6:押し寄せるものを、押しとどめるために
「どうして、ウチの警備課が現場に居るかって聞いてんですよ! 岡さん、だから……!」
逆向きに吹き付けてくる出来事というのは、惑うこちらの事情に構うわけもなく、
「ヤバいわ! 興奮で指が……ボタンが上手く外せないの! ダーリン、助けて!」
押し寄せる狂風も、キャパシティなど考慮しない。
綾冶・文は、眼鏡を一度外して、かけなおす。
眼前に広がる、あまりな『渋滞具合』に己の目か、眼鏡の度数か、果ては現実までも疑ったのだが、
「変わらないですよねぇ……」
どれらにも『不具合』が無かったことを確かめると、眉根を苦くした。
まず、ルシファーが握るショットガンについて。これは、不安だ。
次に、最大の信頼を寄せる相棒が伏せていること。これも、不安。
そして、彼に寄り添うエッジが立っている少女の言動。これだって不安だ。
最後に、
「銃を捨てて、頭の後ろで手を組め! それから腹這いになるんだ!」
装備を整えた四人ほどの警察官の、突然な登場。
全ての不安が、方々好き勝手に走っているものだから、己の胸中のベクトルをどこに伸ばせば綺麗に収まるものか悩ましく、
「くそ、なんてこった!」
「ど、どうなっているんです、新指さん!」
電話を切りながら派手に毒づく非番の刑事が、不安の一つを示してくれた。慌てて乗り込むことに決めると、
「坂下・清二、通称ルシファーは、所属元を明らかにしていないから秘密結社扱いじゃないんだと!」
「だから、不逮捕権も適用されず、警察出動の案件と? テイルケイプへの出向も解かれているのは事実だし、理屈では正しいわね」
ふざけているし理解に苦しむけれど、とエースがきつくこぼした。
文も、この不明な事態を誰かに問い詰めたい気持ちで一杯ではある。
けれども誰も、詰問を許すことができるほどの余裕は持ち合わせておらず、
「警察の人たちが危険ですよ! 魔法使いの中でもコモンが高いササキさんが、あんな様子じゃあ……!」
とにかく、解決に向けて最大の懸念を提起するのが、自分に出来る精一杯であった。
「タダで済むわけがねぇのはその通りだ!」
「新指さん⁉ ジャケットを脱いで、どうするつもり……っ⁉」
銃声が、高く響く。
惨状の予感にきな臭い火花が頭の奥で弾けて閃くから、あらゆる問いを置いて、出元へ視線を走らせれば、
「虚栄を誇る虚ろいの徒よ、赫々しく猛ろうとも、まやかしではこの身を止められんぞ」
「つ、次は当てるぞ!」
警察の一人が、硝煙を吐きだす銃口を空へと向けていた。
「……威嚇発砲か」
頬をこわばらせた志鶴と桐華が、目を見合わせて安堵に肩を落とす。自分も、きっと同じ顔をしているのだろうが、状況は張り詰めたまま変わりない。
問題は、自分が矢面に立つわけにはいかないという中で、ササキが倒れ、彼が治安維持の面から危惧していた『秘密結社と警察の衝突』が成立しつつあること。
「けど、どうすれば……!」
弱音がこぼれてしまう。
かつて、あの人と出会う前のくよくよとした自分が溢れさせていたものであるが、最近はめっきりと減らすことができたと思っていたのに。
皆の『居場所を守る』と言った彼が倒れ、その『居場所』が釣り合いを崩され、壊れんとしている。
大切な『いま』が、失われてしまう。
そんなのは、いやだ。何を手放すことになったとしても、これだけは。
「やっぱり、私がササキさんを……!」
未だ揺れてはいるが、覚悟を定めれば、
「大丈夫だよ、相棒」
背後からの大人の声が、前にのめり出していた少女を優しく押しとどめる。
「ラースさん!」
本所市における『最強』が間に合ったのだ。
※
「紙一重みたいだったね。ここからは私の役割だ」
「お願いします、ササキさんが……え?」
希望が陽光のように差し込む思いだったのだが、振り仰いで確かめた『魔法使い』の面持ちは、
「どうしたんです、そんな目で……」
鉄のように鈍く重いけれどもどうにかほぐした微笑を浮かべ、一点に注がれていた。
新指・志鶴、かつての『魔法少女』の茫然とした眼差しへ。
え、と文の胸に疑問が膨らむ。
膨らみはするが、
「それじゃあ任せてくれ」
問うほどの猶予は与えられず、己の相棒は白のマントを翻した。
押し寄せる現実は、とかく、こちらのキャパシティを考慮などしてくれるはずもなく、無遠慮に差し迫ってくるのであった。
※
吐く息が火のように熱く、肺と喉と、さらには意気地を焼かんとしてくる。
完全に、自らの油断が招いたのだ。少女に庇われ、警官が危険に晒されている、この無残な状況は。
完全な失態である。
いまなお、負傷の大きさから伏せたままであることも含めて、だ。
かつてに、今とは比べ物にならない負傷を負ったこともあるし、その状態で敵と向かい合ったこともある。
だからこそ、胸骨の数本程度が如何ほどなのかと、歯噛みをしてしまう。
覚悟、であろうと、ササキは吐き捨てる。
あの時は『死を前提』としていた。
いまは『勝ち方』を考えていた。
体の、負傷への備えが出来上がっていなかったのだ。
だから、未だに手足の力が抜けたまま。
「――リン、助け――ダーリ――!」
聞こえる声も、見える光景も、滲むように曖昧だ。
寄り添う少女の不安げな声が『がさりがさり』とひどく聞き取りづらいし、可愛らしい顔も白くのっぺりとしていて、まるで『ポリ袋でも被らされている』ようだ。
己の負傷、そして用いるべき『心持ち』の誤り、双方の大きさを確かめて、
「鎖の長さを競うことに興ずる犬どもが。退かぬなら、この悪逆の餌食になることを望むということだぞ」
いやに遠くから聞こえてくるショットガンの弾丸装填音に、身を固くする。
その一発が警察に傷を与えてしまえば、これまでの労力は水の泡だ。
治安維持としての『警察』及び『組合』が、役割分担を崩され、看板に疵を負うことになる。
土地に根付いた『老舗の悪の秘密結社』も、その役割を譲ることになれば組織を維持はできない。
誰も彼もの『居場所』が崩れてしまうのだ。
立たなければ、と力を搔き集める。
持ち出した大きな気概は、しかし、手足をどうにか地に着けるばかりで使い切って、肘膝を伸ばすには足らない。
……ちくしょう。
歯を食いしばり、心に芽生える諦めに抗う。
だが、蝕み広がる暗雲はあまりに早く、
「立て、ジェントル・ササキ!」
強烈な『最強』という陽が照りこまなければ、呑み込まれてしまっただろう。
注ぎ込まれる『力』に、息を吐く。
火のように熱く、朽ちかけた意気地を奮わせ燃え上がらせるように。
※
本所市最強の魔法使いウェル・ラースは、主に『機能低下』が著しい四〇歳前後の男性から絶大な支持を受けていた。
理由は、伏せるものを立ち上がらせるという、ギフト『伏龍起臥』に起因する。
中年たちが『春を取り戻す』ことができたことで、信仰の対象にまで担ぎ上げているギフトであるが、それだけの認識では不十分でもある。
実質は『横たわるあらゆるを立ち上がらせる』ものであり、
「立つんだ、ジェントル・ササキ!」
それは負傷に倒れた人間であっても、だ。
「立つか、卑しき者よ! 立ちふさがるか、白き使者よ! なれば、この悪逆の身は目的を果たすのみだ!」
火薬が炸裂し、異常威力の銃弾が放たれた。
目指すのは、リボルバー式の短銃を構える警察官たち。
「ひっ!」
至れば、威力射程外であっても、ただで済みはしない。
だからこそ、失態を取り戻すべく『自分』が行く必要があり、
「やらせないぞ!」
力を取り戻した足で、迫る重質量に立ち塞がり、背筋で受け止める。
今度こそは『覚悟』を総動員させて、同じ過ちが繰り返されることのないように。
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