第五章:ギリギリだと言っても、負けられないから

1: 明るみに出る

 公安警察。

 警視庁、および各都道府県警に設置されている、不穏組織に対応する部署であり、

「つまり『悪の秘密結社』ってのは、ウチの監視下にあるんスよ」

 テイルケイプの制圧劇を放映していた携帯電話をしまい込み、万城・美岳が変わらぬ軽薄さで口角を吊りあげる。

 唐突な『自己紹介』に、ジェントル・ササキは愕然となりながらも、相棒の腕を引いて己の背後へ隠せば、

「君は、大学生でテイルケイプのバイト、ではなかったということか?」

 わかりきった質問である。

 自分と組合が疑っていた内通者が、彼女だということなのだ。

 正体を指摘された彼女は、

「どれも正しいッスよ。今回のために入試を受けたんスから、学生証は完全に合法。当年二十五歳の女子大生で、戦闘員のバイトッス」

 ただし、

「公安警察の潜入官を兼ねて、か」

 その通り、と言わんばかりに笑みの昏さを深める。

 背後のサイネリア・ファニーが不安げにこちらの裾を引くのは、映像の続きに気を揉んでいるのだろう。気持ちはササキも同じであるが、

「テイルケイプの救援に行きたいんだが、構わないかい?」

「今は勘弁して欲しいッスね。こっちの装備がササキさんのコモンを抜けないこと、こないだの実地試験で判明してるッスから。それに、アタシがこうして顔を出した理由も、ササキさんならわかってるッスよね」

 え、という背後の疑問声に、固く強張った声で応える。

「時間稼ぎだよ、サイネリア・ファニー。警察が『悪の秘密結社を制圧する』までの」

 今の問答で、粗筋がおおかた見えてきていた。

 彼女ら公安警察が欲するは『テイルケイプ制圧』という結果。

 先日の襲撃は『警察が秘密結社より実害を受けた』という大義名分の獲得と、ルシファーが抱えていた『新装備』が魔法使いに通用するかを試すため。

 おそらくは、両組織の領域と権益の争奪からくる『小競り合い』なのだ。

「そんな……! どうして、警察がそんなことを……!」

 相棒の問いはひどく素朴なもので、だからこそ微笑ましい。

 自分と目の前の公僕が共通として持つ、擦れた『解答』を持ち合わせない少女らしさを守りたいと思い、けれども、状況は許してはくれず、

「制御下にない武力組織への危険視、緊急時に対応するための戦力強化……まあ、色々と言葉は作れるっすけど、突き詰めると」

 そう、

「メンツと金ッス」

 汚らしい現実が、目の前に広がるのだ。

 嗤う美岳が、肩から下げた大ぶりなバッグに手を差し込めば、

「というわけで、テイルケイプにはウチの『表沙汰にはできない実績』になってもらう必要があって」

 例の銃器を引っ張り出し、

「ササキさんに邪魔されるわけには……」

「させるか!」

 時間を惜しむ魔法使いによる、地を這う接近と拳の一撃を、

「邪魔されるわけにはいかないんスよ……!」

 空いている腕を曲げて、『袖のしわ』が寄る肘で受け止める。

 ササキの打撃は、コモンに裏付けされた身体能力による人間離れしたものである。

 であるが、魔法少女でもない万城・美岳は押し込む圧力によって数歩を下がるだけで、目に見える負傷はなし。

 ありえない現実への驚きと、目論見を外された焦りで、

「ササキさん!」

 心配に悲鳴する相棒へ声を返す余裕すらなく、

「悪いッスけど、ちょっと付き合って貰うッス!」

 威力を構える『元部下』と、不本意な相対を強いられることになってしまったのだった。


      ※


 現場の音声情報だけで状況を探っていた魔法少女組合は、断片的な単語から現況を探り当てることに成功していた。

「ササキ君は動けない。ウェル・ラース、頼めるかな」

「是非もないですね」

 正面から現状改革を求めるなら望むところであるが、非合法な手段で『既成事実』を手に入れようとしているのなら、抗う必要がある。

 怒り、もあるが、先立つのは『現場』の関係悪化だ。

 上層部同士の対立で済んでいるから破綻を免れていた関係が、末端でいがみ合うようになればそうもいかない。

 彼女はその心配はないだろうが、と龍号は椅子に座る新指・志鶴の様子をうかがう。

 顔色の悪い女刑事は、湯気立つマグカップを机に打ち付けて立ち上がると、

「私も……!」

「ダメだ。身内を討つ気かい、新指君」

 考えうる最も悪い手を提案するから、年長者として強い否定を見せた。

 志鶴は夜番の支度をしていたところを、県警から来た職員により『事情聴取』されそうになり、抵抗した生活安全課の協力で署を脱して来ていた。相手の目的は明確にはわからないが『元魔法少女』の動きを封じたがっているのには間違いがなかった。

 出立の準備をしていたウェル・ラースが疲労を強くしている『かつての相棒』の肩に優しく手を置いて、

「そんなことをしたら、また、自分の居場所が壊れてしまうよ」

 過去の傷を開く言葉で、彼女の勢いは雲散していくから、素顔を晒す魔法使いは微笑み、

「私に任せてくれ」

 衣装の白マントを翻すと、

「一度は壊してしまった君の居場所を、今度こそは守らせてくれないか」

 単騎で往く決意を露わに、事務室のドアを押し開け夜闇に消えていった。

 最強が示した『覚悟』に誰もが言葉を作れずにいる中で、

「ササキさんから要請です」

 唯一、鉄火場だけがけたたましく状況の変遷を求める。

 うなだれる『魔法少女だった』彼女を見つめる龍号は、澪利の声へ視線だけで応じれば、

「現場の住所と『戦闘員Cとサイネリア・ファニーがガチンコ……』おっと卑猥な単語を口にするところでした」

 いや、あの……まあ、続きを早く? と目で催促し、

「という情報を拡散させてくれ、と」

「ふむ? 意図が見えないのだが……」

「曰く『少々危険だが最速でいきます』とのことでした」

 何かこう、最近聞いたような気がする単語が飛び出したが、どこで耳にしたか判然とせず、しかし思い出している暇も惜しい状況であったため、

「わかった。残っている職員で手分けしよう」

 速度を求めて『新人魔法使い』の提案に乗ってしまうのであった。

 誰もが後日『最悪の一手だったが、組合長は悪くない。悪いのはジェントル・ササキと公安で、九割方ササキが悪い』と、目撃していたサイネリア・ファニーも含めて口を揃えるのだった。


      ※


「な……なんて事を考えるッスか……!」

 戦況は膠着に陥り、しかしジェントル・ササキの優勢であった。

 一発目を受けられた後、数発をすべていなされた。

 ありえない現実に、しかし、魔法使いはすぐさまその正体を捉えることに成功。

「その服、テイルケイプの戦闘服と同じ技術だな⁉」

 運動アシスト機能を持つ、対刃対衝撃能力を備えた繊維素材から作られた衣装だ。

 どうやって公安が手に入れたかなど愚問。目の前にいる彼女は潜入官なのだから。

 正体が割れれば、戦いようもある。

 打撃による制圧から、組み付きへシフト。

 そして現状、魔法使いは敵対者の腕を組み上げて構える銃を無力化し、

「こちらの質問に答えろ! いまに、野次馬たちが『巨星の天体観測』に集まってくる!」

 下半身の『仰角』を、全力で開放していた。

「このままだと『若手の公安警察が下半身を露わにした全力の童貞に組み伏せられた』という事実が残ることになるぞ!」

「アタシの経歴に『不名誉なのか判断に迷う』疵をつけようとしないでくださいッス!」

「なら質問に答えろ! そうしたら解放してやる!」

 時間のない中で導き出した、少々『危険』な最速の手順が『これ』であった。

 視界の端で魔法少女が猫背で『地獄の釜から煮え湯を呑んでいる』顔をしているから、

「どうした、サイネリア・ファニー!」

「いや、どうしたもこうしたも……野次馬さんが集まってきたら、ササキさんのほうが『致命傷』じゃありませんか? 少なくとも、美岳さんより『私』の方が、ダメージが大きそうかなって……」

「安心するんだ! 彼女は素顔、俺たちはマスクにウィッグだろ!」

 あ、はい、と納得し視線を下げたサイネリア・ファニーの、こちらを気遣ってくれる優しさは本当にありがたい。

 やはり自分は彼女に甘えっぱなしで、本当に過ぎた相棒だと再確認する。

 だからこそ、全力で、己の成すべきを成さなければならず、

「言え! ここ最近のおかしな情勢も、テイルケイプを潰すための工作だったんだな⁉」

「そうッス! 官公庁に圧力かけて、近隣秘密結社の業務を圧迫させてたんス! もう良いでしょ! 離してくださいッス!」

 公安警察が涙目で身をよじって『右左』させるから『戦闘力』はますます増していき、

「いやまだだ! このまま、白日の下に晒してやるから覚悟をしろ!」

「なんで⁉ 約束が違うじゃないッスか! これまで騙してたことへの報復ッスか!」

「ふざけるな! 有り余る私怨はあるが、今は関係ない!」

「じゃあこんな最低な事、誰が何の目的でできるんスか!」

 ぐ、と細腕を抑え込んでいる手に力を込めると、

「これは組合、いや……組合長の意向だ!」


      ※


 ……きっと、組合長の言っていた『調査する』が『生け捕りにして尋問する』に進化したんでしょうね。

 クールな面持ちで、通信機から聞こえるやたらとハキハキした絶叫に、うんうんと頷いて見せる澪利は、はて、では件の組合長はどうしたものかと目をやれば、

 ……いつもの白目に痙攣が加わって、なるほど、やはり組合長は進化していますね。


      ※


 単純な腕力ではコモンの有無以前に、男と女だ。まるでびくともせず。こちらの本気が伝わったのか、顔面を蒼白とし抵抗を強めていくが、

「このまま貴様の正体と、所属勢力に疵をつける! そのうえで悪行の数々を明らかにし、今後こちらに手出しをさ……」

『いきり立って』いるこちらを遮るようスタンバトンが撃ち込まれ、

「御岳さん、は、早く逃げてください! こっちはズボンを履かせますから!」

「ひぃ……! ひぃ……!」

 力を失った両手が敵対者を逃がすこととなり、唯一の『ウェポン』は相棒の手で『収納』されることで、この夜の前哨戦は幕を閉じることとなったのだった。

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