4:見誤る

「どうやら、金が出てしまったな」

 指でショットガン形状の銃器をくるくる回している青年の姿に、組合長は思わず嘆息をもらしてしまった。

 懸念が、予想を上回らないまま推移している。

 仰々しいファッションで商店街を練り歩いていた姿に『普段着もあんなんだったしなあ』という一縷の望みをかけていたが、見事に裏切られる結果だ。

 館内連絡用の電話から唯一の待機員に出動を通達し、組合としての体裁を終えると、

「頭領、坂下君は本当にこちらの意向で動いているわけではないのですか?」

 管理者として当然の疑いを、テイルケイプ最高幹部が問うてきた。

 無論、と代表は答えて、

「彼個人で動いているとは思えないから、所属元の意向だろうなあ」

「けれど、どこからもそういったお話はありませんでしたよ?」

 一様に『悪の秘密結社』は、活動地域の官公庁と隠然とした繋がりを持っているのが通常である。

 理由や形態は様々であるが、その設立理念が戦後日本の組織解体に伴って『マレビト』対策を民間に移譲したことが契機にあるためだ。

 慣例であれば、利害調整や領域分担のために何かしらの通達があるのが当然だが、

「ああ。役所からも先方の事務所からも、なにもないな」

「先方の事務所からも無しで、だけど彼は先方の意向で動いているってことは……」

 予想はできる。

 憶測も可能だ。

 けれど、口にするには苦みが強いものだから、なるべく短く強い言葉を選ぶ。

「敵対的な進出、だな」

 しかも、

「お役所を通す気にすらならない後ろ盾で以て、ですね」

 陰鬱になる状況証拠に、眉間を厳しくする。

 果たして仕込んであった『隠し矢』が機能するかどうか、こめかみの懸念を、強く揉みほぐしながら。


      ※


 人気店のオープンテラスを独占させろ。

 坂下・清二こと『ルシファー』の要求は、ひどく単純なものだった。動機の解明は困難であるが。

 で、あるが、

「いや、だからね? ここを『草臥を安寧する一時の篝火』としたいんだけど……いや、だから撮影してないで、どっかに……」

「あ、こっちのカメラにもお願いしていいですかー?」

「いまからこのオープンテラスは、俺の草臥を安寧する一時の篝火とする! 愛しき愚民たちよ、この場は俺が占めたと知れ!」

「あざーっす……バージョン違いのセリフ貰ったわー」

「こちらこそー……いや、だからね、草臥を安寧する……今度はこっちのカメラ?」

 言い回しが『十四歳の好物』なため、いまいち伝わらないまま推移している。

 少しずつ平易な言葉に置き換えつつあるものの、肝心な部分は自信作の為かまったく譲らないため、要求も一向に滞っていた。

 悪の計画は人の愚かさによって頓挫しつつあり、それはすなわち『介入』の余地が生まれるということ。

「そこまでだ、ルシファー!」

 群衆のざわめきを割って、鋭い声が響き渡る。

 状況の中心たる困り顔のルシファー含め、誰もがそちらを見やる。

 日曜の商店街というひしめく雑踏の中、いつの間にか生じていた『エアポケット』の中央に『彼』はいた。

 合皮のベルトは緩められ。

 緩んだネクタイの下ではボタンが第二まで外されて。

 手には近くの御茶屋さんのマスコット『たまあらわちゃん』の笑顔が眩しい鉄看板が。

 しかしポリ袋だけはしっかりと。

 群衆が、彼の名を呼べば、

「ジェ……ジェントル・ササキ! ルシファーと対峙しているだと……!」

「ジェ……ジェントル・ササキ! これは組合側に戻ったということか……⁉」

「ジェ……ジェントル・ササキ! あの恰好……不味いぞ! 女子供は逃がせ! 男は盾になるんだ!」

 口々に恐怖を叫び、慄きに震えながら、オープンテラスから逃げ惑っていく。

 悪の計画が、人々の本能によって成就したのだった。


      ※


「よく顔を見せられたな、賤しき手管の徒よ」

 恐らくは、先日に対峙した際に採った『きょういの最終兵器』運用についてだろうと、ササキは嘆息する。

 確かに褒められた事ではないが、自分のような練度不足の『新人』相手に大人げないのではないか、まったく。

「だいたい、今はテイルケイプ……こちら、闇に舞い謳う側なのだろう?」

 その通りだ。

 現状、組織は違えど、勢力としては同じ。その状態で相対しているのには、当然理由があって、

「どういうつもりだ、ルシファー。テイルケイプに帰参したとは聞いていないし、もしそうだったとしても、今は活動を止めているぞ」

 彼が『どこの制御下にあるのか』不明であること。

 平和を守ることが最大の行動理念である『現悪の秘密結社幹部』にとっては、その一点で十分なのだ。

「ふふ、あの程度の止まり木、このルシファーが羽を安らがせるには不足だったまで」

「つまり、本来の所属元の意向なわけだな」

「愚問だな、何を言うかと思えば。この身こそが求めた贄であ」

 聞きたい話はここまで。もはや問答は無用と『たまあらわちゃん』を投げぶつけやる。

 ひ、と鋭い息を吐きながら身をかがめてあっさりとやり過ごされるのも想定内だ。一気に距離を詰めて、直線で制圧する途上を往けば、

「い、今の一撃をああ当てられなかったこと、こここ後悔するががいい……!」

 姿勢を崩したまま、異様な口径のショットガンを突き付けられた。

 しかし、魔法使いは意に介さず、残り五歩を詰めるために、足を出していく。

 恐れることなどない。

 魔法使いを止めるのに『銃弾』程度では不足であることを知っているから。

 各種身体能力を向上させる『コモン』の一部により、能力差はあれど、超人的な強度を誇るのだ。なかでも、自分は他よりも高い性能を持つことがわかっている。

 だから、恐れることなどないのだ。

 残り四歩。

 すでに、手を伸ばせば届くまでに迫っており、歯を食いしばっている敵の表情がありありと確かめることができるほど。

 残り三歩。

 構えられたショットガンが炸薬を弾けさせた。

 問題ないと、残り二歩。

 だが、胸を叩いた『巨大な弾丸』は、意に反してめり込んできた。

 皮に、肉に、骨に、臓腑に。

「っぐ……!」

 よろめいて、しかし、残り一歩。

 勢いの削がれたその身に追い打ちが見舞われ、膝から崩れた。

「効いた……! 良かった……! ぶっつけ本番とか、勘弁してくれ……!」

 結果として、慢心があったのだ。

 眼前で『凶器』を構えるのは『魔法少女組合』と対立し続けている男であり、彼女らに効果ないはずの銃器を、ことさら振りかざしなどしないはずなのだ。

 理論的にこの上なく当たり前の話であり、

「……見誤った……!」

 つまるところ、デッキに伏せるジェントル・ササキが噛みしめるのは『経験値不足』の他、何物でもないのであった。

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