
苦難も、喜びも、全てを分かち合った『友』。
イーグル・バレット『だった』新指・志鶴にとって、今に繋がる、かけがえのない過去の残滓。
無論『あの人』との思い出も、だ。
あの日に身を飾った衣装を手に、志鶴は、沈む胸を持て余すしかなかった。
居た堪れなくなって事務室を後にして、辿り着いたのが備品室。
組合員の待機所は一昨年に建て替えられたのだが、併設されている組合事務所は昔の姿のまま。彼女が出入りしていた頃の面影がそのまま残ってあって、傷心の赴くままに至ったのが、倉庫として利用されている、このコンテナの積み重なった狭苦しい部屋であった。
魔法少女たちが卒業する際に組合へ取り残していった品々を収める、通称『夢の国』。
大半は忘れた雑誌やマグカップ、それに上着などで、衣装を丸々置き去りにしていくなんて、滅多にいない。
当然だ。こうして見つめるだけで、こんなにもこみ上げてくるのだから。
それほど、誰にも大切な品である。
そんな『思い出』を、自分はここに置き去りにしていった。
巣立つ間際に悶着をおこして、時間と悲しみから、投げ捨ててしまった『思い出』。
「キレイに保管しておいてくれてるんだな……」
言葉の通り、クリーニングにかけられて、志鶴が手ずから剥ぎ取ったビニル包装で守られていた。
あの時の衣装が、あの時のまま目の前にある。
けれども、見つめる己はどうであろう。
無謀無策を叱責されることも多々あったが、幼い故の直情さが、自身の取り柄ではなかったか。
『あの時のままでいられない』のは、果たして当然のことなのだろか。
いま、抱える思いは『どうにかしたい』だ。
けれども、立場と利害が『それ』を許さない。
だから、暗澹と『かつて』を見下ろすことしかできないでいた。
光量の少ない蛍光灯の下、どれほどの時間が過ぎただろうか。
半ば呆然と立ち尽くしていた彼女の耳に、慌ただしい足音が届いて、
「新指さん!」
ここにいたのかと言わんばかりに飛び込んできたのは、現在進行形で『思い出』の中にいる少女の一人。
いつの間に戻ったのか、とも思うのだが、耽っていた自分では測るだけ無駄だ。
どこもかしこも『こぼれそう』なサイネリア・ファニーの、震える唇からこぼれ落ちたのは、
「ラースさんが……!」
それこそ自身の『思い出』であった。
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