5:信頼の確度
ルシファーこと坂下・清二が所属する悪の秘密結社『マウント・キング』は、県の官公庁が居並ぶオフィス街、県庁所在地に事務所を構える新興の組織である。
構成員の特色として『一般からズレた美学』や『やや特殊な哲学』を持つ幹部が多く、これらの『逸材』は頭領の趣味で集められているという。市民からの反応がなかなかに『優しげ』であることも際立っている。
特徴として、スポンサーに全国展開する警備サービス会社の開発部門が付いており、装備はそこの試作品で、件の青年も、大型のテイザーガンを主兵装としていたはずなのだが、
「大口径のショットガンだと?」
志鶴は我が目を疑う面持ちで、デッキの上で掲げられるバレルの短いショットガン状の銃器を睨みつけていた。
銃声と同時に駆け出したササキを追いかけてきたのだが、
「警察が持つ銃器程度じゃ、まず『コモン』は抜けないはずだろ」
惑う群衆を掻き分けた先で突き付けられたのは、撃ち抜かれ伏せる魔法使いの姿。
信じがたい光景に、しかし警察官として何よりも現況の確認が必要であると、鋭い造形の目元をさらに絞った。
口径が小さければ貫通力が増し、大きくなれば打撃力を求めるのが、銃器の常だ。
彼らのスポンサー意向を察するに、制圧目的の非殺傷がコンセプトなのだろう。その延長上で、魔法使いを『打撃』できる威力を実現したのだ。
放たれる、散弾銃の実包を意識したゴム弾の巨大なサイズから、威力射程は短いと思われる。また弾丸のサイズから想像できる火薬量も、拳銃弾とは桁違いのはず。
つまり、ごく単純な物理学によって、不可侵であった『コモン』を打ち破ってきた。
頭が痛い話である。
身体の頑健さを魔法で向上させている彼らを『撃つ』ことができるその威力は単純な打撃力によるものであり、つまり、
「一般人に当たったらどうなるってんだよ!」
警官である志鶴に、毒づかせるに十分な事実であった。
今すぐにでもひっ捕らえてしまいたい。情報では、ルシファーも『未使用品』であるらしいから、私情の面でも好都合だ。
けれども『不逮捕権』が睨みを効かせており、二の足を踏んでいるところであった。
どうする、と逡巡していると、
「あ、新指さん!」
聞き覚えのある声が背後からかけられ、振り返ると、
「ササキの相棒と……グローリー・トパーズか?」
「湊・桐華よ。装備がない以上、作戦に参加できないからね」
「綾冶・文です、新指さん」
雑踏に逆らうように、生意気な言い草と、生意気な『胸部膨張部』が、二人並んで肩を上下させていた。
自分と同じで、慌てて駆けつけたというところだろう。
「あれ? 御岳さんも一緒じゃありませんでしたか?」
言われて、姿が見えないことに気が付く。まあこの混乱ではぐれたのだろう、と結論付けて、それよりも優先すべき事態を、
「ジェントル・ササキがやられた! 組合からは人は出せないのか⁉」
「いま、待機の方が急いでいるはずです!」
「そんな悠長な……!」
「っ! 湊さん、やっぱり私だけでも……!」
年長の少女のすがる言葉を、
「ダメよ。装備無しで現場に立つのは、許されることじゃないわ」
年下のエースが、悔しさに唇を噛みしめながら、毅然と振り払うのだった。
※
魔法少女は、人目に付く仕事であり、人気商売の側面もある。マスコット的な記号性を与えるための独自衣装であるのだが、彼女たちの身元を隠し守る目的もあるのだ。
エースが語るのは、現場を多く踏まえたプロの言葉。もし規則を破る事態になれば、本所支部の責任問題だけでなく、全国の組合及び所属員に負の影響がもたらされることは確実だから。
「あなたが自ら正体を露わにしたという一点の前例で、民衆マスコミの興味本位な視線が魔法少女たちの素顔を暴くかもしれないの。そんな状況になってしまったなら、この役割に就こうと志す子がいると思う?」
現制度の崩壊を意味するのだ。
「だけど……!」
だけど、それを投げ打ってでも、現状は相棒ですらない魔法使いのために、この少女は飛び出さんとしている。
羨ましい、と志鶴は吐息。
かつてに自ら投げ捨てた、相棒に向けられた大きな信頼の姿だ。
今はこの手から零れてしまった物の熱さの思い出に、寂しく肩を落とすと、
「電話……?」
懐の携帯電話が、着信を叫んだ。
この慌ただしいなかで、と舌打ちしながら取り出した途端、
「ねえ! アレを見て!」
桐華が、ほっそりとした指を現場であるデッキに向けて、不信に叫ぶ。
迫る声音に、電話に落とすはずだった視線を、示す方へ。
銃を構えるルシファー、倒れ伏せるジェントル・ササキ。
そんな趨勢が決まりつつある戦場に、いつの間にか、一つの影が舞い降りていた。
赤をあしらった、特徴的なゴスロリ衣装を翻し。
己の力を誇示するよう、手の平に水気を滴らせ。
心の中を表すかのごとく、小さな肩を怒らして。
「私が来たからには、これ以上ダーリンのへの狼藉は許さないわ!」
可愛らしい指先に力を満たし、標的へ突き付けると、
「『レディース・MEGU』見参よ!」
頭にコンビニのポリ袋を被って、鉄パイプ代わりの全ネジボルトを構える、ちょっと『様相が疑わしい』アイドルの登場であった。
※
テイルケイプ頭領と最高幹部は、その付き合いは十年を越える。
だから、顔を見れば言いたいことは察することができるし、今だってビンビンに伝わってきていて、
……ヤバくね? あの子、ルシファーのこと、ルシファーって呼んだことないよね?
互いの頬を伝う一筋の冷汗が、
『こらぁ! 坂下こらぁ!』
『やめろ! その錆びついた錨で俺を繋ぎとめるな! 本当にやめろ!』
滝に変わるのを確かめたのだった。
※
坂下・清二にとって、ジェントル・ササキに救援が現れたのは、本音のところでは、
……助かった!
であった。
当初は、一般市民に対して『悪の秘密結社の活動』をアピールして下がらせ、本来の『対象』が現れるまで、テラスでコーヒーを楽しむ予定だった。
ところが、イレギュラーの登場である。事無く撃退はできて、作戦の支障は取り除いたのだが、こうして敵対者が倒れ伏した中で『コーヒーブレイク』とはいかない。とはいえ、『対象』はまだ現れておらず、状況を持て余している。
だから、間を持たせてくれる増援には助かったと息をついたはずだったのだが、
「ダーリン、大丈夫⁉ 待ってて! 代わりに坂下の肋骨を持ってくるから!」
こっちを指さして、文脈の繋がらない単語とこちらの本名を叫ぶ元同僚に、
……俺、助かってない!
絶望に打ち震えながら、追い詰められた状況を打破すべく、唯一の得物を構えるのだった。
※
『けどね、ダーリン! どうしてか、血を吐いてはあはあ言っているダーリンから私、目が離せないの! 胸がドキドキして……ダーリン、私はどうすれば! どうすればいいの⁉』
ポリ袋をガサガサ言わせながら慟哭する少女の『酸鼻極まる』姿に、
「どうすればいいって……」
「こっちのセリフだがなあ」
大人二人は『酸っぱい現実』に鼻の頭へしわを寄せる。もはやいかんとしがたいと、己の無力感に瞳を泳がせながら。
モニターの中で『レディース・MEGU』を名乗る不審なアイドルは、伏せる魔法使いの傍らから離れず、
『あぁ、すごいぃぃぃぃ! ダーリンの吐息でマスクが膨らんだり縮んだりしているのを見てるだけで、新曲のフレーズが下りてくるじゃない! もっと、もっと近くで『がさがさ』を聞いていいかしら⁉ いいよね⁉ だって胸のドキドキが止まらないんだもん!』
延々と『不規則言動』を続けており、
「ついさっきまでイベントしていたから、マスコミもすぐに駆けつけそうですねぇ」
「イベント衣装のままだから即応できたのだから、まあ、良し悪しだろうなあ」
「即応できなかったら、この『不整脈』もなかったはずなんですけどねぇ」
結論は、致し方なし、だ。
ともあれ、魔法少女組合長兼テイルケイプ頭領には、状況を収める算段をとる責任があるのだが、
「MEGU君は、もう動きそうにないなあ」
「坂下君も器用な方じゃないから、困りきっていますしねえ」
敵対的進出の先兵である青年に、同情してしまうほどの停滞ぶりだ。
今や、現場に急行しているウェル・ラースに頼るばかりであり、
『わかったわ!』
現場の主導権を握り潰している『君臨者』が状況を進める気配を見せたとしても、
『脱げばいいのね⁉ 前にダーリンもしていたもんね! これでお揃いじゃない⁉ なにそれ、ペアルックよ⁉ ああぁぁぁ……漲るぅぅ……っ!』
一切合切あてにならにどころか、急転で直下していくものだから、
「誰かなんとかしてくれねぇかなあ」
ジェントル・ササキ専用の『警戒指数』が適用される事態であった。
疑わしい現実が、実は最近の疲労からくる勘違いであったなら、と一縷の望みをかけ目元を揉みほぐす龍号に、
「頭領、これ……」
諦めに脱力していたはずの最高幹部が、不意に固い声で呼びかけてきた。
また頭痛の種が芽吹いたのかと、嫌々ながらまぶたを開けば、
「これは……!」
桜の代紋を掲げた、紺の制服姿である一団が、
『動くな! 警察だ!』
不逮捕権を有するはずの『ルシファー』に詰め寄るという、信じがたい光景が広がっていたのだった。
「頭領……これは、どういうことです……?」
呆然とした問いに、しかし応える言葉は持ちえていない。
であるが、己の用いた『試金石』に削れて現れた黄金が、想像以上の『純度』であろうことだけは確信できたのであった。
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