5:投げ捨てるのは、とりあえず品性

「ササキさんが見つかった!?」

 沈黙を守っていた通信機が、その一言で魔法少女たちに報いた。

 浜辺で、永遠とも思える光学兵器の弾幕に苦戦していた彼女たちにとって、状況の変化が期待できることは素直に明るい知らせだ。

「ぶ、無事なんですか!?」

「こっちに向かってるって……ダーリン、一人で動いてるの!?」

「医療班は何してるのよ!」

 朗報ではあるが、しかし一部の少女たちには、配慮しなければない事態である。

『装備の一切を失って連絡も取れませんので、状況は完全に不明です』

 ただ、と加えて、

『いつものスーツ姿に、バス停を背負って、単車で現場に向かっているそうです』

 全員が『なんで?』と首を傾げる。

 言っている澪利ですら『なんででしょう』とか言っているので仕方がない。

『とにかく、もう少しで到着します。皆さん、負傷の状況次第では取り押さえて……』

「ダーリンよ! ダーリンが来たわ!」

 目敏いMEGUの声に、サイネリア・ファニーは振り返る。

 確かに。

 確かに、彼がいた。

 いつものスーツ(シャツは血で染まっている)で、(知らない)バイクにまたがり、(多分鉄パイプとかと同じ用途の)バス停を背負っている。

 とりあえず、無事であることは確認できた。

 だから、さまざまな『何故?』は捨て置いて、安堵する。

 良かった、と。


      ※

 良かった、とササキは安堵した。

 自分が前線を離れていた間に、誰一人として欠けていないことに。

 乱れ撃たれる光線に焼かれて温い浜風をかき分け、魔法使いはバイクを降りる。

 軋む全身を鞭打って進めば、彼女たちの姿がよく見えてきて、

「だいぶ、苦戦しているな」

 可愛らしい衣装が、汗に泥に汚れているのがわかる。

 彼女たちのために、新人でしかない自分ができることなんて、そう多くはない。

 だから、覚悟をしたのだ。

 できることは『全て』やるし、切れるリソースはなんだって『投げうって』みせる。

 頬を引き締め、拳を握る。

「サイネリア・ファニー!」

 信頼してくれる相棒に、伝えなければならない言葉がある。

「ササキさん……! 良かった、無事で……!」

 大きな瞳に涙をにじませて、だけど隠すように俯いて、歩み寄ってくる。

 その足元は、頼りない。長時間の作戦活動で、疲労が高まっているのだ。

「ササキさ……きゃ!」

 砂浜に上がらない足を取られてよろめく。咄嗟にその体を受け止めれば、

「よく頑張った。君だけでなく、皆が、本当に」

「はい……だけど、ササキさんだってぼろぼろじゃないですか……」

 その通りではあるが、まだ、仕事が残っている。

「サイネリア・ファニー」

 片手で彼女を支え、もう片手で、マスクの代りを口元まで捲りあげれば、

「え、ササキさん、マスクが……ぁん!?」

 言葉を遮るように、唇で唇をふさいだ。


      ※

「いま、具体的にはなにが起きたんだ?」

「平日の白昼に、三十歳童貞が、十八歳の女子高生の口を強引に吸った、だな」

「全県中継の最中に、が正確だな」

 簡易指令室の面々が、中継の画面を指差すなか、

「頭領、この鳴り響いている電話は無視しても……頭領、白目剥いてますよ!」

「お、おお……すまんな、桃子君。ちょっと今後の対応とかが駆け巡ってな」

 テラコッタ・レディに気付けられ、組合長は意識を取り戻した。

 と、通信機が偶然オンになってしまったのか、

『全部終わったら、うちに帰って、ご飯食べて』

 キスを終えたジェントル・ササキの宣言が響き渡る。

『セックスしよう』

 今度こそ、組合長の意識は刈り取られてしまった。


      ※

 全てを投げ捨てる、そう決めたのだ。

 まずは『品性』を。

 突然の口付けで、驚き顔をはりつけたままの少女は、

「……はい」

 小さく頷くから、

「俺は、三十歳の童貞だ! だから『完全に煮詰まって』いる!」

「は、はい!」

「ぐちゃぐちゃになるまで君を離さない自信がある!」

「はい!」

「君が動けなくなっても『出し入れ』してみせる!」

「はい!」

「好きだ!」

「はい!」

 もう一度、強引に唇を重ね、離れるとまっすぐに見つめて、

「だから、待っていてくれ!」

「……はい!」


      ※

 頬を上気させて呆然となるサイネリア・ファニーから、そっと通信機を受け取れば、向うべき敵へと向き直る。

「ダーリン! 私も! 私も!」

「ああ、わかった、どんとこい! 帰ったら『紫色のお城』で『乱れて交わる』だ!」

「あぁ……ダーリぃン! 素敵すぎるうぅぅ……!」

 腰をくねくねさせている十四歳の頭を、すれ違いざまに優しく撫でると、

「ジェントル・ササキ! ちょっと、今の……!」

「グローリー・トパーズ。君には感謝してもしきれない。業界の先達として」

「それは……それこそ、私のほうが……」

「だから、帰ったら、お礼をさせてくれないか?」

「……なんでも良いのかしら? それなら……考えておくわ」

 頷き、微笑んで、別れる。

 それから、その場にいる全ての魔法少女たちに声をかけながら、戦場へと向かう。

『聞こえますか、ササキさん』

「静ヶ原さん……オペレート、お願いします」

『その先は射程圏です。負傷もあるでしょう』

「大丈夫ですよ」

 強く言い切って、砂浜を蹴って飛びあがる。

「切れる『札』は切りましたから」


      ※

 そう。札は、切った。

 まずは、

「今の約束は、全て『反故』にします」

 この『品性』を打ち捨てた。 

 八方から迫る光線を、避け、打ち、掠めながら、ただ一人の話し相手に言葉を続ける。

「静ヶ原さんが言った通り、俺は必要とあらば平気で嘘をつける人間ですから」

『……どういう意味です?』

「彼女たちを『ドキドキ』させるための『嘘』だったんですよ」

『確かに、魔法少女は『ドキドキ』を力に変えますが……それで納得しますか?』

 納得するもしないも、

「最初から言っているじゃないですか」

『なにをです?』

「俺は」

 打ち捨てられるもう一つは『この命』。

「もう一度『死ぬことができる』んだ」

 声に宿るものが透明な『覚悟』だけであることに、自分自身を褒めながら、甲板に両手足で着地する。

 戻ってきた。

 この死地に。

 まさに、帰らぬために。

 そして、守るために。

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