6:『大丈夫』

『解体率六十五パーセント。すでに目標に到達、自重による崩壊までもう一息です』

「うっさい! こうなったらいくらでもぶっ壊してやるわ! それよりダーリンよ!」

 ジェントル・ササキが甲板に乗りこんで、経過した時間はただの三分。

 魔法使いの弁術で魔法少女たちの能力は著しく向上しており、また敵の矛先が彼に向いたことによって、作戦の進捗は格段に進んでいた。

 だがそれは、

『ササキさんのコンデションは……』

「静ヶ原さん! 正確に頼むわ! 彼を生還させるのも、私たちの役割なんだから!」

『……左の腓骨、肋骨四本が骨折、右眼球負傷、左肘から先が消失、脱臼は……』

「たった三分で!? 上はどんな修羅場なのよ!」

 魔法少女たちは絶望を浮かべて、しかしすぐさま覚悟を締め直す。

 あらゆる装備を損耗し、身一つで防波堤となってくれている男のために。

 急がなければ、急がなければ。

 だけどそういえば、彼女はどうしたのだろうか。

 男の相棒で、なにかにつけて不安げにめそめそとしていた、あの子はどこに?

 組合のエースとそのライバルが、同時に目の端で探せば、

「ちょっと、ちょっと!」

「何しているの、サイネリア・ファニー!」

 砂浜を踏みしめ艦船型マレビトを見上げる、魔法少女としてはギリギリな少女の姿。

 こちらの呼びかけに応えるのは、予想外にも、自信に満ちた小さな笑顔だった。

「いま私、ドキドキしているんです! もう……胸が破裂しちゃいそうなくらい!」

 ……だってそれ『帰ったら出したり入れたり宣言』のせいじゃ?

 常識のある方は『やべぇ』の顔で、そうじゃない方は『やべぇ』顔でくねくねしている。

「だから」

 そんな周囲の反応なんかお構いなしに、

「任せてください!」

 サイネリア・ファニーは飛びあがる。

 能力が不足する落ちこぼれという評価など、振りはらうかのように。

 残された魔法少女たちは、息をついて見送るしかない。

 なにせ、彼女の高揚がこれ以上なくわかっているから。


      ※

 それは破壊の音だった。

 外れ、落ち、ぶつかり、ひしゃげ、砕け。

 耳触りな金属の悲鳴だが、しかしササキには待ち望んでいた福音。

 ……間に合った。

 わずかな呟きが声に出来ない。

 折れた肋骨が、肺に刺さっているのだ。呼吸すら苦しい。

 レールガンの一撃を避けきれず左腕と足を負傷してから、完全に防戦。

 無用となった左腕を副砲に『喰わせ』、ダメージコントロールで眼球を潰し、這いまわりながら時間を稼ぎ続けた。

 ほんの数分であるが、自分が生きているうちに間に合ったのだ。

 自重を支える限界点までマレビトは解体され、自壊が始まっている。

 苦しいながら呼吸を整え、隻眼の視線をどうにか持ち上げる。

 目に飛び込むのは、陽光に柔らかく澄む青空。

 次に見えるのが、空を遮る激戦の傷跡を刻まれたツギハギの艦橋。

 そして、こちらに照準を合わせ、巨大な構造物を装填しているレールガン。

 資源の乏しい世界の住人とは思えない出し惜しみないその一撃は、つまり最期の一撃であり、

「……俺たちの、勝ちだ……!」

 こちらは笑いながら、勝利宣言すべきなのだ。

 砲が形成する磁力軌道が、溜めこむ力を誇示するように、足元を揺らして大気を歪める。

 ササキは笑いを強くする。揺れが大きいのは、艦のあちこちが緩んでいる証だから。

 外れ、落ち、ぶつかり、ひしゃげ、砕ける音が、背後の艦首側から近づいてくる。

 ササキはゆっくりと目を閉じる。崩壊が進んでいるのなら、自分の役割は終わりだから。

 殺意の振動がピークに達し、嘘のように消失した。

 巨大な構造体が射出されたのだ。大気を砕くほどの威力が、この身を引き裂くために。

 ……ああ。

 目を閉じていてもわかる死の圧迫に、魔法使いは、

 ……約束を守れないことを、謝るぐらいはしたかったな……

 心残りを確かめ、息をつき、肩を落とし、

「ササキさぁんっ!」

 相棒の、聞いたこともない強い声が届き、 それまで背後に近付いていた破壊の音が、

「私、待てませんでした!」

 外れ、落ち、ぶつかり、ひしゃげ、砕ける音が、眼前で響き渡った。


      ※

 結果には、必ず過程が存在する。

 そして一つの結果を振り返ってみれば、過程とは、無数に複雑に、網目模様のようにどこまでも遡及していくもの。

 だからササキは、血の足りなくなった頭で、いままでのことを振り返る。

 なぜ、自分はまだ立っていられるのか。

 なぜ、迫る砲丸が砕け散っているのか。

 なぜ、彼女はそんな眩しい笑顔なのか。

「ササキさんのおかげです! 全部、全部、なにもかも!」

 少女が吼えるように笑って、崩れそうなこちらの体を支えてくれる。

 はて、と思い、衣装に血が、と思い、だけど体の力が抜けてしまう。

 レールガンから打ち出された構造物は、それぞれの継目を外されて分解されていたが、小さくなりながらも慣性に従って二人に迫り、

「大丈夫です! 私『今なら』何だってできます!」

 叫ぶ彼女を、全ての塊が避けていく。

「ネジが暴れている……?」

 目を疑う光景だが。ネジだけでなく、リベット、シリンダー、あらゆる『何かに収まったモノ』が出たり入ったりしようと動きまわっている。

 それも、サイネリア・ファニーとササキを避けるように、指向性を与えられて。

「任せてください」

 ササキは悟る。背後で響いていた破壊の音は『彼女が歩いてきた結果』なのだ。

 ギフトの性能が段違いに向上している。

 なぜ、と相棒を見上げれば、彼女は『言ったじゃないですか』と前置きして、

「全部、なにもかも、ササキさんのおかげです」

 こちらの手を取り、いろんな意味ではちきれんばかりの、自らの左胸に押し当てた。


      ※

「すいません、俺早退して浜に処刑台つくっておきますね?」

「すいません、俺早退しておまわりさん呼んでおきますね?」

「すいません、俺退職してサイネリア・ファニーのおっぱ……おいなんでLANケーブル握って迫ってくるんだ! せめてテラコッタ・レディのネックハンギングツリーに……!」

『こちら上空観測班! 同乗したトウィンクル・スピカが震えだして『お薬』と呟きながら鞄をまさぐっているが、なんの薬だ! 事と次第によっては県組合へ報告するぞ!』

「頭領! 起きてください、頭領! いつもこんなド修羅場なんですか! 頭領!」

「……うーんむにゃむにゃあと五分……!」

「ワンブレスで言うセリフじゃないですよ、頭領! 起きてるんでしょ、頭領!」


      ※

「わかりますか、ドキドキいっているのが?」

 わかる。感覚が薄れ始めている指先に、それでも伝わるほどの強い鼓動が。

「ササキさんのおかげです」

 ずたぼろの体を庇うよう、陽光にきらめく少女が抱きしめてくれた。

 途端、危うく均衡していた甲板が、完全な崩壊を始めた。


      ※

「見て!」

 荒れた砂浜に、衣装が汚れるのも厭わず魔法少女達が崩れ落ちていた。

 ところどころがガラス化した砂の上に、衣装が汚れるのも厭わず魔法少女達が崩れ落ちていた。

 疲労を隠し切れない。けれども、誰もが顔を上げている。

 自らが成し遂げた作戦の最期を。

 崩れ落ちる巨影の最中に、居るはずである二人の姿を見届けんと。

「あそこに、ほら!」


      ※

 落ちていくなか。

 抱きしめられたまま落ちていくなか、確信がある。

 たとえ、二人ともが空を飛ぶことなんかできなくたって。

 周りを、大小様々な金属塊が、ぶつかり砕け、破壊の音を撒き散らしていたって。

 自分たちは『大丈夫』なんだ、と確信できる。

「ササキさんのおかげです」

 肩を包むように抱きしめる腕に力が込められた。

「あんな私が、こんなにも『良かった』と思えるなんて」

 確かに表情は明るい。そして、強い。出会った時とは大違いだと言えるほどに。

「あなたに出会うことができて良かった」

 ……そうかい?

「あなたに好きになって貰えて良かった」

 ……そんなこと。

「あなたを好きになれたことが良かった」

 ……そうなのか。

「あなたを助けることができて良かった」

 ……ありがとう。

「……あなたに会えて私、良かったです」

 ……俺もだよ。

 確信があるのだ。

 二人は。

『俺』と。

『彼女』は。

 出会うことができた奇跡に比べたら。

 これから先に待ち受ける困難なんか、きっと『大丈夫なんだ』と。

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