第二章: 正義と秩序の振りかざし方
1: その者、危険につき
「また貴様らか、ウェル・ラースにサイネリア・ファニー! 覚えていろ! 次こそが決着の時だ!」
「ま、待ってください! せめて、少しは抵抗する素振りを見せてください!」
「黙れ! そんなこと、胸の『暴れん坊』をどうにかしてからにしろ!」
後世に『ジェントル・ササキ再誕』と呼ばれる作戦から、一週間。
数度の夜を越え、件の魔法使いは確実に着実に、間違いのない戦績を積み上げていた。
時に、老朽化した信号機を破壊しては交通障害を巻き起こし。
時に、路上で酔い潰れているおっちゃんをその辺のスナックに放り込み。
時に、遠足で近場の公園に訪れていた園児たちを、たかいたかいしては泣かせ。
頭領テイルケイプの指示により、思いつく限りの悪逆の限りを尽くしてきた。
当然、どれもが魔法少女たちに撃退されていて、しかし、それこそが『悪の秘密結社の新幹部』の実績となっている。
今宵の『県条例で禁止されている呼び込み行為の代行』作戦においても、例外はない。
ウェル・ラースと共に駆けつけた『溢れ落ちそうな暴君』を暴れさせるサイネリア・ファニーによって『男の銃がハンズアップ』させられ、そこで撤退と相成った。
バイトの戦闘員である美岳に、紹介所のお兄さんから『公序良俗に反する』と苦情が寄せられた以外には完璧な運びである。
敗走経路である路地裏に飛び込んだジェントル・ササキは、仕事終わりに広がる満足のなかで、鉄パイプを担ぎ直した。
表通りの明り頼りに人気のない小路を、アジトを目指してまっすぐ歩き出す。
「ま、大成功だね」
大成功の、敗北だ。
組合のエース『グローリー・トパーズ』とアンチユニット『プリティ・チェイサー』のような、ライバル関係などを基本とした戦場は、お膳立てはあるにしろ嘘偽りのない衝突である。
だが『治安維持を目的とした組織』であるから、根本的に魔法少女は負けてはいけない存在なのだ。
警察権に食い込んでいる以上、その失敗は組合組織の存在意義を揺るがす。主に『秘密結社類の不逮捕権』などで領分を侵食されている警察組織によって。
理解はできるが、手間ばかりかかる、くだらないことだと思う。
「マレビトのために組織維持するのなら、防衛庁あたりで組織化すればいいだろうに」
無論、二次大戦後の戦力解体や予算の問題があることだから、簡単ではないが。
今後『自分たちの居場所』のためには考えなければならないと肩を落としながら、仮面代わりのポリ袋を外す。
季節柄から蒸れてしまっており、涼しい夜風に汗伝う頬を心地よく洗っていると、
「佐々木・彰示、だな?」
静まる暗がりに、こちらの名前を確かめる女の声が響いた。
姿を確かめようと目を凝らせば、ショートの黒髪を流している、硬質な雰囲気を纏うスーツ姿が浮き上がる。
怪訝を視線に込めて、是、と応じると、ジャケットの内ポケットから、
「凶器準備集合罪で逮捕だ、童貞野郎!」
鉄パイプを担ぐササキへ、胸に突き刺さる事実と共に、
「……警察?」
きらびやかなバッジが光る手帳を突き付けてきた。
※
巡査部長という肩書と、彼女の名前であろう『
ひとまず『原チャリで電柱折った過去』の経験から、
「本物、ですね」
「……どうして一般人が、警察手帳の真贋鑑定できるのよ」
当然『少年法に守られていた時代』に見たことがあるからなのだが、こちらの事情を汲みとるつもりはないらしい。睨むような厳しい視線を露わに、手帳は逆にひったくられるように隠されてしまう。
凶悪な犯罪者に対する敵意というなら、まあそうだろうと思える程度の態度ではある。だけれども、鉄パイプを担いでいるだけの人間に対してとなると、少々不可解な強度だ。
無意味に攻撃性を前に出す理由はないはずだから、彰示にはわからない原因があるのだろう。
それで、と巡査部長は前置きして、
「おとなしく付いてくるなら、手錠は勘弁してやるけど?」
「待ってください。鉄パイプの単純所持は、法に触れないはずですよ」
「詳しいな。けど、凶器準備集合罪だって言っているだろ。そうなりゃ準凶器も対象だ」
「でもですね。凶器準備集合罪は、複数の人間が集まる、もしくは集まる計画をたてることで成立するはずでは?」
「……なんで一般人が、そんなことに詳しいんだ?」
固い雰囲気が緩んで、若干引き気味の、しかし警戒度の増した目つきに変わる。
彰示としては当然、若いころに稼いだ経験値のおかげなのだが、
「実体験は学習するものですからね」
「軽い自白だけど、大丈夫か?」
「大丈夫だから、こうしているんですから、大丈夫なんですよ」
「前提を証明するために前提を持ち出して、ループしてない?」
言われてみれば。
呆れ顔から、とにかく、と態勢を整え、
「今の今まで、ソイツを担いだまま複数人で公共の秩序を乱していただろ。引っ張るには十分だ!」
いきり立って迫ってくるが、そうなると彰示にだって言い分はある。
「そうなると現行犯ではないですし、そもそも秘密結社には『不逮捕権』があるはずでは?」
「マスクを外した時点で一般人なんだよ!」
「指摘する罪状はマスクをしている時点でしょう。不逮捕権は有効かと」
「うるせぇ! もう逮捕だ、逮捕! 手錠使うからな!」
なるほど、と彼女が放つ敵意の理不尽さを把握。
出所はわからないが、とにかくこちらを攻撃することが目的にあるようだ。
そうなるとなぜ警察が、と疑問はでてくるのだが、
「細かいことをガチャガチャと……そんなだから『腰の得物が未抜刀』になるんだよ!」
「マスクを取った時点で一般人なのでしょう? 『事実による誹謗中傷』はずるくないですか? 人の心と『可能性の積立』をなんだと思っているんです!」
「事実は事実だろうが! その『タンス貯金を切り崩し』てから大口を叩け!」
どうやら、彼女自身が童貞に対して引っかかっているらしい。
まあ、抵抗してもややこしくなるのは明らかなので、手錠を突きつける刑事へ、鉄パイプを手放した両手を差し出して見せた。
獲物を見つけた猛禽類のように鋭く手首を掴み上げられると、彰示は己の手首に走る違和に眉根を軽くはねる。
「……なんだ?」
言葉にできない、理由もわからない『何か変』程度の違和感。
不信に動きを止めていると、訝る相手の視線に、ああ、と応じて、
「大丈夫です。ですけど」
まず罪状の口頭確認をされた時に過ぎった、一つの犯罪について確かめておくことにする。
「自分が持っている鉄パイプが準凶器でしたら、サイネリア・ファニーの『暴れる胸部装甲』なんか正しく凶器でしょうに」
さすが警察。
瞬間、抗弁を許さない見事な『二本背負い』で、アスファルトに叩きつけられてしまったのだった。
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